シリコン3量子ビットを実現~シリコン量子コンピュータの複数量子ビット制御に指針~

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2021-06-08 理化学研究所

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター量子機能システム研究グループの武田健太研究員、野入亮人基礎科学特別研究員、樽茶清悟グループディレクターらの研究チームは、シリコン量子ドット[1]デバイス中の電子スピン[2]を用いて、3量子ビットの制御および量子もつれ[3]状態の生成に成功しました。

本研究成果は、高精度制御と将来的な集積性の観点から、近年注目されているシリコン量子ドットを用いた量子コンピュータ[4]の実現において重要な課題である、多数の量子ビットのコヒーレント制御[5]に指針を与えるもので、今後の研究開発を加速させることが期待できます。

量子コンピュータの動作には、量子もつれと呼ばれる複数量子ビット間の相関の制御が重要です。シリコン量子ドット中の電子スピンを用いた量子ビットでは、この数年で2量子ビット間の量子もつれが実証されました。しかし、量子誤り訂正[6]など重要な量子アルゴリズムの実装に必要な3量子ビット以上の量子もつれの生成および検証は困難でした。

今回、研究チームは、シリコン量子ドット中に閉じ込めた三つの電子スピンを高い精度で完全に制御および測定にすることに成功しました。また、シリコン量子ドットデバイスで世界初となる3量子ビットもつれ状態の生成を実証しました。

本研究は、科学雑誌『Nature Nanotechnology』の掲載に先立ち、オンライン版(6月7日付:日本時間6月8日)に掲載されます。

本研究で用いたシリコン量子ドット試料の電子顕微鏡写真

背景

近年、半導体デバイスの微細化による情報処理能力の向上に限界が訪れつつあり、新しい動作原理に基づく次世代型コンピュータの実現が切望されています。特に有望視されているのが、量子力学の原理に基づき、複数の情報を同時に符号化することで超並列計算を実行する量子コンピュータであり、その実用化に向けた研究開発が世界的に活発化しています。

さまざまな物理系を用いた研究が進められている中、シリコン量子ドット中の電子スピンを用いた「シリコンスピン量子コンピュータ」は、既存産業の集積回路技術と相性が良いことや、比較的高温での動作が可能であることから、大規模量子コンピュータの実装に適していると考えられています。

スピン量子コンピュータの実現のためには、1スピン状態の制御(単一電子スピン共鳴[7])、2スピン間の交換結合の制御、スピン状態の単発測定[8]、初期化などの基本要素をそれぞれ高い精度で実装する必要があります。これまでの研究では、二つのスピンを用いてこれらの基本要素を実現し、2スピン状態の制御、量子アルゴリズムの実装が報告されていました。

3スピン量子ビット以上については、本研究チームを含むさまざまな研究グループから、砒化ガリウムの量子ドットデバイスを用いた研究が報告されています。しかし、デバイスの品質、材料による制約(磁気および電気的雑音)などの問題があり、複数スピンを高い精度で操作・測定し、量子もつれ状態を評価することは困難でした。

研究手法と成果

研究チームは、シリコン3重量子ドット中の電子スピンを用いて、3スピン状態の完全な制御、および高い精度を持つ3スピンもつれ状態であるGreenberger-Horne-Zeilinger(GHZ)状態[9]を実現しました。量子ドット構造は、シリコンスピン量子コンピュータで一般的に用いられている、歪シリコン/シリコンゲルマニウムの量子井戸[10]基板上に微細加工を施すことで作製しました(図1)。3層からなるアルミニウム微細ゲート電極に正電圧を加えることで、量子井戸中に電子を電界誘起し、高い自由度で量子ドットを形成し、制御できます。

実験では、P1、P2、P3ゲート電極の先端直下に形成された三つの量子ドットに電子を一つずつ閉じ込め、それらの電子スピンを操作しました(図1)。

本研究で用いたシリコン量子ドット試料の電子顕微鏡写真の図

図1 本研究で用いたシリコン量子ドット試料の電子顕微鏡写真

三つのゲート電極(P1、P2、P3)の直下に、三つの量子ドットを形成できる。赤、緑、青の丸は量子ドット中の電子を示す。1nmは10億分の1メートル。


スピン量子ビットの1スピン操作である電子スピン共鳴は、スピンのゼーマンエネルギー[7]に共鳴した実効的な交流磁場を加えることで発生させました。図2は、それぞれの電子スピンのラビ振動[11]の観測結果で、理想的な正弦波に近い振動が得られています。ランダム化ベンチマーキング[12]と呼ばれる方法でスピン操作の精度を測定したところ、平均99.5%という高い精度(忠実度)で操作できていることが分かりました。

単一量子ビット操作の図

図2 単一量子ビット操作

1マイクロ秒は100万分の1秒。丸点は測定結果を示し、実線は正弦関数によるフィッティングを示す。量子ビットの状態が、高周波の印加時間に対してほぼ減衰せずに振動している様子が観測された。観測された振動は、スピンが基底状態(下向きスピン状態)と励起状態(上向きスピン状態)の間を高周波の印加時間に対して周期的に遷移することを示す。


スピン状態を完全制御するには、1スピン操作に加えて隣接2スピン間のもつれ操作が必要です。本研究では、それをスピン間の交換結合の電気的制御によって実現しました(図3)。スピン間の交換結合(J)は、量子ドット間のトンネル障壁[13]の大きさに依存するため、ゲート電圧によって制御が可能です(障壁が低いほどJは大きく、障壁が高いほどJは小さい)。特に、ゲート電圧を高速でパルス制御し、Jを短い時間(典型的には数10ナノ秒程度、ナノ秒は10億分の1秒)作用させることで、代表的な2量子ビット操作の一つである制御位相操作[14]を実装できます。

スピン交換結合の電気制御の図

図3 スピン交換結合の電気制御

量子ビット2を下向きスピンと上向きスピンの重ね合わせ状態にした上で、量子ビット3のスピン共鳴スペクトルの分裂を測定することにより、量子ビット2と3の間の結合Jを測定できる。障壁ゲートB3の電圧が0Vに近いときは、二つの量子ドットはほぼ結合しておらず、Jは0に近い(右下の図)。B3に正電圧を印加して結合を強くすると、徐々に共鳴ピークは二つに分裂し、その間隔は大きくなっていく(右上の図)。この試料においては、Jを0.3MHzから30MHz程度まで制御可能である。また、ここでは量子ビット2と3の測定結果を紹介したが、1と2の組み合わせについても同様に交換結合を制御できる。


最後に、1スピン操作と制御位相操作を組み合わせることによって、3量子ビットもつれ状態を生成しました(図4a)。また、量子状態トモグラフィ[15]を用いて、量子状態の密度行列[16](ρexpt)を測定しました。図4bに示す実験で得られた密度行列と、図4cに示す理想的な3量子ビット最大もつれ状態の密度行列(ρGHZ)を比較すると、88%という高い状態忠実度が得られただけでなく、生成した状態が2量子ビット以下のもつれ状態やW状態[17]に分解できない真のGHZ型の量子もつれであることが分かりました。

3スピン量子もつれ状態の生成と測定の図

図4 3スピン量子もつれ状態の生成と測定

(a)3スピンGHZ状態生成および測定の量子ゲートシーケンス。X(Y, Z)はx(y, z)軸回りのπ回転、X/2(Y/2, Z/2)はx(y, z)軸回りのπ/2回転を表す。CZ/2はCZゲートを半分作用させた操作を表す。この測定では、GHZ状態を生成する量子ゲートシーケンスにスピンエコー法(各量子ビットに印加されるY操作がリフォーカスパルス)を組み合わせることで、低周波雑音の影響を低減している。

(b)量子状態トモグラフィの測定結果。プロットされているのは密度行列の実部。

(c)理想的な3スピンGHZ状態の密度行列。四隅の値(0.5)以外は全て0である。

今後の期待

本研究では、シリコン量子コンピュータの実現における課題の一つである、量子ドット列における複数スピンの完全な操作と測定を実現しました。また、量子誤り訂正などの量子アルゴリズムの実装に必要となる多量子ビット間の量子もつれ状態を高い精度で実現しました。

本研究で確立した量子ビット列の制御、測定技術を応用することによって、シリコンスピン量子ビット系に特有の問題である磁気的・電気的雑音を考慮した量子アルゴリズムの最適化やその検証実験が可能になると考えられます。また、より大きな量子ビット列を用いることで、大規模量子コンピュータの実現に向けた研究開発の進展が期待できます。

補足説明

1.量子ドット
電子を空間的に3次元全ての方向に閉じ込めることで運動を制限し、0次元構造としたもの。その性質から人工原子とも呼ばれ、電子を一つずつ出し入れできる。

2.電子スピン
電子が右回りまたは左回りに自転する回転の内部自由度のこと。この回転の向きに応じて、通常上向きまたは下向きの矢印で表される。

3.量子もつれ
二つ以上の量子状態において現れる、古典的には説明できない相関のこと。

4.量子コンピュータ
量子力学における重ね合わせを利用して、超並列計算を実現するコンピュータ。従来のコンピュータでは天文学的な時間のかかる因数分解の問題などを、数時間で解くことができる量子アルゴリズムが開発されており、超高速計算が可能になると考えられている。

5.コヒーレント制御
可干渉性(コヒーレンス)を十分保った状態で行われるような量子状態の制御。

6.量子誤り訂正
量子ビットは外部環境(電子スピン系では磁気的雑音や電気的雑音など)による擾乱に非常に弱いため、その操作には誤りが生じる。一つ一つの誤りが非常に小さくても、長く計算を続けると誤りが蓄積し、正しい計算結果を得ることができないため、適宜誤りを検出、訂正する必要がある。そのような誤りを訂正する方法を量子誤り訂正と呼ぶ。

7.電子スピン共鳴、ゼーマンエネルギー
高磁場中にあるスピンのエネルギー差(ゼーマンエネルギー)に共鳴した周波数を持つ高周波磁場を加えると、スピンの周期的回転が起こる現象。

8.単発測定
量子ビットの状態を測定する際に、平均化を行わず1回の射影測定で0状態か1状態を判定できる測定方法。

9.Greenberger-Horne-Zeilinger(GHZ)状態
3量子ビット以上からなる典型的な量子もつれ状態。全ての量子ビットが0状態である状態と全ての量子ビットが1状態である状態の重ね合わせ状態で、量子コンピュータに重要なさまざまな非古典的な振る舞いを示す。

10.量子井戸
ある方向の電子の運動を束縛した構造のこと。電子は束縛されていない2次元方向にのみ運動が可能。通常数ナノメートル程度の薄膜を異なる材料で挟むことで構成する。

11.ラビ振動
二つの量子状態の間のエネルギー分裂に共鳴的した交流外場を加えたときに、それら2状態間で周期的な遷移が起こる現象。本研究で用いた電子スピン共鳴の場合は、さまざまな交流磁場の印加時間に対して、上向きスピンの検出確率を測定することによって観測できる。

12.ランダム化ベンチマーキング
量子ビットの操作精度(忠実度)を測定する代表的な方法。量子ビットに対して、ある種のランダムに選ばれた操作を何回も行い、その際の理想的な状態の検出確率の減衰から量子ビットの操作精度を測定できる。

13.トンネル障壁
量子力学では、粒子がエネルギー的に高く、古典的には越えられない障壁をすり抜ける現象が知られている(トンネル効果)。このような状況でのエネルギー障壁をトンネル障壁と呼ぶ。

14.制御位相操作
代表的な2量子ビット操作の一つで、どちらの量子ビットも1状態のときに状態の位相を反転し、それ以外の場合は何もしない操作。

15.量子状態トモグラフィ
未知の量子状態を実験的に推定する方法。上向きか下向きを判定する通常のスピン測定(z軸方向への射影測定)では、位相や相関の情報を全て取得できないため、さまざまな1量子ビット操作とスピン測定を何回も行うことで実装する。

16.密度行列
量子力学において、混合状態と呼ばれる状態を表現するために使われる行列。混合状態は、デコヒーレンスなどによって量子ビットの状態に関する情報が不完全になった際に現れる状態。

17.W状態
3量子ビット以上からなる典型的な量子もつれ状態の一つで、Greenberger-Horne-Zeilinger状態とは異なる量子力学的な特性を持つ。

研究チーム

理化学研究所 創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ
研究員 武田 健太(たけだ けんた)
基礎科学特別研究員 野入 亮人(のいり あきと)
グループディレクター 樽茶 清悟(たるちゃ せいご)
上級研究員 中島 峻(なかじま たかし)
研究員(研究当時) 米田 淳(よねだ じゅん)
研究員(研究当時) 小林 嵩(こばやし たかし)

研究支援

本研究は、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)技術領域「量子情報処理(主に量子シミュレータ・量子コンピュータ)(研究総括:伊藤公平)」の研究課題「シリコン量子ビットによる量子計算機向け大規模集積回路の実現(研究代表者:森貴洋)JPMXS0118069228」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「量子状態の高度な制御に基づく革新的量子技術基盤の創出(研究総括:荒川泰彦)」の研究課題「スピン量子計算の基盤技術開発(研究代表者:樽茶清悟)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

Kenta Takeda, Akito Noiri, Takashi Nakajima, Jun Yoneda, Takashi Kobayashi, and Seigo Tarucha, “Quantum tomography of an entangled three-qubit state in silicon”, Nature Nanotechnology, 10.1038/s41565-021-00925-0

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ
研究員 武田 健太(たけだ けんた)
基礎科学特別研究員 野入 亮人(のいり あきと)
グループディレクター 樽茶 清悟(たるちゃ せいご)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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