ベリリウム鉱石精製が従来技術の1/1,000のエネルギー、常圧・低温で可能に
2021-05-27 量子科学技術研究開発機構
発表のポイント
- 核融合炉に不可欠なベリリウムの精製において、アルカリ溶融技術とマイクロ波加熱を組み合わせることにより、溶融に必要なエネルギーを従来法の1/1,000に飛躍的に低減し、常圧下で溶解することに成功しました。
- 開発した、低温・常圧条件でのベリリウム精製技術は、これまで高温処理が必要だったレアメタル等の精製にも適用でき、大幅な省エネルギーとCO2排出抑制を両立した革新的な金属精製技術でカーボンニュートラル実現への貢献が期待されます。
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研」という。)核融合エネルギー部門六ヶ所核融合研究所増殖機能材料開発グループの中道勝グループリーダーらは、核融合炉に不可欠なベリリウム精製に必要なエネルギーを減らし、CO2の排出を抑える技術開発に取り組み、従来2,000℃の高温が必要であったベリリウムの精製を、常圧、220℃以下の加熱で実現する技術の開発に成功しました。この精製法は、必要となるエネルギーを従来法の1/1,000に減らすだけでなく、CO2の排出を抑える技術であり、省エネでカーボンニュートラルに貢献できる精製技術です。
核融合炉に不可欠なベリリウムは、鉱石からベリリウムを取り出して精製する工程が複雑で、かつ鉱石は、2,000℃まで加熱しないと溶解しないため、製造プロセスで大量のエネルギーを消費するだけでなく、CO2も排出されるという課題がありました。
これらの課題の解決に取り組み、一昨年、粉末状のベリリウム鉱石を塩基溶液に混ぜてマイクロ波で加熱してから、酸溶液中に移してマイクロ波で再加熱すると、250℃という低い温度でもベリリウム鉱石が溶解できることを見出し、低温湿式精製技術として特許出願しました。
この技術の開発により、加熱温度を従来技術の2,000℃に比べ、250℃と極めて低く抑えることを実現できましたが、液体中での加熱となるため、200℃を超える温度により生じる圧力に耐え得る設備の整備が必須であることが課題でした。
そこで、今回さらに、耐圧設備が不要で、常圧での低温溶融を実現する技術の開発に取り組みました。従来の技術では、溶融したい試料と溶融を助ける試薬(融剤)を混合した粉末を入れた容器を、電気炉やガスバーナーなどで外側から加熱して容器内の温度を500℃以上に上げる必要がありました。
解決のポイントはアルカリ溶融技術の導入ですが、より低温での溶融を行うために、ベリリウム鉱石を塩基試薬(融剤)と混ぜ合わせた粉末にマイクロ波を照射して加熱することにより、常圧下でも通常のアルカリ溶融より遙かに低い、220℃の加熱でベリリウム鉱石を溶融できることを見出しました。さらに、この溶融に続けて酸による溶解を行って、これまで誰も実現できていなかった、常圧下で加熱も必要ない極めて安全な条件下でのベリリウムの全溶解に初めて成功しました。
今回開発した、新しいベリリウムの溶融・溶解法は、作業工程で必要となる加熱が従来法に比べ、わずか1/1,000と飛躍的な経済性向上を実現し、さらに精製設備は閉構造で良いことから安全性が高まるとともに溶解処理工程以降で発生するCO2を抑制できる革新的なベリリウム精製技術です。そして、この技術は、ベリリウム鉱石だけでなくレアメタルを含む様々な金属鉱石にも適用できることから、省エネとCO2排出抑制を同時に実現する金属精製技術として、令和3年3月10日に特許出願しました。
政府に設置された統合イノベーション戦略推進会議において、温室効果ガスの大幅削減を目指す「革新的環境イノベーション戦略(決定)」のイノベーション・アクションプランが示されています。本技術は、その目標である、事業化を見据えた技術開発の促進を図るとした革新的な省エネルギー技術である「熱利用製造プロセス」の製造プロセス省エネ化を実現する、社会実装につながる技術であり、金属製造産業での幅広い活用が期待されます。
研究の背景と目的
日本では、各種金属資源をほぼ海外からの輸入に頼っています。一方、昨今のコロナ禍による影響で、レアメタルを含めた金属資源の主要供給国は、その感染収束の時期も見通せない状況で、今後さらなる拡大再発も懸念されています。実際にこのような状況で、資源供給国における生産停止、国境封鎖などにより供給に影響が生じています。海外からの輸入依存率の高い我が国の資源確保の現状においても、今後の様々な感染症拡大、自然災害、世界情勢、供給国の国政などに大きな影響を受けることから、早急に資源循環社会の構築が必要です。
資源確保及び資源循環の構築は、核融合開発においても必須です。核融合炉の燃料のトリチウム1)は、リチウムに中性子2)を当てて生産します(図1上部)。このとき、より多くのトリチウムを生産するためには、中性子を増やす中性子増倍材3)のベリリウム(Be)4)が不可欠です。レアメタルであるBeは、核融合原型炉5)では一基当たり約500トンが必要となり、これらを内包するブランケットは約4年ごとに交換します。一方、全世界のBe総生産量は約300トン/年であることから、核融合原型炉の早期実現に向けたBeの安定確保は、克服すべき大きな課題の一つです。
図1 中性子増倍材の役割とベリリウムの安定確保の必要性
Be鉱山資源は既に多くが確認されていますが、米国や中国以外のほとんどは、度重なる世界的経済不況などによる需要減少のため、採鉱が休止又は閉山状態です。また、従来精製技術は工程が複雑で、2,000℃の高温処理を要するエネルギー多消費型精製プロセスの典型で、経済性やCO2排出の問題があることから、経済性や環境性に優れた精製技術開発を実施しました。
研究内容と成果
従来技術は、鉱石(ベリル)を外部加熱により2,000℃に溶融後急冷して結晶性を弱めてから酸溶解した後、さらに高温加熱処理である焙焼や昇華反応を行う手法であり、高温処理により大量のエネルギーを消費するだけでなく、CO2の排出、そして、作業者の健康障害予防のための粉塵防護措置・設備が必要となる乾式工程を多く含むという問題がありました(図2左)。そこで量研では一昨年度、化学処理とマイクロ波内部加熱6)による低温湿式精製技術(図2中央)を開発し、250℃という低温でもBe鉱石が溶解できることを見出しました。一方で、液体中での加熱となるため、200℃を超える温度により生じる圧力(60kg/cm2以下)に耐える設備の整備が必要でした。そこで、耐圧設備が不要で、常圧での低温溶融を実現する技術の開発に取り組みました。その結果、アルカリ溶融技術7)にマイクロ波内部加熱を適用することにより、常圧下でBeを全溶解することに成功しました(図2右)。
図2 ベリリウム精製技術の比較(従来技術、低温湿式精製技術、アルカリ・マイクロ波溶融技術)
実験装置規模での比較となりますが、本技術は、従来技術の2,000℃溶解処理に対して1/1,000のエネルギーで処理が可能であり、飛躍的な経済性向上を実現しました。また、外部加熱によるアルカリ溶融技術では500℃が必要であることに対し、マイクロ波内部加熱では220℃で溶融できるという反応促進効果が認められ、30%のエネルギーで溶融が可能です。さらには、低温湿式精製技術に対しては、常圧処理で設備整備の大幅軽減など、一層の経済性向上を実現しました。そして、閉構造の機器構成により粉塵のみならず、溶解処理工程以降で発生するCO2を抑制できます。本技術は、令和3年3月10日に国内特許出願を実施しました。
研究成果の意義及び波及効果
新たに開発したBeの溶融・溶解法は、常圧・低温・CO2排出抑制の革新的な精製技術です。また、本技術は、新精製技術同様、電子部材としてのBe銅合金の製造用原料である水酸化Be(Be(OH)2)や半導体部材などに利用される酸化Beといった一般産業需要が高い化合物精製に適用可能であり、今後、Be市場の拡大が期待できます。さらには、新精製技術と合わせて省エネ・CO2削減精製技術として、Be以外の鉱石、多金属団塊などの精製技術にも適用可能であることから、他のエネルギー多消費型プロセスを含む「熱利用製造プロセス」の省エネ化を実現し、社会実装につながる技術として、金属製造産業での幅広い活用が期待されます。そして、現在遂行中の「共創の場形成支援プログラム(育成型)」8)の精製・リサイクル技術における精製技術としての追加適用を図り、社会課題(持続可能な開発目標:SDGs)解決に向けた鉱物資源循環社会の実現を目指します(図3)。
図3 産学共創による有限鉱物資源の循環型社会の実現
用語説明
1) トリチウム(三重水素)
原子核が陽子1個と中性子2個からなる水素の放射性同位体です。半減期12.3年で最大18.6keV、平均5.7keVのβ線を放出し、3Heに壊変します。自然界では宇宙線と大気構成元素の核反応によって生成し、その評価量は年間160~200g程度と大変希少です。
2) 中性子
素粒子の一つで陽子とともに原子核を構成します。電荷は0、質量は1.6749×10-27kgです。単独では不安定で、半減期12.5分でβ-崩壊して陽子に変わります。電気的に中性で原子核内に容易に入ることができるので、核反応を起こす際に使われます。
3) 中性子増倍材
燃料のトリチウムを効率よく生産するため、核融合反応による中性子をブランケット内で増倍し、その材料を中性子増倍材といいます。中性子増倍材としてはBeやBe合金がその候補で、Be原子に1個の中性子が当たると核反応によって2個の中性子を発生します。
4) ベリリウム(Be:Beryllium)
原子番号4で、銀白色の固体金属で細密六方晶の結晶構造、軽い(1.85 g/cm3)、融点が比較的高い(1,285℃)、高い熱伝導率などの特徴があります。特定化学物質であり、その粉塵などが呼吸器を通して吸収されると肺の機能障害を生じる可能性があることから、粉塵などを取り扱う際には、局所排気設備など作業者の健康障害を予防するための措置・設備が必要です。
5)核融合原型炉
核融合反応は、太陽が光輝きエネルギーを放射している原理です。核融合原型炉は、この核融合を用いた発電炉の技術的な実証と経済的な実現性を明らかにするためのものです。エネルギーの長期的な安定供給と環境問題の克服を両立させる将来のエネルギー源として期待されています。
6) マイクロ波内部加熱
マイクロ波加熱は、「誘電加熱の原理で加熱対象自体が発熱体となる内部加熱方式」で、マイクロ波の電界中で、加熱対象の分子が電界の力を受け、マイクロ波の周波数に応じて激しく振動することにより発熱します。急速かつ均一な加熱、エネルギー効率が良いなどの利点があります。一方、外部加熱は、ヒーターやバーナーなどの外部熱源から放射された赤外線を「対流・伝導・放射」による熱移動で、加熱対象の外表面から加熱するものです。
7) アルカリ溶融技術
溶融対象の試料と、試料を溶融させるためのアルカリ(塩基)試薬(融材)を混ぜて、500℃から1,100℃程度の高温で試料を溶融する方法です。通常は、ヒーターやバーナー等による外部加熱方式です。マイクロ波加熱もありますが、実用化されているのは発熱体を介した外部加熱です。
8) 共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)
大学等が中心となり未来のあるべき社会像(拠点ビジョン)を策定し、その実現に向けた研究開発を推進するとともに、プロジェクト終了後も、持続的に成果を創出する自立した産学官共創拠点の形成を目指す産学連携プログラムで、科学技術振興機構(JST)が運営しています。