2024-11-21 理化学研究所,高輝度光科学研究センター
理化学研究所(理研)放射光科学研究センター 理論支援チームの玉作 賢治 チームリーダー、高輝度光科学研究センター 分光推進室の大沢 仁志 研究員(研究当時)らの国際共同研究グループは、X線のビームパターンをプロジェクターのように動的に自在に成形する装置の開発に成功しました。
本研究成果は、X線領域での先進的なイメージング、補償光学系[1]、パルス波形制御[2]などさまざまな応用展開が期待されます。
今回、国際共同研究グループは、フェムト秒赤外レーザー[3]を用いて、X線に対するシリコン結晶の反射率を正確に制御する技術を開発しました。さらに、照射するレーザー側にパターンを付けることで、その形状通りにX線の反射率を変化させ、X線ビームに思い通りのパターンが刻めることを実証しました。これをX線プロジェクターとして用いて、階調表現と動きをデモンストレーションするX線ショートムービーの”上映”にも成功しました。
本研究は、科学雑誌『Science Advances』オンライン版(11月20日付:日本時間11月21日)に掲載されました。
X線プロジェクターの模式図
背景
私たちは日常的に液晶プロジェクターを用いて映画を鑑賞したり、講義やプレゼンテーションを行ったりしています。このように可視光領域では、ビームのパターンを動的に自在に制御できます。これは、科学から産業、そして日常生活に至るまで、波としての光が持つ空間的な自由度を使い尽くすために必須の技術となっています。X線も波の一種ですが、残念ながら今日まで可視光領域のような高度な空間制御は実現されていません。波長の短いX線用の光学素子には原子レベルの極めて高い精度、例えば高い規則性が要求されます。しかし、局所的には完全に規則性を保ちながら、巨視的にはパターンに応じて規則性を変化させることができませんでした。このような理由でX線の持つ空間的な自由度の利活用は大きく制限されてきました。
研究手法と成果
国際共同研究グループは大型放射光施設「SPring-8」[4]の理研ビームラインBL19LXUで、フェムト秒赤外レーザーを用いて、シリコン結晶のX線反射率を制御することに挑戦しました。実はこれまでも、レーザー照射に伴うX線反射率変化の研究は行われてきました。X線を反射させるには、結晶格子の間隔、X線の波長、X線と結晶格子との角度の三つの関係を規定する条件(ブラッグ条件)を満たす必要があります。まず、結晶がブラッグ条件を満たしてX線を反射するようにしておきます。そこにフェムト秒赤外レーザーを照射します。すると、結晶内に衝撃波が発生して結晶格子の間隔が変化します。その結果、ブラッグ条件からずれていき、反射率も変化します。しかし、これまで行われてきた研究では、結晶が壊れるほどの強いレーザーを用いても、反射率をゼロにできませんでした。
国際共同研究グループの新しいアイデアは、反射X線が入射X線の入射方向に戻っていくような(背面反射)配置を利用するという非常にシンプルなものです。しかし、この背面反射という、これまで見落とされてきた配置の効果は絶大でした。実験の結果、衝撃波が反射率に与える影響を100倍以上拡大し、低強度のレーザーでもX線の反射率をほぼゼロにできることが判明しました。また、レーザーの強度を細かく調整すれば、ブラッグ条件からのずれ具合、すなわちX線の反射率を連続的に制御できることも分かりました。
さらに、赤外レーザーであれば、先に述べた液晶の技術を使って、ビームパターンを自在に制御できます。パターンを刻んだ赤外レーザーを結晶に照射すれば、その強度分布と同じ模様にX線の反射率を変調できます。こうして反射されたX線は、図1のように思い通りのビームパターンに成形できるわけです。
図1 X線プロジェクターで作成したビーム像
左から、パターンなし、「スマイリー」のパターン、階調パターン、縞(しま)パターンのビーム像。右側の二つはパターンなしの像で規格化してある。実際のビーム像は全て白黒であるが、疑似カラーで見やすくしてある。スケールバーは0.1mm。
しかも、そのパターンはコンピュータで自動制御可能です。これをプロジェクターのように使って、世界で初めてとなるX線のショートムービーを”上映”することにも成功しました。残念ながら人間はX線を見られませんので、X線カメラで撮影したものを図2に示します。
図2 X線プロジェクターで投影したショートムービーの連続写真
階調表現と動きをデモンストレーションした1フレーム/秒の動画をX線カメラで撮影したもの。
今後、このX線プロジェクターを使った応用研究を展開するためには、コントラストの高いX線ビームパターンが必要となります。研究の結果、レーザーを照射してからX線を反射させるまでの時間差、レーザーのパワー、X線と結晶との角度を注意深く最適化することで、図1のような高コントラストを実現できることが示されました。
今後の期待
本研究によりX線のビームパターンを制御可能になったことで、X線の持つ空間的な自由度を活用したさまざまな応用が開けます。例えば、近年可視光とその周辺領域で盛んに研究されているシングルピクセルイメージングが考えられます。この方法では多数のパターンを順番に被写体に照射投影します。パターンごとに被写体からの散乱強度を測定し、それらを解析して像を得ます。必要なのは強度のみなので、撮像に使われる2次元センサーに比べて格段に性能の優れた検出器が使えます。また、シングルピクセルイメージングは圧縮センシング[5]とも相性が良く、照射パターン数を大幅に削減できます。本研究成果を応用してX線シングルピクセルイメージングを実現すれば、2次元センサーの性能をしのぐイメージングができます。さらに、圧縮センシングを組み合わせれば、低線量でイメージングでき、生体のように放射線損傷を避けたい被写体で威力を発揮すると期待されます。
補足説明
1.補償光学系
光学素子や光路上の媒体(可視光領域では大気)などに起因する揺らぎを動的に補償し、その影響を取り除く光学系。
2.パルス波形制御
断続的なレーザーパルスに対して、その時間方向の形状を制御すること。例えば、時間方向にガウス型(釣り鐘状)のパルスを長方形にするなど。
3.フェムト秒赤外レーザー
パルス幅がフェムト秒領域(1兆分の1から1000兆分の1秒)の赤外線を発するレーザー。
4.大型放射光施設「SPring-8」
兵庫県播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理研の実験施設。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する細くて強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外線から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光が得られるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。
5.圧縮センシング
観測対象が疎であることを仮定して、少ない観測情報から観測対象の情報を復元する手法。
国際共同研究グループ
理化学研究所 放射光科学研究センター
理論支援チーム
チームリーダー 玉作 賢治(タマサク・ケンジ)
ビームライン開発チーム
研究員 大坂 泰斗(オオサカ・タイト)
放射光科学研究センター センター長 石川 哲也(イシカワ・テツヤ)
SLAC国立加速器研究所(米国)LCLS科学研究開発部門
副部門長 ディーリン・ズー(Diling Zhu)
研究員 佐藤 尭洋(サトウ・タカヒロ)
高輝度光科学研究センター 分光推進室
研究員(研究当時)大沢 仁志(オオサワ・ヒトシ)
研究支援
本研究はBL19LXUにて理化学研究所放射光科学研究センターの実験課題(20220037、20230044)にて実施されました。
原論文情報
Kenji Tamasaku, Takahiro Sato, Taito Osaka, Hitoshi Osawa, Diling Zhu, Tetsuya Ishikawa, “Dynamically patterning X-ray beam by a femtosecond optical laser”, Science Advances, 10.1126/sciadv.adp5326
発表者
理化学研究所
放射光科学研究センター 理論支援チーム
チームリーダー 玉作 賢治(タマサク・ケンジ)
高輝度光科学研究センター 分光推進室
研究員(研究当時)大沢 仁志(オオサワ・ヒトシ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
SPring-8/SACLAに関すること
高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課