ガラスの複雑な原子構造を高速・高精度な原子シミュレーションで再現!~ガラスの一見無秩序な構造の中に潜む秩序を解明~

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2023-11-16 日本原子力研究開発機構,AGC株式会社,J-PARCセンター

【発表のポイント】

  • シリカガラスは光ファイバー、半導体製造、太陽電池など様々な分野で用いられ、現代の社会基盤を支える素材として重要な役割を果たしています。しかしながら、シリカガラスの原子レベルの構造は物質科学の大きな謎の一つとなっていました。
  • そこで、本研究では機械学習を応用した高速・高精度な原子シミュレーション手法を用いることで、シリカガラスの原子レベルの詳しい構造を明らかにすることに成功しました。
  • そして、一見無秩序に見えるシリカガラスの原子構造に隠れている原子のネットワーク構造を詳細に調べ、その構造が材料の圧縮に伴って変化する機構を解明しました。
  • ガラス材料の特性は、原子レベルの構造と密接に関係していることから、今回開発した解析手法は、今後の新しいガラス材料の研究開発において欠かせないものになります。

ガラスの複雑な原子構造を高速・高精度な原子シミュレーションで再現!~ガラスの一見無秩序な構造の中に潜む秩序を解明~

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:小口正範)システム計算科学センター・シミュレーション技術開発室の小林恵太研究員、奥村雅彦研究主幹、中村博樹研究主幹、板倉充洋室長、町田昌彦センター長及びJ-PARCセンターの鈴谷賢太郎研究主幹、AGC株式会社の浦田新吾博士らは、機械学習を応用してシリカガラスの原子配列を高精度に再現する原子シミュレーション技術を開発し、これまで謎とされてきたシリカガラスの詳細な原子構造を明らかにしました。

ガラスは固体でありながら、液体の原子配列の状態で凍結されるので、構造は無秩序になると考えられてきました。しかし、シリカガラスの実験データには、何らかの原子配列の繰り返しパターン、すなわち一定の秩序のある構造の存在が示唆されています。このようなガラスの秩序構造は、例えば光ファイバーにおける光損失に影響を与えます。そのため、ガラスの構造を明らかにし、秩序構造が制御可能となれば、新しい機能性ガラスの開発への道が開けます。しかし、無秩序に見えるガラスの中に隠れた秩序の構造とその起源を明らかにすることは容易ではありません。そこで本研究では、高精度な原子シミュレーションを駆使して現実のガラスの原子配列をコンピュータ上でそっくり再現し、その秩序構造を丹念に調べることにより、ガラス構造の研究にブレークスルーをもたらすことを目指しました。

原子配列を再現するためには、ミクロな世界を支配する法則である量子力学に基づく第一原理計算(※1)と呼ばれる手法が必要となります。しかし、第一原理計算は計算時間が膨大となる上、扱える原子数にも限りがあるため、ガラスの秩序構造をコンピュータ上に再現することは困難とされていました。そこで本研究では、第一原理計算の結果を、機械学習を用いて学習することで、高精度な原子シミュレーションを可能にする機械学習分子動力学法(※2)という手法を適用しました。この手法を適用したことで、第一原理計算の原子数の限界を容易に超えることができ、コンピュータ上でシリカガラスの構造を詳しく調べることができるようになりました。本研究では、この機械学習分子動力学法を用いて、シリカガラスの秩序構造の詳細な解明を目指しました。特に、高密度化や熱処理が、秩序構造にどのような影響を及ぼすかについて詳しく調べ、以下を明らかにしました。

高温状態で圧縮した高密度シリカガラスにおいて見られる「秩序構造が発達する様子」をコンピュータ上で初めて精確に再現することに成功。

シリカガラスでは、ケイ素-酸素の結合ネットワークが、中距離の秩序構造(※3)と深く関係していることを解明。

高密度シリカガラスでは、高温状態での圧縮に伴う結合ネットワーク構造の変形挙動により、中距離の秩序構造の発達が特徴づけられることを解明。

このように、今回開発した機械学習分子動力学法はガラス材料の特性を原子レベルから解析することを可能とし、新しいガラス材料の研究開発の進展に大いに貢献できます。

本研究成果は、11月16日(日本時間)発行の「Scientific Reports」誌に掲載されました。

【これまでの背景・経緯】

ガラスとは、液体が凍結した一見無秩序に見える原子配列を持ちながら、その構造に液体とは違う何等かの秩序がある特殊な状態と考えられてきました。また、私たちの生活に欠かせない重要な素材の一つであることから、これまで多くの研究者が、ガラスの秩序構造の謎に挑戦してきました。

実際、ガラスはスマートフォンやタブレット、車のウィンドウなど、私たちが日常的に使用する数多くの製品に使用され、現代の社会基盤を形作る主要素材の一つと位置づけられます。しかし、ガラスの詳しい構造については、実験で直接観察することが困難なため、未解明な部分が多くあります。なかでも、原子レベルで顕在化する中距離の秩序構造は、応用と理論の両方において重要な未解明の問題であり、多くの研究者が解明にチャレンジしてきました。

本研究で対象としたシリカガラスは、最も代表的なガラス物質の一つとして広く研究が行われてきた材料です。中でも中性子およびX線回折実験において観測される0.4ナノメートル程度の波長領域に現れる鋭い回析ピークはFSDP(First Sharp Diffraction Peak)と呼ばれ、中距離の秩序構造を反映したものと考えられています。しかし、FSDPを生み出す中距離の秩序構造の詳細については、多くのモデルが提案されてきたものの、原子配列の立体的配置そのものを中性子回析やX線回析では直接得ることができないため、どのような原子配列がFSDPを生み出しているのかを解明することは困難と考えられてきました。

この困難を克服するため、シミュレーションに多くの期待が集まりました。もし、高精度な原子シミュレーションにより、コンピュータ上で精確なガラス構造を再現することが可能となれば、それをつぶさに観察することで、無秩序に見えるガラスの中に潜んだ中距離の秩序構造を明らかにできると考えられるからです。

本研究では、最新の原子シミュレーション技術である機械学習分子動力学法を活用し、シリカガラスにおける中距離の秩序構造を原子レベルで解明する研究を行いました。研究対象としたFSDPは、高密度化や熱処理により大きな影響を受けることが知られています。そこで、高密度シリカガラスにおけるFSDPの変化と原子配置の変化を詳細に解析しました。シリカガラスの中距離の秩序構造は、熱的特性や光学的特性と関連しており、本研究の成果は新しいガラス材料の研究開発に貢献することが期待されます。

【今回の成果】

コンピュータ上に精確なシリカガラスの構造を再現するためには、高精度な原子シミュレーション手法が必須となります。その手法として、量子力学に基づく第一原理計算がありますが、計算コストが大きく、扱える原子数も制限があるため、シリカガラスにおける中距離の秩序構造を調べる研究には適していません。従って、第一原理計算の精度を保ち、計算コストを大幅に削減することが必須となります。そこで私たちは、高精度と低計算コストを両立可能な機械学習分子動力学法を採用しました。機械学習分子動力学法では、原子に働く力を、人工ニューラルネットワーク(※4)を用いて学習します。一度学習すれば、機械学習モデルは立ちどころに答えを出力することができるため、高速な計算が可能となり、中距離の秩序構造を捉えるのに十分な規模の原子集団のシミュレーションが可能になります。しかしながら、その計算精度は機械学習モデルの精度に左右されます。

私たちは、高精度な機械学習モデルを実現するために、二酸化ケイ素を対象とする数万通りもの小規模な第一原理計算を行うことによって、人工ニューラルネットワークに学習させる教師データ(※5)を作成しました。このように構築された機械学習分子動力学法を用いて、二酸化ケイ素の各種結晶相、液相、ガラス状態に対する高精度かつ大規模な計算を短時間でシミュレーションすることが可能となりました。

本研究では、圧縮により高密度化されたシリカガラスのFSDPを計算の対象としました。シリカガラスにおける中距離の秩序構造を反映するFSDPは圧縮や熱処理といった高密度化のプロセスに依存して減少または発達することが知られています。しかも、シリカガラスの秩序構造は屈折率や光ファイバーの光損失と深く関連しており、圧縮や熱処理による秩序構造の制御が、新しいガラス材料の開発に直結する重要課題と考えられています。

私たちは、開発した機械学習分子動力学法により低温圧縮と高温圧縮による構造の変化を高精度に再現可能であることを確かめました(図2)。特に、高温圧縮におけるFSDPの発達は、従来の近似的な計算手法では再現が困難でしたが、本研究によって初めて再現されました(図2(b))。

図2.低温圧縮と高温圧縮でのシリカガラスの構造因子(実験1[参考文献1]、 実験2[参考文献2])。

これまで、FSDPを生み出すシリカガラスにおける中距離の秩序構造の起源に関しては、数多くの理論やモデルが提唱されてきました。シリカガラスにおいては、ケイ素-酸素共有結合によって形成されるネットワーク構造の中で、図3(a)のように、特定の幅を持った構造が頻繁に現れるのが原因であるという考えが提唱されています。その幅と同程度の波長をもった中性子やX線が強く反射されることで、結果としてFSDPが観測されるというのが、現在の一つの有力な説明となっています。

共有結合ネットワークは、図3(a)の黄色囲みに示されるような、ケイ素-酸素から構成されるリング (※6)を最小単位としています。私たちは、このリングの形状やその配列を解析することにより、ネットワーク構造の中に現れる中距離の秩序構造がFSDPを生み出す、という説の検証に成功しました。また、高密度シリカガラスにおける秩序構造の変化のメカニズムを明らかにするために、圧縮時のリング構造の変形挙動、特にリングのアスペクト比に注目しました。これは図3(b)の差し込み図のように、リングの短辺と長辺の比率 l_2/l_3で表される量です。その結果、低温圧縮では、全てのリングのアスペクト比が変化するのに対し、高温圧縮では、大きなリングのアスペクト比がより大きく変化して細長くなることが分かります(図3(b))。この結果、高温圧縮ではリングの短辺の長さスケールが、小さなリングから大きなリングまで揃うことになり、リングの幅が均一化することで、ケイ素-酸素共有結合のネットワーク構造中の周期性がより顕著になり、FSDPの発達に寄与していることが明らかになりました。

図3.(a): シリカガラスの構造因子におけるFSDPとケイ素-酸素の共有結合ネットワーク中に現れる中距離の秩序構造。黄色で囲まれた部分は、ネットワークを形成する最小単位、すなわちリング構造を示しています。(b): 圧縮に対するリングの変形挙動。

【今後の展望】

今回の研究成果によって、高精度かつ高速なガラス材料の原子シミュレーション技術を開発しました。これにより、ガラスの原子レベルの構造に内在する「中距離の秩序構造」の解明が可能となりました。本研究で具体的な対象としたシリカガラスは、情報通信技術に欠かせない素材であり、光ファイバーなどに利用されています。シリカガラスの微細な構造の解明は、より高速かつ効率的な情報伝達を可能にする新しいガラス材料の研究開発に貢献することが期待できます。今回の成果は、今後のガラス材料研究に対し、一つの重要な知見を提供した成果です。

【論文情報】

雑誌名:Scientific Reports (16 Nopvember 2023)

タイトル:“Machine Learning Molecular Dynamics Reveals the Structural Origin of the First Sharp Diffraction Peak in High-Density Silica Glasses”

著者:
Keita Kobayashi, Masahiko Okumura, Hiroki Nakamura, Mitsuhiro Itakura, Masahiko Machida (原子力機構)
Shingo Urata (AGC株式会社)
Kentaro Suzuya (J-PARCセンター)

DOI:10.1038/s41598-023-44732-0.

【各機関の役割】

<原子力機構 システム計算科学センター>
小林恵太研究員: 数値計算、解析、考察
奥村雅彦研究主幹、中村博樹研究主幹: 解析、考察
板倉充洋室長、町田昌彦センター長: 指導監修

<AGC株式会社>
浦田新吾博士: ガラス解析の理論に関する知見提供

<J-PARCセンター>
鈴谷賢太郎研究主幹: 実験状況に関する知見提供

【参考文献】

[1] Onodera, Y. et al. “Structure and properties of densified silica glass: characterizing the order within disorder”. NPG Asia Mater. 12, 85, (2020).

[2] Kono, Y. et al. Experimental evidence of tetrahedral symmetry breaking in SiO2 glass under pressure. Nat. Commun. 13, (2022).
本発表の図の一部はVESTA[3]を用いて作成されました。

[3] K. Momma and F. Izumi, “VESTA 3 for three-dimensional visualization of crystal, volumetric and morphology data,” J. Appl. Crystallogr., 44, 1272-1276 (2011).

【助成金の情報】

本研究の成果の一部は、科学研究費補助金の基盤研究(C)(課題番号:23K04637)、学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点(JHPCN) (課題番号: jh230069) の支援によって得られたものです。

【用語の説明】

※1 第一原理計算
量子力学に基づいて、電子状態を評価することによって、物質の性質を評価する手法。信頼性は高いが、計算に時間がかかる。

※2 機械学習分子動力学法
原子に働く力を計算し、実際に原子の運動をシミュレーションすることで物質の性質を評価する「分子動力学」の手法の一つ。力の計算に高精度な第一原理計算の結果を学習した機械学習モデルを用い、時間がかかる第一原理計算を行うことなく同等の結果を高速に出すことで、第一原理計算の高い精度を持ちつつ高速な計算が可能となる。

※3 中距離の秩序構造
二酸化ケイ素(シリカ)はケイ素原子と四つの酸素原子が四面体を作り、その四面体が繋がった原子構造になっている。液体のような不規則な構造になってもこの四面体の形状は保たれていて、これを短距離の秩序構造と呼ぶ。石英などシリカの結晶では、さらにこの四面体が規則正しく並んでいて、物質全体にわたって同じパターンが繰り返される。これを長距離の秩序構造という。シリカガラスの場合、全体のパターンの繰り返しはないが、ある範囲内だけ複数の四面体からなるパターンの繰り返しが存在すると考えられている。これを中距離の秩序構造という。

※4 人工ニューラルネットワーク
AIの一種。神経細胞が構成するネットワークを模倣して作られた。

※5 教師データ
機械学習で、学習のために用いられるデータ。

※6 リング
ケイ素-酸素が結びついてできるリング状の構造。リングの中に含まれる原子数に応じて、5員環、6員環などのように分類される。例えば図2(b)の黄色囲みは「6員環」。石英やクリストバライトなどの結晶は一定の大きさのリングだけでケイ素-酸素の共有結合ネットワークが作られている。一方、シリカガラスでは3-10員環までの様々な大きさのリングが混ざった共有結合ネットワーク構造が形成される。

1700応用理学一般
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