2021-05-26 理化学研究所
理化学研究所(理研)開拓研究本部加藤ナノ量子フォトニクス研究室の大塚慶吾訪問研究員(研究当時)、方楠基礎科学特別研究員、加藤雄一郎主任研究員、光量子工学研究センター量子オプトエレクトロニクス研究チームの山下大喜訪問研究員らの共同研究グループは、カーボンナノチューブ[1]をはじめとする高品質のナノ材料を緻密に配置する手法を開発しました。
本研究成果は、表面を含め原子レベルで構造が定まった材料を構成要素としたナノデバイスの創製に貢献すると期待できます。
カーボンナノチューブは、原子スケールで見ると直径や原子配列のねじれ方にしたがって無数の幾何構造を取り得ますが、その発光特性から原子レベルでの構造が特定できる珍しいナノ材料です。しかし従来のデバイス作製手法では、所望の幾何構造を持つカーボンナノチューブを適切な場所に配置することは困難でした。また、カーボンナノチューブには光物性がその表面環境に大きく左右されるという特徴もあり、デバイス作製における課題となっています。
今回、共同研究グループは、カーボンナノチューブに似た分子構造を持つアントラセン[2]を媒介材料とするドライな「転写方式」を考案するとともに、転写過程においてカーボンナノチューブの発光をその場観測する技術を開発しました。これにより、必要な幾何構造を持ったカーボンナノチューブ1本を選び出し、合成直後の清浄な表面を維持したまま狙った位置に正確に配置することで、ナノサイズの材料や構造を組み合わせた発光デバイスの作製に成功しました。
本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(5月25日付)に掲載されます。
1本のカーボンナノチューブをデバイス中の狙った位置に配置する
背景
単層カーボンナノチューブ(以下、カーボンナノチューブ)は、炭素原子が六角格子状に敷き詰められた原子1層のシート(グラフェン)を直径1~3ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)程度の筒状にした構造を持つ物質で(図1a)、長さは1マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)以上にもなります。その炭素原子の並び方(幾何構造)は、チューブの周方向に一周するベクトルを定義する二つの整数(n、m)により特定することができ、この巻き方のことを「カイラリティ」と呼びます(図1b)。そのため、カーボンナノチューブは数十万個を超える原子から構成されるナノ物質でありながら、原子レベルで構造を定義可能な物質であり、ナノテクノロジーを超えた原子レベルの技術の開拓に役立つ可能性を秘めています。
図1 単層カーボンナノチューブの模式図
(a)単層カーボンナノチューブは、炭素原子が六角形の格子状に並んだ原子一層の膜(グラフェン)を筒状に丸めた構造をしている。その直径は1~3nm程度である。
(b)(a)のカーボンナノチューブの円周一巻きに相当するベクトル(赤い矢印)をグラフェン上に描くと、グラフェンの基本格子ベクトルa1、a2の重ね合わせで表現できる。このときに現れる二つの係数n、mを用いて、カーボンナノチューブの幾何構造を定義する。図中のθをカイラル角と呼ぶ。
カイラリティや周囲の環境に依存してバンドギャップ[3]の有無やその大きさが多種多様であるため、フォトニクスやエレクトロニクスの分野でも幅広い応用が期待されています。直径約1nmの半導体性のカーボンナノチューブは、光通信に使われている近赤外光領域(波長1200~1600nm)で発光すること、またレーザーパルスを照射すると室温で単一光子源[4]として機能することから、量子情報処理技術[5]への応用を念頭に置いた研究が進められています。
しかし、電子・光学特性の個性を生むカイラリティは一般的にランダムに決定づけられるため、必要な種類のカーボンナノチューブが適切な位置にあることが求められるデバイスにおいては、その多様性が応用を妨げる要因にもなっています。また、全ての構成原子が表面にあるカーボンナノチューブにおいては、その物性は周囲環境に敏感です。例えば、フォトニクス応用では清浄な表面を保たないと明るい発光が得られないことから、カーボンナノチューブの適切な配置と表面の清浄性を両立する手段はこれまで確立していませんでした。
研究手法と成果
共同研究チームは、カーボンナノチューブを操作するにあたって、昇華性の高いアントラセン分子に着目し、カーボンナノチューブの適切な配置と表面の清浄性を両立するために、次のような「転写方式」を考案しました。
まず、顕微鏡下でアントラセン成長用基板上のアントラセン単結晶を透明スタンプにより拾い上げます(図2a)。その透明スタンプに貼り付いたアントラセン単結晶の平坦な面をカーボンナノチューブ成長用基板へ押し付け、素早く引き離すと、その表面に多数のカーボンナノチューブが拾い上げられます(図2b-c)。カーボンナノチューブの蛍光発光をモニタリングしながら、アントラセン単結晶を転写先基板上の狙った位置へ貼り付け、対象のカーボンナノチューブの位置を精密に制御します(図2c-d)。その後、100℃程度に加熱するとアントラセン結晶が昇華され、結果としてカーボンナノチューブのみが転写されることになります(図2e-f)。
この手法では、昇華によってアントラセンの結晶成長と除去を行い、全工程で溶媒などの液体が関与しません。そのため、カーボンナノチューブへの不純物による汚染を防止できるだけでなく、1本のカーボンナノチューブの一部が宙に浮いた繊細な構造などを作ることも可能です。
図2 単層カーボンナノチューブの転写工程の模式図
(a)アントラセン成長基板上のアントラセン単結晶(黄)を顕微鏡下で、透明なゴムスタンプ(緑)で拾い上げる。
(b)アントラセン結晶をカーボンナノチューブ成長用基板に押し付け、はがすことで、カーボンナノチューブ(黒)を拾い上げる。
(c)対象のカーボンナノチューブを、その発光を測定しながら(赤)、転写先基板の目標位置上に運んでいく。
(d)アントラセン結晶とカーボンナノチューブのみを転写先の基板に残して、透明スタンプを引きはがす。
(e)100℃程度に加熱する、あるいは室温で数日置いておくと、アントラセン結晶が昇華する。
(f)転写されたカーボンナノチューブからの発光を計測する。
一例として、単結晶水晶の基板上で長さ100μm程度に成長した水平配向カーボンナノチューブ[6]を、本手法によって5μm幅の溝が彫られているシリコン基板上に転写したところ、孤立したカーボンナノチューブを溝上に架橋させることができました(図3a、b)。そのカーボンナノチューブにレーザー光を照射し、蛍光を測定したところ、溝上の宙に浮いた部分は、シリコン基板表面上の両端部分の約250倍の発光強度を持つことが分かりました(図3c)。これは、元の単結晶水晶基板上の発光強度の約5,000倍であり、合成直後に溝上に架橋された清浄なカーボンナノチューブに匹敵する明るさです。
図3 転写された架橋CNTの高強度発光
(a)溝を架橋するように転写されたカーボンナノチューブの電子顕微鏡像。
(b)(a)と同一エリアにおけるカーボンナノチューブの発光イメージ。
(c)同じカーボンナノチューブから得られる発光スペクトル。架橋部の宙に浮いた部分は明るく発光するが(赤)、カーボンナノチューブは表面の状態に敏感なため、基板と接した箇所(緑)における発光効率は250分の1程度に低下する。架橋部の発光特性から、直径1.15nmでカイラル角28°の(9,8)カーボンナノチューブであることが分かった。
本手法によるカイラリティ・位置制御の有用性を示すため、フォトニック結晶[7]微小光共振器[8]と呼ばれる、特定の波長の光を閉じ込める機能を持つナノ構造の上に、相性の良いカーボンナノチューブを選んで配置することを試みました。この共振器はシリコンでできていますが、先述の通りカーボンナノチューブには宙に浮いていないと明るい発光が得られないという弱点があります。そこで、2020年に共同研究グループがカーボンナノチューブの光物性への影響が少ないことを見いだした、六方晶窒化ホウ素[9]という二次元絶縁体注1)をカーボンナノチューブと共振器の間に挿入しました。
カーボンナノチューブの発光波長と共振器の共振波長は、六方晶窒化ホウ素の存在によってシフトしてしまうため、それらのシフト量を逆算した上でカーボンナノチューブと共振器の適切な組み合わせを選定しました。選んだカーボンナノチューブを共振器の上に配置した結果、カーボンナノチューブの発光が共振器と結合したことに由来する鋭いピークを得られました(図4)。
図4 狙って転写されたカーボンナノチューブのナノビーム微小光共振器との光結合
カーボンナノチューブ(緑の筒)をシリコンでできた微小光共振器上に転写する前に、スペーサーとして厚さ30nm程度の六方晶窒化ホウ素(赤と青の平面)を転写しており、カーボンナノチューブはそれを介して共振器(はしご状の構造)と結合している(左上図)。スペーサーには、共振器により増幅された電場が減衰しないように薄いこと、またカーボンナノチューブの励起子を消失させないことが求めれる。波長1514nmに、カーボンナノチューブの発光が共振器と結合したことに由来する鋭いピークが得られた(発光スペクトル)。
注1)N. Fang, K. Otsuka, A. Ishii, T. Taniguchi, K. Watanabe, K. Nagashio, Y. K. Kato, “Hexagonal Boron Nitride As an Ideal Substrate for Carbon Nanotube Photonics”, ACS Photonics, 10.1021/acsphotonics.0c00406
今後の期待
本研究では、カーボンナノチューブと似た分子構造を持つアントラセン結晶を介した新たな手法を用いて、合成直後の清浄な表面が保たれたカーボンナノチューブを、溝を架橋するように転写することで、元の約5,000倍という非常に明るい発光が得られました。さらに、転写工程で1本のカーボンナノチューブの発光をモニタリングすることで、必要とされるカイラリティのものを選び出し、数百nmの精度でデバイス中に配置することに成功しました。
こうした技術は、カーボンナノチューブにとどまらず、原子層材料やその他ナノ構造を自在に組み合わせた高次システムの構築への貢献が期待できます。その先には、原子レベルで構造が定まった材料を構成要素として、従来とは異なる機能を設計して築き上げていくという、ナノテクノロジーを超えた原子レベルの技術の開拓に役立つ可能性を秘めています。
補足説明
1.カーボンナノチューブ
炭素原子だけからなるチューブ状ナノ物質。単層カーボンナノチューブと、単層カーボンナノチューブが入れ子になった多層カーボンナノチューブがある。本研究では単層カーボンナノチューブのみを用いた。
2.アントラセン
炭素原子が六角形状に結合したベンゼン環が3個縮合した多環芳香族炭化水素。カーボンナノチューブを含め、ベンゼン環を持つ分子同士にはπ-π相互作用と呼ばれるやや強い分子間力がはたらく。アントラセンには昇華性があり、室温程度でも液相を経ずに気化するため、毛細管力によってカーボンナノチューブの単一架橋構造を破壊することなく除去できる。
3.バンドギャップ
結晶中では電子が取ることのできるエネルギーの準位が連続的に分布し、エネルギーバンドを形成する。複数あるバンド間には電子が存在できない領域があり、これをバンドギャップという。狭義には、電子に占有された最も高いバンドの頂上から空のバンドの底までのエネルギー差を指し、これらのバンド間の遷移にはバンドギャップの大きさに応じた光の吸収や放出を伴うことがある。
4.単一光子源
光子を一つずつ発生する光源を単一光子源といい、量子通信に利用される。カーボンナノチューブは単一光子源として、光通信に用いられている波長帯であること、室温動作すること、シリコン基板上で合成可能なことなど応用上のメリットが多く、注目されている。
5.量子情報処理技術
量子計算や量子通信など、量子状態を用いた情報処理技術。古典コンピューターと比較して飛躍的な性能向上が期待されており、量子超越性として話題になっている。解読不可能なことが物理法則で保証される量子暗号など、単一光子の量子状態を用いた通信の研究も進められている。
6.水平配向カーボンナノチューブ
一般に基板上で成長するカーボンナノチューブはランダムな方向に伸びるが、単結晶水晶などの特定の面上では基板の特定の方向に沿って成長する。そのためカーボンナノチューブ同士が絡まることになく長く成長する利点がある。一方、フォトニクスの観点では、基板との相互作用が強いために発光しにくい、また基板表面から引きはがしにくいなどの欠点もある。
7.フォトニック結晶
屈折率が周期的に変化する構造で、特にその周期が光の波長程度の場合は光を制御することができる。フォトニック結晶には、光の伝搬を禁止するフォトニックバンドギャップが存在するため、これを利用することで微小な空間に光を閉じ込めることができる。
8.光共振器
光を閉じ込める構造のこと。最も単純なものは2枚の対面する反射鏡で構成されていて、鏡間を光が往復して逃げ出さないようになっている。光共振器はレーザーの主要部分で、レーザー光を得るためには光共振器の中に光を増幅する媒質を置く必要がある。
9.六方晶窒化ホウ素
窒素とホウ素からなる固体化合物で、グラフェンのように六角形が平面上に広がった構造をしており、一般に多数の層が積み重なった状態で存在する。六方晶窒化ホウ素を基板に用いることで、二次元材料の電子散乱やカーボンナノチューブの励起子緩和が抑制されることが知られている。
共同研究グループ
理化学研究所
開拓研究本部 加藤ナノ量子フォトニクス研究室
訪問研究員(研究当時) 大塚 慶吾(おおつか けいご)
(東京大学大学院 工学系研究科 機械工学専攻 助教)
基礎科学特別研究員 方 楠(ファン ナン)
主任研究員 加藤 雄一郎(かとう ゆういちろう)
(光量子工学研究センター 量子オプトエレクトロニクス研究チーム チームリーダー)
光量子工学研究センター
量子オプトエレクトロニクス研究チーム
訪問研究員 山下 大喜(やました だいき)
物質・材料研究機構
国際ナノアーキテクトニクス研究拠点
フェロー 谷口 尚(たにぐち たかし)
機能性材料研究拠点
主席研究員 渡邊 賢司(わたなべ けんじ)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究B「単層カーボンナノチューブにおける励起子エンジニアリング(研究代表者:加藤雄一郎)」、同特別研究員奨励費「カーボンナノチューブのオンデマンド操作手法の開発と光量子素子応用(研究代表者:大塚慶吾)」、同若手研究「単層カーボンナノチューブ単一界面における熱伝導の計測(研究代表者:大塚慶吾)」、同基盤研究A「窒化ホウ素の科学のための高品位単結晶創製(研究代表者:谷口尚)」、戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE)「カーボンナノチューブとフォトニック結晶共振器の光結合(研究代表者:加藤雄一郎)」、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「ファンデルワールス超格子の作製と光機能素子の実現(研究代表者:町田友樹)」による支援を受けて行われました。
原論文情報
Keigo Otsuka, Nan Fang, Daiki Yamashita, Takashi Taniguchi, Kenji Watanabe, Yuichiro K. Kato, “Deterministic transfer of optical-quality carbon nanotubes for atomically defined technology”, Nature Communications, 10.1038/s41467-021-23413-4
発表者
理化学研究所
開拓研究本部 加藤ナノ量子フォトニクス研究室
訪問研究員(研究当時) 大塚 慶吾(おおつか けいご)
基礎科学特別研究員 方 楠(ファン ナン)
主任研究員 加藤 雄一郎(かとう ゆういちろう)
光量子工学研究センター 量子オプトエレクトロニクス研究チーム
訪問研究員 山下 大喜(やました だいき)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当