フッ素-29が「2中性子ハロー原子核」であることを発見~魔法数20の消失と中性子ハロー構造の出現~

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2020-08-21 理化学研究所,セント・メリーズ大学

理化学研究所仁科加速器科学研究センターRI物理研究室の櫻井博儀室長、ドルネンバル・ピーター専任研究員、セント・メリーズ大学(カナダ)物理天文学部のカヌンゴ・リツパルナ教授、バグチ・ショーモ博士研究員(研究当時)、田中良樹博士研究員(研究当時)らの国際共同研究グループは、フッ素-29(29F、陽子数9、中性子数20)原子核の半径を初めて測定し、29Fでは二つの中性子が原子核から染み出て、月にかかる暈(かさ:ハロー)のように広がった「2中性子ハロー原子核」となっていることを発見しました。

本研究成果は、「魔法数[1]」の消失現象と中性子ハローの出現機構の関係性の理解に貢献すると期待できます。

これまで、中性子数20は通常の原子核では魔法数であることから、この中性子数を持つ中性子過剰なフッ素同位体である29F原子核は、核子(陽子と中性子)が強く束縛されたコンパクトサイズの原子核であると予想されていました。

今回、国際共同研究グループは、仁科加速器科学研究センターの擁する世界最高性能のRIビーム生成施設「RIビームファクトリー(RIBF)[2]」において、29Fを生成し、炭素標的に衝突させる実験を行いました。29Fの原子核半径を導出した結果、これまでの予想に反し、29Fは二つの中性子が薄く広がったハロー構造を持つ2中性子ハロー原子核であることを発見しました。これは、通常の原子核で成り立つ中性子数20の魔法数の性質が消失していることを示しています。

本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』(6月5日号)に掲載されました。

フッ素-29が「2中性子ハロー原子核」であることを発見~魔法数20の消失と中性子ハロー構造の出現~

フッ素同位体の原子核半径のイメージ

背景

宇宙には、多種多様な元素からなる物質が存在しています。その物質の質量を担っているのは、原子の中心にある原子核であり、原子核は核子(陽子と中性子)が集まって構成されています。約110年前のラザフォードによる原子核の発見以来、地球上に存在する安定な原子核(陽子と中性子がおよそ同数程度)を主とした研究から、原子核に関する詳しい知識が得られてきました。

一方で、陽子と中性子の個数がアンバランスな原子核も、不安定であることから地球上に天然には存在しないものの、有限の寿命ながら存在することができます。そのような原子核は、実際に中性子星合体[3]や超新星爆発[4]など宇宙の極限的な環境で生成され、その反応が宇宙において重元素(鉄よりも重い元素)が作られるルーツになっていると考えられています。

不安定な原子核の研究は、「RIビームファクトリー」のようなRI(放射性同位体)[5]ビームを生成できる加速器施設の登場により近年発展してきました。その結果、不安定な原子核では、従来の安定核とは異なる予想外の性質が現れることが分かってきました。そのうちの一つは「中性子ハロー」と呼ばれる現象です。中性子ハロー構造を示す原子核では、1個ないしは2個の中性子が原子核中心から遠く離れたところまで染み出して、月にかかる暈(かさ:ハロー)のように広がって存在することで、原子核の半径が予想外に大きなサイズに到達します。この現象は原子核内における中性子の軌道と密接に関係しており、中性子ハローを調べることで、原子核の構造と核力[6]についての新しい情報を引き出すことができます。

国際共同研究グループは、中性子過剰なフッ素-29(29F、陽子数9、中性子数20)が中性子ハロー構造を示すかどうかを調べる実験に挑みました。29Fは中性子を20個持つ原子核の中では最も陽子が少ない、ドリップライン[7]に面している原子核です。従来の安定核に基づく知識によると、中性子の数が20個(魔法数)の原子核は、フッ素-19(19F、中性子数10)からフッ素-27(27F、中性子18)までのフッ素同位体と同じように、核子が強く束縛されたコンパクトサイズの原子核になっているはずでした。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、理研のRIビームファクトリーにおいて、中性子過剰なフッ素同位体29Fの原子核の大きさを測定する実験を行いました。超伝導リングサイクロトロン(SRC)[8]で光速の約70%の速さまで加速したカルシウム-48原子核(48Ca)のビームを、ベリリウム標的に衝突させ、29Fを含むさまざまな不安定原子核を生成しました。そして、超伝導RIビーム生成分離装置BigRIPS[9]を用いて、測定対象の29Fを分離・識別し、炭素標的に衝突させました(図1)。

原子核の大きさを調べるためには、相互作用断面積を測定しました。相互作用断面積は原子核の大きさを反映しており、相互作用断面積が大きいほど原子核半径は大きくなります。この実験では、BigRIPSに設置した検出器群で標的に入射した29Fの数を計測した後、標的通過時の核反応によって他の原子核に変化しなかった29Fの数をゼロ度スペクトロメータZeroDegree[10]で計測します。29Fが他の原子核に変化しなかった割合から、相互作用断面積を決定しました。

原子核半径を良い精度で求めるためには、統計的なデータのばらつきを平均する必要があることから、より多くの29Fを標的に衝突させることが重要です。RIビームファクトリーで加速される世界最高強度(1秒間に約4兆個)の48Caビームを使って29Fを生成し、さらにそれを他の施設に比べ約10倍の高い効率を持つBigRIPSで分離・識別することで、実験に必要な精度を達成しました。

実験装置の概略図の画像

図1 実験装置の概略図

超伝導リングサイクロトロン(SRC)で光速の約70%の速さまで加速した48Caビームを、ベリリウム標的に衝突させ、29Fを含むさまざまな不安定原子核を生成する。その後、超伝導RIビーム生成分離装置BigRIPSを用いて測定対象の29Fを分離・識別し、炭素に衝突させる。BigRIPSに設置した検出器群で標的に入射した29Fの数を計測した後、標的通過時の核反応によって他の原子核に変化しなかった29Fの数をゼロ度スペクトロメータZeroDegreeで計測する。29Fが他の原子核に変化しなかった割合から、原子核半径を反映する相互作用断面積を決定する。

実験で得られた29Fの相互作用断面積を、安定なフッ素同位体の19Fから29Fまで並べて示すと図2上のようになります。既に知られている19Fから27Fまでのフッ素同位体の相互作用断面積は、通常の原子核で予想される一定の傾向を示すのに対して、29Fではそれまでの傾向から外れ、相互作用断面積が増加することが分かります。これは、27Fに中性子が二つ付け加わって29Fになると、核物質の半径が急激に増加することを意味しており、二つの中性子が原子核中心から離れたところまで広がっている「2中性子ハロー構造」を示すと解釈できます(図2下)。

これまで2中性子ハロー構造を示す原子核は、ヘリウム-6(6He、陽子数2、中性子数4)、リチウム-11(11Li、陽子数3、中性子数8)、ベリリウム-14(14Be、陽子数4、中性子数10)、ホウ素-17(17B、陽子数5、中性子数12)、ホウ素-19(19B、中性子数12)、炭素-22(22C、陽子数6、中性子数14)の六つが知られていましたが、本研究により、新たに最も重い2中性子ハロー原子核が見つかったことになります。

また、29Fが持つ中性子の数20は魔法数であることから、通常の原子核では安定したコンパクトサイズの原子核になると考えられていました。しかし、29Fは2中性子ハロー構造を持つことから、20個の中性子のうち18個の中性子が9個の陽子とともに中心に集まってコア核を形成し、残りの二つの中性子がコア核から外に染み出していることになります。これは、外側の二つの中性子がコア核の中性子とは異なった軌道に入っていることを示しており、魔法数20の性質が消失していなければ起こらない現象です。

フッ素同位体の相互作用断面積と原子核半径のイメージの図

図2 フッ素同位体の相互作用断面積(上)と原子核半径のイメージ(下)

上:フッ素同位体の相互作用断面積。赤丸(29F、27F)は今回測定した値、青四角(19F、21F~26F)は、過去の研究(A.Homma et al., JPS Conf. Proc. 14,021010.2017)から知られている値を示す。

下:フッ素同位体の原子核半径のイメージ図。青丸が中性子、ピンク丸が陽子を示す。

今後の期待

今回の結果から、何が原子核の魔法数の性質を消失させ、中性子ハローを出現させるかのほかに、この現象が最も根本となる基本的法則である第一原理からどのように理解できるのか、2中性子ハロー原子核の存在は宇宙での重元素合成過程[11]にどのような影響をもたらすのか、といった新たな問いが生まれました。これらの問いを明らかにすべく、理論・実験両面における研究の進展が期待されます。

国際共同研究グループは、今後もRIビームファクトリーを用いて最先端の実験に挑戦し、宇宙に存在する多種多様な原子核の性質を解明する研究を行う予定です。

補足説明

1.魔法数
原子における電子の軌道は、電子の数が特定の数(2、8、18…)の場合に特に安定(閉殻)となることが知られている。同様に原子核の場合にも、構成する陽子や中性子の数が特定の数(2、8、20、28、50、82、126)の場合に特に安定となることが知られており、この数字を魔法数と呼ぶ。この原子核の魔法数を説明したメイヤーとイェンゼンには、1963年のノーベル物理学賞が与えられている。一方、最近の不安定核の研究の発展により、不安定核では魔法数が消失したり新しい魔法数が出現したりすることが明らかになってきている。

2.RIビームファクトリー
理化学研究所仁科加速器科学研究センターの擁する次世代RIビーム生成研究施設。水素からウランまでの多種多様なRI(放射性同位体)ビームを世界最高性能で生成できる。RIを生成するための重イオン加速器群、RIビームを分離・同定するための生成分離装置、取り出されたRIビームを使って実験を行うためのさまざまな設備によって構成されている。これまで他の施設では生成できなかったRIも含め、世界最多の約4,000種類のRIビームを生成できると期待されている。

3.中性子星合体
二つの中性子星(中性子が主な成分の天体)が互いの重心の周りを公転する連星系は、重力波を放出することにより公転周期が短くなり、やがて合体する。中性子星の連星系は太陽の8~20倍の質量の連星の両方が、超新星爆発を起こした後に形成される。超新星爆発については[4]参照。

4.超新星爆発
太陽の約8倍以上の質量の星が最後に起こす爆発(重力崩壊型超新星)のこと。爆発の後に、中心に中性子星またはブラックホールを残す。爆発時に大量の中性子、ニュートリノが生成され、鉄よりも重い元素が合成されると考えられている。

5.RI(放射性同位体)
物質を構成する原子核には、時間とともに放射線を放出しながら安定核になるまで壊変し続けるものがある。このような原子核を放射性同位体と呼ぶ。放射性同位元素、不安定同位体、不安定原子核、不安定核(エキゾチックな原子核)、ラジオアイソトープとも呼ばれる。天然にある物質は、寿命が無限かそれに近い安定核(安定同位体)で構成されている。

6.核力
原子核を構成する複数の陽子と中性子をごく小さな領域の中に閉じ込めている力で、核の構造形成に支配的な役割を果たす。「強い力」である核力の他に、電磁相互作用、さらにはるかに弱くβ崩壊を引き起こす「弱い力」が原子核に働いていることが知られている。

7.ドリップライン
原子核に陽子や中性子を付け加えていくと、あるところで限界があり、それ以上付け加えようとすると陽子や中性子がこぼれてしまう。中性子数を横軸、陽子数を縦軸にとった核図表で、この限界を示した線のことをドリップラインと呼ぶ。フッ素より陽子の一つ少ない酸素では、中性子を付け足す限界は16個までであることが知られている。また、フッ素では中性子22個が限界であることがRIビームファクトリーの最近の研究で発見された。

8.超伝導リングサイクロトロン(SRC)
RIビームファクトリーの加速器群のうち、最終段に位置するサイクロトロン加速器。サイクロトロンの心臓部分の電磁石に超伝導方式を導入しており、高い磁場を発生できることに加え、従来の方法に比べ100分の1の電力で動かせるという省エネを実現している。全体を純鉄のシールドで覆い、磁場の漏洩を防ぐとともに、放射線を遮蔽できる構造になっている。SRCによって光速の約70%まで加速されたウランなどの重イオンビームを生成標的に衝突させることで、さまざまなRIビームが生成される。

9.超伝導RIビーム生成分離装置BigRIPS
SRCで加速された重イオンビームを生成標的に衝突させて生成されるさまざまなRIから、研究対象の核種を分離・同定する装置。常伝導の偏向電磁石6台、超伝導の三連電磁石14組が約80メートルにわたって配置されており、2段階のRI分離ができる。大口径の電磁石により、他の施設の装置よりも約10倍優れた性能を持つ。

10.ゼロ度スペクトロメータZeroDegree
BigRIPSの下流にあるビームライン磁気分析装置。RIビームの2次反応で生成されたRIのうち、ビームと同じ方向(ゼロ度方向)に出射した反応生成物の運動量、飛行時間などを測定して、生成物の同定などができる。

11.重元素合成過程
鉄よりも重い元素は、宇宙で中性子捕獲とベータ崩壊が繰り返されることで合成されたと考えられている。ゆっくりと中性子捕獲が進む過程(s-過程)と速く進む過程(r-過程)の二つが提案されており、r-過程は中性子過剰な原子核が重要な役割を担う。これまでr-過程は超新星爆発で生じると考えられていたが、昨今中性子星合体もr-過程が進む事象として注目されており、現在宇宙のどこでどのように進むのか全く分かっていない。

国際共同研究グループ

理化学研究所 仁科加速器科学研究センター RI物理研究室
室長 櫻井 博儀(さくらい ひろよし)
専任研究員 ドルネンバル・ピーター(Pieter Doornenbal)

セント・メリーズ大学(カナダ) 物理天文学部
教授 カヌンゴ・リツパルナ(Rituparna Kanungo)
博士研究員(研究当時) バグチ・ショーモ(Soumya Bagchi)
博士研究員(研究当時) 田中 良樹(たなか よしき)
(現 理研 開拓研究本部 齋藤高エネルギー原子核研究室 研究員)

GSI(ドイツ・重イオン科学研究所)
教授 ガイセル・ハンス(Hans Geissel)
教授 シャイデンベルガー・クリストフ(Christoph Scheidenberger)

東京工業大学
教授 中村 隆司(なかむら たかし)

本研究は、理化学研究所、セント・メリーズ大学(カナダ)、TRIUMF国立加速器研究所(カナダ)による日本=カナダパートナーシップを中心に、GSI(ドイツ・重イオン科学研究所)、東京工業大学、北海道大学、東京大学、日本大学、テネシー大学(米国)、オークリッジ国立研究所(米国)などに所属する47人の研究者による国際共同研究グループ(代表者:カヌンゴ・リツパルナ)によって実施されました。

研究支援

本研究は、カナダ自然科学工学研究評議会(NSERC)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究A「スピン相関で探る不安定核のダイニュートロン」、新学術領域研究「エキゾチック核子多体系で紐解く物質の階層構造」、外国人研究者招へい事業「中性子スキンで探る中性子過剰核と中性子星」、米国エネルギー省、米国オークリッジ国立研究所、英国科学技術施設評議会(STFC)による支援を受けて行われました。

原論文情報

S. Bagchi, R. Kanungo, Y. K. Tanaka, H. Geissel, P. Doornenbal, W. Horiuchi, G. Hagen, T. Suzuki, N. Tsunoda, D. S. Ahn, H. Baba, K. Behr, F. Browne, S. Chen, M. L. Cortes, A. Estrade, N. Fukuda, M. Holl, K. Itahashi, N. Iwasa, G. R. Jansen, W. G. Jiang, S. Kaur, A. O. Macchiavelli, S. Y. Matsumoto, S. Momiyama, I. Murray, T. Nakamura, S. J. Novario, H. J. Ong, T. Otsuka, T. Papenbrock, S. Paschalis, A. Prochazka, C. Scheidenberger, P. Schrock, Y. Shimizu, D. Steppenbeck, H. Sakurai, D. Suzuki, H. Suzuki, M. Takechi, H. Takeda, S. Takeuchi, R. Taniuchi, K. Wimmer, and K. Yoshida, “Two-Neutron Halo is Unveiled in 29F”, Physical Review Letters, 10.1103/PhysRevLett.124.222504

発表者

理化学研究所
仁科加速器科学研究センター RI物理研究室
室長 櫻井 博儀(さくらい ひろよし)
専任研究員 ドルネンバル・ピーター(Pieter Doornenbal)

セント・メリーズ大学(カナダ)物理天文学部
教授 カヌンゴ・リツパルナ(Rituparna Kanungo)
博士研究員 バグチ・ショーモ (Soumya Bagchi)
博士研究員(研究当時) 田中 良樹(たなか よしき)
(現 理研 開拓研究本部 齋藤高エネルギー原子核研究室 研究員)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

1701物理及び化学2004放射線利用
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