物理学の未解決問題に光! ~ 超流動ヘリウム中の流れの可視化へ ~

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2020-04-10  日本原子力研究開発機構

名古屋大学大学院工学研究科の フォルカ・ゾンネンシャイン(Volker Sonnenschein) 助教、同大学院理学研究科の 松下 琢 講師 をはじめとする名古屋大学、J-PARC注1)(日本原子力研究開発機構(JAEA)と高エネルギー加速器研究機構(KEK)による共同プロジェクト)、CROSS(中性子科学センター)及び京都大学からなる研究グループは、可搬型の小型計測装置を開発し、超流動4He注2)に中性子ビームを照射することによって生成された4He2エキシマー注3)からの発光現象の確認に成功しました。

乱流は物理学の未解決問題の一つですが、その理解のために超流動中の量子乱流注4)が注目されています。研究グループでは、中性子を照射することで生成される4He2エキシマー集団をトレーサー注5)として超流動4He中の流れを可視化するプロジェクトを推進しており、本研究では4He2エキシマーを可視化するための蛍光誘起レーザーの小型化等により、計測装置を可搬型にし、中性子施設のように制限された環境で、従来よりも効率よく4He2エキシマー蛍光を観測することを可能にしました。これは、超流動4He中の流れの完全可視化にむけた第一歩になる成果です。

この研究成果は、2020年3月19日付け米国科学雑誌Review of Scientific Instruments誌に注目論文Editor’s Pickとして掲載されました。

【ポイント】

  • 物理学の未解決問題の一つである乱流を理解するために超流動中の量子乱流が注目されている。
  • そこで、中性子が作る4He2エキシマー集団を用いた超流動中の流れ可視化プロジェクトが進められている。
  • 名古屋大学が中心となった研究グループが可搬型のエキシマー観測装置を開発した。
  • 中性子施設にこの装置を設置し、ビームによってできたエキシマーの観測に成功した。

【研究背景と内容】

乱流は、水や空気など速い流れの中でよく見られる現象で、工業製品の冷却、飛行機の設計などの産業から、大気の流れなどの自然現象まで広く関わる現象です。その動きを理解し予測することができれば、より良い物作りや気象予測など様々な分野への応用が広がります。しかし、科学的にはまだまだ理解が進んでおらず「物理学の未解決問題」の一つに数えられています。乱流の理解を深めるために、現在、超流動ヘリウムやボース・アインシュタイン凝縮注6)などの超流動体に存在する量子乱流の分野に関心が高まっています。

超流動ヘリウムは量子乱流研究でよく取り扱われています。また、それ自体、冷媒として使われるため、超流動ヘリウムの流れの理解は重要です。これまで凍結水素や高分子化合物から作られた微粒子トレーサーを用いて超流動ヘリウムの流れを可視化し、流速の測定が行われてきましたが、これらは量子渦注7)よりもかなり大きなサイズの粒子であるため渦の動きを乱してしまい、超流動ヘリウム自体の流れを正確に解釈することができません。4He2エキシマーは、こうした問題を軽減する可能性のあるトレーサーです。液体ヘリウムのほとんどを占める4Heは、通常、単原子分子として存在しますが、強い電場や放射線のような外部からの刺激により励起し、4He2エキシマーと呼ばれる2原子分子を形成します。4He2エキシマー状態の寿命は約13秒であるため、その間に特定の波長のレーザーを照射することで蛍光を見ることができます。

研究グループでは、中性子を照射することで生成される4He2エキシマー集団をトレーサーとして超流動4He中の流れを完全可視化するプロジェクトを推進しています。本研究では、まず4He2エキシマー蛍光を誘起するための非常に小型で高強度のTi:Sapphireパルスレーザー注8)(図1)の開発等により、中性子施設のように制限された環境で使用できる可搬型の計測装置(図2)を実現しました。それを用い、J-PARCのパルス中性子ビーム注9)や京都大学研究用原子炉の連続中性子ビーム注10)を超流動ヘリウムに入射し、パルスレーザーを同時に照射することで生じる蛍光を測定しました。得られた蛍光はフィルターで関係のない光を取りのぞいた上で微弱光を検出できる装置で測定され、データに合わせて開発したアルゴリズムを用いて雑音除去を行い(図3)、パルスレーザー後の発光確率を導出することで、蛍光が4He2エキシマーによるものであることを同定しています。中性子が液体ヘリウム中に微量に存在する3Heと反応し、荷電粒子を放出して4Heに刺激を与えるほか、ビーム由来のガンマ線によって4Heが励起し、4He2エキシマーは形成されます。今後、3He由来の4He2エキシマーを増やすよう調整することで超流動ヘリウム中の流れを可視化できるようになると期待されます。本研究で実証された計測装置の開発は、超流動4He中の流れの完全可視化にむけた第一歩になる成果です。

※本研究はJSPS科研費 基盤研究(A)「量子乱流の普遍性と統計法則の解明」 (19H00747、研究代表者 辻 義之)の助成を受けたものです。

物理学の未解決問題に光! ~ 超流動ヘリウム中の流れの可視化へ ~

図1 今回開発した小型Ti:Sapphireレーザー。小型化することで短く強いパルスを作ることにも同時に成功した。

図2 今回開発した4He2エキシマー蛍光測定装置の模式図

図3 信号雑音除去の様子。黒が計算で取り出した信号中の雑音、赤と青がそれぞれ雑音除去前と後の信号。(横軸は同期用パルスの時間を基準に表示)

【成果の意義】

グループはこの装置を用いて超流動ヘリウム量子乱流中の常流動成分の挙動を可視化し、量子乱流機構の解明を目指しています。そこで得られる知見は未解明な問題の多い従来の乱流の研究にも波及し、たとえば、太陽などの天体の研究、飛行機の風洞実験のような産業利用、身近なところで天気予報の精度を上げることにも繋がります。また超流動中の熱は常流動成分によって運ばれることから、強磁場大磁石などの冷却に用いられている超流動ヘリウム中の熱流を可視化でき、低温機器の安全設計など実用面でも応用が可能です。さらに、この技術はヘリウム中の中性子反応を可視化することでもあるので、ダークマターなど外部から飛来する未知の粒子の検出器としての応用も期待されています。

【用語説明】

注1)J-PARC

高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が茨城県東海村で共同運営している大型研究施設で、素粒子物理学、原子核物理学、物性物理学、化学、材料科学、生物学などの学術的な研究から産業分野への応用研究まで、広範囲の分野での世界最先端の研究が行われています。J-PARC 内の物質・生命科学実験施設では、世界最高強度の中性子ビーム及びミュオンを用いた研究が行われており、世界中から研究者が集まります。

注2)超流動

流体中に完全に摩擦抵抗が存在しない状態。たとえばリング状に流すといつまでも流れが止まらない永久流が実現します。これはボース・アインシュタイン凝縮(注6参照)を起こして一つの状態を共有している粒子が集団運動状態にあり個々で勝手にエネルギーの受け渡しができないために起こると考えられます。ボース粒子である4Heは2.17K以下でこの状態に転移します。またMRI等で用いられる超伝導も電子が超流動状態になったものです。

注3)4He2エキシマー

最低エネルギーの軌道が電子で埋まった(閉殻)希ガス原子は通常は分子を作りませんが、電子の一部がより高いエネルギーの軌道に励起されて欠落すると分子を作れるようになります。このように一時的に生成された分子をエキシマー(励起分子)と呼びます。希ガスであるヘリウム原子(4He)も、外部からエネルギーを与えられると単独では不安定になり、2つの4Heが結合して4He2エキシマーと呼ばれる分子を形成します。

注4)量子乱流

通常の乱流中にはスケールの異なる大小の渦が存在し非常に複雑ですが、超流動中の渦にはその量子力学的性質から最小単位(量子渦、注7参照)が存在します。超流動状態における乱流は多数の量子渦がもつれた状態であると考えられており、量子乱流と呼ばれます。渦が安定に保たれ1つずつ数えられるようになるなど、通常の乱流よりも取り扱い易く、通常の乱流の理解につながる可能性があるなど、その研究が注目されています。

注5)トレーサー

通常目では見えない流れを可視化するために流体中に導入される微粒子。流れ自体に対する影響が小さく、流れに可能な限り忠実に追随するものが求められます。電荷を持たず大きさも分子サイズである4He2エキシマーはこの面で超流動中の常流動成分流の非常に優れたトレーサーと言えます。

注6)ボース・アインシュタイン凝縮

粒子は統計的な振る舞いの異なるボース粒子とフェルミ粒子の2つに分類されます。それらは通常様々な量子力学的な運動状態をとっていますが、ボース粒子は冷やしていくとある温度以下で多数の粒子が最低エネルギーの一つの状態をとるようになります。これをボース・アインシュタイン凝縮と呼びます。超流動はこのボース・アインシュタイン凝縮によって起こっていると考えられています。

注7)量子渦

完全な超伝導や超流動の中では渦は存在できませんが、その中に超流動状態になっていない微小な芯ができれば、それを軸として渦のように超流動体が回転して流れることができます。そこでの流れの速さは量子力学的に完全に決まっており、量子渦と呼ばれます。

注8)Ti:Sapphireパルスレーザー

4He2エキシマーは波長905 nmのレーザーパルスが照射されると、励起し、それが脱励起するとき蛍光を発します。本研究では、波長905nmで発振する小型Ti:Sapphireパルスレーザー光源を開発し、中性子源施設での実験に使用されました。

注9)パルス中性子ビーム

J-PARC などのようなパルス状に陽子を加速する加速器を利用した中性子源では、陽子ビームがターゲットに入射するタイミングに合わせて中性子が発生するため、時間として連続的に発生しない、パルス的な中性子ビームとなります。計測者はこの時間構造を利用して、中性子のエネルギーや、発光の時間構造を評価する手がかりとします。今回の実験ではJ-PARCの中性子ビームラインBL22 を使用しました。

注10)連続中性子ビーム

パルス中性子ビームとは異なり、時間的に連続に発生する中性子ビームのことです。主に研究用原子炉などで発生する中性子は連続中性子ビームとして計測に利用されます。

【論文情報】

雑誌名:Review of Scientific Instruments

論文タイトル:An experimental setup for creating and imaging 4He2∗ excimer cluster tracers in superfluid Helium-4 via neutron-3He absorption reaction

著者:V. Sonnenschein, 辻 義之、 國立 将真、 久保 淳、 鈴木 颯、 富田 英生、 鬼柳 善明、 井口 哲夫 (名大工学研究科)、松下 琢、 和田 信雄、 北口 雅暁、 清水 裕彦、 広田 克也 (名大理学研究科)、篠原 武尚、 廣井 孝介(J-PARCセンター)、林田 洋寿 (CROSS中性子科学センター)、W. Guo (National High Magnetic Field Laboratory(国立高磁場研究所)、フロリダ州立大、伊藤 大介、齊藤 泰司 (京都大複合研)

DOI:10.1063/1.5130919

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