電子のスピンを駆動力とするナノモーターを提案

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アインシュタインが生涯唯一関わった実験で発見された 磁気回転効果を利用

2022-01-05 東北大学大学院理学研究科,東京大学

発表のポイント
  • アインシュタイン自身が関わった生涯唯一の実験で発見された磁気回転効果(注1)をナノモーター(注2)の動作原理に利用できることを量子論によって解明した
  • 電子の自転運動「スピン」を駆動力とするナノモーターを提案した
  • カーボンナノチューブ-強磁性電極のハイブリッド構造で実現をめざす
  • ナノスケールの電気機械を回転駆動させる有力な方法として期待される
概要

ナノスケールのモーターを駆動制御する技術の開発が注目されています。東北大学大学院理学研究科の泉田渉助教は、明治大学理工学部 奥山倫助教、仙台高等専門学校総合工学科 佐藤健太郎准教授、東京大学物性研究所 加藤岳生准教授、中国科学院大学カブリ理論科学研究所 松尾衛准教授と共に、電子の自転運動「スピン」を駆動力とするナノモーターを提案し、その駆動メカニズムに関する量子論を構築しました。電子のスピンに着目した本研究は、微小機械の回転駆動に関する新技術へつながることが期待されます。

本研究成果は、米国物理学会誌「Physical Review Letters」に2022年1月3日(現地時間)付けで オンライン掲載されました。

研究の背景

近年の微細加工技術の進展に伴い、次世代炭素素材であるカーボンナノチューブをはじめとするナノマテリアルを用いたナノスケールの機械運動の制御に関心が集まっています。

例えば、二層カーボンナノチューブと呼ばれる単層カーボンナノチューブの入れ子構造においては、内側と外側のナノチューブはファンデルワールス力によって弱く結合しているので、層間の距離は保ったまま内側のナノチューブだけを容易に動かすことができます。これは、内側のナノチューブを外側のナノチューブを軸受けとした回転子と見なせるため、この構造をナノモーター(ナノ回転子)に利用する提案はなされていましたが、一方で、このナノモーターをどのような動作原理によって駆動するかに関する研究はほとんどなされていませんでした。

研究内容

本研究では、20世紀初頭アインシュタインらによって実験的に検証・発見された磁気回転効果に着目しました。磁気回転効果とは、磁石の持つ磁気量を変化させると、その変化分に応じて回転運動が生じたり、磁石を回転させると磁気量が変化したりするという現象です。磁気回転効果は、磁性の起源が古典物理学で予想されていた電子の軌道運動由来の角運動量(注3)だけでは説明不可能であり、後に量子論によってその存在が明らかになった電子の自転運動に相当する「スピン」と呼ばれる角運動量の存在を示唆した極めて重要な現象です。量子力学が確立された現在においては、磁気回転効果とは電子の持つミクロな角運動量であるスピンと、マクロな物体の回転運動が相互変換される現象として理解されています。磁気回転効果による回転運動への変換を電流によって連続的に行う構造として、上述のカーボンナノチューブと強磁性金属を電極とする構造と組み合わせる構造を提案し、これによって電子スピンを駆動力とするナノモーターを実現できると考えました。(図)

電子のスピンを駆動力とするナノモーターを提案

図:本研究で提案するスピン注入により回転駆動するナノモーターの概略図
(a)磁化方向の異なる2つの強磁性電極とそれらに挟まれた回転子からなるハイブリッド構造を示す。電極間に電圧を印加すると、一方の電極から偏極した電子スピンがナノ回転子(ナノチューブ)に注入される(b-1、b-2)。注入された電子は回転子内における磁気回転相互作用により、そのスピンの向きを反転させるとともに回転子に角運動量を受け渡す(b−3)。スピンの向きが反転した電子はその偏極と同じ方向に偏極したもう一方の電極へと抜ける(b−4、b−1)。この過程を繰り返す事で、回転子は角運動量を注入電子スピンより獲得し、回転運動が誘起される。


図(b)に示した回転駆動のシナリオを確認するために、電子スピンから回転子への角運動量移行に関する量子論を展開しました。回転子は、回転軸がぶれない眠りコマ回転運動の他に歳差運動を行うことがわかりました。このうち、歳差運動から眠りコマ回転運動への緩和過程が存在することが、安定な回転状態である眠りコマ回転運動が実現するため重要な役割を果たすことを見いだしました。

本成果の意義

本研究で明らかにした駆動機構は、カーボンナノチューブに限らず、小さな物体を回転駆動させる技術に広く応用が可能です。例えば、超小型ロボットを作成するときに、ロボットを動かすための駆動機構として「押す」「引く」などの力を利用することは広く行われてきました。しかし、モーターのような回転機構を小さな部品として作成するのは未だに難しい課題です。本研究で注目した「強磁性体電極と電子のスピンを用いて駆動させる」という技術戦略は、こうした微小機械の回転駆動に関する新技術へとつながることが期待されます。

この研究は日本学術振興会の科学研究費(課題番号 JP16H01046, JP18H04282, JP19K14637, JP20K03831, JP20H01863, JP20K05258, JP21K03414)の助成を受けて行われました。

論文情報
  • 雑誌名:「Physical Review Letters
  • 論文タイトル:Einstein–de Haas Nanorotor
  • 著者:W. Izumida(Department of Physics, Tohoku University),
    R. Okuyama(Department of Physics, Meiji University),
    K. Sato(National Institute of Technology, Sendai College),
    T. Kato(Institute for Solid State Physics, University of Tokyo),
    M. Matsuo(Kavli Institute for Theoretical Sciences, University of Chinese Academy of Sciences)
  • DOI:10.1103/PhysRevLett.128.017701
用語解説
(注1)磁気回転効果
磁石の磁気と回転運動が相互変換する効果。磁石の磁気量を変化させると磁石が回転しはじめる効果(アインシュタイン・ドハース効果)と、その逆効果として磁石を回転させると磁石の磁気量が変化する効果(バーネット効果)が知られている。前者は1915年にアインシュタインとドハースが実験的に検証した。アインシュタインが行った唯一の実験と言われている。後者は1915年にバーネットが実験的に検証した。
(注2)ナノモーター
軸周りに回転するナノマテリアルの総称。本研究ではカーボンナノチューブとその軸を固定する軸受けからなる系を指す。
(注3)角運動量
回転の方向と大きさを表す量。電子は、スピンと呼ばれるミクロな角運動量を持っており、磁気の源であることが知られている。
1700応用理学一般
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