2020-04-14 東京大学,科学技術振興機構
1.発表者:
磯部 寛之(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授/
科学技術振興機構 JST ERATO 磯部縮退 π 集積プロジェクト 研究総括)
2.発表のポイント:
◆ 窒素原子が埋め込まれたナノチューブを分子性物質として化学合成しました。
◆ これまで制御不可能であった「窒素ドープ」を、組成・位置・構造などを完全に制御した上で実現しています。
◆ 謎に包まれていた、ナノチューブの電子的性質・化学的性質に対する「窒素ドープ」の効果を明確にしました。窒素はナノチューブに電子を受け取りやすくさせる効果があり、ナノチューブを n 型半導体になりやすくさせます。
3.発表概要:
東京大学大学院理学系研究科の磯部寛之教授(JST ERATO 磯部縮退π集積プロジェクト研究総括)の研究グループは、周期的に窒素原子が埋め込まれたナノチューブ分子(窒素ドープ型ナノチューブ分子)の化学合成に世界で初めて成功しました。昨年、独自に開発したばかりのナノチューブ分子の化学合成法に、窒素原子を埋め込む工夫を新たに凝らした結果です。窒素ドープ型炭素材料には、半導体利用などの応用研究において注目されていますが、本研究成果は、今後、こうした材料科学研究をより一層、加速させるものと期待されます。
本研究成果は、国際学術雑誌「ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)」に 2020 年 4 月 14 日に掲載されます。
4.発表内容:
カーボンナノチューブやグラフェンなどのナノカーボンは、その発見以来、新材料として期待を集めています。ナノカーボンに、炭素以外の異種元素をドープ(埋め込み)すると、物性を大きく変えられることから、その開発が注目されています。なかでも、窒素ドープ型ナノカーボンの研究が盛んになっており、年間 200 報に迫る論文が発表されています。しかし、物理的な製造法を利用していることから、ナノカーボンに窒素原子の位置や数を制御しながら埋め込むことが不可能であったことが、新材料開発を阻むボトルネックとなってきました。
今回、研究グループは、窒素原子を特定の位置に特定の数だけ埋め込んだナノチューブ分子の化学合成に成功しました(図1、図2)。
図1 : 窒素ドープ型ナノチューブ分子の分子構造。青い部分が窒素原子。
(結晶構造を横から見た図)
図2 : 窒素ドープ型ナノチューブ分子の分子構造。青い部分が窒素原子。
(結晶構造を下から見た図)
2019 年に独自に開発したナノチューブ分子化学合成法(2019 年 1 月 11 日発表プレスリリース参照)に、新たに窒素原子を埋め込む工夫を凝らしました。これまでベンゼンを用いてきた化学合成法に、新たにピリジンを活用した成果です。本法により、ナノチューブ分子の 304 個の構成主原子のうち、8 個を窒素原子とすることができ、窒素原子の含有率を精確に 2.6%とすることができました。これまで材料科学分野で検討されてきた窒素ドープナノカーボンの窒素含有率は 2-5%の幅でした。本法で合成した窒素ドープナノチューブ分子は、その幅内に収まる窒素含有率を持っていることから、材料検討されてきた窒素ドープナノカーボンの電子的性質・化学的性質を正確に探るのに適した組成を持っていることになります。
今回の研究では、また、最先端 X 線構造解析法により、窒素上の孤立電子対(ローン・ペア)の存在を明確にし、さらに理論計算によりその電子的寄与を明らかにしました(図3、図4)。
図3 : 窒素ドープナノチューブ分子上の孤立電子対(ローン・ペア)。右側の図が窒素原子周辺の電子分布を示している。
図4 : 窒素ドープナノチューブ分子上の孤立電子対(ローン・ペア)による電子状態変化。赤い部分が電子密度が高く、青い部分が電子密度が低い。
その結果、窒素にはナノチューブに電子を注入させやすくする効果があることが見つかりました。これまで窒素ドープナノチューブは、p 型半導体にも n 型半導体にもなることが報告されていましたが、その由来や制御法は明らかになっておりませんでした。今回の研究成果は、窒素が電子を受け取り易くすることで、n 型半導体になりやすくさせることを明らかにしたものとなります。これらの新知見は、今後の窒素ドープナノカーボン材料の開発を加速することが期待されます。
本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業総括実施型研究(ERATO)「磯部縮退π集積プロジェクト」および科学研究費助成事業の一環として進められました。X 線回折による分子構造決定には、一部、大型放射光施設 SPring-8 および高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所フォトンファクトリーの最先端設備が活用されています。
研究者の氏名:所属
池本 晃喜(いけもと こうき):東京大学大学院理学系研究科 講師 ERATO 磯部縮退π集積プロジェクト 研究員
梁 承民(やん すんみん) :東京大学大学院理学系研究科 修士課程大学院生
内藤 久資(ないとう ひさし):名古屋大学大学院多元数理科学研究科 准教授
小谷 元子(こたに もとこ) :東北大学材料科学高等研究所 主任研究者
佐藤 宗太(さとう そうた) :東京大学大学院理学系研究科 特任准教授 ERATO 磯部縮退π集積プロジェクト 研究総括補佐
磯部 寛之(いそべ ひろゆき):東京大学大学院理学系研究科 教授 ERATO 磯部縮退π集積プロジェクト 研究総括
5.発表雑誌:
雑誌名:「Nature Communications」(2020 年 4 月 14 日に電子版公開予定)
論文タイトル:A nitrogen-doped nanotube molecule with atom vacancy defects
(和訳:窒素ドープされた原子欠損孔ナノチューブ)
著者:Koki Ikemoto, Seungmin Yang, Hisashi Naito, Motoko Kotani, Sota Sato & Hiroyuki Isobe*
DOI 番号:10.1038/s41467-020-15662-6
URL: https://doi.org/10.1038/s41467-020-15662-6
(オープンアクセス論文のため、どなたでも無料でお読みいただけます)
6.問い合わせ先:
(研究に関すること)
東京大学大学院理学系研究科 化学専攻
教授 磯部 寛之(いそべ ひろゆき)
東京大学大学院理学系研究科 化学専攻
講師 池本 晃喜(いけもと こうき)
(JST 事業に関すること)
科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
古川 雅士(ふるかわ まさし)
(報道に関すること)
東京大学大学院理学系研究科・理学部
特任専門職員 武田加奈子、教授・広報室長 飯野雄一
科学技術振興機構 広報課