スパコンを用いた予測効率が大幅に向上
2021-04-15 核融合科学研究所
概要
核融合炉の設計では、高温のプラズマ中に発生する乱流と呼ばれる乱れが、プラズマの熱や粒子を運ぶ現象を予測することが必須です。この「乱流輸送」を高精度に予測するためには、最新鋭のスーパーコンピュータを用いた大規模シミュ―ションを、プラズマの温度や密度が異なる様々な場合について、何度も実行することが必要とされてきました。核融合科学研究所数値実験炉研究プロジェクトの沼波政倫准教授らの研究グループは、データサイエンスの手法と大規模シミュレーション、これまで得られたデータの分析結果を組み合わせることで、新しい予測方法を開発しました。この方法は、大規模シミュレーションを実行するのは“ある特定の場合のみ”にもかかわらず、何度もそれを実行するのと同等の予測が可能です。本方法により、乱流輸送の予測効率が大幅に向上し、核融合炉の設計研究が大きく前進しました。
本研究成果は、2021年5月10日-15日にオンラインで開催される第28回国際原子力機関核融合エネルギー会議(IAEA FEC 2020)で発表される予定です。
研究の背景
将来の核融合炉では、磁場で高温のプラズマを閉じ込めて維持することが必要です。そのようなプラズマ中には、乱流と呼ばれる大小様々な大きさの渦を伴った乱れが発生することがあります(図1(a))。乱流中の渦はプラズマをかき混ぜて、プラズマの粒子や熱を運びます。これを「乱流輸送」と呼びます。乱流輸送はプラズマの閉じ込めに重要な影響を及ぼすため、核融合炉の設計や開発のためには、乱流によって、どれくらいの量の粒子や熱が輸送されるのかを予測することが必要です。
この予測を目指し、核融合科学研究所の数値実験炉研究プロジェクトでは、スーパーコンピュータを用いたシミュレーション研究を推進してきました。これまで、スーパーコンピュータの性能向上とともに、より詳細な計算が可能になり(図1(b))、2020年7月に運用を開始したプラズマシミュレータ雷神(下)では、非常に高精度なシミュレーションができるようになりました。しかし、高精度シミュレーションは、プラズマの振る舞いを50億個以上の点で50万回以上計算するという、膨大な計算を行うため、長時間を要します。さらに、プラズマの温度や密度が変わると乱流輸送も変わるため、その予測には温度や密度等が異なる様々な場合について、何度も大規模シミュレーションを行わなければなりません。そのため、精度を保ったまま計算時間を大幅に減らすことのできる、高効率な予測方法の開発が強く望まれていました。
研究成果
沼波准教授らの研究グループは、最新鋭のスーパーコンピュータによる高精度大規模シミュレーションと、これまで蓄積してきたデータの分析結果、さらに最新のデータサイエンスの手法を組み合わせることで、高効率な予測方法を開発しました(図2)。
研究グループは、長年にわたって蓄積してきたシミュレーションデータを分析して、乱流による輸送量とプラズマの温度や密度等がどのような関係にあるかを調べ、その関係を数式で表してきました。この「関係式」を用いて予測を行えば、高精度大規模シミュレーションに比べて精度は劣りますが、短時間で結果が得られます。今回、沼波准教授らの研究グループは、高効率な予測のために、この関係式と高精度大規模シミュレーションを、人工知能や機械学習の基礎となっているデータサイエンスの手法を使って結びつけました。データサイエンスの手法は近年急速に発展していますが、そこでは、ある目的に対して最適なものを数理科学を使って見つけ出す「最適化手法」が重要になります。この最適化手法を取り入れて、様々な場合の輸送量を効率良く予測する方法を新たに開発しました。
この新たな方法では、高精度大規模シミュレーションを実行するのは、ある特定の場合に対してのみです。ここで、様々な場合の中から最適な場合を選ぶ必要がありますが、その選択を上述の関係式と最適化手法を用いて行います。そして、実行した高精度大規模シミュレーションの結果を最も良く反映するように関係式を修正し、この修正した関係式を使って予測を行います。この新たな方法による予測値と、様々な場合について何度も高精度大規模シミュレーションを行った結果を比較したところ、良く一致していました (図3)。これにより、本方法は、高精度大規模シミュレーションを行うのは“ある特定の場合のみ”にもかかわらず、何度もそれを行うのとほぼ同等の予測が可能であることが確認できました。
研究成果の意義と今後の展開
今回開発した予測方法により、何度も高精度大規模シミュレーションを実行するという従来の方法に比べて、精度を同程度に保ったまま、計算量と計算時間を大幅に減らすことができました。この高効率な予測方法の実現は、様々な場合を想定した予測が必要である、核融合炉の設計研究にとって極めて大きな一歩です。
今後は、スーパーコンピュータの性能を最大限活用して予測精度を更に向上させるとともに、新たな高精度シミュレーション結果を取り入れたデータ分析、様々なデータサイエン手法の導入などを行って、予測効率も更に向上させていきます。
図1 (a) スーパーコンピュータを使って再現した、大型ヘリカル装置(LHD)のプラズマの乱流。色はプラズマの密度の変化を表しています。乱流によってプラズマの粒子や熱がプラズマの中心から外の方へと運ばれると、プラズマの中心温度や密度が低下してしまいます。なお、プラズマの温度や密度は、中心で高く、外に向かうほど低くなっているため勾配があります。この勾配が乱流に強い影響を及ぼします。
(b) スーパーコンピュータの性能向上に伴うシミュレーションの変化
図2 予測方法の模式図。ここでは、例として、様々な大きさの温度勾配に対する輸送量を予測します。(a)は最新鋭スーパーコンピュータを用いて、何度も高精度大規模シミュレーションを行う方法。精度は高いが予測に時間がかかります。(b)は蓄積してきたシミュレーションデータの分析結果を利用する方法。温度勾配と輸送量の関係を式で表し、その関係式を使って予測します。精度は劣るが短時間で予測ができます。(c)は今回開発した方法。関係式と高精度大規模シミュレーションをデータ科学の手法で結びつけます。高精度大規模シミュレーションを行うのは、ある特定の場合のみですが、(a)とほぼ同等の予測ができます。
図3 実際の予測結果。大規模シミュレーションは、関係式(緑線)との差が最小になると推察される場合を選んで実行します(赤丸)。プラズマ中の位置によっては、その差が非常に僅かとなり得ますが、全ての位置について、シミュレーション結果を最も良く反映するよう関係式を修正します。修正された関係式による予測(桃線)は、別に実行した大規模シミュレーションの結果(青丸)と良く一致しています。今回開発した方法により、予測効率はほぼ5倍向上しました。ここでは輸送量と温度勾配の関係を予測しましたが、これに加えて密度勾配との関係も予測する場合は、効率は5×5の25倍になると予想されます。さらに、イオン温度と電子温度の違い等を考慮に入れると、予測効率は更に向上すると期待されています。
【発表情報】
会議名:28th IAEA Fusion Energy Conference
講演題目:Improved prediction scheme for turbulent transport by combining machine learning and first-principle simulation(機械学習と第一原理シミュレーションの結合による乱流輸送予測法の改良)
開催日:2021年 5月10~15日
著者:沼波政倫1,2、登田慎一郎1,3、仲田資季1,3、洲鎌英雄1,4
1 自然科学研究機構 核融合科学研究所、2 名古屋大学、3 総研大、4 東京大学
本発表は、以下の論文を発展させたものです。
[1] 雑誌名:Physics of Plasmas
論文名:Gyrokinetic simulations for turbulent transport of multi-ion-species plasmas
in helical systems
出版日:2020年5月1日
著者:沼波政倫、仲田資季、登田慎一郎、洲鎌英雄
DOI: https://doi.org/10.1063/1.5142405
[2] 雑誌名:Physics of Plasmas
論文名:Simulation studies on temperature profile stiffness in ITG turbulent transport of helical plasmas for flux-matching technique
出版日:2018年8月3日
著者:沼波政倫、仲田資季、登田慎一郎、石澤明宏、菅野龍太郎、洲鎌英雄
DOI: https://doi.org/10.1063/1.5036564
【研究サポート】
本研究は、文部科学省の科学研究費助成事業(20K03907, 19H01879, 19K03801, 18H01202)、並びに、核融合科学研究所のプラズマシミュレータ共同研究、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「核燃焼プラズマ閉じ込め物理の開拓」などの支援を受けて行われました。
【本件のお問い合わせ先】
大学共同利用機関法人
自然科学研究機構 核融合科学研究所 ヘリカル研究部
核融合理論シミュレーション研究系
准教授 沼波政倫(ぬなみ まさのり)