金触媒反応を引き金とするハイドロゲル化~生体内でのバイオマテリアル合成に向けた新戦略~

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2023-12-20 理化学研究所,東京工業大学

理化学研究所(理研)開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室の田中 克典 主任研究員(東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 教授)、山本 智也 基礎科学特別研究員(研究当時、現 大阪大学大学院 工学研究科附属フューチャーイノベーションセンター 助教)らの共同研究チームは、金触媒反応を引き金として、水溶液をハイドロゲル[1]化させる分子を開発しました。本研究成果は、生体内での金触媒反応によるバイオマテリアルの構築への応用が期待されます。

ハイドロゲルは、生体内で細胞が成長する際の人工的な足場として、バイオマテリアルとしての応用が進められています。生体内へのハイドロゲルの応用に向けて、標的部位で選択的にゲルを形成させるための「引き金」を開発することが重要です。

今回、共同研究チームは、金触媒反応を引き金としてゲル化を引き起こす低分子ゲル化剤[2]を開発しました。開発したゲル化剤は金触媒反応によって網目状の繊維を形成し、ハイドロゲルを形成します。これまでに金触媒などの遷移金属触媒の反応によってハイドロゲルを形成する分子は開発されたことがなく、部位選択的なゲル化の手法に新たな戦略をもたらすことができました。開発したゲルは、ゲル化を引き起こす前の状態に比べて、がん細胞に対して強い毒性を示すことが明らかとなり、がん治療への応用可能性が示されました。

本研究は、科学雑誌『Tetrahedron Chem』のオンライン版(12月19日付)に掲載されました。

金触媒反応を引き金とするハイドロゲル化~生体内でのバイオマテリアル合成に向けた新戦略~

金触媒反応を引き金とするハイドロゲル化

背景

ハイドロゲルは水溶液を高分子などによってゲル化した材料であり、創傷部位の治療材料や細胞増殖の足場などのバイオマテリアルとしての応用が期待されています。ハイドロゲルを形成するゲル化剤は、水溶液中で網目状の構造を作り、水分子を包摂することでゲルを形作ります。ハイドロゲルを形成するゲル化剤は網目状の高分子が広く研究されてきましたが、近年は低分子ゲル化剤と呼ばれる分子が、ハイドロゲルを作る成分として注目されています(図1a)。低分子ゲル化剤は水中で自己会合することで網目状の繊維を生成し、ゲル化を引き起こします。

このような低分子ゲル化剤について、光や熱、酵素反応などの刺激に応答してゲル化を引き起こす分子設計が多く開発されてきました(図1b)。これらの刺激を引き金とするゲル化は、3Dプリンターのように好きな形状のハイドロゲルを作る手法にも応用できます。また、刺激に応答するゲル化を生体内に応用できれば、壊死した臓器の回復に用いるゲルや、がん細胞に対して毒性を示すゲルを標的部位で選択的に構築することが可能になります。しかし、特に生体内での応用では、ゲル化の引き金として応用できる刺激は酵素反応に限られています。また、疾患部位で選択的に起こる酵素反応の種類も少なく、標的部位選択的なゲル形成手法も少ないのが現状です。そのため、酵素や光、熱などの過去に開発されたゲル化の引き金とは異なる、新しい刺激を用いてゲル化を引き起こす分子を開発することが重要です。

共同研究チームはこれまでに、血液中や生体内で遷移金属触媒反応[3]を行ってプロドラッグを活性化する研究注1、2)やがん細胞へ毒性ペプチドを貼り付ける研究注3)を行ってきました。このような生体内での遷移金属触媒反応は、新しいゲル化の引き金として応用できると考え、本研究では遷移金属触媒反応を引き金とするゲル化手法の開発を目指しました。

低分子ゲル化剤のゲル形成の図
図1 低分子ゲル化剤のゲル形成
(a)低分子ゲル化剤のゲル化メカニズム。低分子同士が会合することで、網目繊維構造を形成し、水溶液のゲル化を引き起こす。(b)刺激に応答する低分子ゲル化剤。酵素反応や光などの引き金によって化学変化し、低分子ゲル化剤は会合しにくい構造から会合しやすい構造へと変化する。今回の研究では遷移金属触媒反応を引き金としてゲル化する低分子ゲル化剤の開発を行った。

注1)2023年9月27日プレスリリース「極微量の触媒で抗がん剤を体内で大量生産
注2)2022年1月10日プレスリリース「体内でベンゼン環を作る
注3)2021年3月31日プレスリリース「体内での環化付加反応によるがん化学療法

研究手法と成果

ゲルを形作る低分子は共通構造として大きな芳香環[4]を持っています。これは、大きな芳香環を持つ分子は水中で会合しやすく、ハイドロゲル形成に必須な繊維形成に優位に働くからです。共同研究チームは大きな芳香環を作り出す遷移金属触媒反応がゲル化の引き金となると考え、過去に開発した「2-(2-エチニルフェニル)-2-(5-メチルフラン-2-イル)-エトキシカルボニル基(Epoc基)」に着目しました注4)。Epoc基は金触媒を作用させると、大きな芳香環を含む「(4-ヒドロキシ-3-メチル-9H-フルオレン-9-イル)-メトキシカルボニル基(Hmoc基)」に”変身”します(図2a)。このことから、Epoc基を持つ低分子を金触媒によってHmoc基を持つ構造に変身させることでゲル化を引き起こすことができるのではないかと考えました。

実際にさまざまな分子にEpoc基とHmoc基を導入し、ゲルを構築するかどうかを確かめました。ジケトピペラジンという構造にEpoc基を導入したDKP1-EpやDKP2-Epはゲルを作らないのに対し、Hmoc基を導入したDKP1-HmやDKP2-Hmでは水溶液中でハイドロゲルを形成することを確かめることができました。すなわち、Epoc基からHmoc基への変身が水中でもうまく進行すれば、DKP1-EpやDKP2-Epは金触媒反応でゲル化を引き起こすことが期待されました。

開発したゲル化剤の化学構造とゲル化特性の図
図2 開発したゲル化剤の化学構造とゲル化特性
(a)今回の研究で開発したゲル化剤。Epoc基は芳香環が小さく会合しにくいことからEpoc基を持つ低分子はゲルを形成しにくい一方で、Hmoc基は大きな芳香環から成るため、Hmoc基を持つ低分子はゲルを形成しやすい。金触媒反応によってEpoc基からHmoc基への変換を起こすことができるため、Epoc基を持つ低分子は金触媒反応を引き金としてゲル化すると考えた。(b、c)ゲル化剤を緩衝液(水溶液)中に分散させたサンプルの写真。Hmoc基を持つ低分子はゲルを構築しやすい。


しかし、DKP2-Epに水溶液中で金触媒を作用させると、Hmoc基への変身は起こらず、Epoc基と水分子が反応して別の構造(DKP2-Wa)が生成されました(図3)。いくつもの反応条件を検討しましたが、DKP2-EpのEpoc基を水中で効率よくHmoc基に変身させる手法は見つかりませんでした。

一方、これらの反応条件を検討する中で、Hmoc基への変身を効率よく進行させることを狙って、添加物としてHO-FFssFF-OHという化合物を少量加えた条件を検討しました。HO-FFssFF-OHは水中で凝集して液滴を形成する化合物をベースにデザインされたもので、金触媒を液滴の中に導入できれば、水分子の少ない液滴中ではHmoc基への変換が進行しやすくなると予想されました。残念ながらこの条件でもHmoc基への変身は進行せず、別の条件と同様にDKP2-Waが得られただけでしたが、一方でこの条件でゲル化が起こることが偶然見つかりました。対照実験で金触媒を加えない条件や、添加物と金触媒のみを水中に加えた条件ではゲル化は起こりませんでした。さらに、今回発見したゲル化が、金触媒反応によるDKP2-Waの生成を引き金として起きていることが確かめられました。この手法では、ゲル化剤の2,000分の1という非常に少ない量の金触媒を加えるだけでゲル化が起こることも確認できました。

水溶媒条件での金触媒反応を引き金とするゲル化の図
図3 水溶媒条件での金触媒反応を引き金とするゲル化
緩衝液(水溶液)中で開発したDKP2-Epを金触媒と反応させても、ゲル化する化学構造であるDKP2-Hmには変換されなかった。水中では金触媒存在下でDKP2-Epと水分子が反応し、DKP2-Waが得られる。この分子は添加剤であるHO-FFssFF-OH存在下でゲルを形成するため、この添加剤共存下での金触媒反応はゲル化の引き金として働くといえる。


このゲル化のメカニズムを調べるために、ゲル化前後でゲル化剤や添加物がどのような構造を取っているのかを電子顕微鏡[5]観察によって調べました(図4)。反応前の状態であるDKP2-EpとHO-FFssFF-OHを共存させた条件では長い繊維構造が得られました。このような繊維構造は、DKP2-EpやHO-FFssFF-OHがそれぞれ単独では構築されないため、これら二つの分子が一緒に構築されているものと考えられます。また、このときに得られた繊維構造は繊維同士が束になっているものが多い状態でした。一方で、金触媒を加えた後は、繊維同士の絡まり方が変化し、網目状の構造が多く見られました。このように金触媒反応によって繊維構造が大きく変化することでゲル化が引き起こされると考えられます。

ゲル化剤が形成する繊維構造の電子顕微鏡観察の図
図4 ゲル化剤が形成する繊維構造の電子顕微鏡観察
ゲルを形成しないDKP2-EpとHO-FFssFF-OHを共存させた条件では、束になった繊維構造を形成しやすい一方、金触媒と反応させてDKP2-WaとHO-FFssFF-OHを共存させた条件では、繊維構造が網目構造に大きく変化した。このように、金触媒によるゲル化剤の化学反応はゲルの繊維構造に大きな変化をもたらし、ゾル(コロイド溶液)からゲルへの転移を引き起こす。


最後に、開発したゲル化剤のゲル形成前後での細胞毒性を評価しました。DKP2-Epと添加物であるHO-FFssFF-OHを混合したゲルを形作る前のサンプル中と、金触媒を加えてゲルを生成させた後のサンプル中で、がん細胞であるA549細胞を培養しました(図5)。その結果、ゲルを形作る前のサンプル中ではA549細胞が多く生存したのに対し、ゲル形成後のサンプル中ではA549細胞の細胞生存率が低下していることが明らかになりました。

ゲル化剤の繊維構造変化による細胞毒性の制御の図
図5 ゲル化剤の繊維構造変化による細胞毒性の制御
DKP2-EpとHO-FFssFF-OHを共存させただけの条件ではがん細胞(A549細胞)に対する毒性が低かった(青)のに対し、金触媒反応によってDKP2-Waに変換した条件では毒性が高く、細胞増殖が抑制された(緑)。金触媒反応を引き金とする繊維構造変化によって細胞毒性を制御できることが確かめられた。

注4)2021年7月16日プレスリリース「金属触媒で”変身”する保護基

今後の期待

本研究では、金触媒反応によってゲル化を引き起こす低分子ゲル化剤を開発することができました。これまで、低分子ゲル化剤は酵素や光、熱などの引き金によってゲル化を引き起こす設計が行われていました。共同研究チームが開発した手法は遷移金属触媒によってゲル化を引き起こす初めての例です。特に、ゲル化剤の2,000分の1という非常に少ない量の金触媒によってゲル化を引き起こせることが特徴です。

今回開発したゲル化剤は金触媒を加える前と後で、繊維構造が大きく異なります。この繊維構造の変身によってがん細胞に対する毒性が強くなることが確かめられました。近年は細胞内などの生物システムで遷移金属触媒反応を行う研究が広く行われています。こうした手法を今回開発したゲル化剤に応用できるように改良することで、生体内の標的部位でバイオマテリアルを構築する手法に応用することが期待できます。

また、金触媒やゲル化剤の生体内での輸送手法を確立できれば、本研究で開発したゲル化手法と組み合わせることで、生体内のがん細胞近傍で繊維構造の変換を行うことが可能になります。このような手法は、金触媒と低分子ゲル化剤を用いた新たながん治療手法として期待されます。

補足説明

1.ハイドロゲル
水溶液をゲル化剤によって固形化した材料。高分子などのゲル化剤が形成するネットワーク構造により、水分子を包摂することで形成される。構造や特性を調整することで、生体内での薬物放出や組織工学、医療デバイスなどのバイオマテリアルへの応用が進められている。

2.低分子ゲル化剤
低分子から成るゲル化剤。水溶液中や有機溶媒中に分散させると、低分子同士が会合し、網目状の繊維を形成することで溶媒分子を包摂する。簡便にゲルを調製できることから、その特性の制御や酵素反応などの刺激に応答するゲル化剤の開発が行われてきた。

3.遷移金属触媒反応
周期表の第3族から第11族までに属する遷移金属元素が触媒する反応。これらの元素は特定の官能基に対して強い親和性を示すためさまざまな有機化学反応を触媒することが知られている。

4.芳香環
炭素原子が互いに二重結合で結ばれて安定化した5員環や6員環などの構造。ベンゼン環の構造が例に挙げられる。その特有の平面性や電子状態から、水中で芳香環同士が重なり合いやすいことが知られている。

5.電子顕微鏡
光の波長よりも小さい200ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)以下の微細構造を観察できる顕微鏡。電子源から発せられる電子ビームを試料に照射し、透過または散乱された電子を検出することで微細構造を画像化できる。

共同研究チーム

理化学研究所 開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室
主任研究員 田中 克典(タナカ・カツノリ)
(東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 教授)
基礎科学特別研究員(研究当時)山本 智也(ヤマモト・トモヤ)
(現 大阪大学大学院工学研究科附属フューチャーイノベーションセンター 助教)
テクニカルスタッフⅡ 中村 亜希子(ナカムラ・アキコ)
特別研究員(研究当時)向峯 あかり(ムカイミネ・アカリ)

研究支援

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)先端的バイオ創薬等基盤技術開発事業「糖鎖付加人工金属酵素による生体内合成化学治療(研究代表者:田中克典)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

Tomoya Yamamoto, Akiko Nakamura, Akari Mukaimine, Katsunori Tanaka, “Supramolecular hydrogelation triggered by a gold catalyst”, Tetrahedron Chem, 10.1016/j.tchem.2023.100058新規タブで開きます

発表者

理化学研究所
開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室
主任研究員 田中 克典(タナカ・カツノリ)
(東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 教授)
基礎科学特別研究員(研究当時)山本 智也(ヤマモト・トモヤ)
(現 大阪大学大学院工学研究科 附属フューチャーイノベーションセンター 助教)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
東京工業大学 総務部 広報課

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