最終氷期末の海水準上昇期に堆積したモンゴルの湖成層の解読
2019-12-03 総合地球環境学研究所
岐阜大学教育学部の勝田長貴准教授、大妻女子大学人間生活文化研究所の井上(松本)源喜特別研究員、天草市立御所浦白亜紀資料館の長谷義隆博士、総合地球環境学研究所の陀安一郎教授、同研究所の原口岳外来研究員(日本学術振興会特別研究員PD)、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所の志知幸治主任研究員、岐阜聖徳学園大学教育学部の川上紳一教授(岐阜大学教育学部名誉教授)らの研究グループは、シベリア永久凍土連続地帯に位置するモンゴル北西部の湖沼堆積物の研究を行い、約13,700年前と約11,000年前の二つの時期にシベリア永久凍土が大規模融解したことを世界で初めて明らかにした。本研究成果は、2019年11月15日(金)にアメリカ地球物理学連合(AGU)の国際誌Geophysical Research Letters誌に掲載された。
発表のポイント
- モンゴル北西部・フブスグル湖周辺はシベリア永久凍土連続地帯に位置しており(図1)、そこの永久凍土は最終退氷期(15,000~8,000年前)の温暖化で融解し、特に、ベーリング・アレード温暖期に対応する13,700年前とプレボレアル温暖期の11,000年前に大規模融解したことが明らかになった。
- 永久凍土地帯に分布する湖沼堆積物中の高濃度の硫黄含有層と硫黄同位体比(δ34S)の正の異常は、永久凍土の大規模融解を示す指標となることが解明された。
- シベリア永久凍土南限は、最終氷期最盛期(21,000年前)にゴビ砂漠南部に存在していたが、最終退氷期(15,000~8,000年前)の温暖化の中で、セレンガ川に沿う永久凍土は13,700年前にはバイカル湖まで後退し、土壌の湿潤化とシベリアトウヒを中心とする森林が広がった。
概略(研究成果)
モンゴル北西部に位置するフブスグル湖の湖底堆積物について、硫黄を中心とした土壌分析を行った結果、13,700年前と11,000年前の急激な温暖化(前者はベーリング・アレード温暖期、後者はプレボレアル温暖期と呼ばれる)で、シベリア永久凍土が大規模に融解したことが明らかとなった。現在のシベリア永久凍土の南限は、モンゴル北部やバイカル湖周辺に分布しているが、最終氷期最盛期には、ゴビ砂漠南部まで南下していた。今回、フブスグル湖の湖底堆積物の硫黄含有量と同位体比の変動が永久凍土の大規模融解を示すことが明らかとなり、それらのデータをバイカル湖湖底堆積物データと合わせて解析した結果、フブスグル湖周辺では13,700年前と11,000年前に永久凍土の融解が加速したことが分かった。これらの時期は、大気CO2や海水準が急激に上昇した時期と一致し、シベリア永久凍土の大規模な融解も急激な温暖化によるものであることが明らかとなった。同様の永久凍土の融解はバイカル湖周辺でも見られ、土壌水分の上昇やシベリアトウヒの増加が明らかとなった。
本文
・背景
人類が進化を遂げた第四紀は氷期と間氷期が繰り返した氷河時代でもある。氷河時代における気候変動、特に約80万年前からは、約10万年周期の氷期と間氷期の繰り返しで特徴づけられる。現在は温暖な間氷期で、その始まりは完新世(11,700年前)からであり、それ以前の寒冷な時期は最終氷期と呼ばれている。最終氷期から完新世の温暖期に移行する時期に、地球の気候は2回の温暖化とその間の一時的な寒冷化があった。この寒冷化はヤンガードリアス期と呼ばれ、その前後の温暖化が起こった時期がベーリング・アレレード温暖期とプレボレアル温暖期である。こうした気候変動の原因には、大陸氷床の融解による表層海水の淡水化、海洋深層水循環の変動、天体衝突などさまざまな説が提案されている。また、こうした気候変動にともなって、世界各地の気候がどのように変化したのか、また変化の時期が同期しているのかなど、さまざまな課題が提示され、論争が続いてきた。最終氷期から完新世の温暖期への気候の変動は、汎世界的な現象であることは多くの研究者の間で意見が一致していたが、中央アジア内陸部における気候変動の実態の解明は遅れていた。その理由は、大陸内陸部で気候変動を記録した地層や堆積物の確保が困難であったことが挙げられる。
本研究では、モンゴルの湖沼に堆積した堆積物コアを採取し、古環境の解読を進めるなかで、堆積物中の硫黄含有量と硫黄同位体比の変動の分析結果に焦点を当てて解読を行った。硫黄含有量と硫黄同位体比の変動と、世界各地の気候変動の指標を比較した結果、ベーリング・アレレードの温暖期と、プレボレアル温暖期に、一時的に硫黄含有量と硫黄同位体比の異常が認められることが発見された。地球表層環境における硫黄の地球化学的挙動と、硫黄同位体分別作用の考察から、これらの変動が内陸の永久凍土の大規模融解に伴う現象であることが浮上した。採取した堆積物試料の粒度分析から、この異常を伴う地層は、湖沼内部の湖水の変動によるものではなく、流域からの流入によるものであり、永久凍土が大規模融解して発生した水がタービダイトをもたらし、堆積物の化学的性質に影響を与えたことが明らかになった。地球温暖化が起こった時期に、大陸内部の永久凍土がどのような挙動をしたかが明らかになったことで、気候変動の実態と原因論に新たな視点を与える研究成果となった。
・研究の経緯
日本における中央アジアの古環境復元に関する研究は、1990年代に日本BICER協議会が発足するなどして、国際共同研究が活発化した。バイカル湖の湖底堆積物を中心に研究が行われ、その後、周辺地域であるモンゴルのフグスブル湖なども含めて発展してきた。本研究グループは、こうした研究のなかで、組織化されたものである。
本研究グループは、バイカル湖とフブスグル湖の湖底堆積物の分析を通じて、過去のユーラシア内陸の環境変動復元を行ってきた。その中で、最終氷期から完新世に至る水文変動が、バイカル湖では完新世中期(約6,000年前)にかけて徐々に湿潤化してきたが、フブスグル湖周辺は13,000年前から11,500年前にかけて急激に湿潤化したことが明らかとなった(図2)。その差の原因は、フブスグル湖がシベリア永久凍土連続帯の湖沼であり、湖とその周辺の環境(水、生物、土壌)は永久凍土変動によって強く支配されており、最終退氷期の急激な湿潤化は永久凍土融解を伴うことを世界に先駆けて明らかにした。そこで、更にフブスグル湖湖底堆積物の解析を進めた結果、最終退氷期に顕著な硫黄含有量と同位体比変動を発見し、その原因が永久凍土の融解水の供給とそれに伴って発生した地すべりによるタービダイトの堆積の記録であることを明らかにした。
・今後の展開
今回発見された永久凍土の融解指標の分析を過去に遡って進めることで、気候変動に伴う永久凍土の動態が明らかになっていくことが期待される。
謝辞
本研究の一部は、平成29年度~30年度文部科学省科学研究補助金事業(新学術領域研究、研究領域提案型)(代表:勝田長貴)の資金援助を得て行われました。
論文情報
- 雑誌名:Geophysical Research Letters
- タイトル:Siberian permafrost thawing accelerated at the Bølling/Allerød and Preboreal warm periods during the last deglaciation
- 著者:Nagayoshi Katsuta1, Genki I. Matsumoto2,10, Yoshitaka Hase3, Ichiro Tayasu4, Takashi F. Haraguchi4, Eriko Tani1, Koji Shichi5, Takuma Murakami6, Sayuri Naito1, Mayuko Nakagawa7, Hitoshi Hasegawa8, Shin-ichi Kawakami1,9
- 1Faculty of Education, Gifu University, 1-1 Yanagido, Gifu 501-1193, Japan
- 2Department of Environmental Studies, Otsuma Women’s University, Tama, Tokyo 206-8540, Japan
- 3Goshoura Cretaceous Museum, 4310-5 Goshoura-machi, Amakusa 866-0313, Japan
- 4Research Institute for Humanity and Nature, 457-4 Motoyama, Kamigamo, Kita-ku Kyoto 603-8047, Japan
- 5Shikoku Research Center, Forestry and Forest Products Research Institute, 2-915 Asakura-nishimachi, Kochi 780-8077, Japan
- 6Graduate School of Environmental Studies, Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya, Aichi 464-8601, Japan
- 7Earth Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, Meguro-ku, Tokyo 152-8551, Japan
- 8Department of Global Environment and Disaster Prevention, Faculty of Science and Technology, Kochi University, Akebono-cho 2-5-1, Kochi 780-8520, Japan
- 9Faculty of Education, Gifu Shotoku Gakuen University, Takakuwanishi, Yanaizu-cho, Gifu 501-6194, Japan
- 10Institute of Human Culture Studies, Otsuma Women’s University, 12 Sanban-cho, Chiyoda-ku, Tokyo 102-8357, Japan
- DOI番号: https://doi.org/10.1029/2019GL084726
- 論文公開URL:https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1029/2019GL084726
用語解説
- 1)永久凍土と分布:2年間継続して0°C以下の凍結状態を保つ土壌。フブスグル湖(1645m)を含むモンゴル北西部の標高は、バイカル湖周辺(456m)に比べて1000mほど高地にあるため、シベリア永久凍土連続帯はバイカル湖より南方に分布している(図1)。
- 2)硫黄同位体:亜永久凍土層水中では、硫酸還元バクテリアが硫酸イオンを用いて有機物分解を行う。これにより32Sが選択的に利用され、生成される硫化水素やその反応でできる硫化鉱物のδ34Sはもとの硫酸イオンのδ34Sより低くなり、残りの硫酸イオンのδ34Sは逆に高くなる。永久凍土が融解すると、34Sに富んだ硫酸イオンが湖沼に流れ込み、湖底の堆積物に記録される。
- 3)タービダイト:混濁流によって運搬・堆積した堆積物。
- 4)ベーリング・アレレード期:デンマークの花粉帯Ibに相当する約12,400年前~約12,100年前の温暖期。
- 5)プレボレアル期:ヤンガードリアス寒冷期直後の約11,500年前~約10,300年前の温暖期
関連図
図1.フブスグル湖周辺は、シベリア永久凍土の連続帯に位置する。最終氷期最盛期(21,000年前)には、永久凍土はゴビ砂漠南部まで広がっていた。孤立的永久凍土がセレンガ川に沿って分布しているが、これは13,700年前の急激な温暖化で生じたことが明らかとなった。
図2.永久凍土融解の復元図。フブスグル湖の湖底堆積物中の硫黄含有量の増加と硫黄同位体比の正異常が13,700年前と11,000年前に見られ、永久凍土の急激な融解が生じたことが明らかとなった。また、同様にして、バイカル湖周辺でも土壌水分やシベリアトウヒの増加が認められた。これらの時期は、南極氷床コアから復元された大気CO2濃度、グリーンランド氷床コアの大気CH4濃度、珊瑚による海水準が急激に増加した時期と対応することが明らかとなった。図中のBはベーリング期、Aはアレレード期、PBはプレボレアル期を表す。MWP1Aは融解水パルス1A、MWP1Bは融解水パルス1Bを表し、大陸氷床の融解に伴い世界中の海水準が年間40mmの速度で急激に上昇した。