2023-06-07 東京大学
発表のポイント
◆2次元層状材料である硫化錫(SnS)において、中心対称性を持たない強誘電体相を成長し、pn接合を必要としないバルク光起電力効果による発電を実証した。
◆強誘電体SnSにおける分極ドメイン境界は、180°回転の双晶関係を有していることを見出した。
◆高効率太陽電池や光検出器への応用が期待される。
バルク光起電力効果により発電
発表概要
東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻の張益仁大学院生(研究当時)、長汐晃輔教授らの研究グループは、京都大学の松田一成教授、篠北啓介助教、物質・材料研究機構の谷口尚博士、渡邊賢司博士らとの共同研究により、2次元層状物質である硫化錫(SnS)において中心対称性(注1)を持たないSnSを成長させ、そのバルク光起電力効果(注2)による発電を実証しました。
バルク光起電力効果は、2種類の材料からなるpn接合型太陽電池と異なり、中心対称性を持たない極性結晶への光照射時に誘起されるシフト電流が起源であることが明らかにされてきましたが、ほとんどの材料において理論的に予測される発電量が低いことが課題でした。本研究では、シリコン太陽電池に匹敵する発電量が理論的に予測されていたSnSにおいて、面内分極(注3)の揃った中心対称性を持たない強誘電相を物理蒸着法により成長し、そのバルク光起電力効果による発電を初めて実証しました。また、分極ドメイン構造(注4)の解析から、分極ドメイン境界は180°回転の双晶関係(注5)を有していることを明らかにしました。分極を揃えることでさらなる発電特性の向上が期待できます。これらの成果は、高効率太陽電池や光検出器等への応用だけでなく、結晶の厚さがナノサイズでも発電が可能なことから、IoTセンサー用のナノ発電素子としての利用も期待されます。
発表内容
〈研究の背景〉
炭素原子1層からなるグラフェンの発見以降、さまざまな物性を有する2次元層状材料が次々に報告され大きな注目を集めています。従来の強誘電材料において中心対称性を持たないバルク光起電力効果が研究され、近年では、層状物質群においても研究が活発化しています。その起源については未だに議論が続いており、物性的に興味深い現象ではありますが、ほとんどの材料において理論的に予測されるバルク光起電力効果による発電量が低いことが課題でした。最近、2次元層状物質である硫化錫(SnS)において、シリコン太陽電池に匹敵する値が報告され注目を集めていますが(図1)、ほとんど実験的な研究が進んでいませんでした。この理由は、SnSにおいて熱力学的に最安定な相においては、単層、3層、5層のように奇数層でのみ中心対称性を持たない構造となるため、計測可能な材料を得ることが困難であったためです。この課題を解決するため、本研究では、成長基板との相互作用を利用し、中心対称性を持たない多層SnSの成長を行い、バルク光起電力効果の実証を試みました。
図1:SnSはシリコン太陽電池に匹敵する発電量が期待
〈研究の内容〉
本研究では、物理蒸着法を用いファンデルワールス基板であるhighly ordered pyrolytic graphite(HOPG)基板上に成長温度・成長時間等の条件を精緻に制御することにより結晶性の高いSnSを成長させました(図2)。通常、SnSは上下層で分極方向が打ち消しあうことで中心対称性を持つ安定a相が成長し、バルク光起電力効果は観測されません。一方、HOPG基板上では、基板との相互作用により歪みが導入され面内分極の揃った中心対称性を持たない強誘電体b’相が安定化されていることを高角度散乱暗視野走査透過電子顕微鏡法(注6)で確認しました(図2)。この結晶において2端子デバイスを作製し、光電流測定を行いました。光電流において入射光の偏光依存性が理論計算結果と良く一致しており、バルク光起電力効果であると結論付けられます(図3)。加えて、圧電応答顕微鏡(PFM)(注7)により線状の強誘電ドメイン構造および、直交したドメイン構造を観察しました(図4)。界面エネルギーの観点から、180°回転の双晶界面を考えることで結晶内のマクロな分極方向を良く説明できることがわかりました。今後、分極を揃えることで更なる発電特性の向上が期待できます。
図2:中心対称性を持たない強誘電体(b’)-SnSの成長
(a) 多層SnSの表面形状像。(b) 断面の透過型電子顕微鏡像(左)と原子模型(右)。HOPG基板上部に面内分極の揃った強誘電体b’相が観察される。
図3:バルク光起電力効果の実証
(a) 結晶方位の揃った多層SnSの表面形状像。(b) 光電流の入射光偏光依存性。理論計算結果と良く一致している。(c) 488 nmの入射光に対してバルク光起電力効果により電子-正孔対が形成される概念図。
図4:強誘電ドメイン構造の観察
(a) 圧電応答顕微鏡(PFM)による振幅像。(b) 赤矢印は結晶内のマクロな分極方向を示しており、図2(b)の高角度散乱暗視野走査透過電子顕微鏡による観察と一致している。180°回転の双晶界面のみがこの分極条件を満たすことが分かった。
〈社会的意義・今後の予定〉
バルク光起電力効果は、これまでバンドギャップの大きい酸化物強誘電体で主に研究されてきたため、可視光を吸収できない問題がありました。2次元層状SnSは1 eV程度のバンドギャップをもつ半導体のため、シリコン太陽電池と同様に可視光領域での発電が可能であり、太陽電池と匹敵する発電量が期待できます。SnSは強誘電体だけでなく強弾性も有するマルチフェロイック材料のため、今後、電界や応力の印加により分極方向を揃えることで更なる発電特性を向上させ高効率太陽電池や光検出器等への応用が期待されます。また、結晶厚さがナノサイズでも発電が可能なことからナノ発電素子等への展開等、デバイスの多機能化への貢献が期待されます。
発表者
東京大学 大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻
張 益仁(博士課程:研究当時/理化学研究所 学振外国人特別研究員:現在)
名苗 遼(修士課程)
來村 颯樹(修士課程)
西村 知紀(技術専門職員)
長汐 晃輔(教授)
京都大学
大学院エネルギー科学研究科 エネルギー基礎科学専攻
Haonan Wang(博士課程)
Yubei Xiang(博士課程)
エネルギー理工学研究所
篠北 啓介(助教)
松田 一成(教授)
物質・材料研究機構
ナノアーキテクトニクス材料研究センター
谷口 尚(センター長)
電子・光機能材料研究センター
渡邊 賢司(特命研究員)
論文情報
〈雑誌〉Advanced Materials
〈題名〉Shift current photovoltaics based on a noncentrosymmetric phase in in-plane
ferroelectric SnS
〈著者〉Y.-R. Chang, R. Nanae, S. Kitamura, T. Nishimura, H. Wang, Y. Xiang, K. Shinokita, K. Matsuda, T. Taniguchi, K. Watanabe, and K. Nagashio*
〈DOI〉10.1002/adma.202301172
〈URL〉https://doi.org/10.1002/adma.202301172
研究助成
本研究は、三菱財団、NEXCO関係会社高速道路防災対策等に関する支援基金、日本学術振興会 日中韓フォーサイト事業、科研費(課題番号:JP22H04957、JP21H05237、JP21H05235、 JP21H05233、JP21H05232、JP22K18986、JP20H05664、JP21H01012) 情報通信研究機構 (Grant Number: 05901)、科学技術振興機構 未来社会創造事業 (課題番号: JPMJMI22708192)、科学技術振興機構 創発的研究支援事業 (課題番号: JPMJFR213K) の支援により実施されました。
用語解説
(注1)中心対称性
ある中心から正反対の等しい距離に同一の原子が存在する時、結晶は対称中心を持つといい、反転させても反転の前後で結晶を区別できません。
(注2)バルク光起電力効果
中心対称性を持たない物質において、光を照射した際に生じる自発的な光起電力効果のこと。半導体のpn接合を利用した従来型太陽電池の理論限界を超える可能性が期待されています。
(注3)面内分極
2次元層状材料の平板面に平衡方向に電気双極子が整列する場合のことを面内分極と呼びます。
(注4)分極ドメイン構造
誘電体において結晶内で電荷に偏りが生じて電気双極子を生じている状態を分極と呼び、分極の向きがそろった領域を分極ドメインと呼びます。
(注5)双晶関係
元の結晶と鏡面対称の関係にある結晶のことで、結晶構造は元の結晶と同じで方位のみが異なる関係にあることを双晶関係と呼びます。
(注6)高角度散乱暗視野走査透過電子顕微鏡法
細く絞った電子線を試料に走査させながら当て、透過電子のうち高角に散乱したものを環状の検出器で検出することにより原子量に比例したコントラストが得られます。
(注7)圧電応答顕微鏡
探針試料間に交流電圧を印加し、強誘電体試料の圧電効果により生じる歪みをカンチレバーの変位として計測し、画像化する顕微鏡です。
プレスリリース本文:PDFファイル
Advanced Materials:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adma.202301172