2019-12-24 日本原子力研究開発機構
【発表のポイント】
- 福島県で採取される天然淡水魚の放射性セシウム(以下、「セシウム」)濃度は時間とともに着実に低下し、出荷制限等の解除が進んでいるものの、今後の見通しを得るためセシウム濃度の変化の原因を解明することが求められていた。
- 本研究では、渓流に生息する淡水魚(以下、「渓流魚」)に着目し、これまで蓄積されてきた環境モニタリングデータを利用して森林から渓流魚へ移動するセシウムの経路を分析した。その結果、渓流魚に取り込まれるセシウムは、異なる3つの経路(図1A)から供給されることが明らかになった。
- 葉や落葉層※1に含まれるセシウム濃度の急速な低下により、経路①②からの供給量が低下したことが渓流魚中のセシウム濃度の低下に大きく影響していることが分かった(図1B)。
- 今後、時間とともにセシウム濃度は低下傾向にあるが(図1B)、経路③の有機土壌層※2からの寄与が大きくなると考えられる。有機土壌層内ではセシウムは緩やかに深さ方向に移動しながら無機土壌層※2に吸着することが想定される。そのため、渓流魚のセシウム濃度の将来予測に向けて、このような有機土壌層から無機土壌層へのセシウムの動きや存在状態の更なる解明を目指す。
図1 森林内のセシウムの動きと渓流魚への影響(計算モデルの概念図)
【河川水を経由して渓流魚に取り込まれるセシウムの供給経路】
経路①・・・樹木から河川に直接落葉し溶出する経路
経路②・・・落葉層から河川へ溶出あるいは流出する経路
経路③・・・有機土壌層から表層水・地下水を通って河川へ溶出する経路
【概要】
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下、「原子力機構」)福島研究開発部門 福島研究開発拠点 福島環境安全センター 環境動態研究グループの操上広志マネージャーらは、福島第一原子力発電所(以下、「1F」)の事故後に蓄積された環境モニタリングデータを利用し、セシウムの森林内での動きおよび河川への移動、渓流魚への取り込みの経路を分析しました。その結果、渓流魚のセシウム濃度の低下傾向が、樹木から落葉層※1、落葉層から有機土壌層※2へ向かう森林内でのセシウムの動きと関係することを明らかにしました。
福島県で採取される天然淡水魚のセシウム濃度は時間とともに着実に低下し、出荷制限等の解除が進んでいますが、今後の見通しを得るためセシウム濃度の変化の原因を解明することが求められていました。特に渓流魚に取り込まれるセシウムは森林から供給されると考えられますが、森林でのセシウム量の低下速度に比べて渓流魚中のセシウム濃度の低下速度の方が大きいことの原因は不明であり、森林のどこから供給されるのかが定量的に理解されていませんでした。
そこで本研究では、森林内のどの部位からのセシウムが渓流魚に移行しているのかを検討するために、1Fの事故後に蓄積された環境モニタリングデータを利用し、セシウムの森林内での動きおよび河川への移動、渓流魚への取り込みの経路を分析しました。その結果、渓流魚のセシウム濃度の低下傾向が、樹木から落葉層、落葉層から有機土壌層へ向かう森林内でのセシウムの動きと関係することを明らかにしました。具体的には、森林から河川そして渓流魚へ移動するセシウムの経路は、樹木から河川に直接落葉し溶出する経路(経路①)、落葉層から河川へ溶出あるいは流出する経路(経路②)、有機土壌層から表層水・地下水を通って河川へ溶出する経路(経路③)が組み合わさっていることを明らかにしました。
また、1F事故からの時間の経過に伴う葉や落葉層に含まれるセシウム濃度の急速な低下により、渓流魚への経路①②からのセシウム供給量が低下していることが分かりました。これは森林からのセシウム流出率が下がっていることを意味し、一方で森林内ではセシウムが有機土壌層及び無機土壌層※2に吸着しているため森林から流出しにくい状況にあることから、渓流魚のセシウム濃度の低下速度が森林内のセシウム量の低下速度よりも大きくなります。
今後、時間とともに経路③の有機土壌層からの寄与が大きくなると考えられますが、有機土壌層内ではセシウムは緩やかに深さ方向に移動しながら無機土壌層に吸着することが想定されることから、このような有機土壌層内でのセシウムの動きや存在状態を理解することが、渓流魚のセシウム濃度の将来予測において重要になると考えられます。
本成果による渓流魚中のセシウム濃度のメカニズム解明は、福島県で採取される天然の淡水魚の出荷制限等解除に役立つものと期待しています。
本成果は、「Journal of Environmental Radioactivity」11月号に掲載されました。また、オンライン版としてオープンアクセスにて公開中です。
【研究の背景と経緯】
福島県で採取される天然の淡水魚のセシウム濃度は、時間とともに着実に低下し、会津地方や中通り地方では出荷制限等の解除が進んでいます(注)。渓流魚に取り込まれるセシウムは森林から供給されると考えられますが、森林でのセシウム量の低下速度に比べて渓流魚中のセシウム濃度の低下速度の方が大きいことの原因は不明であり、森林のどこから供給されるのかが定量的に理解されていませんでした。内水面漁業の再開に向け今後の見通しを得るため、渓流魚へセシウムが取り込まれていくメカニズムの解明や将来予測が必要でした。
原子力機構は、これまで森林から河川、海に至る流域規模での環境中のセシウムの一連の動きに対して包括的な調査研究※3を行っており、その一環として環境動態モデル※4開発や環境モニタリングデータベース※5の構築・運用を行ってきました。これらを通して蓄積してきた知見を活用し、渓流魚へのセシウムの移行メカニズム解明に取り組んできました。
(注) 出荷制限等の詳細は下記を参照してください。
厚生労働省HP:https://www.mhlw.go.jp/stf/kinkyu/2r9852000001dd6u.html
水産庁HP: https://www.jfa.maff.go.jp/j/housyanou/kekka.html
福島県HP:https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/ps-suisanka-monita-top.html
福島総合環境情報サイト※3(https://fukushima.jaea.go.jp/ceis/)から
図2 阿武隈川流域および浜通り主要河川流域の土地利用分布
福島県の面積の60%以上を占める森林からわずかに流出するセシウムが渓流魚のセシウム濃度に影響していると考えられる。
【研究の内容】
セシウムは福島県の面積の60%以上を占める森林に多く沈着しました(図2)。森林から河川に流出するセシウムは年間1%未満(原子力機構報告書JAEA-Research 2019-002より)と非常に少ないことが分かっていますが、森林から河川生態系の栄養供給の関係を考えると、わずかに流出するセシウムが渓流魚のセシウム濃度に影響していると考えられています。
1F事故後、セシウムは大気拡散によって運ばれ、森林内では、地上に降下した当初は樹木(葉、枝、樹皮)や林床※6上部の落葉層に沈着し、その後、時間とともに落葉、降雨、落葉層の分解等によって林床下部の有機土壌層に移動してきました。このようなセシウムの動きによって、森林の部位ごとにセシウム濃度の変化傾向が異なっています。葉や枝、樹皮、落葉層に含まれるセシウム濃度は時間とともに低下しており、その分、有機土壌層に含まれるセシウム濃度は上昇しています。
本研究では、どの部位からのセシウムが渓流魚に移行しているのかを検討するために、1Fの事故後に蓄積された環境モニタリングデータを利用し、セシウムの森林内での動きおよび河川への移動、渓流魚への取り込みの経路を分析しました。データ分析のために、上記のような森林内でのセシウムの動きおよび河川水を経由し渓流魚に移動する経路を表現するための計算モデルを利用しました。図1Aに示すように計算モデル(ボックスモデル)では、落葉樹林、常緑樹林のそれぞれに対し、葉、枝、樹皮、心材、辺材、落葉層、有機土壌層に分割し、それら部位をそれぞれ箱に見立てます。それぞれの箱に沈着時のセシウム量を与え、時間とともに箱の間でセシウムが動くように設定しました。このとき箱の間の移行率(ある箱のセシウム量に対して他の箱へ移動するセシウム量の割合)は時間に対して不変と仮定しました。また、河川へのセシウムの移動の経路として、樹木から河川に直接落葉し溶出する経路(経路①)、落葉層から河川へ溶出あるいは流出する経路(経路②)、有機土壌層から表層水・地下水を通って河川へ溶出する経路(経路③)を設定しました。各箱の間の移行率は、モニタリングデータから逆算し求めました。河川に流出する経路に対する移行率はモニタリングデータ等がないことから、各経路からの寄与の大きさを変えたいくつかのシナリオを仮定し計算しました。利用したデータは、林野庁および原子力機構・筑波大学が取得している森林内でのセシウムの分布や動き方のデータ、環境省および国立研究開発法人水産研究・教育機構の取得している河川水・淡水魚のデータです。対象とした渓流魚は、公開データが十分に存在する阿武隈川、浜通りの河川に生息するヤマメおよびウグイとしました。
森林内の各部位のセシウム濃度の経時変化を図3に示します。計算値(線)は実測値(点)を再現しており計算が妥当であることを示しています。図4には、河川に流出するシナリオ計算の結果の一部を示します。その結果、渓流魚中のセシウム濃度の時間変化は、経路①から③のいずれかひとつの経路だけで説明することはできないことが分かりました。すなわち、森林から河川そして渓流魚に移動するセシウムは、経路①から③の寄与が組み合わさっていることが分かりました。また、各経路の寄与率が時間とともに変わり、当初は経路①や経路②の寄与が大きく、近年では経路③からの寄与が大きいことが分かりました。すなわち、渓流魚のセシウム濃度の低下が、森林でのセシウム量の低下速度に比べて早い原因として、森林内の葉や落葉層の濃度低下の早さに起因することが明らかとなりました。
図3 森林内の各部位のセシウム濃度の存在比(左:落葉樹、右:常緑樹)
葉や枝、樹皮、落葉層に含まれるセシウムの存在比は時間とともに低下し、その分、有機土壌層では上昇。計算値(線)は実測値(点)を再現しており計算が妥当であることを示している。
図4 渓流魚中のセシウム濃度の経時変化とセシウム流出経路の関係
【河川水を経由して渓流魚に取り込まれるセシウムの供給経路】
経路①・・・樹木から河川に直接落葉し溶出する経路
経路②・・・落葉層から河川へ溶出あるいは流出する経路
経路③・・・有機土壌層から表層水・地下水を通って河川へ溶出する経路
当初は経路①や経路②の寄与が大きく、近年では経路③からの寄与が大きい。
渓流魚のセシウム濃度の低下が、森林でのセシウム量の低下速度に比べて早い原因として、森林内の葉や落葉層の濃度低下の早さに起因することが分かった。
*物理減衰(年約2.3%減少)に加え、河川経由でのセシウム流出(年1%を仮定)を考慮した場合の、森林でのセシウム量変化の傾きを示しており、縦軸の値とは対応しない。
【今後の展開】
渓流魚のセシウム濃度の低下速度が、森林内の葉や落葉層の濃度低下の早さに起因することが明らかとなりました。一方、図4に示すように今後、時間とともにセシウム濃度は低下傾向にありますが、有機土壌層からの寄与が大きくなると考えられます。有機土壌層内ではセシウムは緩やかに深さ方向に移動しながら無機土壌層に吸着することが想定されます。そのため、渓流魚のセシウム濃度の将来予測に向けて、有機土壌層から無機土壌層へのセシウムの動きや存在状態の更なる解明を目指します。また、今回適用したデータ分析技術(計算モデル含む)は、森林生態系を構成するきのこ類や野生鳥獣類にも適用可能であることから、関係機関と連携しそれらへのセシウム濃度予測に結びつけた研究を継続します。
【用語解説】
※1 落葉層:
落葉・落枝とその腐植途中の有機土壌の層。
※2 有機土壌層・無機土壌層:
落葉層の下位にあり落葉・落枝の腐植が進行した膨潤性の有機質を多く含む土壌層を有機土壌層、その下位にある腐植が少ない鉱質土層の土壌層を無機土壌層と呼びます。セシウムは粘土鉱物などの無機土壌に強く吸着することが知られています。有機土壌にもセシウムを吸着する性質がありますが、有機土壌は無機土壌ほどセシウムを強く吸着しないため、生物に利用されやすい性質があると想定されます。
※3 包括的な調査研究:
原子力機構によるこれまでの調査研究の成果の概要は、報告書JAEA-Research 2019-002や福島総合環境情報サイトにて公開中。
※4 環境動態モデル:
セシウムの環境中の動きをコンピュータ上で計算するモデル。「解析事例サイト」において、これまでの成果の概要を公開中。
※5 環境モニタリングデータベース:
原子力機構が開発・運用しているデータベース。「放射性物質モニタリングデータの情報公開サイト」として公開中。
※6 林床:
森林内の地表面。
【論文タイトル】
“Numerical study of transport pathways of 137Cs from forests to freshwater fish living in mountain streams in Fukushima, Japan”
(福島における森林から渓流に生息する淡水魚へのセシウム137の移行経路に関する数値解析研究)
DOI: 10.1016/j.jenvrad.2019.106005