2018-1-17 理化学研究所,慶應義塾大学
要旨
理化学研究所(理研)放射光科学総合研究センター生命系放射光利用システム開発ユニットの小林周研修生(慶應義塾大学理工学研究科博士課程3年)、中迫雅由客員主管研究員(慶應義塾大学理工学部物理学科教授)、山本雅貴ユニットリーダーらの研究チームは、X線自由電子レーザー(XFEL)[1]施設「SACLA[2]」で得られる集光ミラー[3]で強度増強されたXFELパルスの波面のそろい具合(空間コヒーレンス[4])を30Hz(1秒に30回)のパルスごとに正しく評価する理論および測定方法を考案し、確立しました。
SACLAでは、波面がそろった大強度X線パルスを発生させることができます。X線を散乱する能力が乏しい試料の回折実験など、特に強いXFELパルスが必要な場合は、集光ミラーを用いてビームサイズを小さく絞り、さらに強度を高めます。これまで、集光ミラーの位置を適切に調整すれば、XFELパルスの波面も試料位置でそろうと考えられてきました。ところが2014年、ドイツとSACLAの共同研究グループが、XFELパルスの空間コヒーレンスを表すパラメータを測定したところ、完全に波面がそろっているときを1.0とすると、SACLAでは0.7程度しかないと発表しました注1)。
今回、研究チームは、先行研究で提案された解析方法に大きな問題があることを発見しました。そこで、正しく空間コヒーレンスを見積もる理論を構築するために、2007年に発表の検出器画素に記録されることで強弱差が小さくなった回折パターンから本来の回折パターンを回復させる物理数学の理論注2)に、2014年に中迫雅由客員主管研究員らが開発した暗視野位相回復法[5]注3)の理論を援用することにしました。これらを用いて、データ解析理論を再構築し、実用化のためのプログラムコードを作成して解析を行ったところ、集光ミラーで加工しても、空間コヒーレンスがほぼ完全な集光XFELパルスが得られていることを確認しました。さらに、XFELパルスごとに試料の回折に寄与しうるビームの大きさや、周囲にもたらす放射線損傷領域[6]を見積もることができました。
本成果により、集光XFELパルスの空間コヒーレンスを確認する方法が理論的にも、技術的にも確立されたため、他のXFEL施設においても、この手法が広く利用されると期待できます。
本研究は、英国のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』(1月16日付け)に掲載されました。
注1)Lehmkühler et al., (2014)“Single Shot Coherence Properties of the Free-Electron Laser SACLA in the Hard X-ray Regime”Sci. Rep. 4, 5234.
注2)Song et al., (2007)“Phase retrieval from exactly oversampled diffraction intensity through deconvolution”Phys.Rev. B 75, 012102.
注3)2014年11月4日Spring8プレスリリース「X線自由電子レーザーを用いた非結晶粒子構造研究のための新しい解析理論の構築と実用化」
※研究チーム
理化学研究所 放射光科学総合研究センター 利用システム開発研究部門
ビームライン基盤研究部 生命系放射光利用システム開発ユニット
研修生 小林 周 (こばやし あまね)(慶應義塾大学大学院 理工学研究科博士課程3年)
研修生(研究当時) 関口 優希(せきぐち ゆうき)
客員研究員 苙口 友隆(おろぐち ともたか)(慶應義塾大学 理工学部 物理学科 専任講師)
ユニットリーダー 山本 雅貴(やまもと まさき)
客員主管研究員 中迫 雅由(なかさこ まさよし)(慶應義塾大学 理工学部 物理学科 教授)
背景
X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」では、波面がそろった、つまり空間コヒーレンスの高い大強度X線パルスを発生させることができるため、そのX線パルスはさまざまな実験に利用されています。X線を散乱する能力が乏しい試料の回折実験など、特に強いXFELパルスを必要とする場合は、X線集光ミラーを用いてビームサイズを小さく絞り、さらに強度を高めます。
これまでは、精密に表面加工されたX線ミラーの位置を適切に調整すれば、集光されたXFELパルスの波面も試料位置でそろうと考えられていました。ところが2014年、ドイツとSACLAの共同研究グループが、XFELパルスの空間コヒーレンスを表すパラメータを測定したところ、完全に波面がそろっているときを1.0とすると、SACLAでは0.7程度であると発表しました。
しかし、中迫客員主管研究員らがこれまで収集した金属微粒子試料や生体粒子などの回折パターンのほとんどは、空間コヒーレンスのパラメータがほぼ1.0でなければ記録できないほど質の高いものでした。この矛盾はどのようにして生じるのか、これまで空間コヒーレンスが高いとうたわれていたSACLAで供給されている集光XFELパルスは、実は高くないのかといった疑問が残ったままであり、完全に解決されていませんでした。
研究手法と成果
集光XFELパルスは強度が非常に大きく、パルス1ショットでも照射された物体は破壊されるため、集光点に検出器を設置して空間コヒーレンスを測定することはできません。そこで、薄膜上に一様に散布した金属微粒子試料に集光XFELパルスを照射して得られる回折パターンに対して、回折パターンでの干渉縞の鮮明度から入射X線の空間コヒーレンスを測定するSpeckle visibility spectroscopy(SVS)[7]という手法を適用しました。SVSを用いれば、試料に照射されたXFELパルスの空間コヒーレンスを計算機を用いて自動で評価できます(図1左上)。
SACLAでは、XFELパルスが30 Hz(1秒間に30回)で供給されるため、金属微粒子散布試料をXFELパルス照射位置に対して高速で並進させる(スキャンする)技術が必要です。高速で試料をスキャンして30 Hzで回折パターンを取得する測定は、中迫客員主管研究員らが2016年に開発した低温試料照射装置『高砂六号』[8] 注4)によって既に可能になっています。
研究チームはまず、集光ミラーの位置を適切に調整して、孤立した金属材料粒子1個から回折パターンを記録したところ、回折パターン内での強度変化から、入射XFELパルスの空間コヒーレンスを表すパラメータはほぼ1.0であることが分かりました。しかし、その直後に30 Hzで取得した多くの金属微粒子散布試料の回折パターンに、2014年の先行研究で提案されたSVSによる解析方法を適用したところ、パラメータは0.7~0.8の間で変動しました(図1右上)。
これは、SVSによる解析理論に大きな問題があることを示しています。回折パターンを記録する検出器では、その画素サイズに応じて波面のそろい具合を反映する回折パターンの強弱の差が小さくなります(図1左下)。このため、波面がそろった入射XFELパルスを用いて得られた回折パターンであっても、そのまま解析に用いると、波面のそろい具合が小さく見積もられることになります。
そこで、この点を改善して正しい空間コヒーレンスを見積もる理論を構築するために、離散的に記録された回折パターンから、本来の回折パターンを回復させる物理数学の理論を用いることにしました。しかし、この方法を用いた場合、回折パターンの中心付近のデータがビームストップ[9]によって測定できないという実験上の制約によって、そのままでは本来の回折パターンを計算できません (図1左上)。
この問題を克服するためには、中心付近のデータが影響しないように重みづけをして解析を行う必要があります。これを解決するために、中迫客員主管研究員らが2014年に開発した暗視野位相回復法の理論を援用することにしました(図1右下)。これら二つの理論を用いて、SVSのデータ解析理論を再構築し、実用化のためのプログラムコードを作成して解析を行ったところ、集光ミラーで加工しても、空間コヒーレンスがほぼ完全な集光XFELパルスが得られることを確認しました(図1右上)。
さらに、得られた回折パターンの自己相関関数を暗視野位相回復法の理論に基づいて計算し、集光XFELパルス中で試料に回折パターンを生じさせうる大きさが約2.8マイクロメートル(μm、1 μmは1,000分の1 mm)であることを突き止めました。また、集光XFELパルスの裾野部分は、試料に損傷を与えるのに十分な強度を持つことが、照射試料の電子顕微鏡[10]観察や原子間力顕微鏡[11]を用いた模擬的な測定から明らかになりました。これらの知見から、SACLAで集光XFELパルスを用いる場合、スキャンの幅(パルスの照射位置の間隔)を25 μm以上にする必要があることが明らかになりました。
注4)2016年5月18日Spring8プレスリリース「X線自由電子レーザーによる非結晶試料からの高効率回折データ収集装置を実用化」
今後の期待
今回提案した測定方法と理論を用いることで、XFEL施設で供給される大強度XFELパルスの波面のそろい具合が簡単に測定できるようになりました。金属微粒子の大きさを適切に調整し、XFELを用いた実験を始める前に本測定方法を適用することで、XFELパルス診断にも利用できます。また、放射線損傷が生じうる領域を見積れるため、スキャン実験のデザインにも役立つと期待できます。
原論文情報
Amane Kobayashi, Yuki Sekiguchi, Tomotaka Oroguchi, Masaki Yamamoto, and Masayoshi Nakasako, “Shot-by-shot characterization of focused X-ray free electron laser pulses”, Scientific Reports, doi: 10.1038/s41598-018-19179-3
発表者
理化学研究所
放射光科学総合研究センター 利用システム開発研究部門 ビームライン基盤研究部 生命系放射光利用システム開発ユニット
研修生 小林 周 (こばやし あまね)
(慶應義塾大学大学院 理工学研究科博士課程3年)
客員主管研究員 中迫 雅由 (なかさこ まさよし)
(慶應義塾大学 理工学部 物理学科 教授)
ユニットリーダー 山本 雅貴 (やまもと まさき)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
慶應義塾 広報室
産業利用に関するお問い合わせ
理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
補足説明
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- X線自由電子レーザー(XFEL)
- X線領域におけるレーザーのこと。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とする。ほぼ完全な空間コヒーレント光であり、数フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の超短パルス光である。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。
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- X線自由電子レーザー施設「SACLA」
- 理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。諸外国と比べて数分の一というコンパクトな施設の規模にも関わらず、 0.1nm以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。
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- 集光ミラー
- 楕円筒面形状ミラーは、色収差がなくさまざまな波長の光を反射できる点や、反射率が高く強度減衰が小さい点などの優れた特徴から、X線の集光に用いられることが多い。1次元集光を行う楕円筒面形状ミラーを2枚利用することで、鉛直方向と水平方向の集光を独立して行うことができる。2枚のミラー配置は提案者の名前をとってKirkpatrick-Baezミラー配置と呼ばれる。
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- 空間コヒーレンス
- ある空間内に複数の光波が存在するとき、波同士の山と山もしくは谷と谷が重なれば、それぞれ山もしくは谷は大きくなる。逆に、山と谷が重なる場合には打ち消される。このような光波の干渉の具合を空間コヒーレンスという。
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- 暗視野位相回復法
- ビーム中心から離れた領域の回折データだけを抽出するフィルターマスクを、乗算した回折パターンから位相回復計算を行う手法。中心付近のデータを大きく欠損した回折パターンから試料全体の投影電子密度像を回復することができる。
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- 放射線損傷
- X線の持つエネルギーによって、X線と相互作用した分子が壊れること。X線との相互作用で分子が壊れる場合だけでなく、分子が壊れる過程で生じる電子や、壊れた分子から生成する反応性の高い分子が観察対象の分子と化学反応する場合もある。
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- Speckle Visibility Spectroscopy(SVS)
- 時間的あるいは空間的な干渉縞の強度変動を測定する手法。光源の空間コヒーレンスを考慮した上で干渉縞の強度相関を評価すれば、散乱体のダイナミクスに関する知見を得ることができる。
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- 低温試料照射装置『高砂六号』
- 非結晶試料が散布された薄膜をX線照射野に搬送する装置。1秒間に30ショット入射されるX線パルスごとに薄膜を並進させる(スキャンする)ことによって、照射野に常に破壊されていない新鮮な試料粒子を供給することができる。
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- ビームストップ
- 試料を透過したX線を検出器の直前で遮蔽するための金属製の板。透過X線は強度が非常に強いため、ビームストップがなければ検出器は破壊されてしまう。
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- 電子顕微鏡
- 通常の光学顕微鏡では可視光を試料に当てて観察するのに対し、電子顕微鏡では電子線を当てて観察する。電子線の波長は可視光よりもはるかに短いため、理論上0.1nm程度の分解能が得られる。
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- 原子間力顕微鏡
- プローブと呼ばれる探針を試料に近づけ、試料と探針の間に働く原子間力を検出して試料表面の構造を画像として得る手法。
図1 集光XFELパルスの波面のそろい具合を調べる新しい方法
左上:波面のそろい具合を調べる実験の模式図。
右上:従来法と本研究の新しい方法で波面のそろい具合をXFELパルスごとに見積もった結果。従来法では、波面のそろい具合は0.7~0.8で変動したのに対し、本研究手法では1.0だった。
左下:回折パターンを有限サイズの画素を持つ検出器で測定した場合(棒グラフ)、回折強度の強弱の差が小さくなる。画素中に含まれる斜線部の強度の積算値が検出信号になる。
右下:一様に散布された金属材料粒子からの回折パターン(左)と暗視野位相回復法を適用するためのマスクを施した回折パターン(右)。右では、本来の回折パターンを計算できる。