高効率な電圧スピン制御:磁気メモリー用材料を開発

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~低消費電力の電圧制御型磁気メモリーの実用化に前進~

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)スピントロニクス研究センター【研究センター長 湯浅 新治】電圧スピントロニクスチーム 野﨑 隆行 研究チーム長は、国立大学法人 東北大学 電気通信研究所の辻川 雅人 助教、国立研究開発法人 物質・材料研究機構の大久保 忠勝 グループリーダー、国立大学法人 大阪大学の三輪 真嗣 准教授、公益財団法人 高輝度光科学研究センターの鈴木 基寛 チームリーダーらと共同で、電圧制御型の磁気メモリー(電圧トルクMRAM注1))用の新材料を開発し、高効率な電圧スピン制御を実現した。

電圧をかけて金属磁石薄膜の磁化の向きやすい方向(磁気異方性注2))を制御する電圧スピン制御注3)技術は不揮発性固体磁気メモリー(MRAM注1))の駆動電力を低減するキーテクノロジーとして注目されている。今回、典型的な磁石材料である鉄(Fe)に低濃度のイリジウム(Ir)を添加したFeIr超薄膜磁石では、実用上求められる垂直磁気異方性注2)を保ちつつ、電圧スピン制御効率注3)が従来よりも約3倍高効率化することを見いだした。これにより電圧トルクMRAMの実用化に向けた性能目標が初めて達成された。電圧トルクMRAMは、現在のMRAM開発の主流である電流方式よりも書き込みに必要なエネルギーを大幅に低減できる可能性が有り、待機電力が不要で、駆動電力が小さい新たな不揮発性メモリー注4)の実現につながると期待される。この成果の詳細は、2017年12月1日(英国現地時間)に「NPG Asia Materials (ネイチャー・パブリッシング・グループ アジアマテリアルズ)」にオンライン掲載される。

高効率な電圧スピン制御:磁気メモリー用材料を開発

今回開発した鉄イリジウム超薄膜磁石の特性(赤星印)と素子構造の模式図

垂直磁気異方性と電圧スピン制御効率の双方で実用化に向けた性能目標を初めて達成した。

本成果は、以下のプログラム・研究開発課題によって得られました。

内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)
http://www.jst.go.jp/impact/

プログラム・マネージャー
佐橋 政司

研究開発プログラム
「無充電で長期間使用できる究極のエコIT機器の実現」

研究開発課題
「電圧駆動MRAMのための新材料素子の開発」

研究開発責任者
野﨑 隆行(産業総合技術研究所)

研究期間
平成26年度~平成30年度

本研究開発課題では、電圧トルクMRAM実現に向けた要素技術として、電圧効果用新材料の探索、電圧効果用新材料の探索、電圧効果ダイナミクスの解明と高性能化、および超微細加工技術の研究開発に取り組んでいます。

<佐橋 政司 プログラム・マネージャーのコメント>

ImPACT佐橋プログラムでは、電圧による磁気異方性の変化と磁化ダイナミクスの制御を用いた、これまでにない概念の磁化反転機構を使った電圧トルクMRAMの開発に、産総研を中核とするプロジェクトチーム(プロジェクトリーダー:湯浅 新治)で取り組んで来た。ここにきて、キャッシュメモリーの実用化ターゲット範囲ではあるが、300fJ/Vmを超える電圧効果を見いだしたことは、実用化に向けての電圧駆動MRAM開発のタスクフォースに弾みがつく大きな一歩となった。電圧駆動MRAMは、現在主流の電流駆動MRAMに比べて、書き込みに必要なエネルギーを桁違いに低減できることから、待機電力が不要で、駆動電力が極めて小さい新たな不揮発性メモリー実現へとつながることが期待される。今後一層開発のスピードを上げて、世界に先駆けての実用化、新たな用途の開拓へとつなげてもらいたい。

<開発の社会的背景>

IoTやAIが切り開く次世代IT社会ではビッグデータの高速処理が必須となり、IT機器の消費電力低減はますます重要な課題となる。例えばモバイルIT機器の場合、CPU、メモリーで消費される電力は全体の消費電力の30~40%にも達し、頻繁な充電を必要とする1つの要因となっている。CPU、メモリーの消費電力を低減する有効なアプローチに不揮発性メモリーの導入がある。

磁気トンネル接合(MTJ)素子注5)の記録層の磁化の向きを制御して情報を記録し、トンネル磁気抵抗(TMR)効果注5)で情報を読み出す固体磁気メモリー(MRAM)は、書き込みのエネルギーを与えない限り磁化の向きが保持されるため、情報の維持に電力を必要としない不揮発性メモリーである。しかし、現在製品開発が進められているMRAMは電流で情報を書き込むため、電流による発熱に起因する電力消費が生じる。そのため既存の半導体メモリーよりも駆動電力が数桁大きく、用途が制限されている。一方、電圧トルクMRAMは、電圧で情報を書き込むので、駆動電力も小さい理想的な不揮発性メモリーの実現が期待されている。しかし、その実用化では、電圧スピン制御効率の増大が課題となっている。

<研究の経緯>

電圧トルクMRAMを実現する基盤技術として我々が注目しているのが、電圧による磁気異方性制御である。これは厚さを1ナノメートル(100万分の1ミリメートル)程度まで超薄膜化した金属磁石に、酸化マグネシウム(MgO)などの誘電層を介して電圧をかけると磁化の向きやすい方向(磁気異方性)が変化する物理現象である。本資料ではこの方法を用いた磁化制御方法を電圧スピン制御技術と呼ぶ。産総研では、これまでに電圧スピン制御技術を適用したMTJ素子の磁化反転制御の実現と安定性実証(2017年7月12日 産総研プレス発表)や物理起源の解明(2017年6月26日 産総研プレス発表)、回路シミュレーションによるメモリー動作検証(2016年12月5日 産総研プレス発表)など電圧トルクMRAMの有効性を示してきた。磁化の向きとして情報を保存するためには室温の熱エネルギーに対して磁化方向を安定化(熱安定性注6))させる必要があり、そのために素子が小さくなるほど大きな磁気異方性が求められる。一方、磁化を反転させるにはこの磁気異方性を打ち消す必要があるため、電圧トルクMRAMを大容量化するには電圧スピン制御効率を向上させる必要がある。実用的な容量のメモリーでは300以上の効率が必要とされているが、現状では100程度に留まっており、電圧スピン制御効率の向上が課題となっていた。今回、制御効率向上を目指した新材料開発に取り組んだ。

<研究の内容>

図1(左)に今回作製した素子構造の模式図を示す。上部電極と下部電極との間に電圧をかけることにより、酸化マグネシウム(MgO)層の下の超薄膜磁石の磁気異方性が変化する。これまでは典型的な磁石材料である鉄コバルト(FeCo)系合金を用いていたが、今回Feの中に5~10%程度の低濃度でイリジウム(Ir)が分散したFeIr合金の超薄膜磁石を開発した。膜厚は1ナノメートル程度である。図1(右)はFeIr超薄膜磁石の電子顕微鏡の例であり、Ir(黄色矢印)がFe内にランダムに分散していることが確認できる。このFeIr超薄膜磁石は、Fe内に適度に分散したIrが持つ磁気異方性により、純粋なFe/MgO接合と比較して約1.8倍の垂直磁気異方性を示した。

さらに上部電極にも金属磁石(Fe)を用いたMTJ素子構造とし、TMR効果を介した電圧スピン制御効率の評価を試みた。図2(左)に垂直磁気異方性の電界強度依存性を示すが、この傾きが電圧スピン制御の効率を表す。電圧トルクMRAMでは電圧で異方性を打ち消して磁化反転を制御するため、電界によってどれだけ異方性を下げられるかが重要となる。図2(右)に、これまでにMTJ素子構造で報告されている高速応答性を持つ電圧スピン制御の効率と垂直磁気異方性を示す。水色の領域が各種メモリー用途に求められる仕様値である。これまでの鉄コバルト(FeCo)をベースとした超薄膜磁石の電圧スピン制御効率は100程度に留まっていたが、今回開発したFeIr合金超薄膜磁石は3倍以上の効率(赤星印)を示し、電圧トルクMRAMの実用化ターゲット領域(水色領域)に初めて到達した。

また、理論的な解析により、このFeIr合金での効率向上は、分散させたIr原子が重要な役割を担っていることが分かった。Irは通常磁気的な性質を持たない非磁性材料であるが、Feと隣接すると磁気的な性質を帯びる。Irのような重い元素が磁気的な性質を帯びると大きな電圧スピン制御効率が得られる可能性は理論的に予測されていたが、一方でIr原子同士が隣り合うと垂直磁気異方性を小さくする特徴が課題となっていた。今回、Feベースの超薄膜内に低濃度でIrを分散させると、垂直磁気異方性と電圧スピン制御効率を両立させることができると分かった。

<今後の予定>

今回開発した材料の量産技術を開発するとともに、垂直磁気異方性と電圧スピン制御効率の一層の向上を目指した新材料・構造の開発を進め、電圧トルクMRAMが使えるメモリー用途の拡大と、実メモリー回路への展開に取り組む。

<参考図>

今回用いた素子構造の模式図(左)とFeIr超薄膜磁石の電子顕微鏡像(右)

図1 今回用いた素子構造の模式図(左)とFeIr超薄膜磁石の電子顕微鏡像(右)

図2 FeIr超薄膜磁石の電圧スピン制御の観測例(左)と今回と従来との特性比較(右)

図2 FeIr超薄膜磁石の電圧スピン制御の観測例(左)と今回と従来との特性比較(右)

今回(赤星印)初めて電圧トルクMRAM実用化のターゲット(水色領域)を満たす特性を達成した。

<用語解説>
注1) MRAM、電圧トルクMRAM
磁気トンネル接合素子をメモリー要素に用いた不揮発性メモリーをMRAM(Magnetoresistive Random Access Memory)と呼ぶ。MRAMの記憶書き込み方式として、磁界を用いる方式、電流を用いる方式、電圧を用いる方式などがある。電圧による新しい書き込み方式を用いたMRAMを電圧トルクMRAMと呼ぶ。電圧トルクMRAMはまだ基礎研究段階であるが、現状の不揮発性メモリーの課題である駆動電力を低減する可能性のある次世代メモリーとして期待されている。
注2) 磁気異方性、垂直磁気異方性
磁石中の磁化の向きによって内部エネルギーが異なる現象であり、磁化が向きやすい方向を決める。通常は結晶構造や磁石の形状などに起因する固有の値であるが、近年、超薄膜金属磁石に電圧をかけると磁気異方性が変化することが発見され、新しい磁化反転制御法として注目されている。また、特に膜面垂直方向に磁化が向きやすい異方性を垂直磁気異方性と呼ぶ。垂直磁気異方性は高い熱安定性が得られ、また円形形状としても磁化方向を維持することができるため、大容量MRAMへの適用が検討されている。
注3) 電圧スピン制御、電圧スピン制御効率
厚さが数原子層程度の超薄膜金属磁石に酸化マグネシウムなどの誘電層を介して電圧をかけると、磁化の向きやすい方向を決める磁気異方性が変化する。ここでは、この電圧による磁気異方性変化を利用した磁化方向の制御方法を電圧スピン制御と呼ぶ。一般に電圧によって磁気異方性は線形に変化するため、その効率は単位面積当たりの磁気異方性エネルギーの変化量(fJm-2)を電界強度(Vm-1)で割った値で定義される。これが電圧スピン制御効率であり、変化効率が高いほどより低電圧で磁化方向を制御できる。また、素子サイズが小さくなるほど大きな効率が必要となるため、電圧トルクMRAMの大容量化を進める上で最も重要な性能指標の1つである。
注4) 不揮発性メモリー
電源を切っても情報が失われないメモリー。既存の半導体メモリーであるDRAMやSRAMは揮発性メモリーで待機時のリフレッシュ動作やリーク電流による不要なエネルギー消費が深刻な問題となっており、不揮発性メモリーの導入が有効と考えられている。MRAM以外にも抵抗変化メモリー(ReRAM)、相変化メモリー(PRAM)、強誘電体メモリー(FeRAM)などさまざまな不揮発性メモリーが提案されている。不揮発性メモリーの導入により電子機器の待機電力低減が期待されるが、一方で現状の不揮発性メモリーは半導体メモリーよりも書き込みエネルギーが数桁大きく、駆動電力の低減が課題となっている。
注5) 磁気トンネル接合(MTJ)素子、トンネル磁気抵抗(TMR)効果
膜厚が数ナノメートルの磁石/絶縁層/磁石からなる構造を磁気トンネル接合(MTJ)素子と呼ぶ。MTJ素子の両端に電圧をかけると量子力学的効果により絶縁層を通して微小なトンネル電流が流れる。その流れやすさが両側の磁石の磁化の相対角に依存して大きく変化する現象をトンネル磁気抵抗(TMR)効果という。一般に磁化が平行で低抵抗、反平行で高抵抗となる。一方の磁化の向きを固定(参照層)し、他方の磁化の向き(記録層)を反転させて情報の記録を行う。

磁気トンネル接合(MTJ)素子、トンネル磁気抵抗(TMR)効果

注6) 熱安定性
微小磁石の体積をV、単位体積当たりの磁気異方性K、ボルツマン定数をk、絶対温度をTとすると、ある温度での磁化方向の安定性は磁気的エネルギーの熱エネルギーに対する割合であるKV/kTの大きさで評価される。これを熱安定性定数と呼び、例えばMRAMのメモリー要素として用いるには、10年以上の情報保持の指標として50~60程度の熱安定性定数が必要とされている。メモリーの大容量化はVを小さくすることに相当するため、メモリー素子を微小化しても一定の熱安定性を維持するには磁気異方性エネルギーを大きくする必要がある。
<お問い合わせ先>

<研究に関すること>
野崎 隆行(ノザキ タカユキ)
産業技術総合研究所 スピントロニクス研究センター 電圧スピントロニクスチーム 研究チーム長
湯浅 新治(ユアサ シンジ)
産業技術総合研究所 スピントロニクス研究センター 研究センター長

<ImPACTプログラムに関すること>
科学技術振興機構 革新的研究開発推進室

<ImPACTの事業に関すること>
内閣府 革新的研究開発推進プログラム担当室

<報道担当>

産業技術総合研究所 企画本部 報道室

科学技術振興機構 広報課

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