宇宙の距離を測定する最長の”ものさし” ~キロノバと同時発生するガンマ線バーストが新標準光源に~

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2020-11-19 理化学研究所

理化学研究所(理研)数理創造プログラムのマリア・ダイノッティ上級研究員、長瀧重博副プログラムディレクターらの国際共同研究グループは、「キロノバ[1]と同時発生するガンマ線バースト(GRB)[2]」が宇宙の距離を測る「標準光源[3]」として有効であることを発見しました。

本研究成果は、GRBを用いた宇宙論[4]を開拓する可能性を示しており、今後、GRBを用いて宇宙のダークエネルギー[5]やダークマター[6]のエネルギー密度の推定が可能になると期待できます。

これまでにダイノッティ上級研究員らは183個のGRBの解析から、「X線残光プラトーフェーズ[7]の継続時間」「X線残光プラトーフェーズ終了時のX線光度」「即時放射[8]中のガンマ線光度」を3軸に取った3次元物理空間に、GRBの物理量をプロットしていくと、データが一つの平面に集まるという法則を明らかにし、その平面を「GRBの基本平面」と名付けました。この法則を用いると、絶対光度[9]を求めることができるため、GRBを宇宙の距離を測る”ものさし”として使用できると考えられていました。

今回、国際共同研究グループは、372個のGRBのデータを詳しく解析した結果、キロノバと同時発生する短時間GRBは3次元物理空間の短時間GRB基本平面からのずれが小さく、かつ基本平面の下側に分布することが分かりました。これは、キロノバと同時発生する短時間GRBが標準光源として優れた性質を持つことを示しています。

本研究は、科学雑誌『The Astrophysical Journal』オンライン版(11月25日付:日本時間11月26日)に掲載されます。

背景

天文学者にとって、地球から天体までの距離を正確に測ることは非常に難しい作業です。現在、その測定にはIa型超新星[10]など「標準光源」と呼ばれるいくつかの種類の天体が用いられています。標準光源は絶対光度(真の明るさ)が分かっているので、目的天体までの距離は測定された見かけの明るさに基づいて計算できます。例えば、同じ標準光源の光は、遠くにあるほど暗く見えます。

「ガンマ線バースト(GRB)」は突発的に大量のガンマ線が降り注ぐ、宇宙で最も明るい天体現象です。そのエネルギーは非常に強力であり、数秒間で、太陽が一生の間に放出するのと同量のエネルギーを放出します。そのため、GRBは地球から最大110億光年離れたIa型超新星の標準光源よりもはるかに遠くで観測されています。もし、新しいタイプの標準光源としてGRBを使用できれば、人類は宇宙を測定する最長の”ものさし”を手に入れることになり、遠方宇宙のより正確な観測はもちろん、宇宙そのものの進化を理解するのに大きく役立つと期待されます。

一方で、1967年の発見以来何十年にもわたる観察にもかかわらず、GRBの物理的メカニズムと特性を説明できる包括的なモデルはまだ完成していません。継続時間が10秒程度の「長時間GRB」の起源は非常に大きな星の爆発、継続時間が1秒程度の「短時間GRB」の起源は二つのコンパクト天体の合体であるというモデルがありますが、ほかにも、ブラックホール、高速回転する強磁場中性子星[11]など、GRBを放出する中心天体に関する多くのモデルが提案されています。

また、「キロノバ」と呼ばれる突発的な天体現象が知られており、二つの超高密度天体(例えば二つの中性子星)が合体した後の爆発により生じ、その際には短期間GRBが放出されると考えられていました。実際に2017年8月17日には、連星中性子星合体に伴う重力波[12]と短時間GRB、キロノバがほぼ同時に検出され、キロノバと短時間GRB研究の新時代が切り開かれました。

GRBでは、ガンマ線の放射(即時放射)が消えた後にX線の残光が残る(残光放射)場合があります。この物理学的特徴は、同じ観測衛星で観測されたGRBでも大きく異なりますが、GRBの固有のグループによって不変な特徴があれば、それはGRBを標準光源に導く鍵となります。

研究手法と成果

2016年にダイノッティ上級研究員らは、アメリカ航空宇宙局(NASA)のGRB観測衛星ニール・ゲーレルス・スウィフトで観測された183個のGRBを解析し、「X線残光プラトーフェーズの継続時間」「X線残光プラトーフェーズ終了時のX線光度」「即時放射中におけるガンマ線光度」を3軸に取った3次元物理空間にGRBの物理量をプロットしていくと、データが一つの平面に集まるという法則を明らかにしました。この平面はダイノッティ上級研究員らに「GRBの基本平面」と名付けられ注1)、この法則を用いると絶対光度を求めることができるため、GRBを標準光源として使用できると考えられていました。

今回、国際共同研究グループは、GRB観測衛星ニール・ゲーレルス・スウィフトで観測された372個のGRBのデータを用いて、特定のグループのGRBが3次元物理空間の基本平面からどの程度ずれているか詳しく解析しました。その結果、「キロノバと同時発生する短時間GRB」は短時間GRB基本平面からのずれが小さく、かつ基本平面の下側に分布する一方で、キロノバを伴わない短時間GRBはずれが大きく、基本平面の上下に分布することが分かりました(図1)。キロノバと同時発生する短時間GRBのずれは、キロノバを伴わない短時間GRBに比べて29%も小さく抑えられていました。

さらに、さまざまなGRBのグループの中で、キロノバと同時発生する短時間GRBのグループの基本平面からのずれが最も小さいことが明らかになりました。これらの結果は、キロノバと同時発生する短時間GRBが標準光源として優れた性質を持つことを示しています。

注1)M.G. Dainotti, et al., A fundamental plane for long gamma-ray bursts with X-ray plateaus. The Astrophysical Journal, 825:L20 (6pp), 2016 July 10.

宇宙の距離を測定する最長の”ものさし” ~キロノバと同時発生するガンマ線バーストが新標準光源に~

図1 3次元物理量空間における短時間ガンマ線バースト(GRB)の分布

X線残光プラトーフェーズの継続時間(T*x)、X線残光プラトーフェーズ終了時のX線光度(Lx)、即時放射中におけるガンマ線光度(Lpeak)を3軸に取った3次元物理空間。GRB観測衛星ニール・ゲーレルス・スウィフトによって観測された、キロノバと同時発生する短時間RGB(8イベント)を黄色、キロノバを伴わない短時間GRB(35イベント)を赤色でプロットしている。キロノバと同時発生する短時間RGBは、短時間GRB基本平面(灰色)のからのずれが小さく、かつ全てが基本平面の下側にあることが分かる。

さらに、GRBの宇宙論的進化(GRBが示す物理量が宇宙年齢とともに規則的に変化している可能性)やサンプルの選択バイアスを考慮した場合でも、キロノバと同時発生する短時間GRBは短時間GRB基本平面からのずれが非常に小さいことも明らかになりました(図2)。この補正が小さいことからも、キロノバと同時発生する短時間GRBは標準光源として非常に良い特性を備えているといえます。

補正後の短時間GRB基本平面からのずれを表すヒストグラムの図

図2 補正後の短時間GRB基本平面からのずれを表すヒストグラム

GRBの宇宙論的進化やサンプルの選択バイアスを考慮した上で、キロノバと同時発生するGRB(左)およびキロノバを伴わない短時間GRB(右)のイベント数、それぞれの短時間GRB基本平面からの距離を示す。キロノバと同時発生するGRBの方が、短時間GRB基本平面からのずれが小さいことが分かる。

今後の期待

キロノバと同時発生するGRBを距離指標に使用することの大きな利点は、このGRBが、他の観測GRBグループと比較して、物理的メカニズムをより明確に理解できることです。2017年8月27日の連星中性子星合体が重力波・ガンマ線・可視光・赤外・電波などによって同時観測されたことにより、このイベントがまさに二つの中性子星が合体して起こった現象であり、その結果として短時間GRBとキロノバが引き起こされたことが明らかとなっています。今後、さらに詳細な理論研究や追加観測により、キロノバと同時発生するGRBの物理的メカニズムが明らかになることが期待され、本研究の経験則に物理的基盤が与えられると考えられます。

本研究成果は、GRBという人類史上最長の宇宙の距離を測定する”ものさし”が実現可能であることを示しています。この”ものさし”は、遠方宇宙のより正確な観測はもちろん、宇宙そのものの進化を理解する上で重要な役割を果たすことになります。つまり、GRBを用いた宇宙論が開拓される可能性があり、今後、GRBを用いて宇宙のダークエネルギーやダークマターのエネルギー密度の推定が可能になると期待できます。

補足説明

1.キロノバ
可視光・赤外線で観測される突発天体現象。白色矮星の爆発によって生じる新星(ノバ)の約1,000倍の明るさに達することからキロノバ(kilonova)と呼ばれる。2017年8月17日、連星中性子星合体現象からキロノバが発生する確実な証拠が初めて得られた。

2.ガンマ線バースト
X線・ガンマ線で観測される突発天体現象。継続時間が10秒程度の長時間ガンマ線バースト、1秒程度の短時間ガンマ線バーストなどに大きく分けられる。

3.標準光源
絶対光度が良い精度で決まる天体。

4.宇宙論
宇宙の起源や進化を探る研究分野。

5.ダークエネルギー
現在の宇宙の加速膨張を引き起こしている謎のエネルギー。通常の物質と異なり、ダークエネルギーが存在すると負の圧力が生じ、宇宙を加速的に膨張させる。

6.ダークマター
質量は持つが、その正体が確定していない謎の物質。宇宙にある通常の物質の全質量の約5倍存在する。

7.X線残光プラトーフェーズ
ガンマ線バーストの即時放射に続き、X線残光の光度がほぼ一定である期間続く。この期間を指す。

8.即時放射
ガンマ線バーストそのものを即時放射と呼ぶことがある。これは1997年にガンマ線バーストに引き続き、X線などガンマ線以外の波長でガンマ線バースト天体が明るく輝いていることが発見され、それらを残光と呼んだことから、その対比として即時放射と呼ぶようになった。

9.絶対光度
地球からの距離32.6光年にその天体が存在したときの、地球で観測される光度。

10.Ia型超新星
白色矮星が引き起こす超新星爆発。中性子星を超新星残骸の中に残す重力崩壊型超新星と異なる爆発機構を持つ。現在標準光源として用いられており、2011年のノーベル物理学賞は「遠方のIa型超新星の観測により宇宙の加速膨張を発見した」としてSaul Perlmutter、Brian Schmidt、Adam Riessの三氏が受賞した。

11.中性子星
太陽質量の1.4~2倍程度の質量を持ち、半径が10km程度のコンパクト天体。成分比として中性子が陽子よりも非常に多いことから中性子星と呼ばれる。

12.重力波
アインシュタインの一般相対性理論によれば、質量を持つ物体が存在すると、時間と空間(時空)に歪みが生じる。その物体が運動をすると、この時空の歪みが変化し、それが光速で伝わっていく。この変化の波を重力波と呼ぶ。

国際共同研究グループ

理化学研究所 数理創造プログラム
上級研究員 マリア・ダイノッティ(Maria Dainotti)
副プログラムディレクター 長瀧 重博(ながたき しげひろ)

ヤゲロニアン大学 物理・天文・応用計算学科
学部生 アレクサンダー・レナルト(Alexander Lenart)

ナポリ大学(フェデリコII世)物理学科
博士課程学生 ジョセップ・サラチ―ノ(Giuseppe Sarracino)
教授 サルバトーレ・カポチエッロ(Salvatore Capozziello)

メキシコ国立自治大学 天文学科
教授 ニシム・フレイジャ(Nissim Fraija)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究A「ガンマ線バースト爆発放射機構の統一的理解(領域代表者:長瀧重博)」、理化学研究所新領域開拓課題「Evolution of Matter in the Universe(領域代表者:坂井南美)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

Dainotti, M. G., Lenart, A., Sarracino, G., Nagataki, S., Capozziello, S., and Fraija, N, “The X-ray fundamental plane of the Platinum Sample, the Kilonovae and the SNe Ib/c associated with GRBs”, The Astrophysical Journal, 10.3847/1538-4357/abbe8a

発表者

理化学研究所
数理創造プログラム
上級研究員 Maria Dainotti(マリア ダイノッティ)

理化学研究所
数理創造プログラム
副プログラムディレクター 長瀧 重博(ながたき しげひろ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

1701物理及び化学
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