2019-11-25 分子科学研究所
発表のポイント
- 金、銀、合金ナノ粒子を高速・高位置決定精度で同時に観察する光学顕微鏡を開発した
- 開発した光学顕微鏡を用いて複数の生体1分子の挙動を同時かつ高速に追跡可能にした
- 複数種の生体分子や生体分子複合体が協調して働く仕組みの解明への貢献が期待される
概要
分子科学研究所の安藤潤助教、中村彰彦助教、山本真由子技術支援員、飯野亮太教授、生理学研究所のソンチホン特任助教、村田和義准教授の共同研究グループは、金、銀、金銀合金ナノ粒子を用いて、光学顕微鏡によるマルチカラー高速高精度生体1分子イメージングを実現しました。金ナノ粒子は、モータータンパク質や生体膜中の脂質等の1分子が動く様子を光学顕微鏡で観察する目印として用いられています。金ナノ粒子は光を強く散乱するため、マイクロ秒の時間分解能とナノメートルの位置決定精度*1で1分子の挙動を追跡できますが、複数種の生体分子を識別してその挙動を同時に観察することはできませんでした。本研究では、金、銀、金銀合金ナノ粒子の散乱光を識別して捉えるマルチカラー全反射暗視野顕微鏡*2を構築し、100マイクロ秒の時間分解能と2ナノメートルの位置決定精度を達成しました。さらに、開発した装置を用いて、脂質膜中を拡散運動する脂質分子や、微小管上を歩行するキネシンの挙動をマルチカラーで高速・高精度に捉えることに成功しました。本成果により、モータータンパク質が働く仕組みの解明等、生物学分野への様々な貢献が期待されます。
本研究は、科学研究費補助金新学術領域研究「発動分子科学」等の助成の一環として行われ、米国化学会の学会誌『ACS Photonics』に2019年10月17日付でオンライン掲載されました。
研究の背景
光学顕微鏡は、生体機能の発現に重要なタンパク質や脂質等の生体分子の動きを、生きたままの状態で捉えることができます。近年、光学顕微鏡で生体1分子の挙動を捉える目印(プローブ)として、金ナノ粒子が用いられ始めています。金ナノ粒子は、緑色の光と共鳴し、光を強く散乱します。従来からよく利用されている蛍光プローブと比較して、極めて高い信号強度が得られます。金ナノ粒子をプローブに用いてこれまでに、マイクロ秒(100万分の1秒)オーダーという高い時間分解能で、モータータンパク質や脂質分子の挙動が捉えられています。しかしながら、金ナノ粒子を用いた観察は単色に限られ、複数種の生体分子を同時に識別しながら多色で観察することは困難でした。
研究の成果
分子研および生理研の研究グループは、金、銀、金銀合金ナノ粒子をプローブに用いることで、光学顕微鏡によるマルチカラー高速1分子メージングを実現しました。銀ナノ粒子は紫色の光に、金銀合金ナノ粒子(金と銀を1:1で混合)は青色の光に共鳴し、それらの光を強く散乱します。光の色(波長)によって散乱の効率が異なる特性を利用することで、金、銀、金銀合金ナノ粒子を見分けられると考えました。
3種のナノ粒子の散乱光を選択的に捉えるため、マルチカラー全反射暗視野顕微鏡を開発しました。照明光学系は共鳴波長に合致した複数のレーザー(404 nm, 473 nm, 561 nm)で構成され、3種のナノ粒子を同時に照明することができます。また、検出光学系にスリットを開いた分光器を用いることで、高速CMOSカメラの受光面の異なる部分に、各波長の散乱像を同時に結像できます。
プローブには、直径30 nmの銀ナノ粒子、30 nmの金銀合金ナノ粒子、40 nmの金ナノ粒子を用いました。本装置では、銀ナノ粒子は404 nm、金銀合金ナノ粒子は473 nm、金ナノ粒子は561 nmのチャネルでそれぞれ、高いコントラストの散乱像が得られました。また得られた散乱像のシグナル/ノイズ比は高く、100マイクロ秒の時間分解能で2 nm、1ミリ秒の時間分解能で0.6nmの位置決定精度を達成できました。
次に、開発した装置で生体分子の観察を行いました。まず、ガラス基板上に形成した人工生体膜中を拡散運動するリン脂質の様子を観察しました。金、銀、金銀合金ナノ粒子で標識されたリン脂質の挙動を、100マイクロ秒の時間分解能で同時に追跡することに成功しました(図1)。また、膜上の金ナノ粒子と金銀合金ナノ粒子が近接して粒子対を形成する様子を観察することができました。金属ナノ粒子は、お互いが非常に近接すると相互作用して、共鳴波長が長波長(赤色)側へシフトすることが知られています。開発装置に赤色(649 nm)のレーザー光をさらに追加して計測したところ、粒子対の近接に伴って赤色の散乱光が増大する様子も捉えられました。粒子対が近接する時間は数ミリ秒程度であり、開発装置はこのような一過的な現象を詳細に捉えることを可能にしました。さらに、生体内で物質輸送を担うモータータンパク質キネシンの観察も行いました。キネシンの片足に金、銀、金銀合金ナノ粒子を結合させ、100マイクロ秒の時間分解能で動きを観察しました。先行研究と一致する16 nmの歩幅で、レールである微小管の上を直進する様子を捉えることができました。
図1:金、銀、金銀合金ナノ粒子によるマルチカラー高速高精度イメージング
(A) 金、銀、金銀合金ナノ粒子で標識した膜中の脂質分子の模式図
(B) 金、銀、金銀合金ナノ粒子の散乱像
(C) 連続撮像した散乱像から取得した脂質分子の挙動。100マイクロ秒の時間分解能で取得
今後の展開・この研究の社会的意義
生体内では、様々な生体分子が相互作用しながら生体機能を発現しています。本研究成果は、複数種の生体分子により発現される生命現象を、マイクロ秒の時間分解能とナノメートルの位置決定精度で詳細に捉えることを可能にします。また、モータータンパク質をはじめとする生体分子機械は、複数の部品が複合体を形成して機能します。本研究成果は、モータータンパク質内部の複数の部品がいかに協調することで直進運動や回転運動を実現するのか、その仕組みを解明する道を拓きました。今後、生物学分野におけるより広範な応用が期待されます。
用語解説
(*1)位置決定精度:
光学顕微鏡像における輝点の中心位置を決定する精度の尺度。精度が高い程、生体分子の動きを正確に追跡できる。
(*2)全反射暗視野顕微鏡:
ガラスと水の界面近傍に局在したエバネッセント光を照明光に用いる暗視野顕微鏡。光を界面で全反射させてエバネッセント光を形成する。
論文情報
掲載誌:ACS Photonics
論文タイトル:“Multicolor High-Speed Tracking of Single Biomolecules with Silver, Gold, and Silver−Gold Alloy Nanoparticles”
(「銀、金、銀金合金ナノ粒子を用いた生体1分子のマルチカラー高速トラッキング」)
著者:Jun Ando, Akihiko Nakamura, Mayuko Yamamoto, Chihong Song, Kazuyoshi Murata, and Ryota Iino
出版日・巻号:2019年11月20日 2019, 6, 2870 – 2883
掲載日:2019年10月17日(オンライン版)
DOI:10.1021/acsphotonics.9b00953
研究グループ
分子科学研究所、総合研究大学院大学、生理学研究所
研究サポート
科学研究費補助金 新学術領域研究 発動分子科学 JP18H05424 (飯野亮太)
科学研究費補助金 JP18H02418, JP18H04755, JP17K19213(飯野亮太)
科学研究費補助金 JP18H01904(安藤潤)
自然科学研究機構新分野創成センター イメージングサイエンス研究分野プロジェクト IS291003(安藤潤)
研究に関するお問い合わせ先
飯野 亮太(いいの りょうた)
所属、職位:分子科学研究所 教授
報道担当
自然科学研究機構・分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当