光と固体の量子力学的な相互作用による新たな光の発生機構を解明

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高次高調波光の発生機構の解明に向けた新たな知見

2020-07-29 量子科学技術研究開発機構

概要

京都大学化学研究所の佐成晏之 理学研究科博士課程学生、廣理英基 准教授、金光義彦 教授、東京大学大学院工学系研究科の篠原康 特任助教、石川顕一 教授、同大学附属物性研究所の板谷治郎 准教授、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構の乙部智仁 上席研究員、筑波大学計算科学研究センターの佐藤駿丞 助教(マックスプランク研究所 客員研究員兼任)らの研究グループは、ワイドギャップペロブスカイト半導体であるCH3NH3PbCl3単結晶に高い電場強度の中赤外領域のレーザーパルスを照射すると、可視から紫外にわたる幅広い波長範囲の光が発生することを発見し、その発生機構を解明しました。この現象は高次高調波発生1)と呼ばれ、従来、原子や分子などの気体において広く調べられ、X線光源やアト秒の光パルスを発生する技術へと応用されています。一方で、固体は気体に比べて高い電子密度を持つために、高効率でコンパクトな光源となり、デバイス開発への応用が期待されています。しかし、多くの原子やイオンが集まった固体においては、光が作用する電子系のエネルギー状態は極めて複雑となり、高次高調波の発生の理解はほとんど進んでいませんでした。本研究では、複雑な電子状態を計算に取り込むことにより、発生効率の励起光強度依存性や結晶角度依存性などの実験結果を再現することに成功しました。これらの精密な実験と理論計算との比較によって、従来発生機構として考えられてきた強光電場で駆動される電子の運動だけでなく、価電子帯から伝導帯に励起されるキャリアの応答の非線形性が重要な役割を果たすことをはじめて明らかにしました。

本研究成果は、2020年7月30日に米国物理学会が発行する学術誌「Physical Review B:Condensed Matter and Materials Physics (Rapid Communication)」に掲載されます。

光と固体の量子力学的な相互作用による新たな光の発生機構を解明

図:従来と今回解明した高次高調波発生機構の概念図。従来のモデルで見落とされていた価電子帯から伝導帯への電子の励起密度の非線形な変化の重要性を今回明らかにしました。右図において、励起キャリアの明るさの強弱は、光電場の振動とともに発生したり消滅したりするキャリアの仮想励起を示しています。

1.背景

長い波長を持つテラヘルツ2)から中赤外光領域において、高強度な短パルスレーザー光源の開発が進展し、固体試料を破壊することなく強電場を印加することが可能となり、従来にない非線形光学現象が現れる強電場光物理の研究分野が急速に発展しています。典型的な強電場非線形光学現象の1つに、高次高調波発生という現象があります。これは、入射したレーザー光の整数倍のエネルギーを持つ高次成分の光を発生する現象であり、すでに原子や分子といった気体からの高次高調波発生の研究は世界的な活況をもたらし、深紫外からX線領域にわたる新たな光源開発や、アト秒のレーザーパルスの発生源として広く利用されています。一方で固体では、気体とは異なり、原子やイオンが高密度に詰まった状態をとるため、より高輝度でコンパクトな光源の開発とその応用が期待されます。ユニークな電子状態を持つ固体物質からの高次高調波発生の観測は、固体の物性を理解するうえで重要であり、さらに新しい計測・分析技術につながる可能性があります。従来の高次高調波発生のメカニズムとしては(図(左図))、励起光パルスによって価電子帯から伝導帯に励起されたキャリア(電子、正孔)が、レーザー電場によって強く揺さぶられて生じるバンド内電流、またはバンド間で生成し再結合するバンド分極からの放射が主要な寄与と考えられてきました。しかし、これまで価電子帯から伝導帯への励起過程がこれらの成分に与える影響についての明確に取り扱った研究はなく、その発生メカニズムは未解明でした。

2.研究手法・成果

本研究では、高次高調波発生の理解を目指しワイドギャップのペロブスカイト半導体単結晶CH3NH3PbCl3を試料として高次高調波発生の実験を行い、紫外光領域に達する高次高調波を観測しました。この半導体は、典型的な固体(Siや石英など)とは異なり、低温で溶液化学的に作製することできる新しい物質です。これらペロブスカイト物質は発光ダイオードや太陽電池などへの応用研究がすでに行われていますが、結晶性の良さから高次高調波発生など新たな非線形光デバイスへの新展開が期待できます。本研究では、結晶を構成するCl原子が高い電気陰性度を持ち、Pb原子の電子雲を強く引き付けるため空間的な異方性が生じ、高次高調波の発生効率も励起光パルスの偏光角度の変化に対して大きく依存することを予想し、分光実験を行いました。

実験では、試料の結晶軸に対して、入射する励起光パルスの偏光の角度を変化させると、結晶の対称性(4回回転対称)を反映した放射効率の変化を観測しました。さらに、入射光強度を強くすると、異方性が弱まる傾向を観測しました。これらの実験結果を理論的に説明するために、複雑な電子構造を考慮した時間領域密度行列法を用いて、高次高調波の起源となる物質内部で生じる電流の計算を行いました。この結果、実験結果の角度依存性と強度依存性の傾向を正確に再現することに成功しました。さらに、これらの実験と計算結果のより微視的な理解を得るために、複雑な電子構造を価電子帯と伝導帯の2つのエネルギー状態に分けた単純化したモデルを構築しました。このような2つの電子準位と光の相互作用は、量子力学によって扱われる基本的な問題であり、光と電子準位間のエネルギーがほぼ一致する場合(共鳴励起)にはラビ振動3)の物理として広く調べられています。一方で、今回のような高次高調波発生の実験においては、電子準位間のエネルギーは入射励起光エネルギーに比べて10倍程度大きく、極端な非共鳴励起条件に対応します。このような非共鳴励起条件では、共鳴条件の場合と異なり、時間的に入射する光の電場が大きくなると励起キャリアは増加し、電場が消えると同時にゼロになり、伝導帯には長寿命のキャリアは存在しません。この意味で、我々はこのようなキャリア励起を仮想励起と呼びます。このように光電場とともに「儚く」消える仮想励起によるキャリアですが、電場に対して非線形に応答する成分が高次高調波の角度依存性と強度依存性を支配していることを突き止めました。

3.波及効果、今後の予定

今回、高次高調波の発生の結晶の角度依存性が仮想励起に依存し、従来考えられてきた生成されたキャリアの運動のみによるものではないことが明らかになりました。このような仮想励起を採り入れた物理描像は、高強度なレーザーと物質の非線形な相互作用の理解を促進し、高次高調波を用いた新規な光源開発や物質の分析技術などに応用する際の重要な設計指針を与えることが期待されます。

4.研究プロジェクトについて

本研究は、下記の助成を受けたものです。

  • JSPS 科研費・特別推進研究(19H05465)
  • 文部科学省“光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)”「光量子科学によるものづくり CPS 化拠点(研究代表者:東京大学石川顕一教授(部門長))JPMXS0118067246」、「次世代アト秒レーザー光源の開発と先端計測技術の開発(研究代表者:東京大学山内薫教授(部門長)) JPMXS0118068681」
用語解説

注1)高次高調波光:レーザー光を物質に照射したときに、入射したレーザーの光エネルギーの整数倍の光エネルギーを持って発生する光のことを高次高調波光、あるいは単に高次高調波と呼ぶ。原子や分子などの気体からの高次高調波発生が精力的に研究されてきて、最近では固体からの高次高調波発生が観測され、新たな研究領域として発展している。

注2)テラヘルツ光:テラヘルツ(電磁波)とは光波と電波の中間の周波数帯に位置する電磁波のこと。著者の研究グループは、世界最高強度のテラヘルツパルス光源の開発にも成功している。

注3)ラビ振動:2つの異なるエネルギー状態に共鳴する光(電磁波)を照射した場合に、低いエネルギー準位から高いエネルギー準位へと状態が周期的に遷移する量子現象。ラビ振動の周波数は光の電場に比例するが、共鳴に近い励起条件では入力する光の周波数よりも十分小さな値を持ち、今回の非共鳴の場合とは異なる。

論文タイトルと著者

タイトル:Role of virtual band population for high harmonic generation in solids

(固体の高次高調波発生における仮想的キャリア分布の役割)

著  者:Yasuyuki Sanari, Hideki Hirori, Tomoko Aharen, Hirokazu Tahara, Yasushi Shinohara, Kenichi L. Ishikawa, Tomohito Otobe, Peiyu Xia, Nobuhisa Ishii, Jiro Itatani, Shunsuke A. Sato, and Yoshihiko Kanemitsu

掲 載 誌:Physical Review B:Condensed Matter and Materials Physics (Rapid Communication)

DOI:10.1103/PhysRevB.102.041125

0402電気応用1701物理及び化学
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