発表・掲載日:2017/12/04
先島諸島では、1771年八重山津波と同規模の津波が、過去2千年間に約600年の間隔で4回起きていた
静岡大学の安藤雅孝客員教授、北村晃寿教授、生田領野准教授、琉球大学の中村衛教授、東京大学の横山祐典教授、宮入陽介特任研究員、産業技術総合研究所の宍倉正展研究グループ長らの研究グループは、石垣島を含む先島諸島で初めて、砂質津波堆積物を発見し、その成果が国際誌Tectonophysicsにてオンライン公開されました。
1771年八重山地震は、最大波高30mの巨大津波を引き起こした琉球海溝沿いの最大の地震です。この地震に伴う八重山津波は、石垣島を中心に先島諸島全域にわたり、1万2千人の犠牲者と甚大なる被害を与えました。この八重山津波のメカニズムの研究は、これまでは主に津波石を用いて行われてきましたが、その分布からは津波の遡上限界を決定できません。一方、砂質津波堆積物の分布からは遡上範囲を決定できますが、先島諸島では、津波堆積物の分布を把握できる場所は未発見でした。しかし、本研究による調査用溝(トレンチ)で、津波堆積物の分布を正確に決定できる場所が発見され、過去2千年間に約600年間隔で、1771年八重山津波とほぼ同規模の津波が、4回起きていたことが判明しました。さらに、従来、八重山地震は “津波地震”(津波の大きさに比べ地震動が小さい、断層面上でゆっくりとしたすべりが生じた地震)と考えられていましたが、今回の調査ではトレンチ内から地割れがいくつも発見され、激しい地震動を伴う、“巨大地震”であったことが推定されました。以上の研究成果は、先島諸島の防災対策に有益な科学的知見となります。
論文情報
題名: Source of high tsunamis along the southernmost Ryukyu trench inferred from tsunami stratigraphy.
誌名: Tectonophysics, 722, 265-276.
<http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0040195117304602>
著者: 安藤雅孝1, 北村晃寿1, 2, Tu, Yoko 3, 大橋陽子2, 今井啓文2, 中村 衛4, 生田領野1, 2, 宮入陽介5, 横山祐典5、宍倉正展6
1: 静岡大学防災総合センター、2: 静岡大学理学部、3: 北海道大学大学院、4: 琉球大学理学部、5: 東京大学大気海洋研究所、6: 産業技術総合研究所活断層・火山研究部門
今回の研究のポイント
1) 1771年八重山地震は、最大波高30mの巨大津波を引き起こした琉球海溝沿いの最大の地震です(図1)。この地震に伴う八重山津波は、石垣島を中心に先島諸島全域にわたり、1万2千人の犠牲者と甚大なる被害を与えました。八重山津波の発生のメカニズムの研究は、これまでは主に津波石を用いて行われてきました(河名・中田, 1994; Goto et al., 2010a, b; Araoka et al., 2013)。しかし、津波石の分布からは津波の遡上限界を決定できないという重大な問題がありました。一方、砂質津波堆積物(津波により海底や浜辺から陸上に運び込まれた砂質の堆積物)の分布からは津波のおおよその遡上範囲を決定できますが、先島諸島では、津波堆積物の分布を把握できる場所は見つかっていませんでした。本研究の第一のポイントは、先島諸島で初めて、津波堆積物の分布を正確に把握できる場所を発見したことです(図2)。
2) 調査地点は石垣市伊野田の牧場であり、ここに長さ120m、深さ2mの調査用溝(トレンチ)を掘り調査しました。そして、4枚の津波堆積物を発見し、上(新しい地層)から津波堆積物I、II、III、IVと名前をつけました(図3)。I、II、IVは、石灰質砂からなり、陸に向かって薄くなり、消滅します。IIIは埋没した津波石で標高1 mに見られます。I、II、IV の分布の陸側末端の標高は、9 m、6 m、8 mです。津波堆積物に含まれる貝類の放射性炭素年代測定から、堆積物I、II、III、IVの年代は、西暦1950年を基準として、248年前以降、920–620年前、1670–1250年前、2700–2280 から1670–1250 年前であることが分かりました(図3)。さらに、津波堆積物Iは1771年八重山津波の津波堆積物であることが判明しました。
3) 古文書記録では、調査地点における1771年八重山津波の遡上高は約10mと推定されます(図1)。東北地方太平洋沖地震に伴う津波堆積物の調査から、海岸の丘陵地帯の場合、砂質津波堆積物の分布域は浸水域の90%に達することが分かっています(Abe et al., 2012)。つまり、砂質堆積物の分布の陸側末端の標高の1.11(100/90)倍の値が遡上高となります。津波堆積物Iは標高9 mまで分布するので、遡上高は約10mと算出され、古文書記録と一致します。
4) この調査から、過去2千年間、約600年間隔で、1771年八重山津波とほぼ同規模の津波が、4回起きていたことが判明しました。八重山津波およびそれ以前の津波は、琉球海溝南西部の海溝沿いの巨大地震により引き起こされたものと推定されました。また、従来、八重山地震は “津波地震”(津波の大きさに比べ地震動が小さい、断層面上でゆっくりスベリが生じた地震)と考えられていましたが、今回の調査ではトレンチ内から地割れがいくつも見つかり(図3の右下の写真)、激しい地震動を伴う、“巨大地震”であったと考えられます。
5) 琉球海溝南西部におけるプレート運動の相対速度は12.5cm/年であり(図1)、1回の地震サイクルで蓄積される歪みは630年間で約80m分のすべり量に達すると見積もられます。しかし、津波の規模から推定される一回の地震のすべり量は16mに過ぎず、20%だけが巨大地震として放出され、残り80%は大地震を伴わず解放されるものと推定されます。したがって、80%の歪みは地震を伴わずにゆっくりしたすべりや小さな地震で解放されると考えられます。このような弱いプレート接触面は、南海トラフのような強い接触面とは異なります。しかしながら、この弱いプレート境界面上でも、強い震動を引き起こす巨大地震が繰り返されたことは注目すべき点です。今後、プレート境界面上の地震発生を考える上で、重要なデータとなります。
本研究成果の社会的意義
本研究では、先島諸島全域に甚大な被害を及ぼす大津波の実態解明に必須の砂質津波堆積物を初めて発見しました。この研究成果は、先島諸島の防災対策の効率化に有益な科学的知見となります。
図1 左は石垣島と琉球海溝の位置、右は古文書記録に基づく1771年八重山津波(明和津波)の遡上高の推定値(単位はm)
図2 砂質津波堆積物の見つかったトレンチ
図3 津波堆積物I、II、III、IVと「地割れの痕跡」の写真
引用文献
Abe et al., 2012 Sediment. Geol., 282, 142-150.
Araoka et al., 2013 Geology, 41, 919-922, 10.1130/G344.1
Goto et al., 2010a Earth-Sci. Rev., 102. 77-99, 10.1016/j.earscirev.2010.06.005
Goto et al., 2010b Mar. Geol., 269, 34-45, 10.1016/j.margeo.2009.12.004
Goto et al., 2012. Sediment. Geol. 282, 1–13.
河名俊男・中田 高, 1994 地学雑誌, 103, 352-376.
用語説明
- ◆遡上(遡上限界、遡上高、遡上範囲)
- 一般に通常の流れに対して遡っていく流れのことを遡上といい、特に津波の遡上では、陸域に浸水した押波が内陸に向かって流れていき、勾配のある斜面も遡っていく様子を指す。遡上限界は、遡上した津波が最も内陸に到達した地点、あるいは斜面を最も高い地点まで遡った地点のこと。遡上高は遡上限界の高さ、遡上範囲は遡上限界位置を水平方向につないだ範囲のこと。
- ◆津波石
- 津波が陸に遡上していく過程において、海岸付近にあった岩礁やサンゴなどの一部が侵食されて塊となったものが、津波によって運ばれ、元にあった場所から移動したもののこと。
- ◆放射性炭素年代測定
- 放射性同位体(炭素14)の存在比から年代を推定する方法。生物が体内に取り込んだ炭素同位体の比率は、その生存中では大気中と同じく一定値を保つが、生物の死後は、放射性同位体である炭素14が放射壊変により時間経過と共に減少する。化石試料に含まれる炭素同位体ごとの存在比を計測して、安定同位体(炭素12及び炭素13)と放射性同位体(炭素14)の比率を求めたうえで大気中の炭素14の存在比率と比較することで、生物の死後に経過した時間が分かる。
- ◆すべり
- プレートが沈み込む境界や活断層は、通常は固着し、少しずつ歪みをためているが、その固着がはがれて急速にずれて歪みを解放することで地震を起こす。また近年の観測では、プレート境界において地震時以外でも部分的にゆっくりずれることがあることも知られている。このような断層がずれることを断層すべりといい、ずれた量をすべり量と言う。