東南極氷床の拡大は従来説よりも早かった ~最終氷期の氷床変動メカニズムの解明へ~

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2021-08-19 情報・システム研究機構 国立極地研究所

南極の東経側(東南極)の氷床は巨大な体積を有することから、融解した場合の人類への影響は甚大なものになります。将来の氷床変動の予測のために、過去の氷床量の変遷(氷床変動史)の解明は重要な課題です。しかし、これまでのモデル計算による氷床変動史は、南極での地質学的調査から得られるデータとの矛盾が指摘されていました。

国立極地研究所の石輪健樹特任研究員を中心とする研究グループは、氷床の変動による隆起や沈降を考慮したモデル(Glacial Isostatic Adjustmentモデル)を用いて、最終間氷期以降(約12万年前から現在)の東南極の氷床変動史について検討を重ね、南極・昭和基地周辺をはじめとする東南極の沿岸域で得られている地質学的データと矛盾しない結果を得ることに成功しました。その結果、最終氷期において東南極の一部で氷床量が最大となった時期が、従来説よりも2~7万年早かった可能性が示されました(図1)。本成果は、最終間氷期以降の東南極氷床の変動メカニズム解明につながると期待されます。

図1:ラングホブデにおける氷床厚変化(赤)と海水準(青)。実線は本研究の複数の数値計算結果を、破線は従来の数値計算結果を示す。△は地質学的試料から示される海面の位置。本研究では全球的に氷床が拡大した最終氷期最盛期よりも前のタイミングで東南極の一部が拡大した可能性が示唆された。

研究の背景

喫緊の課題となっている気候変動の影響の中でも、南極氷床の融解(縮小)と、それに伴う海面上昇は特に懸念されています。将来の氷床変動のより正確な予測のためには、過去にどのように氷床が変動してきたかを知り、さらに、その変動メカニズムを理解する必要があります。

約12万年前の最終間氷期(注1)から約2万年前の最終氷期最盛期(注2)にかけて、大陸上の氷床が発達するのに伴って全球的な海面は低下し、最終氷期最盛期では、現在より約130m海面が低下していました。南極氷床もほかの氷床と同様、最終氷期最盛期では約10~20m全球的な海面を下げることに相当するほど拡大したと言われています。しかし、「南極氷床はどのような過程で拡大していったのか」という問いに対しては明確な答えが得られていませんでした。

氷床が融解すれば海面が上昇することから、過去の氷床変動を知るためには、過去の海面変動を知ればよいことになります。過去の海面の位置は堆積物(地層)の地質学的な調査などで知ることができますが、大陸を覆う氷床が成長すると、大陸とその周囲は氷床の重みで沈降し、縮小すると隆起するため、海面の位置が氷床の融解量を単純に反映しているわけではありません。そのため、海面変動から氷床の変動を推定するには、この「沈降や隆起(アイソスタシー)」の影響(GIA:Glacial Isostatic Adjustment)を考慮し、GIAモデルにより補正する必要があります。しかし、これまで使われてきたGIAモデルでは、計算による海面位置の変遷の結果が、南極での地質学的な調査から得られた海面位置の変遷と一致していないことの矛盾が指摘されていました。

研究の内容

図2:本研究の対象地域。「Quantarctica」を利用して作成。

本研究グループは東南極のリュツォ・ホルム湾とプリッツ湾(図2)で採取された貝化石や堆積物の年代測定から得られた地質学的データ(これまでに南極地域観測隊で取得されたデータも含む(図3))に着目しました。これらのデータは5万年前から3万年前の間と、過去1万年間に集中しています(図1の△)。特に5万年前から3万年前の地質学的データは南極においては限られた地域でしか得られておらず、貴重なものですが、これまでのGIAモデルによる数値計算とは矛盾が生じていました。

研究グループがGIAモデル上のパラメータを数百通り以上変更して検討を重ねたところ、約9万年前から約4万年前の東南極氷床の沿岸域に、最終氷期最盛期よりもさらに多い氷床量を推定することで、5万年前から3万年前の地質学的データと、GIAモデルによる計算結果が矛盾しないことが見いだされました。つまり、最終氷期最盛期以前に、東南極の一部で氷床が拡大していた可能性が示されたことになります(図1)。これは、従来考えられていた「南極氷床は最終氷期最盛期に最大量に達した」という説とは異なる結果となりました。

図3:第37次南極地域観測隊(1995~96年)における堆積物試料の試料採取風景。国立極地研究所 三浦英樹准教授撮影。

今後の展望

約10万年前から約6万年前に起きた氷床の成長は、南極海の古環境変動とも密接に関連していると考えられます。また、今後の野外調査による試料採取や分析、そしてモデル実験の進展により、氷期における南極氷床変動メカニズムの解明が進むと期待されます。

さらに、現在の南極では、過去の氷床変動によるGIAの影響が残っています。このGIAの評価は、「今、南極のどの地域がどのくらい融解しているか」を推定する上でも重要です。そのため、本研究のGIAモデルの改善は、過去のみならず、現在・未来の南極を知る上でも重要な成果と言えます。

注1:最終間氷期
現在から約12万年前の時期を指す。全球的な海面は現在よりも6m前後高かったとされ、グリーンランドや南極氷床が融解していたと考えられる時期。

注2:最終氷期最盛期
現在から約2万年前の時期を指す。北欧や北米にも氷床が発達し、全球的な海面は約130m低下したと考えられる時期。

論文情報

掲載誌:Geology
タイトル:Excess ice loads in the Indian Ocean sector of East Antarctica during the last glacial period

著者:
石輪健樹(国立極地研究所 地圏研究グループ 特任研究員)
奥野淳一(国立極地研究所 地圏研究グループ 助教)
菅沼悠介(国立極地研究所 地圏研究グループ 准教授)
DOI:10.1130/G48830.1
URL:https://doi.org/10.1130/G48830.1
論文公開日:2021年6月14日(Early Publication)

研究サポート

本研究はJSPS科研費(若手研究:18K13621、基盤研究B:16H05739、基盤研究A:19H00728、新学術領域研究:17H06321)、東レ科学技術研究助成の支援を受けて実施されました。

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