交換バイアスを用いた反強磁性体の磁気状態の制御に成功~超高速・超省電力メモリの開発への大きな一歩~

ad

2024-04-26 東京大学

朝倉 海寛(物理学専攻 博士課程学生)
肥後 友也(物理学専攻 特任准教授 東京大学物性研究所 リサーチフェロー)
松尾 拓海(物理学専攻 博士課程学生 ジョンズ・ホプキンス大学博士課程学生)
上杉 良太(東京大学特別研究員 日本学術振興会特別研究員)
中辻 知(物理学専攻 教授 東京大学物性研究所 特任教授 東京大学トランススケール量子科学国際連携研究機構 機構長
ジョンズ・ホプキンス大学 Research Professor)
浜根 大輔(物性研究所 技術専門職員)

発表のポイント

  • 不揮発性メモリ材料として注目されるワイル反強磁性体Mn3Snの磁気秩序が交換バイアスを用いて室温で制御可能であることを発見した。
  • 交換バイアスは磁気抵抗メモリ(MRAM)におけるデータ保持・演算の安定化に必須の技術であり、反強磁性体を用いた超高速・超省電力な次世代メモリ実現への重要な一歩である。
  • 反強磁性体の自己減磁しない特性を活かし、任意方向に交換バイアスによる磁気異方性を付与することが可能な本技術は、脳型計算や多値記録等の新原理の演算への応用も期待できる。


交換バイアスによるワイル反強磁性体の磁気秩序制御

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の朝倉海寛 大学院生、肥後友也 特任准教授、中辻知 教授らによる研究グループは、次世代の不揮発性メモリ材料として注目されるワイル反強磁性体Mn3Sn(注1)の磁気秩序が交換バイアス(注2)により制御可能であることを発見しました。

情報通信やAI、IoT技術の進歩に伴うデータ通信量の増加に対応するために、シリコンベースの半導体技術を超える、より高速で省電力な情報処理技術の開発が求められています。この要求に応える技術として、電力を消費せずにデータを保持できる不揮発性メモリである磁気抵抗メモリ(MRAM:注3)が期待されており、商業化・実用化が進んでいます。MRAM内では、データを不揮発に記録する役割を担う磁気トンネル接合(MTJ:注4)素子に強磁性体が用いられていますが、この強磁性体を反強磁性体に置き換えることで、動作周波数をGHz帯からTHz帯まで飛躍的に向上させることが可能になります。その為、現在、不揮発性(省電力性)と超高速性を両立するメモリの実現に向け、MRAM向けの反強磁性体の開発が進んでいます。

本研究グループは、トポロジカルな電子状態が重要なワイル反強磁性体Mn3Snを開発し、MRAM応用に必須の機能である不揮発なデータ(磁気状態)の電気的書き込み(2020年及び2022年にNature誌に発表)や読み出し(2023年にNature誌に発表)の実証を通して、Mn3Snが強磁性体の代替に適した反強磁性メモリ材料であることを明らかにしてきました。

本研究では、(i) Mn3Snと異種の磁性体との界面に交換バイアスが現れること、(ii) Mn3Snの磁気状態を交換バイアスを用いて制御可能であることを明らかにしました。交換バイアスは、MTJ素子内の特定の強磁性層の磁気状態を安定化させる手段として、従来のMRAMにおいてもデータの読み書き時のエラー率の低減や熱安定性の向上のために使われています。反強磁性メモリ材料の磁気状態を交換バイアスによって安定化できることを示した本成果は、超高速・超省電力なメモリ実現の上で、書き込み機能や読み出し機能と同様に中心的な役割を果たす技術になることが期待されます。

また、本結果はスパッタ法を用いて熱酸化シリコン基板上に作製した多結晶材料同士の界面において得られており、既存の半導体やMRAMとも親和性の高い製造プロセスの利用が可能です。さらに、観測された交換バイアス自体に脳型計算や多値記録(注5)等の新原理コンピューティングへの応用に繋がる特異な性質も見られ、高速で省電力な情報処理技術の実現に向けた研究の更なる進展が望まれます。

発表内容

研究の背景
情報技術の発展により、データ量とデータ処理に関わる電力消費は年々増加を続けており、演算の省電力化と高速化に向け、既存の半導体メモリに代わる情報処理技術の開発が求められています。そのような状況の中、磁気抵抗メモリ(MRAM)が注目されており、商用化が進んでいます。MRAMは、磁石として知られている強磁性体を中心とした多層膜で構成される磁気トンネル接合(MTJ)素子で構成されています(図1(a))。MTJ素子ではトンネル障壁層の上下にある参照層・記録層の強磁性体の持つ磁化が平行と反平行の状態を「0」と「1」の不揮発な情報として記録できるため、既存の技術に比べて高い省電力性と書き換え耐性が実現できます。

MRAMの性能向上に向けた次世代技術として、強磁性体の代わりに反強磁性体を用いたMRAMの研究が進行中です。反強磁性体を用いることで、メモリの動作速度がGHz帯からTHz帯へと飛躍的に向上することが期待されており、ポスト5G時代に適した超高速かつ超省電力な情報処理技術の実現に貢献すると見られています。

本研究グループでは、この革新的なアプローチを実現するため、反強磁性メモリ材料である「ワイル反強磁性体Mn3Sn」を開発し、従来のMRAM開発で用いられる手法を応用してそのメモリ機能を示してきました。


図1:MTJ素子の構成
(a) 強磁性体を用いたMTJ素子の構成。下から磁気状態により情報の書き込みを行う記録層、読み出しの際に記録層との磁気状態の比較に用いられる参照層、参照層の磁気状態を交換バイアスにより固定するピニング層に分けられます。 (b) ワイル反強磁性体Mn3Snによって置き換えられた全反強磁性デバイス。書き込みと読み出し現象は実証済で、本研究では交換バイアスによる磁気状態の固定効果の実証を行いました。


参考のため、従来の強磁性体を用いたMTJ素子の構成を図1(a)に示します。このMTJ素子では、スピン移行トルク(STT:注6)やスピン軌道トルク(SOT:注6)による記録層の磁気状態の書き込み(記録層の磁化方向の上向きか下向きかの制御、強磁性体ではGHz程度の動作速度)と、トンネル磁気抵抗効果(TMR:注4)を用いた磁気状態(記録層と参照層の磁化の平行と反平行状態)の読み出しがメモリ機能の核となっています。この読み出し過程では、磁化方向を電気的に制御する必要のある記録層とは対照的に、参照層では常に同じ磁化方向を保持している必要があります。その為、MTJ素子では参照層の磁化方向の固定のために、外場等の擾乱に対して磁気状態が安定な磁性体(一般的には反強磁性体や人工反強磁性体:注1)で構成される磁性層(ピニング層)を接合し、交換バイアスという界面磁気結合効果(注2)を用いています(図2(a))。

当研究グループでは、THz帯での動作が期待されるワイル反強磁性体Mn3Snにおいて、SOTによる磁気状態の書き込み(2020年及び2022年にNature誌に発表:プレスリリース①、②)とTMRによる読み出し(2023年にNature誌に発表:プレスリリース③)を実証してきました(図1(b))。これらの現象を用いた反強磁性体MRAMの実現のためには、図2(b)に示すように、交換バイアスによる参照層のMn3Snの磁気状態を固定する技術が不可欠となります。


図2:交換バイアスの概要
(a) 強磁性体の外部磁場に対する応答を示すヒステリシス曲線は、通常その中心が磁場ゼロの位置と一致しています。しかしながらピニング層(反強磁性層)を重ねて磁場を印加しながら冷却すると、冷却中の磁気状態が安定化されるようにピニング層との磁気的な結合が働きます。これにより強磁性層の応答を示すヒステリシス曲線が磁場方向にシフトし、交換バイアスと呼ばれています。(b) 従来型の系における強磁性体をワイル反強磁性体で置き換えた場合についてどのような効果が生じるかは明らかにされていませんでした。

研究内容と成果
本研究では、MTJ素子の参照層とピニング層で構成される二層膜のうち、参照層の強磁性体をワイル反強磁性体Mn3Snで置き換えた薄膜試料を作製しました(図2(b))。この二層膜の界面に交換バイアスが生じるかを確認するために、磁場中冷却注2)と呼ばれるプロセスを経て、Mn3Snが示す異常ホール効果(注7)の磁場依存性を室温で測定しました。その結果、図3に示すように磁場中冷却時に印加した磁場(冷却磁場)の方向に対応して、異常ホール効果の信号がつくるヒステリシス曲線にシフトが生じたことが確認できました。この結果は、Mn3Snのカイラル反強磁性秩序をピニング層との界面に生じた交換バイアスによって固定できたことを示しています。

今回観測された交換バイアス(信号のシフト量)は、試料の保磁力に対して比較的小さい値にとどまっているものの、本来のポテンシャルとしては、更に一桁以上大きくできる可能性が残されています。また、試料を低温に冷やすことにより信号のシフトは顕著になって行き、特に100 Kでは0.4 T程度の巨大なシフト量を観測できました(図4)。


図3:ワイル反強磁性体Mn3Snにおける室温での交換バイアスの観測
磁場中冷却後のワイル反強磁性体Mn3Sn/ピニング層MnN二層膜の室温におけるホール抵抗率の面直磁場依存性。磁場中冷却は400 Kから±9 Tの面直方向の冷却磁場を印加して行っています。黒の曲線が磁場中冷却を行わない時のホール効果の曲線を示しています。正方向の冷却磁場を印加して磁場中冷却すると負の磁場方向のシフトが観測されました(赤の曲線)。また、冷却磁場の符号を変えることで、シフト方向の反転も観測されました(緑の曲線)。


図4:ワイル反強磁性体Mn3Snにおける100 Kでの交換バイアスの観測
磁場中冷却後のワイル反強磁性体Mn3Sn/ピニング層MnN二層膜の100 Kにおけるホール抵抗率の面直磁場依存性。磁場中冷却は400 Kから+9 Tの面直の冷却磁場を印加して行っています。ホール抵抗率のヒステリシスのシフト量は室温よりも顕著になっており、0.4 T程度のシフトが観測されました。


本研究では、世界初となるワイル反強磁性体とピニング層との二層膜での交換バイアスの観測に加えて、ワイル反強磁性体の「強磁性体に匹敵する応答を示すものの、無視出来るほど小さい磁化しか持っていない」という特徴を反映した特性も観測できました。強磁性体は、自身の磁化が作る反磁場により磁化を任意の方向に向けたまま安定化することが難しい「自己減磁(注8)しやすい」性質を持ちます。その為、例えば、試料の積層構造や素子構造によって垂直磁気異方性(形状磁気異方性)(注8)を付与することで磁化方向を膜面直方向(膜面内の一方向)に安定化させるなどの調整を行っており、磁化方向を全方位に自由に固定することが困難です。一方、Mn3Snでは、磁化の代わりにクラスター磁気八極子偏極(注1)が異常ホール効果等の応答信号を決める磁気秩序変数の役割を担っています。クラスター磁気八極子偏極で特徴づけられるカイラル反強磁性秩序は、反磁場の影響を受けずに任意の方向に偏極方向を固定できる「Omnidirectional」特性を有しており、多値記録技術への応用が検討されています (2021年にAdvanced Functional Materials誌に発表:プレスリリース④)。本研究では、交換バイアスによってMn3Snのカイラル反強磁性秩序に付与できる磁気異方性を、冷却磁場の向きによって試料形状に関係なく任意の方向に印加出来ることを示しました (図5)。この交換バイアスにおけるOmnidirectional特性の実証は、任意の方向で磁気状態を安定化させられることを示しており、脳型計算や量子演算などの新原理コンピューティングの実現につながる多値記録素子への応用が期待されます。


図5:ワイル反強磁性体Mn3Snにおける交換バイアスの冷却磁場角度依存性
(a) 測定中の磁場方位。冷却磁場(赤矢印)を試料面直方向から面内方向に角度αだけ回転させながら磁場中冷却を行い、面直方向の測定磁場(青矢印)を用いて異常ホール信号のシフトを観測しました。(b) 300 Kにおける異常ホール抵抗率のシフト量と冷却磁場の角度αとの関係。今回の系では形状磁気異方性の効果が無視できるとして計算を行った結果もプロットしており(赤破線)、実験データをよく説明しています。(c) 本研究で用いた全反強磁性多層膜における交換バイアス発生の概要図。試料形状の影響を受けず、冷却磁場の方位を変えることで、カイラル反強磁性秩序に付与する磁気異方性の方位も任意の方向に容易に向けられることが示されました。このことは、交換バイアスにより任意の方位の磁気状態を安定化できることを示しています。

今後の展望
本研究で用いた交換バイアスに代表される界面磁気結合効果は、MTJ素子で見られるナノスケールの構造中にある膜厚数nmの磁性層といった、非常に微細な磁性体の磁気状態を局所的に制御できるという点で応用上非常に重要です。交換バイアスはMRAMにおける情報の読み書き時のエラー率の低減や熱安定性の向上に用いられており、本研究における反強磁性体間に発生する交換バイアスの詳細な観測の成果は、今後の反強磁性メモリの開発に大いに貢献することが期待されます。

一方、界面磁気結合効果は界面の磁性材料の組み合わせにより多様な物理現象が観測できるため、磁性物理学における大変興味深い研究テーマでもあります。今回の研究では、特異な磁気状態を示すワイル反強磁性体を磁気接合界面に用いることで、磁気異方性を任意の方向に印加出来る新しいタイプの交換バイアスを観測しました。本成果は、脳型計算機や多値記憶、量子演算などの実現につながる新技術としてのみならず、界面磁気結合研究のさらなる発展にも貢献することが期待されます。

関連情報:
プレスリリース①「ワイル粒子を用いた不揮発性メモリ素子の原理検証に成功 -ビヨンド5Gに向けた超高速駆動・超高密度メモリ開発に道-」(2020/4/21)
プレスリリース②「反強磁性体における垂直2値状態の電流制御に成功」(2022/7/21)
プレスリリース③ 「室温で駆動する新しい量子トンネル磁気抵抗効果の発見」(2023/1/19)
プレスリリース④ 「次世代磁性材料:反強磁性体の持つ普遍的機能性の実証」(2021/2/25)

論文情報
雑誌名
Advanced Materials論文タイトル
Observation of Omnidirectional Exchange Bias at All-Antiferromagnetic Polycrystalline Heterointerface

著者
M. Asakura, T. Higo*, T. Matsuo, R. Uesugi, D. Nishio-Hamane, and S. Nakatsuji*
(* : 責任著者)

DOI番号
10.1002/adma.202400301

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業 大規模プロジェクト型(JST-MIRAI)「トリリオンセンサ時代の超高度情報処理を実現する革新的デバイス技術」研究領域(運営統括:大石善啓)における研究課題「スピントロニクス光電インターフェースの基盤技術の創成」課題番号 JPMJMI20A1(研究代表者:中辻知)、戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(JST-CREST)「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」研究領域(研究総括:上田正仁)における研究課題「電子構造のトポロジーを利用した機能性磁性材料の開発とデバイス創成」課題番号 JPMJCR18T3(研究代表者:中辻知)、先端国際共同研究推進事業(JST-ASPIRE)(運営統括:宮野健次郎)「生産性革命の実現や国及び国民の安全・安心の確保に貢献する量子コンピューターや量子技術に係る研究や革新的な機能を有する量子物質の研究」研究領域(研究主幹:川上則雄)における研究課題「トポロジカル物質に基づく革新的量子エレクトロニクスの創成」課題番号 JPMJAP2317(研究代表者:中辻知)、村田学術振興財団における研究課題(研究代表者:肥後友也)などの一環として行われました。

用語解説

注1  ワイル反強磁性体Mn3Sn、(人工)反強磁性体、クラスター磁気八極子偏極
電子はスピンと呼ばれる自由度をもっており、物質中の磁性の起源の一つとなっています。物質を構成する原子におけるスピンの配列により磁性体はいくつかに分類されます。一般に磁石として知られている強磁性体ではスピンが同じ向きに揃い大きな磁化の値を示しますが、反強磁性体ではスピン同士が互いを打ち消し合う方向を向き、全体としては磁化がほぼゼロとなります。一般的な反強磁性体では、本研究で用いたピニング層のように、スピンが反平行を向くことで打ち消し合っており、共線型反強磁性体と呼ばれています。一方、ワイル反強磁性体Mn3Snは図6に示すようなスピン構造を持っています。その反強磁性磁気秩序(カイラル反強磁性秩序)は図中の赤色の矢印で表されたクラスター磁気八極子により記述され、これが強磁性体の磁化に類似した対称性を持つことが知られています。このような磁気構造の対称性の違いにより、Mn3Snでは磁気秩序に応じた巨大応答が観測されています。
また、二つの強磁性薄膜の間に非磁性金属層を挟むことで、強磁性体の磁化の間の特殊な結合(層間交換結合)を発生させることができます。非磁性体の膜厚を適切に選ぶことで、二つの強磁性層の磁化が反対向きに結合するようにでき、人工反強磁性体と呼ばれています。


図6:ワイル反強磁性体Mn3Snの結晶構造と磁気構造
Mn3Snはマンガン(Mn)とスズ(Sn)からなる格子面(カゴメ面)が[0001]方向に交互に位置を変えながら積層した構造を持っています。Mn原子上の矢印が磁気スピンの方向を示しており、それらが互いに逆向きを向こうとする性質とMn原子の配置により、スピンが互いに120°を向いた反強磁性秩序を示します。右図中の赤色の矢印は強磁性体における磁化に対応するクラスター磁気八極子を示しており、Mnスピンが作る磁気秩序に応じて向きを変えます。


図7:交換バイアスの発生過程
(a)ピニング層である反強磁性体の磁気転移温度(ネール温度, TN)以上におけるピニング層/強磁性体多層膜の磁気状態。通常強磁性体の応答を示す曲線は磁場に対して中心に位置しています。(b) 反強磁性体の磁気転移温度以下まで磁場を印加しながら冷却した後の磁気状態。印加磁場(冷却磁場)の方位に応じてピニング層の磁気状態が安定化します。(c) 外部磁場に対する応答をほぼ示さないピニング層からの交換バイアスで強磁性体の磁化も反転しづらくなります。この効果は強磁性体の応答曲線のシフトとして観測されます。

注2  交換バイアス、界面磁気結合効果、磁場中冷却
図7に示されたように強磁性体と反強磁性体(ピニング層)の接合膜を、反強磁性体の磁気転移温度(ネール温度, TN)以上(図7(a))から磁場を印加しながら転移温度以下(図7(b))まで冷却(磁場中冷却)すると、印加磁場の方位に応じて反強磁性秩序が秩序化します。この秩序化した反強磁性秩序は外部磁場等の擾乱に対してほとんど変化を示さず、非常に安定な状態となっています。強磁性体と反強磁性体の界面付近の磁性元素同士に磁気的な結合が生じていると、反強磁性体は冷却中の強磁性体の磁気秩序を安定化させるような作用を及ぼすため(図7(c))、強磁性層も外部擾乱に対して安定化します(交換バイアス)。この現象は、強磁性体に磁化の向きやすい方位を示す磁気異方性が新たに印加されたと見ることもできます。この効果は強磁性体の磁気状態を示す磁化等のヒステリシス曲線における、冷却中の印加磁場とは逆向きのシフトとして観測されます。

注3  磁気抵抗メモリ(MRAM)
磁気抵抗メモリ(MRAM)では、磁気秩序の向きが1bitの情報として用いられます。磁気秩序は外部電源なしに保持されるため、電源を切っても情報が失われない省電力な不揮発性メモリとして用いることができます。

注4  磁気トンネル接合(MTJ)、トンネル磁気抵抗効果(TMR)
絶縁体のトンネル障壁層を二つの磁性層で挟んだ磁気トンネル接合(MTJ)と呼ばれる構造では、二つの磁性層の磁気秩序の向きに応じて磁性層間の抵抗値が変化し、トンネル磁気抵抗効果(TMR)と呼ばれています。磁気状態を抵抗値の高低で読み出すことができるためメモリ技術に活用されています。

注5  脳型計算、多値記録
通常のメモリ素子では「0」、「1」の2値で情報の記録を行っていますが、より多くの情報保持能力を持っている場合には多値記録と呼ばれます。これによりアナログ的な情報記録ができる場合は、脳神経を模した計算手法である脳型計算への活用が期待されます。

注6  スピン軌道トルク(SOT)、スピン移行トルク(STT)
電荷の流れである電流をスピンの流れであるスピン流に変換することで、磁性体にスピンの注入を行えます。これにより磁性体のスピンにトルクが働き磁気秩序の反転を行え、スピン軌道トルク(SOT)と呼ばれます。電流-スピン流の変換には一般に変換効率の高い、白金等の重金属が用いられます。一方、スピン移行トルク(STT)では磁性体に電流を流すことで得られるスピン偏極電流を用いて別の磁性体へのスピン注入を行い、磁気秩序の制御を行います。

注7  異常ホール効果
磁場を印加しながら電流を流すと電流・磁場両方に垂直な方向に起電力が生じ、ホール効果と呼ばれています。強磁性体においては磁化の方位に応じてホール効果が発生することが知られており、異常ホール効果と呼ばれます。近年では強磁性体以外の物質でも、ワイル反強磁性体Mn3Snのように、波数空間における仮想磁場の発生により異常ホール効果を示す物質も知られています。

注8  自己減磁、垂直磁気異方性、形状磁気異方性
大きな磁化を持つ強磁性体では、自身の磁化により磁性体内部にも磁界が発生します。この磁界は自身の磁化を打ち消す方向に働くため、磁化を任意の方向に向けて安定化することが困難で自己減磁と呼ばれます。この効果は磁性体の形状に大きく依存して起こるため、形状磁気異方性と呼ばれる異方性の原因となります。強磁性薄膜試料ではこの形状磁気異方性により、磁化が膜面内を向きやすくなりますが、界面効果によって垂直磁気異方性を持たせることで、磁化を垂直方向に向けさせる技術が磁気デバイスで広く用いられています。

ad
1700応用理学一般
ad
ad


Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました