低用量抗体医薬によるアルツハイマー型認知症の治療を可能にするスマートナノマシン®の分子設計

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2020-05-21 ナノ医療イノベーションセンター,東京医科歯科大学,東京大学,日本医療研究開発機構

  • 特別に分子設計したスマートナノマシン®を用いて、抗体医薬を脳内に効率よく送達。
  • アルツハイマー型認知症のモデルマウスにて、脳内アミロイドβの凝集抑制を低用量の薬物投与で実証。
  • 5月21日付ACS Nano 誌 (Impact Factor=13.903) でウェブ公開。

公益財団法人川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター(センター長:片岡一則、所在地:川崎市川崎区、略称:iCONM)は、東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻および東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科・脳神経病態学(脳神経内科)分野との共同研究のもと、脳内に抗体医薬を効率良く送達するスマートナノマシン®(注1)の分子設計と合成を行い、アルツハイマー型認知症のモデルマウスにて脳内アミロイドβ (Aβ) の凝集抑制を低用量で実証することに成功致しました。本研究内容は、アメリカ化学会 (ACS) が発行する学術誌 ACS Nano(注2)に5月21日付でウェブ掲載されます。

アルツハイマー型認知症は、患者本人ばかりか家族の日常生活にまで影響し、時として社会問題ともなる神経疾患であるにもかかわらず、満足のいく治療手段が未だありません。脳内で産生されたAβの凝集が一因とされ、その抑制剤が多く開発されてはいるものの臨床試験では中々成果に繋がりません。ひとつの理由として、薬剤の血液脳関門透過性(注3)の低さがあげられており、治療に有効な薬剤投与量が高用量となることで生じる副作用への忍容性が課題となります。

ナノ医療イノベーションセンター (iCONM) では、文部科学省・科学技術振興機構(JST)による COI(Center of Innovation)プログラム(注4)の一環として、川崎拠点COINS(注5)において「体内病院」プロジェクトを進めております。このプロジェクトでは、数十ナノメートル径(注6)という極小のミセル表面に機能性分子を修飾させたスマートナノマシン®を用いることで、様々なナノDDS(薬物送達システム)の開発に成功してきています。その中のひとつに、ブドウ糖分子を末端に持つポリエチレングリコール(PEG)でミセル表面を修飾することで、血液脳関門(BBB)を突破して脳内に薬物を送達できるようデザインしたものがあります(BBB突破型スマートナノマシン®)。そこで、このCOINSから創出した基盤技術を国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の脳科学研究戦略推進プログラムにおける研究開発(注7)で応用し、Aβの凝集抑制作用が知られている3D6抗体断片(3D6-Fab)をシトラコニル化(注8)により内部に包含したBBB突破型スマートナノマシン®(45nm径)をデザインし(図1)、それを被験薬としたアルツハイマー型認知症治療の研究を行いました。アルツハイマー型認知症のモデルマウスにブドウ糖水溶液を腹腔内投与してBBBのブドウ糖分子透過性を高めたのち、被験薬を静脈内投与し脳内Aβ凝集抑制作用を評価しました。被験薬が BBBを透過し脳上皮細胞に確かに取り込まれたのち、3D6-Fabをリリースすることは、in vitro細胞実験および in vivo共焦点レーザー顕微鏡などを用いた実験により事前に確認しました。in vivo における脳内Aβ凝集抑制効果は、被験動物から脳を取り出し、Aβの凝集体と遊離体をそれぞれ定量することで行いました。その結果、アルツハイマー型認知症モデルマウスを用いた3D6-FabによるAβ凝集抑制実験では、 BBB通過型スマートナノマシン® の使用により既存の報告(IgG単体投与)の 1/10 の投与量で同等の効果が得られることがわかりました(図2)。また、脳内の 3D6-Fab量は、スマートナノマシン®を用いることで 42倍高まることも確認されています。また、アストロサイトが遊離型Aβを貪食し脳内から取り除く作用を 3D6-Fabが活性化することもわかりました。この効果はミクログリア細胞においては認められませんでした。(注9)

低用量抗体医薬によるアルツハイマー型認知症の治療を可能にするスマートナノマシン®の分子設計

図1:抗体医薬を搭載したBBB突破型スマートナノマシン®の模式図

図2:アルツハイマー型認知症モデルマウスにおける、3D6-Fab を搭載したスマートナノマシン®(G25-PM-Bab)のAβ凝集抑制効果:脳内の不溶性Aβ(a)および可溶性Aβ(b)の量を、未投与(Initial)、リン酸緩衝液投与(PBS)、3D6-Fab投与(Free Fab)、ナノマシン投与(G25-PM-Fab)で比較。

以上の知見を、考察としてまとめると以下の様になります。

  • Aβの凝集抑制作用を持つ抗体 3D6-Fab をスマートナノマシン®の使用により42倍効率良く脳内に送達することが可能となった。
  • アルツハイマー型認知症のモデルマウスを用いた3D6-Fab によるAβ凝集抑制実験では、スマートナノマシン®の使用により単体投与の 1/10 の投与量で同等の効果が得られた。
  • アルツハイマー型認知症の治療目的で開発中の抗体医薬の用量設定を下げ、効果を高める可能性が示された。
補足説明
(注1)スマートナノマシン®
様々な機能性分子を持つ両親媒性ポリマーを水中で会合させることにより形成される数十nmの大きさを持つ球状または棒状の分子集合体(ナノミセル)。
H. Cabral, K. Miyata, K. Osada, K. Kataoka, “Block copolymer micelles in nanomedicine applications” Chem. Rev.118 (14) 6844-6892 (2018) (DOI: 10.1021/acs.chemrev.8b00199)
(注2)ACS Nano :
アメリカ化学会(ACS)が発行する学術誌のひとつで、化学、生物学、材料科学、物理学、工学の領域におけるナノサイエンスおよびナノテクノロジー研究に関し、グローバルレベルでの学術情報コミュニケーションを目的としている。学術誌の影響力を示すインパクトファクター(2018-2019)は 13.903 を誇り、世界で最も権威のある科学誌のひとつ。
URL:https://pubs.acs.org/journal/ancac3
(注3)血液脳関門透過性:
脳実質組織とそこに酸素と栄養を供給する血管との間には、血液脳関門(BBB)と呼ばれるバリアーが存在し、脳組織を外因物質から保護している。脳内に薬剤を送達させるには、この関門の透過性が重要なファクターとなる。脳組織は人体の中で最もブドウ糖を必要とする組織でBBBに存在する GluT(ブドウ糖移送タンパク)がゲートキーパーとなることが知られている。この生理作用により、ブドウ糖の投与による GluT の活性化が、ブドウ糖分子を表面に有するスマートナノマシン®を脳内に取り込みやすくすることが分かっている。
Y. Anraku, H. Kuwahara, Y. Fukusato, A. Mizoguchi, T. Ishii, K. Nitta, Y. Matsumoto, K. Toh, K. Miyata, S. Uchida, K. Nishina, K. Osada, K. Itaka, N. Nishiyama, H. Mizusawa, T. Yamasoba, T. Yokota, K. Kataoka, “Crossing the BBB: Glycemic control boosts glucosylated nanocarrier transport into brain” Nature Communications 8, 1001 (2017).
(注4)JST COI(Center of Innovation)プログラム:
ハイリスクではあるが実用化の期待が大きい異分野融合・連携型の基盤的テーマに対して集中的な研究開発支援を行うプログラム。産と学が連携して明確なビジョンの実現に向かう拠点に対して、最長で9年間のJSTからの支援と企業からのリソースが提供される。
センター・オブ・イノベーション(COI)プログラムについて | 科学技術振興機構(JST)
(注5)COINS(Center of Open Innovation Network for Smart Health):
将来の社会ニーズを先取りし、国内外の大学や企業が最先端の技術、人材、アイデアを持ち寄ることで「未来を変える製品・サービス」を開発する全く新しい発想の研究拠点。医療にかかる手間やコスト、距離を意識することなく、病気や治療から解放され、日常生活の中で自律的に健康を手にすることができる「スマートライフケア社会」の実現のため、2045年までに体内病院®の確立を目指している。
URL:https://coins.kawasaki-net.ne.jp/ 
(注6)ナノメートル (nm):
1nmは、10億分の1メートル。人の身長を地球の直径に例えると、細胞一つの大きさは東京ドーム、スマートナノマシン®の大きさはサッカーボールのサイズとなる。
(注7)AMED脳科学研究戦略推進プログラムにおける研究開発:
領域名:臨床と基礎研究の連携強化による精神・神経疾患の克服(融合脳)、研究開発課題名: 血液脳関門通過型抗アミロイドβオリゴマー抗体の創生によるアルツハイマー病の分子イメージング診断、治療法の開発及び発症メカニズムの解明(研究開発代表者:横田隆徳・東京医科歯科大学教授)。
(注8)シトラコニル化:
シトラコニル酸を用いてタンパク質をスマートナノマシン®に包含させると、pH依存的にタンパク質を遊離させることが可能となる。
Y. Lee, T. Ishii, H. -J. Kim, N. Nishiyama, Y. Hayakawa, K. Itaka, K. Kataoka, “Efficient delivery of bioactive antibodies into the cytoplasm of living cells by charge-conversional polyion complex micelles” Angew. Chem. Int. Ed. 49 (14) 2552-2555 (2010) (DOI: 10.1002/ anie.200905264)
(注9)アストロサイトとミクログリア細胞:
いずれも脳内に多く存在するグリア細胞の一種で、Aβの除去能力が注目されている。特にアストロサイトは、アルツハイマー型認知症の病態形成に関わっていることが知られている。
アストロサイトがアルツハイマー病の病態形成に関わっていることを発見(平成30年1月8日プレスリリース)
公益財団法人川崎市産業振興財団について
 産業の空洞化と需要構造の変化に対処する目的で、川崎市の100%出捐により昭和63年に設立されました。市場開拓、研究開発型企業への脱皮、それを支える技術力の養成、人材の育成、市場ニーズの把握等をより高次に実現するため、川崎市産業振興会館の機能を活用し、地域産業情報の交流促進、研究開発機構の創設による技術の高度化と企業交流、研修会等による創造性豊かな人材の育成、展示事業による販路拡大等の事業を推進し、地域経済の活性化に寄与しています。
URL:https://www.kawasaki-net.ne.jp/
ナノ医療イノベーションセンターについて
ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)は、キングスカイフロントにおけるライフサイエンス分野の拠点形成の核となる先導的な施設として、川崎市の依頼により、公益財団法人川崎市産業振興財団が、事業者兼提案者として国の施策を活用し、平成27年4月より運営を開始しました。有機合成・微細加工から前臨床試験までの研究開発を一気通貫で行うことが可能な最先端の設備と 実験機器を備え、産学官・医工連携によるオープンイノベーションを推進することを目的に設計された、世界でも類を見ない非常にユニークな研究施設です。
URL:https://iconm.kawasaki-net.ne.jp/ 
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科・脳神経病態学(脳神経内科)分野について
当分野は、脳神経内科の診療科として、アルツハイマー型認知症や脳卒中に代表される神経疾患患者さんに最先端の医療を提供しています。また、神経疾患の病態解明や、診断法・治療法の開発のための研究・教育を幅広く推進し、特に新規の核酸医薬や抗体医薬、ならびに薬物送達技術の開発を通じて、次世代の分子標的治療の実現を目指しています。分野長である横田隆徳教授は、日本神経学会理事、日本認知症学会評議員、日本神経治療学会評議員として日本の神経難病の医療・研究を推進し、さらに日本核酸医薬学会の会長として産官学の連携体制による日本発の創薬開発を主導しています。
URL:http://www.tmd.ac.jp/med/nuro/index.html
東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻について
バイオエンジニアリング専攻は、少子高齢化が進み、持続的発展を希求する社会において、人類の健康と福祉の増進に貢献することを目指します。本専攻では、この目的を達成するために、既存の工学及び生命科学ディシプリンの境界領域にあって両者を有機的につなぐ融合学問分野であるバイオエンジニアリングの教育・研究を推進します。バイオエンジニアリングの特徴は、物質・システムと生体との相互作用を理解・解明して学理を打ち立てるとともに、その理論に基づいて相互作用を制御する基盤技術を構築することにあります。生体との相互作用を自在に制御することで、物質やシステムは人間にとって飛躍的に有益で優しいものに変身し、革新的な医用技術が生まれることが期待されます。このようなバイオエンジニアリングの教育・研究を通じて、バイオメディカル産業を先導し支える人材を輩出するとともに、予防・診断・治療が一体化した未来型医療システムの創成に貢献することを目指します。
URL:http://www.bioeng.t.u-tokyo.ac.jp/ 
東京大学未来ビジョン研究センターについて
東京大学未来ビジョン研究センター(IFI)は、東京大学の持続可能な開発目標(SDGs)に向けた取り組みの枠組みである未来社会協創推進本部(Future Society Initiative, FSI)の中核的組織として位置付けられます。IFIは、持続可能な未来社会を創造するために、未来社会の諸課題に関する政策・社会提言ならびにそのための社会連携研究を行います。また未来社会に関連する大学の知見を統合する国際ネットワーク・ハブおよび産官学民との協創のプラットフォームとしての役割を果たし、研究に基づいた未来社会を実現する選択を示すとともに、それを担う人材の育成にも貢献します。
URL:https://ifi.u-tokyo.ac.jp/ 
お問い合わせ先
本件に関するお問い合わせ

川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター
COINS研究推進機構支援事務局
担当:島﨑(しまざき)、佐竹(さたけ)

東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係

東京大学 大学院工学系研究科広報室

AMEDの事業に関すること

国立研究開発法人日本医療研究開発機構
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課

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