2020-07-20 農研機構,渡辺農事株式会社
ポイント
臭いや黄変の元となる成分(グルコラファサチン1))を含まないダイコン「令白(れいはく)」を育成しました。本品種を用いると、いわゆる’たくあん臭’が無く、フレッシュ感に優れるたくあん漬けを製造することが可能です。たくあん漬け原料に適した白首のダイコンF1品種で、先行品種に比べ、根の形が均一で、また、肥大性が良く収量も増加します。
概要
農研機構と渡辺農事(株)は、たくあん漬け原料に適した品種「令白」を育成しました。「令白」はたくあん漬けの’たくあん臭’や黄変に関係する’黄色成分’の元となるグルコラファサチンを含まない品種です。 「令白」は、先行品種の「悠白(ゆうはく)」に比べて根の揃いが向上しました。加えて、根の形状がきれいな円筒形であるため、たくあん漬け原料としての歩留りに優れています。また、秋播き秋冬どりの作型に適しています。 種子は2020年7月下旬から渡辺農事(株)より試験配布されます。
関連情報
予算:農林水産省「農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業」(課題名:臭いや黄変が生じないダイコン品種の育成とその普及に向けた安定生産技術・食品の開発)(H26-H29) 品種登録出願番号:「第34224号」(2020年2月3日出願公表)
問い合わせ先など
研究推進責任者 :農研機構野菜花き研究部門 研究部門長 岡田 邦彦
渡辺農事株式会社 代表取締役社長 小澤 修平
研究担当者 :農研機構野菜花き研究部門 野菜育種・ゲノム研究領域
アブラナ科ユニット長 小原 隆由
渡辺農事株式会社 岩井研究農場 研究員 山田 渉
広報担当者 :農研機構野菜花き研究部門 研究推進室 湯本 弘子
詳細情報
背景
我が国におけるダイコンの一日あたり消費量は長い間野菜の中でトップでしたが、2015年にタマネギに次いで2位となりました。和食洋食を問わず利用されることが多いタマネギに対して、ダイコンは和食との相性が良いため、洋食を好む若年層での消費が低迷していると考えられます。また、ダイコンの代表的な加工品であるたくあん漬けに対する若年層の嗜好性が低いことも一因です。特に、たくあん漬けから発生する臭気(たくあん臭)は、フレッシュ感の消失を連想させると考えられます。このため、農研機構では、加工してもたくあん臭の発生しないダイコン品種の育成に取り組んできました。
経緯
先行品種の「悠白」(2017年に品種登録)は、漬物原料用の白首品種です。「悠白」を原料にしたたくあん漬けでは特有のたくあん臭が発生せず、フレッシュ感が持続することが特徴です。しかし「悠白」は、根形の揃いがやや劣り、根形が尻太り型であることから歩留まりに問題がありました。また「悠白」は、根の肥大とともに亀裂や裂根、す入りが生じやすいため、漬物原料用ダイコンで求められる根重が1,500g以上に肥大させることが難しく、収量性の向上も課題の一つでした。そこで農研機構と渡辺農事(株)は、「悠白」が持つ問題点を改良した後継品種の開発を進め、「令白」を育成しました。
新品種「令白」の特徴
1.DNAマーカー選抜技術2)により、グルコラファサチン欠失性を付与し、一般形質に優れる2系統のダイコンを交配した雑種第一代(F1)である「令白」を育成しました。
2.「令白」は関東以南の秋播き秋冬どり作型に適した白首品種で、たくあん漬け等の漬物加工に適する品種です(図1)。
3.「令白」の根重は「悠白」に比べて重く、収量性に優れます。根長は代表的な漬物用品種の「秋まさり2 号」((株)柳川採種研究会)に比べて短いですが、最大部根径は太く、根形は”長円筒形”です。また、根重1,500g以上でもす入りが見られません(表1)。
4.「令白」は、採種方法に細胞質雄性不稔性3)を利用しているため、自家不和合性4)によって採種している「悠白」に比べ、根の形が均一です。
5.「令白」の根には、たくあん臭や黄変の原因となるグルコラファサチンが含まれず、臭いの原因にならないグルコエルシンが含まれます。(表2)。
品種の名前の由来
本品種を用いた加工品は白くて黄変しないことから、清らかで喜ばしいという意味の「令」の文字を用いました。また、「令和」への改元と同じくして育成された品種であることも意味しています。
今後の予定・期待
従来、たくあん漬けの芳醇な匂いや色調がその嗜好性を高める要素と考えられてきました。しかし近年は、消費者の嗜好性の変化に伴い、その特徴が必ずしも好ましく捉えられない場面も増えています。また、漬物の消費自体も著しく減少しています。「たくあん臭がしない」「黄変化しない」といった特性は、これまでのダイコン漬物との区別性を高めることのできる重要な特性と考えられます。グルコラファサチンを含まない品種で作ったたくあん漬けからは電子レンジで加温してもたくあん臭が発生しないため、弁当などでの利用が想定されます。また、この特性を活かすことで、お菓子やジュースなどの新たな加工用途での利用拡大も期待されます。今回の研究では、DNAマーカー選抜技術を使うことにより短期間で「令白」を育成することができました。今後、様々な加工ニーズに対応した品種のラインアップが充実することが期待されます。 ダイコンは重量野菜であることや食生活の欧米化などに伴い、その生産面積は減少傾向にあります。「たくあん臭がしない」という新たな形質を付加したダイコン品種を育成することを通して、我が国のダイコン生産面積の回復を目指しています。
種苗または種子入手先に関するお問い合わせ
「令白」の種子は、渡辺農事(株)から試験配布されます(2020年7月下旬)。
お問合せ先:渡辺農事株式会社本社
用語の解説
- 1)グルコラファサチン
- ダイコンに含まれる含硫配糖体の一種。ダイコンおろしの辛味や、たくあん漬けのたくあん臭・黄色成分の元となる物質です。
- 2)DNAマーカー選抜
- 本成果では、種子や苗のDNAを用いてグルコラファサチンの合成に関わる遺伝子によるDNAマーカー選抜を行うことにより「令白」を育成しました。これにより、通常の交配育種の約半分の期間(約6年)で「令白」を育成することに成功しました。
- 3)細胞質雄性不稔性
- F1種子を採種する際、父親に花粉が出る系統を使い、母親に花粉の出ない性質を持った系統(細胞質雄性不稔系統)を使うと、母親から得られた種子は全て両親間の雑種となります。自家受精種子の混入が起きやすい自家不和合性により採種したF1種子に比べ、収穫物の揃いが優れます。
- 4)自家不和合性
- 植物が近親交配を防ぐために自己と非自己の花粉を識別して自家受精を阻害する機構で、積極的に雑種が形成されます。この性質を利用してF1種子の生産が行われていますが、開花時期の環境や遺伝的な性質により自家不和合性が弱まると自家受精種子が生じやすく、問題となります。
参考図
図1「令白」(左)の草姿
右は「悠白」