100年前の森の姿を復元する~北方針広混交林の広域スケール・個体レベルでの解析~

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2023-03-22 東京大学

発表のポイント
  • 南北約100km、東西30kmの範囲に広がる467haの地域で行われた毎木調査データを用い、近年の気候変動や森林伐採の影響を受ける以前の約100年前の北方針広混交林の組成と構造を明らかにしました。
  • 全体として現在の森林より針葉樹の優占度が高い傾向にあること、主に針葉樹多様性と個体密度が森林全体の炭素貯留量を規定していることが明らかとなりました。
  • 気候変動影響や人為撹乱を受ける以前の森林の詳細な解析結果は、北方林の今後の炭素貯留能力評価や保全管理の基盤となることが期待されます。

100年前の森の姿を復元する~北方針広混交林の広域スケール・個体レベルでの解析~

針葉樹が優占する道北地方の森林

発表概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の日浦教授らのグループは、北海道北部の北方針広混交林(注1)における約100年前に広域で行われた毎木調査(注2)データを用いて、当時の森林の地上部バイオマス(AGB)を推定し、森林全体と種ごとのAGBに影響を与える環境要因について明らかにしました。その結果、100年前の北方針広混交林のAGBは人為的攪乱を受けて再生した現在のAGBと総量としては大きな差はないことが示されました。しかし、森林内においては場所ごとの不均一性が大きく、平均的には現在より大きな個体が低密度で生育していたことも明らかになりました。また針葉樹と広葉樹ではAGBに与える降水量の影響が逆であること、森林全体のAGBは主に針葉樹の多様性と個体密度によって規定されていることなどを明らかにしました。
森林は主要な炭素吸収源ですが、気候変動下で樹種構成や森林バイオマスは大きく変化しています。しかし、近年の気候変動以前の情報が不足しているため、森林がどの程度変化したかは明確ではありませんでした。本研究は、近年の気候変動以前の森林生態系の特徴を明らかにするとともに、環境に対する種ごとの応答を分析することで、森林炭素貯留能力に関連する環境要因の影響を詳細に理解できる可能性を示しました。

発表内容

増加し続ける大気中の二酸化炭素の吸収源として森林には大きな期待が寄せられていますが、その潜在能力はよく分かっていません。また、全球的に気候変動影響が顕著になってきたのは1980年頃以降と言われていますが、現在我々が観測できる森林はすでにこの気候変動影響や人為撹乱を受けた森林であり、それ以前の森林がどのような組成や構造を持っていたかを定量的に知りえる機会は極めて限られています。実際、この地域の森林では針葉樹の優占度が55%から35%まで過去40年間で2割も低下したことが、日浦教授らの別の研究によって明らかになっています。
各地の旧帝国大学演習林の多くは1900年前後に設置され、当初からさまざまな研究が開始されてその後の日本の森林に関する研究教育に多大な貢献をしてきました。このうち旧北海道帝国大学演習林では、発足直後から林班(注3)毎に1haの面積を持つ森林調査区を1ヶ所か2ヶ所設定し毎木調査を行なっていました。3つの演習林で合計500箇所以上にも及ぶデータが「仮施業案説明書」という手書きの冊子にまとめられたのです。日浦教授らのグループは、この膨大な資料を“再発見”し、デジタル化することで解析可能なものとしました。

図1 解析に用いた約100年前の森林調査区(480箇所)の位置

これらの北方針広混交林における1929年から1938年の毎木調査(計467ha)と環境データを用いて、(1)当時の森林のAGBを推定し、(2)森林全体のAGBと種ごとのAGBに影響を与える環境要因(気温、降水量、日射、地形、地質など)、(3)AGBと多様性に関する関係、について構造方程式モデル(注4)によって直接・間接に関わる要因を明らかにしました。その結果、森林の平均AGBは61±22.4(MgC/ha)であり、人為的攪乱後の現在のAGBと総量としては大きな差はないものの、場所ごとに大きなバラツキを持つとともに、現在より大きな個体が低密度で生育していたことが明らかとなりました。種ごとのAGBについては、亜寒帯性針葉樹のAGBは降水量の少ない地域で増加する傾向があり、冷温帯性落葉広葉樹のAGBは逆に降水量の多い地域で増加する傾向があることが示されました。また標高と針葉樹多様性が樹木個体密度を介して間接的にAGBに影響を与えていましたが、広葉樹多様性とAGBの関係は明瞭ではありませんでした。近年この地域では気温上昇だけでなく夏季の降水量も増加していることから、針葉樹が森林全体の構造や機能を支えていたにも関わらず、さらなる気候変動によって森林全体の炭素貯留能力が衰退していく可能性も示していると考えられます。

図2 構造方程式モデルによる地上部バイオマスに与える直接・間接要因
線が太く数値の絶対値が大きいほど関係が強く、**は統計的に有意な関係があることを示す。赤字は正の、青字は負の関係。


本研究は、近年の気候変動以前の森林生態系の特徴を明らかにし、種ごとの応答を分析することで、森林炭素貯留能力に関連する環境要因の影響を詳細に理解できる可能性を示しました。過去のデータを掘り起こして定量的に解析することは、未来の森林の生態系サービスを予測し評価する上でも今後ますます重要になってくると考えられます。
〈関連のプレスリリース〉
「北海道の針葉樹は衰退している!〜約40年間のモニタリングから原生林生態系への気候変動影響を解明〜」(2019/7/25)
https://www.hokudai.ac.jp/news/2019/07/40-1.html

研究グループ

東京大学大学院農学生命科学研究科
日浦 勉(教授)
小幡 愛(修士課程)
北海道大学北方生物圏フィールド科学センター
吉田 俊也(教授)

発表雑誌
雑誌
Ecological Indicator
題名
Estimation of Stand Biomass and Species-Specific Biomass in Japanese Northern Mixed Forests in 1920-1930’s: Understanding Environmental Factors Affecting Carbon Sequestration before Recent Climate Change
著者
Ai Obata, Toshiya Yoshida, Tsutom Hiura*(*責任著者)
DOI
https://doi.org/10.1016/j.ecolind.2023.110495
URL
https://www.sciencedirect.com/journal/ecological-indicators
研究助成

本研究は、科研費「学術変革A(課題番号:21H05316)」、地球研プロジェクト(森の価値)、国立環境研究所プロジェクト「陸域生態系の長期モニタリングと気候変動影響評価」の支援により実施されました。

用語解説

注1 北方針広混交林
亜寒帯性常緑針葉樹と冷温帯性落葉広葉樹が混じって生育している中高緯度地域の森林で、ヨーロッパ北部、北米北東部、東アジア北部に広がっている。

注2 毎木調査
森林内に一定面積(この研究の場合ほとんどが1ha)の区画をとり、その範囲に生育する樹木個体1本1本の樹種や直径などを全て測定する調査手法。

注3 林班
森林を管理するために決められた森林の番地のようなもので、多くは尾根や沢をその境界線とする。

注4 構造方程式モデル
仮説として設定した多数の変数間の関係を結合させてモデリングする手法。

問い合わせ先

〈研究に関する問合せ〉 東京大学大学院農学生命科学研究科
生圏システム学専攻 森圏管理学研究室
教授 日浦 勉(ひうら つとむ)

〈報道に関する問合せ〉
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)

北海道大学社会共創部広報課

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