香川・徳島県境域の5万分の1地質図幅「池田」の刊行
2021-04-19 産業技術総合研究所
ポイント
- 西南日本の地質を南北に二分する大断層(中央構造線)の両側の地層の成り立ちを解明
- 1枚の地質図に大地の歴史や活断層・地すべりの情報を集約
- 日本列島の成り立ちの理解や、防災・減災対策、土木・建築の基礎資料など多方面での活用に期待
概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)地質情報研究部門【研究部門長 荒井 晃作】地殻岩石研究グループ 野田 篤 研究グループ長、宮崎 一博 副研究部門長、水野 清秀 研究員、長田 充弘 研究員(現所属:国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構)は、香川・徳島県境域にまたがる讃岐山脈を中心とし、徳島県三好市を含む地域(阿波池田地域)の地質調査の結果をまとめた5万分の1地質図幅「池田」を刊行した。
中央構造線は世界第一級の大断層であり、九州東部〜関東地方にかけての西南日本を南北に二分する地質学的に重要な境界線である。今回刊行した四国北東部の「池田」図幅は、この中央構造線を境に北側には、1)領家コンプレックスと呼ばれるマグマ由来の花こう岩と高温による変成岩、2)領家コンプレックスをけずるようにして堆積した地層(和泉層群)が分布する。さらに南側には、3)三波川コンプレックスと呼ばれる高圧による変成岩が分布する。これらの岩石は、いずれも同じ後期白亜紀に形成された。このように「池田」地域では、同じ時代の3種の岩石(地層)が、でき方やできた場所が全く異なるにもかかわらず1カ所に隣接して分布することが分かった。それは日本列島などの沈み込み帯に特徴的な地質構造であり、日本列島の成り立ちの謎を理解する重要なヒントになる。また、本地質図には讃岐山脈や吉野川に沿って延びる活断層や地すべりの分布も示されており、防災・減災対策や土木・建築に貢献する基礎資料として地域で活用される。
なお、本プロジェクトについては、産総研のYouTubeチャンネル「かがくチップス:日本の骨格を描き出せ!~地質図作成プロジェクト~」にて紹介され、第62回科学技術映像祭 科学技術館館長賞を受けた。(https://www.youtube.com/watch?v=b16iqokbFgE)
この地質図幅は、産総研が提携する委託販売店(https://www.gsj.jp/Map/JP/purchase-guid.html)より4月19日から委託販売を開始する。
池田地域の地質(左)と3種類の岩石ができた場所(右)
(左)「池田」地域では、中央構造線と3種類の地質(領家コンプレックス、和泉層群、三波川コンプレックス)が明瞭に観察できる
(右)領家コンプレックスは大陸地殻の中のマグマ、和泉層群は大陸地殻の上の堆積盆、三波川コンプレックスは大陸地殻の下の海洋地殻と、3種類の岩石は同じ時代の全く異なる場所でできた
研究の社会的背景
地質図(幅)は、植生や土壌をはぎ取った地面の下の地層・岩石の分布を表した地図のことで、資源開発や防災・減災、土木・建設、観光振興、環境保全対策など幅広い分野で基礎資料として利用される国土の基本情報である。また、日本列島の成り立ちや歴史を探る学術資料としても重要である。5万分の1の地質図幅は、産総研が出版する地質図類の中で最も高精度の地質図であり、日本列島を約1300に分割した区画ごとに地質調査を実施し、その結果をまとめたものである。産総研 地質調査総合センターでは、地質調査のナショナルセンターとして全国各地域の地質を調査・研究し、地質図幅の整備を行っている。
研究の経緯
香川・徳島県境に位置する「池田」地域(以下,本地域)は、中心部に讃岐山脈が東西に延び、その南縁には中央構造線と呼ばれる西南日本の地質を内帯と外帯の2つに区分する重要な構造線がある(図1)。本地域は、中央構造線を挟んだ両側の地質帯を観察することができ、また江戸時代にも活動したとされる中央構造線の活断層があるため、学術的にも防災の観点からも重要な地域となっている。
そこで、産総研 地質調査総合センターでは、2015年度から本地域の地表踏査を開始し、述べ252日間の野外現地調査に加え、岩石試料の顕微鏡観察・化学分析や放射年代測定などの室内実験を経て、5万分の1地質図幅「池田」を刊行するに至った。
図1 「池田」地域の位置
中央構造線を境に西南日本の地質は内帯と外帯に区分される
研究の内容
本地域は、四国北東部の香川県と徳島県にまたがる讃岐山脈を中心とする地域であり、讃岐山脈南縁に沿って東西に延びる中央構造線を境に北側の西南日本内帯と南側の西南日本外帯の両方の地質体を含む。本地域の地質基盤となる岩石は、内帯では領家コンプレックスと和泉層群、外帯では三波川コンプレックスであり、そのほとんどは後期白亜紀(約1億年〜6600万年前)にできた岩石である(図2)。
領家コンプレックスは、主に花こう岩と高温低圧型変成作用を受けた変成岩からなる。花こう岩は大陸地殻の中の地下深くで、マグマが冷え固まってできた岩石であり、放射年代測定によって約9400万年〜8800万年前の約600万年間にわたってマグマが供給されていたことが分かった(図2)。変成岩は、そのときのマグマの高熱によってできた岩石であり、そのもとになった岩石(原岩)は約2億6000万年前に海底で堆積した砂や泥からなる(図2)。
同じく内帯の和泉層群は、沈み込み帯に沿う大陸斜面や前弧海盆に発達した海底扇状地の堆積物であり、地層の厚さは本地域だけでも見かけで10 km以上に及ぶ。地層に含まれる火山灰粒子の放射年代測定の結果、この地層は後期白亜紀のごく限られた期間(約8000万年〜7800万年前の間)に堆積したことが分かった(図2)。また、和泉層群は領家コンプレックスをけずるようにして、その上に堆積しており、領家コンプレックスの花こう岩や変成岩の礫を含んでいる。このことから、和泉層群が堆積していたときには、領家コンプレックスの岩石は大陸地殻の中から地表まで隆起していて、陸上で侵食されて砂や礫になる部分と、海底に沈んで和泉層群に覆われる部分とがあった。このように活発な地殻変動による山脈の隆起や侵食が多量の土砂を前弧海盆に供給して和泉層群を作ったと考えられる。
三波川コンプレックスは、低温高圧型変成作用を受けた変成岩からなる。調査によって採取した岩石試料の放射年代や顕微鏡観察の結果、後期白亜紀(約9300万年〜7400万年前)に海溝で堆積した砂や泥が付加体となり、それがジュラ紀(約1億5000万年前)の海洋地殻とともに深さ約40 km程度(大陸地殻の下でマントルとの境界付近)まで沈み込んで、その高い圧力によって変成した岩石であることが明らかとなった。この変成岩は、その後、約7400万年〜6200万年前に地下深部から上昇を始め、中央構造線を境にして内帯の岩石(領家コンプレックスや和泉層群)と接することになった(図2)。
この後、約1500万年前(中新世)の日本海が開く時期に、領家コンプレックスの分布域でも火山活動が起こり、そのときに噴出した火山岩の一部が花こう岩の上に残っている(図2の瀬戸内火山岩類)。さらに、三豊層群・野呂内層・土柱層と呼ばれる地層が讃岐山脈の隆起に合わせて堆積しており、ここに含まれる火山灰の放射年代測定から、第四紀の初め(約240万年前)には山脈の隆起が始まっていたことが明らかとなった(図2)。
讃岐山脈の南縁には中央構造線活断層系の池田断層・箸蔵断層・三野断層があり、いずれも第四紀の地層を切る活断層である(図3)。讃岐山脈の北縁にも竹成断層・江畑断層・樫原断層などの断層があり、このうち江畑断層が活断層となっている。また、讃岐山脈の徳島県側には地すべり堆積物が数多く見られ、特に山地の傾斜と地層の傾斜が同じ方向になっているところに大規模な地すべりが多い(図4)。
このように、本地域は西南日本の基盤を構成する外帯・内帯の地質体を含む、つまり異なる場所でできた異なる種類の岩石が隣接して分布するという沈み込み帯に特徴的な地質構造を示している。「池田」図幅は、沈み込み帯に位置する日本列島のなり立ちの解明につながる情報が詰まった重要な地域の地質図であるため、さまざまな種類の地質が観察できる利点を生かした地学教育や観光産業の基礎資料としての活用が見込まれる。また、活断層や地すべりなどの地震・土砂災害に対する防災・減災の観点からも地質図幅の利用が期待される。
図2 「池田」地域の地質総括図
図3 池田地域の断層
活断層は赤字で示している
図4 讃岐山脈の地すべり堆積物(徳島県三好市三野町)
山の斜面と地層が同じ方向(北東側)に傾斜しているところに大規模な地すべり(ls)が多い
今後の予定
中央構造線を含む地域の地質をさらに調べるために、令和2年度より、四国東部の5万分の1地質図幅「鳴門海峡」と四国西部の5万分の1地質図幅「松山北部」の調査を開始している。今後も地質図幅の整備を通じて、日本列島のなりたちを解き明かしていくとともに、地質災害の軽減に資するための基本的な地質情報を提供し、安全・安心な生活や産業振興への貢献を図っていく。
用語の説明
- ◆地質図・地質図幅
- 地質図は植生や土壌をはぎ取った下の地層・岩石の様子を表した地図のことで、「地」球の性「質」を表した地「図」と言える。地質図を緯度経度で囲まれた四角の区画で示したものを地質図幅という。地質図を見ると、いつの時代の、どのような種類の岩石や地層がどこにどのように分布しているのか、さらには地盤の状態や断層の位置、石炭や天然ガス、温泉、地熱といった地下資源の有無、火山活動の歴史なども分かることから、地質図は、土木・建築、防災・減災、観光、資源探査など幅広い分野で利活用されている。地質調査総合センターでは20万分の1と5万分の1の地質図幅を作成しており、前者は日本全国で124区画、後者は1274区画ある。刊行された地質図幅は地質調査総合センターのウェブサイト(https://www.gsj.jp/Map/JP/geology4.html)から見ることができるとともに、印刷物が一般向けに販売されている。
- ◆中央構造線・中央構造線活断層系
- 西南日本の地質を分断する構造線で、九州東部から関東地方まで全長約1,000 kmに及ぶ。中生代白亜紀初期(約1億4千万年前)から現在まで、変位方向を変えながら断続的に活動しているとされる。活断層としての中央構造線を「中央構造線活断層系」という。
- ◆変成作用・領家コンプレックス・三波川コンプレックス
- 地殻の内部での高い温度や高い圧力の条件に適合するように岩石の組織と鉱物組成が再構成された岩石を変成岩という。熱いマグマの近傍で高い温度で再結晶化した岩石を高温低圧型変成作用といい、領家コンプレックスはこのタイプの変成作用を被っている変成砂岩や変成泥岩を含む。一方、海溝から沈み込んだ海洋プレート表層の堆積物や岩石が地下数10 kmまで沈み込んで、高い圧力によって再結晶化した岩石を低温高圧型変成作用といい、三波川コンプレックスはこのタイプの縞状構造の発達した結晶片岩を含む。
- ◆花こう岩
- 地下の深いところでマグマがゆっくり冷却・固結すると、鉱物の集合体からなる深成岩が形成される。深成岩のうち、石英や長石などの無色鉱物に富む岩石を花こう岩と呼ぶ。
- ◆和泉層群
- 愛媛県西部から紀伊半島中部まで、中央構造線の北側に断続的に細長く分布する後期白亜紀の地層。当時の前弧海盆に堆積した海底扇状地の堆積物などから構成され、アンモナイトの化石を含む。特徴として、東部ほど若い時代の地層が露出する。
- ◆後期白亜紀
- 中生代(2億5000万年〜6600万年前)の3つの時代(三畳紀・ジュラ紀・白亜紀)の中で最も若い時代である白亜紀の後半(約1億年〜6600万年前)を指す。後期白亜紀が終わると、陸上で繁栄を謳歌(おうか)していた恐竜が絶滅し、哺乳類が活躍をはじめる古第三紀が始まる。
- ◆沈み込み帯
- 地殻とその下にあるマントル上部を合わせたものをプレートといい、地球の表面は十数枚のプレートに分けられている。一方のプレートがもう一方のプレートの下位に沈み込む場所を沈み込み帯という。現在の日本周辺海域では、海洋プレートである太平洋プレートとフィリピン海プレートが大陸プレートであるユーラシアプレートの下に沈み込んでいる。沈み込み帯の陸側のプレートには活火山が帯状に連なる火山弧が発達することがある。
(https://gbank.gsj.jp/geowords/picture/illust/subduction_zone.html) - ◆地表踏査
- 地質調査を行う上で最も基本的な事項であり、地表を自らの足で歩き、河床・海岸や崖などに露出した岩石の種類、地層の方向・傾き、構造などを丹念に調べていくこと。鳥羽地域の無人島や海岸の崖などは船で接岸して調査を行った。
- ◆放射年代
- 鉱物に含まれる放射性元素(例えば、ウランやカリウム)の放射性壊変(不安定な元素が放射線を出して安定した元素に変化すること)を利用して求められた数値年代。放射年代測定法の1つであるウラン-鉛法はウランの放射性同位元素が、放射崩壊によって鉛の同位元素に変わることを利用したもので、ウランに対し放射壊変起源の鉛が多いほど、より古い年代値が算出される。カリウム-アルゴン法は、カリウムの放射性同位元素がアルゴンの同位元素に変わることを利用している。それぞれの元素で放射線の強さが半分になる時間(半減期)が決まっている。今回の研究では、ウラン-鉛法での測定については変成岩・花こう岩・凝灰岩中のジルコンを、カリウム-アルゴン法での測定については変成岩中の白雲母を対象とした。
- ◆大陸地殻・海洋地殻
- 地球の表面は数kmないし数十kmほどの厚さの岩盤である地殻に覆われている。主に花こう岩などの比重の小さい岩石から構成されている地殻を大陸地殻と呼び、平均30〜40 km程度の厚さを持つ。一方、主に斑れい岩や玄武岩などの比重の大きな岩石から構成されている地殻を海洋地殻といい、平均5〜7 km程度の厚さを持つ。
- ◆前弧海盆
- 沈み込み帯の陸側で、火山弧と付加体との間に形成される海底の盆地。水深の浅い陸棚から水深の深い深海底の堆積物まで幅広い環境の堆積物が堆積する。現在の西南日本の太平洋沖では、熊野海盆や土佐海盆などの前弧海盆が発達している。
- ◆海溝
- 沈み込み帯の境界に形成される非常に深い海底地形のこと。トラフともよばれる。この凹地にたまった土砂は海溝充填堆積物と呼ばれる。
- ◆付加体
- 海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込む際、海洋プレートの上の堆積物や海山などの火山岩類などがはぎ取られ、海溝に溜まった砂や泥と一緒になって、陸側に押し付けられてできる岩石・地層群。一般的に、地層は強く変形している。長い時間をかけて、陸側に押し上げられ続けると、それらは隆起して地表に露出する。西南日本の外帯の多くはこの付加体からなる。