AIが明らかにする育種家の感性〜育種家は何を感じてカンキツの剥皮性と果実硬度を評価するのか〜

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2022-02-10 東京大学

発表者
南川  舞 (日本学術振興会 特別研究員)

野中 圭介 (農研機構 果樹茶業研究部門 カンキツ研究領域 グループ長補佐)

浜田 宏子 (農研機構 果樹茶業研究部門 カンキツ研究領域 研究員)

清水 徳朗 (農研機構 果樹茶業研究部門 カンキツ研究領域 上級研究員)

岩田 洋佳 (東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 准教授)

発表のポイント
  • カンキツの果実断面の画像から、果実の形態的な特徴を定量的かつ自動的に評価する技術を開発しました。
  • AI技術である機械学習(注1)を用いる事で、育種家により評価されたカンキツの剥皮性(注2)と果実硬度(注3)に関連する果実の形態的な特徴を明らかにしました。
  • ベイジアンネットワーク(注4)により、カンキツの剥皮性と果実硬度に直接的に影響を及ぼしている可能性がある果実の形態的な特徴を特定しました。これらの特徴を改良することで、望ましい剥皮性や果実硬度を有する新品種の開発が進むことが期待されます。
発表概要

カンキツの育種において、剥皮性や果実硬度などの果実の特性の多くは育種家の感性により評価されています。しかし、この育種家の感性による達観的評価では、実際の果実で見られる多様で連続的な違いを十分に評価できていない可能性があります。また、剥皮性や果実硬度などは、育種家が果実のどのような特徴にもとづいて評価しているのか、感性の指標となる果実の形態的な特徴との関連が明らかではありませんでした。

東京大学大学院農学生命科学研究科および農研機構の研究グループは、カンキツの果実断面の画像から、果実の形態的な特徴を定量的かつ自動的に評価する技術を開発しました。この技術と機械学習の手法を組み合わせることで、これまでブラックボックスとされてきた育種家の感性を紐解き、カンキツの剥皮性と果実硬度に強く関連する果実の形態的な特徴を明らかにすることができました。

発表内容

図1 育種家の感性による達観的評価の方法

図2 カンキツ果実の形態的な特徴の定量的かつ自動的な評価

図3 ベイジアンネットワークにより推定された、カンキツ果実の形態的な特徴と剥皮性・果実硬度との関係

図4 深層学習による剥皮の難易もしくは果実の硬軟の分類と、分類に寄与した特徴の可視化

ゲノム情報を活用した果樹の効率的な品種改良を行うためには、果実の特性(剥皮性や果実硬度など)のデータが大量に必要です。しかし、カンキツの育種において、剥皮性や果実硬度などの果実の特性の多くは少数の育種家の感性により達観的に評価されている(図1)ため、短期間で大量かつ高精度なデータを取得することは困難です。また、剥皮性や果実硬度などは、育種家の感性の指標となる果実の形態的な特徴が明らかになっていないため、画像解析などによる定量的かつ自動的な評価を行うことも困難でした。そこで本研究では、カンキツ果実の横断面の画像解析により、果実の形態的な特徴を定量的かつ自動的に評価する方法を検討しました。そして、機械学習を用いて、育種家が達観的に評価したカンキツの剥皮性・果実硬度に関連する果実の形態的な特徴を明らかにすることを目的としました。

農研機構カンキツ研究拠点で栽培・維持されているカンキツ 108品種・系統の果実横断面の画像を供試しました。プログラミング言語Pythonを用いることで、カンキツの果実断面の画像から、果実のさまざまな形態的特徴を定量的かつ自動的に評価する技術を開発しました(図2;注5、6)。

育種家によって達観的に評価された剥皮性・果実硬度と、本研究で開発した画像解析技術によって定量的に評価された果実の形態的な特徴との関係は、さまざまな機械学習の手法を用いて表現されました。果芯の崩壊程度は剥皮性・果実硬度の両特性と強い関連を示し、果芯の崩壊程度が大きい果実は、剥皮が容易であり、軟らかい果実である傾向が観察されました。一方で、果実の面積に対する種子面積の割合は果実硬度でのみ強い関連を示し、種子面積の割合が大きい果実は硬い果実である傾向が観察されました。 ベイジアンネットワークによる解析では、果芯の崩壊程度は剥皮性・果実硬度の両特性に、また、種子面積については果実硬度に対して、直接的な影響を及ぼしている可能性があることが示されました(図3)。 機械学習の手法の一つである深層学習(ディープラーニング;注7)を用いた場合では、果芯やアルベドの崩壊領域の特徴が、剥皮しやすい、かつ、軟かい果実の分類に寄与していることが示されました(図4)。一方で、果肉やアルベドの領域の特徴は、剥皮しづらい、かつ、硬い果実の分類に寄与していました。種子の領域の特徴は、硬い果実の分類でのみ寄与していることが示されました。

以上の結果より、画像解析とさまざまな機械学習の手法を組み合わせることで、これまでブラックボックスとされてきた育種家の感性を紐解き、カンキツの剥皮性・果実硬度に関連する果実の形態的な特徴を明らかにすることができました。果芯の崩壊程度や種子面積を改良する事で、望ましい剥皮性や果実硬度を有する新品種を開発できる可能性があります。また、カンキツ果実の横断面の画像から、剥皮性・果実硬度に関連する果実の形態的な特徴のデータを自動的かつ大量に収集できるようになり、ゲノム情報を活用した効率的な品種改良の促進が期待されます。今回開発しました方法論は、カンキツだけでなく、さまざまな果樹への応用も可能です。

今後は、ゲノムワイドなDNAマーカー(注8)の情報も組み合わせて、カンキツ果実の形態的な特徴の遺伝解析を行い、剥皮性・果実硬度の統合的な遺伝システムの解明を目指していきたいと考えています。

なお、本研究は、JSPS科研費(JP19J40071)と、農林水産省委託プロジェクト「ゲノム情報を活用した農産物の次世代生産基盤技術の開発」の支援を受けて行われました。

発表雑誌
雑誌名
Frontiers in Plant Science
論文タイトル
Dissecting breeders’ sense via explainable machine learning approach: Application to fruit peelability and hardness in citrus
著者
Mai F. Minamikawa*, Keisuke Nonaka, Hiroko Hamada, Tokurou Shimizu, Hiroyoshi Iwata
DOI番号
https://doi.org/10.3389/fpls.2022.832749
論文URL
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpls.2022.832749/abstract
問い合わせ先

日本学術振興会 特別研究員 南川 舞 (みなみかわ まい)

(東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 生物測定学研究室)

東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 生物測定学研究室

准教授 岩田 洋佳 (いわた ひろよし)

用語解説

注1 機械学習

コンピューターが、説明変数と呼ばれるデータ(本研究の場合は、カンキツの形態的な特徴)と目的変数と呼ばれるデータ(本研究の場合は、カンキツの剥皮性と果実硬度)の間の関係を学習し、それらのデータに潜むルールやパターンを見つけ出すことです。昨今注目されている人工知能(AI)を支える技術の一つです。

注2 剥皮性

カンキツの果皮(外側の皮の部分)の剥きやすさを示す指標で、スイートオレンジのように手で皮を剥きにくいものから、ウンシュウミカンのように剥きやすいものまでを、育種家が実際に一つずつ手で皮を剥いて5段階で評価します(図1参照)。剥皮性の低い(剥きにくい)果実はナイフでカットして提供することが前提となりますが、剥皮性の高い(剥きやすい)果実は手で簡単に皮を剥いて食べることができ、多くの消費者から好まれる特性となっています。

注3 果実硬度

果実を外側から触ったときに感じる硬さのことで、育種家が果実を手で触れて軟らかいものから硬いものまでを5段階で評価します(図1参照)。リンゴやモモなどでは果実の硬さは貫入硬度計等の機械を使って評価されますが、カンキツでは果皮の硬さだけでなく、果肉部分の硬さも果実全体の硬さを決める要因となるため、果皮の硬さだけで判定することが困難です。果実硬度は食べやすさや食感だけでなく、貯蔵性や輸送性にも関わる重要な特性となっています。

注4 ベイジアンネットワーク

変数間の因果関係を確率によるグラフ構造で表現したものです。機械学習では、説明変数と目的変数の関連を明らかにすることができますが、それらの因果関係まではわかりません。ベイジアンネットワークを用いることで、変数間の因果関係を推定することができます。

注5 フラベド・アルベド・じょうのう(図2参照)

フラベド(外皮、外果皮)は果実の外側の果皮の部分、アルベド(中果皮)は果皮を剥いた内側にある白いふわふわとした組織のことで、じょうのう(内果皮)はいわゆるみかんの袋の部分を指します。アルベド部分が崩壊してくるとフラベド(外皮、外果皮)とじょうのうの間に隙間が生じるようになり、果実が剥きやすくなりますが、貯蔵性や品質が低下する傾向があります。

注6 果芯(図2参照)

果実の中央部分のことで、果実の成熟に伴ってここに多くの隙間が生じるものを崩壊と称し、隙間のほとんど生じないものは崩壊していないと判断します。

注7 深層学習(ディープラーニング)

人間の脳の神経回路の仕組みを再現した「ニューラルネットワーク」と呼ばれる数理モデルを用いた機械学習の手法です。画像分類のコンテストでは、深層学習の一つである畳み込みニューラルネットワーク(Convolutional Neural Network: CNN)が人間の認識を超えることが示されています。本研究では、カンキツの果実横断面の画像を用いて、CNNによる、剥皮の難易もしくは果実の硬軟の画像分類を行いました。CNNの判断理由となった果実画像の特徴を可視化することで、剥皮の難易もしくは果実の硬軟の分類に寄与する果実の形態的な特徴を明らかにすることができました。

注8 ゲノムワイドなDNAマーカー

ゲノムとは生物が生きていくために必要な遺伝情報(DNA)のセットのことです。DNAマーカーは、ある生物の個体間でわずかに異なる特定の領域の塩基配列の違いを簡単に識別できるようにしたもので、品種や個体間に見られる遺伝的性質、もしくは品種・系統の特定に利用することができます。ゲノム全体に配置した高密度なDNAマーカーを、ゲノムワイドなDNAマーカーと呼び、高精度な遺伝解析で必須のツールとなっています。

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