超伝導不揮発メモリの実現

スポンサーリンク

書き換え可能な超伝導量子コンピュータへの応用に期待

2018/10/06  理化学研究所,東京大学

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター動的創発物性研究ユニットの大池広志特別研究員(研究当時)、賀川史敬ユニットリーダーらの研究チームは、パルス電流(短時間かつ一時的な電流)を用いた「超伝導[1]状態」の生成・消去に成功しました。

本研究成果は、超伝導制御の新しい原理を実証するものであり、新たな超伝導物質の探索や、書き換え可能な量子コンピュータ[2]の回路素子の実現につながると期待できます。

これまで100年以上にわたり、超伝導状態を示す新物質の探索が行われてきましたが、その際に主に用いられてきた方法は、対象物質の化学組成や圧力を変化させることでした。

今回、研究チームは、極低温において化合物IrTe2(Ir:イリジウム、Te:テルル)にパルス電流を加えることで超伝導状態を生成し、また生成された超伝導状態を異なるパルス電流で消去することに成功しました。このように、従来とは異なる方法での物質の状態制御により、超伝導-非超伝導状態の書き換えを情報のビットとした不揮発性メモリ[3](超伝導不揮発メモリ)機能が実証されました。また、超伝導不揮発メモリを組み合わせて回路を構成すると、異なるパターンの超伝導回路の書き込みと消去を繰り返し行うことが可能になります。

本研究は、米国のオンライン科学雑誌『Science Advances』(10月5日付け:日本時間10月6日)に掲載されます。

超伝導不揮発メモリの概念図の画像

図 超伝導不揮発メモリの概念図

※研究チーム

理化学研究所創発物性科学研究センター
動的創発物性研究ユニット
特別研究員(研究当時) 大池広志(おおいけ ひろし)
(現客員研究員、東京大学大学院 工学系研究科 助教)
ユニットリーダー 賀川 史敬(かがわ ふみたか)
(東京大学大学院 工学系研究科 准教授)
強相関物性研究グループ
特別研究員(研究当時) 上谷 学(かみたに まなぶ)
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学大学院 工学系研究科 教授)

※研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 若手研究「動力学に基づいた準安定超伝導状態の創出(研究代表者:大池広志)」、基盤研究B「超急冷法を用いた準安定超伝導の開拓と制御(研究代表者:賀川史敬)」による支援を受けて行われました。

背景

固体中にひしめき合う電子集団は、金属・絶縁体・強磁性・超伝導などさまざまな状態を示します。その中でも「超伝導状態」は、エネルギー散逸のない電力輸送を可能にし、かつ巨視的な量子干渉効果[4]を示すことから、現在、超伝導状態を量子コンピュータなどに応用する研究が盛んに行われています。

超伝導状態を示す新物質の探索は100年以上にわたり行われてきましたが、その根底には、「電子集団は、圧力や温度などの環境と物質の化学組成の中で最も安定な状態になろうとする」という平衡熱力学の原理がありました。しかし、このような従来の原理に基づいた候補物質の探索は、その電子集団が超伝導状態において最も安定になる物質に限られるという制約がありました。

研究手法と成果

加熱した鉄鋼を徐冷すると比較的柔らかい鉄鋼が生成されますが、急冷すると硬い鉄鋼が生成されます。鉄鋼は鉄原子と炭素原子で構成されていますが、組成・圧力・温度などの条件が決まると、鉄鋼中の各原子の最も安定な配置はただ一つに定まります。したがって、平衡熱力学的には鉄鋼の硬さは、徐冷や急冷といった冷却の方法によらないと予測されます。

しかし実際には、急冷下で生成された硬い鉄鋼中の各原子は、最も安定な配置から外れた位置にあり、平衡熱力学の原理から予測される状態とは異なります。研究チームは、このような急冷による状態制御を、固体中の電子集団に適用したら、平衡熱力学の枠組みを超えた「超伝導生成法」を実現できるのではないかと考えました。 まず、急冷による超伝導状態の新しい生成法を実証する物質を選定するため、二つの基準を設定しました。一つ目は、低温では電子が規則正しく配列した「競合秩序」と呼ばれる状態(超伝導の発現を阻害している秩序状態)になるが、圧力や化学組成の変化によって競合秩序がなくなり、超伝導状態が発現されることです(図1a)。二つ目は、ある温度域で競合秩序が急激に形成されることです。競合秩序が形成される温度域を急冷によって短い時間で通過すると、競合秩序が形成されないまま低温に到達することができます。これは、硬い鉄鋼の生成のように、平衡熱力学の原理を逸脱した状態の実現を意味しています。超伝導の発現を阻害していた競合秩序が急冷によってなくなると、低温では超伝導状態が生成されることが期待されます(図1b)。

次に、これらの基準を満たす物質の一例として、IrTe2(Ir:イリジウム、Te:テルル)という化合物を用いて、極低温で実験を行いました。図2aに示すようなIrTe2の薄片試料にパルス電流を加えたところ、試料温度は瞬時に、2.4K(約-270.8℃)から400K(約126.8℃)まで上昇しました(図2b)。そしてパルス電流が終了すると、試料の熱が薄片試料を乗せた基板に奪われ、秒速1,000万Kを超える速度で元の2.4Kまで冷却されることが分かりました。

また、試料の電気抵抗率[5]の値は、パルス電流を加える前は有限でしたが、加えた後にはゼロになること、すなわち超伝導状態が生成されたことが分かりました。このようにして、平衡熱力学の枠組みに基づいた従来法とは異なる、超伝導状態の新しい生成法が実証されました。

次に、この超伝導生成法を用いて、IrTe2が示す新たな機能性の創出を試みました。急冷により超伝導状態を生成した後、急冷用のパルス電流よりも低い強度(電流)と長い時間のパルス電流を加え、試料温度を50K(約-223.2℃)から280K(約6.8℃)の間で保つと、競合秩序が形成されました。パルス電流の終了後は2.4Kまで試料が冷却されますが、電気抵抗率が有限の値を示し、競合秩序の形成により超伝導状態が消去されたことが分かりました(図3a)。

このように、2種類のパルス電流で超伝導状態の生成と消去を繰り返すことに成功し、「超伝導-非超伝導状態を不揮発的に書き換えるメモリ機能(超伝導不揮発メモリ機能)」が実証されました(図3b)。従来の超伝導生成法に基づくと、超伝導状態の生成と消去には、化学組成や圧力を変化させる機構を対象物質と組み合わせる必要がありました。しかし、今回の超伝導状態の生成と消去を行うパルス電流は、超伝導状態を検出するための回路を用いて加えることができます。

今後の期待

今回、パルス電流を用いた超伝導生成法が実証されたことにより、これまで超伝導状態にはならないと考えられていた化学組成の物質が、超伝導状態を示す候補物質になる可能性があることが分かりました。これは、100年以上続けられてきた超伝導探索という研究テーマに対して、新たな切り口が拓かれたことを意味します。

近年、超伝導回路を用いた量子コンピュータの応用研究が盛んに行われています。本研究で示した超伝導不揮発メモリ機能は、目的に応じて書き換えることが可能な超伝導回路の実現に向けた要素技術につながると期待できます。

原論文情報
  • Hiroshi Oike, Manabu Kamitani, Yoshinori Tokura, Fumitaka Kagawa, “Kinetic approach to superconductivity hidden behind a competing order”, Science Advances, 10.1126/sciadv.aau3489
発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 統合物性科学研究プログラム 動的創発物性研究ユニット
客員研究員 大池 広志(おおいけ ひろし)
(東京大学大学院工学系研究科 助教)
ユニットリーダー 賀川 史敬(かがわ ふみたか)
(東京大学大学院工学系研究科 准教授)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

補足説明
  1. 超伝導
    金属の中には、十分に低温にすると電気抵抗がゼロの状態に急激に変化するものがある。このような電気抵抗がゼロの状態を超伝導状態といい、電流を流しても発熱、すなわちエネルギー散逸を伴わないため、大電流を必要とする電磁石など、さまざまな場面で応用されている。近年は、超伝導が持つ量子効果に着目した、量子演算への応用も盛んに研究されている。
  2. 量子コンピュータ
    通常のコンピュータでは、データの最小単位(ビット)が「0」か「1」のどちらか一つの状態をとっており、ビットの組み合わせで情報が表現される。これに対し、量子コンピュータでは、ビットが「0」と「1」の「量子力学的な重ね合わせ状態」をとることができる。この重ね合わせ状態を利用した演算を行うことにより、通常のコンピュータでは現実的な時間内に終えることのできない計算も可能になることが期待されている。
  3. 不揮発性メモリ
    現在コンピュータに使われているメモリのうち、電源を切ると記憶情報が失われてしまうものを揮発性メモリと呼ぶ。一方、電源を切っても記憶情報が失われないものを不揮発性メモリと呼ぶ。
  4. 量子干渉効果
    複数の状態が量子力学的な重ね合わせ状態になる現象のこと。超伝導状態を用いると、異なる向きに電流が流れている状態間の重ね合わせ状態や、電子の数が異なる状態間の重ね合わせ状態を実現することができる。
  5. 電気抵抗率
    試料の長さと断面積の情報を用いて、電気抵抗を試料の形状に依らない量に規格化したもの。絶縁体の電気抵抗率は高く、金属の電気抵抗率は低い。

急冷による超伝導生成法の図

図1 急冷による超伝導生成法

(a) 対象物質の最も安定な電子状態の圧力/化学組成-温度相図。低温で競合秩序(電子が規則正しく配列した状態)になるが、圧力や化学組成が変化することで超伝導が発現する。
(b) 対象物質の急冷後に期待される電子状態の相図。競合秩序が形成されず、超伝導状態が生成される可能性がある。

実験手法の概略の図

図2 実験手法の概略

(a) 実験で用いたIrTe2の薄片試料と電極の顕微鏡像。スケールバーの1μm(マイクロメートル)は1,000分の1mm。
(b) パルス電流を加えている間の試料温度のシミュレーション結果。IrTe2の薄片試料の温度が400K(約127℃)程度に上昇している。

超伝導不揮発メモリの動作実証の図

図3 超伝導不揮発メモリの動作実証

(a) 電気抵抗率と電流の時間変化。165mAの電流を1.5秒流すと、電気抵抗率がゼロの超伝導状態が40秒ほど生成されたが、94mAの電流を2.0秒流すと電気抵抗率の値が有限となり、超伝導状態が消去された。
(b) パルス電流を用いた超伝導不揮発メモリの繰り返し動作。高強度かつ短時間のパルス電流により超伝導状態を生成し、比較的低い強度かつ長い時間のパルス電流により超伝導状態が消去された。

スポンサーリンク
スポンサーリンク