AIを活用し、作業者による機器調整を無くし、製造工程で生産性を向上
2021-11-25 産業技術総合研究所
三菱電機株式会社(以下、三菱電機)と国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下、産総研)は、製造現場における環境変化や加工対象物の状態変化を予測し、稼働中のFA機器の加工速度などをリアルタイムで調整するAI制御技術を開発しました。この技術は、人手と時間をかけて行っていたFA機器の調整を無くすとともに、AIが予測した加工誤差量などの結果の信頼度を指標化し、信頼度に応じてFA機器を適切に制御します。これにより、さまざまな加工環境下においても信頼性の高い安定した動作が可能となり、変種変量生産における製造工程においても生産性の向上に貢献します。
リアルタイムで調整するAI制御技術の概念図
開発の特長
1.高速推論:FA機器制御と同時並行で高速推論可能なAI制御技術を開発
- FA機器に求められるリアルタイム制御を実現するため、高速で推論が可能なAIを活用した技術を開発
- 動作速度などのFA機器の状態を表すデータ(状態量)を取得し、AIが自動で動作パラメーターや補正量を高速に推定することで、加工精度・生産性を向上
2.環境適応:動作中の状態量を学習し、常に変化する加工環境に適応
- FA機器の動作中に加工形状などの加工環境や変種変量生産における製品形状の変化をAIに学習させ、製造現場の環境変化や状態変化に適応した高精度なFA機器制御を実現
- FA機器における摩擦などの物理現象を数式化してAIに組み込み、学習に用いる状態量を削減して高速学習を実現
3.高信頼:推論結果の信頼度を指標化し、信頼性の高いAI制御技術を実現
- AIが推論した結果の信頼度を数値化するアルゴリズムを構築
- リアルタイム制御に要求される高い信頼性を確保するため、推論結果の信頼度に応じてFA機器を適切に制御し、さまざまな加工環境下においても信頼性の高い安定した動作を実現
開発体制
名称
担当内容
三菱電機
CNC(数値制御装置)システム・サーボシステム・放電加工機・産業用ロボットへのAI制御技術の実装と改良
産総研
AIを活用した最適化・データ分析技術の提供
開発の背景
近年、ユーザーニーズの多様化に伴い、製造業界では変種変量生産が求められ、製造する製品が頻繁に変わる傾向にあります。それに対応するため、個々の製品製造において、FA機器を動かすスピードや工具の回転数など個別に最適条件の調整を行っていました。しかし、人手と時間を要するなど生産性が低下するという問題がありました。また、少子高齢化に伴い、FA機器を最適条件に調整できる熟練作業者の不足という課題にも直面しています。
これらの課題に対し、三菱電機と産総研は、三菱電機のAI技術「Maisart®(マイサート)※」のひとつとして、加工対象物の変更、加工中の形状変化など製造現場における環境変化や状態変化をAIが予測し、稼働中のFA機器の加工速度などをリアルタイムで調整するAI制御技術を開発しました。従来、作業者が時間をかけて行っていたFA機器の調整が不要となり、さらにAIが予測した加工誤差量などの結果の信頼度を指標化し、信頼度に応じてFA機器を適切に制御することで高い信頼性を確保し、生産性の向上に貢献します。
三菱電機と産総研は2017年度からAI開発で連携しており、今回の開発成果は産総研の有するAI技術を三菱電機のFA機器に適用可能にしたものです。今後、三菱電機のFA機器・システムに実装を進め、工場の生産性向上に大きく貢献していきます。
※ Mitsubishi Electric’s AI creates the State-of-the-ART in technologyの略。全ての機器をより賢くすることを目指した三菱電機のAI技術ブランド
特長の詳細
1.高速推論:FA機器制御と同時並行で高速推論可能なAI制御技術を開発
変種変量生産の製造現場では、CNC切削加工機や産業用ロボットなどのFA機器を使った製造工程で、加工・把持対象ごとにFA機器の動作・動作速度・加速度などが異なり、それらの影響を受けて、実際のFA機器における最適な動作パラメーターも時々刻々と変化します。従来の製造工程では、要求精度などの製品仕様を満たすため、熟練作業者が速度などの動作パラメーターを調整していました。これには人手と時間を要し、生産性の低下が問題となっていました。
今回、産総研はFA機器に求められるリアルタイム性を満たすため、FA機器制御と同時並行で高速推論できるAI技術を開発しました。三菱電機はFA機器メーカーとしてこれまで蓄積してきた知識を活用し、AIの推論精度や処理負荷をFA機器向けに調整しました。また、三菱電機は処理負荷を軽量化することで、動作パラメーターの推論精度を維持しつつ、FA機器制御と同時並行での推論が可能な軽量なAI制御技術を開発しました。
2.環境適応:動作中の状態量を学習し、常に変化する加工環境に適応
FA機器では、加工進行によって加工対象物の形状が変化するため、加工形状などの加工環境が変わり、一定の動作パラメーターでは加工時間が長くなったり、加工品質が悪くなったりすることもありました。また、このような加工環境の変化は加工対象物によって変化し、変種変量生産では事前に学習しておくことが困難でした。
今回、産総研はFA機器動作中に取得した状態量をAIにその場で学習させ、加工環境が変化した場合でも、その場で調整することが可能となるAI技術を開発しました。また、三菱電機はFA機器における摩擦などの物理現象を数式化し、数式をAIに組み込むことで、FA機器動作中での学習を可能にしました。これにより、常に変化する加工環境への適応が可能になりました。
3.高信頼:推論結果の信頼度を指標化し、信頼性の高いAI制御技術を実現
FA機器には、安定的な製品品質や製造にかかる時間短縮が求められており、リアルタイムでAI制御するためには、AIの推論結果の信頼性が高くなければなりません。
今回、産総研は推論対象となる装置の機械特性と併せて、個々の製品の機械特性のバラツキを学習することで、推論結果の信頼度を計算できるアルゴリズムを構築しました。また、三菱電機はこのアルゴリズムをAI制御技術に組み込み、推論結果の信頼度に応じて適切にFA機器を制御することで、高い信頼性を確保したAI制御技術を開発しました。
AI制御技術の適用例
1.高速推論
三菱電機と産総研は、高速推論が可能なAI制御技術の適用例として、ロボットアームの手先にかかる負荷を推定する技術を開発しました。
ロボットが動く際の適切な加減速を計算するには、ロボットの手先負荷の情報が必要で、この情報が未知ではロボットを高速かつ安全に動かすことが難しくなります。
これに対し、本開発技術は、モーター電流などの情報から、AIによって手先負荷の推定を高速に行うとともに、その推論結果の信頼度を算出し、信頼度に応じて加減速を調整します(図1-1)。検証動作の例(図1-2)では、推定した手先負荷を用いた場合と用いない場合のロボットの関節軸角速度の移動開始から停止までの時間を比較して、推定した手先負荷を用いた方がロボットの動作時間が20%短縮できることを確認しました。また、推論の信頼度を用い、信頼性が高い時のみ調整を行うことで安定した動作が可能です。
図1-1 負荷と信頼度を推定するAIを用いた動作の高速化
図1-2 負荷推定を用いた高速化の例
2.環境適応
三菱電機と産総研は、環境に適応したAI制御技術の適用例として、放電加工機の一つである形彫放電加工機の加工条件を自動調整するAI調整機能を開発しました。形彫放電加工機は、彫りたい形状に加工された電極を加工対象物に近づけて放電を発生させることで電極形状を加工対象物に転写しますが、加工中は電極と加工対象物の間に加工屑が発生するため、加工屑を排出する電極の動作が必要となります(図2-1)。加工屑は加工が進むにつれて増加するため、加工屑の排出状態に応じて加工屑排出動作の頻度を調整する必要があります。
AI調整機能では、加工屑の排出状態を加工中にAIが学習し、加工屑排出動作の頻度を自動調整します。三菱電機の形彫放電加工機の加工評価において、AI調整機能を適用しない場合と比較して加工時間を最大23%短縮することを確認しました(図2-2)。
図2-1 形彫放電加工機の加工状態
図2-2 加工時間の比較
3.高信頼
三菱電機と産総研は、高い信頼性を確保したAI制御技術の適用例として、CNC切削加工機のAI誤差補正機能を開発しました(図3-1)。本機能は、加工が進む際の加工位置に応じて変化する切削加工機への指令値と現在の位置の差を示す加工誤差量をAIが推定することで、機械可動部の特性が動的に変化した場合でも適切な補正を行うことができます。また、AIが推論した加工誤差量の信頼度を指標化し、信頼できる誤差補正量の推論結果のみを用いて誤差補正することが可能です。これにより、三菱電機のCNC切削加工機での加工評価において、AI誤差補正機能を適用しない場合と比較して加工精度を51%向上するとともに、安定した加工を実現できることを確認しました(図3-2)。
また、信頼度が低い場合には再学習を行うことで、加工精度を向上することが可能です。
図3-1 CNC切削加工機のAI誤差補正機能
図3-2 CNC切削加工機における評価結果
商標関連
「Maisart」は三菱電機株式会社の登録商標です。
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