固い鎖で相転移を制御:無限アニオン鎖を持つ1次元電荷移動錯体の開発

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2021-03-19 分子科学研究所

発表のポイント

  • 等間隔に分子が配列した1次元電荷移動錯体を開発
  • 剛直な無限アニオン(陰イオン)鎖の存在により、結晶格子の変形が抑制
  • 従来の有機1次元伝導体では珍しい+1価の原子価を取っている
  • 1次元ハーフフィルド系として格好のモデル物質
  • 極低温で電子スピン間の短距離相関が発達
  • 剛直な無限アニオン鎖を骨格とした新しい機能性物質デザインの提案
概要

分子科学研究所の中村敏和チームリーダー、名古屋大学大学院工学研究科の張力東大学院生、鬼頭俊介博士研究員(研究開始当時:大学院生、分子科学研究所特別共同利用研究員を併任)、澤博教授らの研究チームは、無限アニオン鎖を持つ1次元電荷移動錯体を開発しました。放射光X線結晶構造解析により、室温から低温までの結晶構造を決定し、等間隔に分子が配列した1次元構造が低温まで保持されていることを明らかにしています。また、電子スピン共鳴測定や磁化測定により、この物質の電子状態を解析し、1次元ハーフフィルド(*1)系の特異な磁気特性の可能性について提案を行っています。本成果は、国際学術誌Inorganic Chemistryに2021年3月17日付でオンライン掲載されました。

研究の背景

現実の世界は3次元ですが、特定の方向だけ相互作用(*2)がある物質のことを1次元物質と言います。電気伝導性や磁性は半導体やエレクトロニクスでも重要な、大事な物理的性質です。その電気伝導性や磁性を持つ1次元物質を1次元電気伝導体や1次元磁性体と呼びます。理想的な1次元物質は3次元物質の世界では起こらない特異な物理現象や機能性を発現することが理論や計算により予言されています。学術的にも応用分野でも様々な研究が期待される1次元物質ですが、実際の物質では弱い3次元的な相互作用や結晶構造の変化により、電気伝導性や磁性の特異性が消失してしまう相転移(*3)が容易に起こります。そのため、量子現象が顕著に現れやすい極低温まで電気伝導性や磁性が保持された1次元物質の存在が熱望されていました。

研究の成果

分子科学研究所の中村敏和チームリーダーは代表的な有機ラジカル(*4)であるTMTTF(テトラメチルテトラチアフルバレン)分子と六フッ化ニオブとを電気化学合成することにより、新規な1次元電荷移動錯体の開発に成功しました。しかしながら非常に小さな微結晶試料しか得られないために、実験室系のX線構造解析装置では構造を明らかには出来ませんでした。そこで、放射光X線構造解析の専門家である名古屋大学澤研究室との共同研究を行いました。名古屋大学の張力東大学院生らは、大型放射光施設SPring-8(*5)のBL02B1ビームラインにおいて微少単結晶試料(代表的な試料サイズ:120μm×20μm×50μm)(図1)の放射光X線回折実験を行い、単結晶構造解析に成功しました。

固い鎖で相転移を制御:無限アニオン鎖を持つ1次元電荷移動錯体の開発

(図1)放射光X線構造解析測定に用いた試料例。

構造解析の結果、磁性をつかさどるTMTTF分子が等間隔で1次元的に積層していることが確認できました。また、結晶内で電荷を補償するため(NbOF4)の無限アニオン鎖が存在しています。詳細な結合長の解析から、TMTTFは+1価のラジカルになっていて、NbOF4と1対1で電荷移動錯体を形成していることが理解出来ました。結晶中で+1価状態でのTMTTF塩は珍しく、またアニオンが共有結合で連なった1次元鎖も極めて珍しい例です。さらに、低温30K(−243℃)までの測定では、1次元物質で起こしやすい構造相転移は観測されていません。剛直な無限アニオン鎖の存在が構造安定の要因と考えています。

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(図2)無限アニオン鎖を持つ1次元電荷移動錯体(TMTTF)(NbOF4)の結晶構造。

(TMTTF)(NbOF4)の電子状態を理解するために、分子科学研究所機器センターの電子スピン共鳴装置(ESR)による磁気共鳴測定と超伝導量子干渉素子(SQUID)磁束計を用いた磁化計測を行いました。

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(図3)分子科学研究所機器センターの
電子スピン共鳴装置(ESR)。
右奥が今回測定に用いたBruker社製E500。
(図4)分子科学研究所機器センターの超伝導量子干渉素子(SQUID)磁束計。右奥が測定に用いたQuantum Design MPMS-7。


電子スピン共鳴の結果と磁化計測の結果は良い整合性が確認され、磁性が1次元的に配列したTMTTFラジカルに由来した磁性体であることを明らかにしています。(TMTTF)(NbOF4)は60K(−213℃)近傍までは温度変化が少ない磁化率を示しますが、60K以下では奇妙な磁化率の増大を示し、ラジカル上の電子スピン間の相関の発達を示唆しています。現在、この奇妙な増大は等間隔に整列した1次元磁性体に固有な現象ではないかと考え、さらなる研究を進めています。
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(図5) (TMTTF)(NbOF4)のESRスペクトル。
青が実験データ、赤が1次元的に積層したTMTTFラジカルを仮定したシミュレーション結果。

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(図6) (TMTTF)(NbOF4)の磁化率の温度依存性。(磁場強度:2000 Oe)

今後の展開・この研究の社会的意義

(TMTTF)(NbOF4)の物性や機能を理解するには、さらなる種々の精密測定や理論検証が必要です。加えて、同じような無限アニオン鎖をもつ物質群を増やしていくことが物質科学研究には重要です。今後は純良な単結晶試料の育成や類縁物質の開発を目指していきたいと考えています。この系の発見は機能性物質探索の一つの戦略として有用です。剛直な無限アニオン鎖を取り入れるなど新しい物質デザインにより、ユビキタス元素(入手容易な元素)を用いた磁性材料などの指針になると期待出来ます。

用語解説

*1)ハーフフィルド
固体結晶中のエネルギー伝導帯に、電子がちょうど半分まで充たされた状態。

*2)相互作用
二つまたはそれ以上の物質が互いに力や影響をおよぼし合うこと。

*3)相転移
同じ物質であっても、その物のおかれた環境(温度など)に応じて物の状態が変わる現象。例えば水を冷やすと氷になるなど。

*4)ラジカル
不対電子を持つ化学種をラジカルという。多くの分子では、電子は2個で対をなしている状態で分子軌道に安定に収容され磁性を持たない。しかし、ラジカルでは軌道に1つの電子(不対電子)しかなく磁性を有する。

*5)大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その利用者支援などは高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

論文情報

掲載誌:Inorganic Chemistry
論文タイトル:“Tetramethyltetrathiafulvalene [(NbOF4)] : One-Dimensional Charge Transfer Salt with an Infinite Anion Chain”
(「テトラメチルテトラチアフルバレン[(NbOF4)] : 無限アニオン鎖を持つ1次元電荷移動錯体」)
著者:Toshikazu Nakamura, Lidong Zhang, Shunsuke Kitou, Hiroshi Sawa
掲載日:2021年3月17日(オンライン公開)
DOI: 10.1021/acs.inorgchem.1c00208

研究グループ

中村敏和 チームリーダー(分子科学研究所)
張力東 大学院生(名古屋大学)
鬼頭俊介 研究員(名古屋大学、分子科学研究所)
澤博 教授(名古屋大学)

研究サポート

文科省 ナノテクノロジープラットフォーム
分子・物質合成プラットフォーム JPMXP09S20MS1044
科研費 特別研究員奨励費 JP19J11697

研究に関するお問い合わせ先

中村敏和(なかむらとしかず)
分子科学研究所 チームリーダー

報道担当

自然科学研究機構 分子科学研究所
研究力強化戦略室 広報担当

1700応用理学一般
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