ガラスの安定化への新たな道

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2021-11-17 東京大学

○発表者:
田中 肇(東京大学名誉教授、研究当時:東京大学 生産技術研究所 教授、現在:東京大学 先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー)

○発表のポイント:
◆長期間の安定性に問題があるガラス状態にある物質を安定化するための新たな方法を発見した。
◆ガラス状態にある物質の粒子の密度を均一化する方法により、ガラス状態を力学的に安定化するという全く新しい物理原理を示した点に新規性がある。
◆物質のガラス状態を安定化するための新たな基本原理を示したもので、超安定ガラスの形成を可能にすると期待される。

○発表概要:
田中 肇 東京大学名誉教授(研究当時:東京大学 生産技術研究所 教授、現在:東京大学 先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー)、東京大学 生産技術研究所の柳島 大輝 特任研究員(研究当時、現在:京都大学 助教)、ルッソ ジョン 特任助教(研究当時、現在:ローマ大学 准教授)、オックスフォード大学のデューレンズ ルール 教授の共同研究グループは、数値シミュレーションを用いて、ガラス状態を安定化するための新たな方法を発見した。
「ガラス」といえば「窓ガラス」が連想されるが、一般には、液体のような乱雑な構造を持ったまま固まった固体全般を指す。ガラス状態にある物質は、有用な固体材料として非常に注目されているが、結晶とは大きく異なり、長期間の安定性に問題がある。例えば、長い時間をかけてその性質が徐々に変わるエイジング現象やガラスの内部に微結晶ができる脱硝現象が知られている。
これまで、ガラス状態にある物質のエイジングや脱硝を防ぐために、温度を下げその進行を遅らせるアニール法(注1)などにより熱力学的に安定化する方法が行われてきた。本研究では、コロイド分散系(注2)のガラス状態について、粒子の密度を均一化するという全く新しい方法で、非常に高い安定性を実現することに成功した。この原理は、ガラス状態を「力学的に均一化」する、すなわち、粒子間にかかる力がどの粒子に対しても釣り合った力学的に均一な状態にするという力学的安定化法であり、従来の熱力学的な安定化法とは本質的に異なる全く新しい物理原理を提供する。またこの結果は、密度の超均一性(注3)と、時間的に変化しない安定なガラス状態との間に深い関係があることを示している。この発見は、熱力学的に非平衡なガラスを機械的に安定化させるための新たな基本原理を提供するのみならず、超安定なガラスを実現するための新たな道を拓くものと期待される。

○発表内容:
東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授(研究当時)、柳島 大輝 特任研究員(研究当時)、ルッソ ジョン 特任助教(研究当時)、オックスフォード大学のデューレンズ ルール 教授の共同研究グループは、数値シミュレーションを用いて、ガラス状態を安定化する新たな方法について研究を行った。
ガラス状態は、時間の経過とともにエイジングや脱硝により、より安定な状態にゆっくりと変化していくことが知られている。これは、ガラス状態が、結晶とは異なり本質的に非平衡状態にあることを反映している。この安定性の欠如は、多くの産業用途において深刻な問題を引き起こす。例えば、ガラス状態にある物質の寸法が経時変化する、非晶質状態で作成した薬品が結晶化して体への吸収効率が低下するなどの現象が知られている。本研究では、数値シミュレーションにより、粒子の局所的な体積分率の不均一性を抑制することで、モデル的なガラスであるコロイドガラスにおいて、エイジングや脱硝を抑制可能であることを示した。
コロイドガラスは、「雪崩現象」のような間欠的なダイナミクスを伴ってエイジング・脱硝することが知られている[1]。本研究グループは、粒子の大きさに小さな反復的な調整を加えることによって、その局所的な体積分率を空間的に均一にした。その結果、たとえガラス中に結晶が存在していても、長期間にわたって、その結晶の成長を完全に防ぐことができることを明らかにした(図1)。また、局所的な体積分率の均一化は、各粒子の局所的な力学的な安定性を劇的に変化させ、各粒子の周りの直接的に力を支え合う最近接粒子の数を均一化することを明らかにした。このことは、ガラスをより「機械的に均質化」することで安定化できることを示しており、超均一性として知られる構造的な均一性と、ガラスの力学的な均一性およびその結果としての安定化との間に、基本的な関連性があることを示唆している。
これまでガラス状態の安定化には、アニール法や表面拡散を利用して構造の安定化を図る蒸着法などに代表される「熱力学的な安定化」が用いられてきたが、本研究により、「力学的な安定化」という全く新しい道が示されたと言える。この発見は、ガラス状態の安定性に、熱力学的自己組織化だけでなく力学的な自己組織化が大きく関わっていることを示しており、非平衡なガラス状態を力学的に安定化させるための新たな物理的な原理を提供したと言える。
最近、コロイド系に周期的な変形を加えると密度を均一化することが可能であることが実験的に示されており[2]、超安定ガラスを実験的に実現することも可能であると期待される。この方法は、粒子間の斥力相互作用がガラス形成に支配的な系に広く応用可能であると考えられ、経時的な劣化や脱硝に対して極めて安定性を有する超安定ガラスの形成を可能にすると期待される。

本研究は、文部省科学研究費 基盤研究(A)(JP18H03675)、ならびに、特別推進研究(JP25000002, JP20H05619)の支援の下に行われた。

参考文献
[1]T. Yanagishima, J. Russo, and H. Tanaka, Common mechanism of thermodynamic and mechanical origin for ageing and crystallization of glasses, Nat. Commun. 8, 15954 (2017).
プレスリリース「ガラス内部で起きるミクロな「雪崩」現象の原因を解明」:
https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/2717/

[2]S. Wilken, R. E. Guerra, D. J. Pine, and P. M. Chaikin, Hyperuniform structures formed by shearing colloidal suspensions, Phys. Rev. Lett. 125, 148001 (2020).

○発表雑誌:
雑誌名 :「Physical Review Letters」
論文タイトル: Towards glasses with permanent stability
著者 :Taiki Yanagishima, John Russo, Roel P. A. Dullens, and Hajime Tanaka
DOI番号 :10.1103/PhysRevLett.127.215501

○問い合わせ先:
東京大学名誉教授
先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー
田中 肇(たなか はじめ)

○用語解説:
(注1)アニール法
ガラス転移点の近傍で、長時間保持させることでガラスの構造の安定化をはかること。

(注2)コロイド分散系
ナノ・マイクロメートル程度の大きさの微粒子(コロイド)が溶媒中に分散した系。

(注3)超均一性(hyperuniformity)
密度が空間的にどこでも均一で、結晶の様に長波長の密度の揺らぎが著しく抑えられた状態のことを言う。

○添付資料:
ガラスの安定化への新たな道
図1:通常のガラス(CG)状態とそれに対応する安定ガラス(UG)状態の結晶粒子と力のつり合いのネットワークの変化。通常のガラス状態では、時間経過後に赤い粒子が増加し結晶性が向上しているが、そこから生成された安定ガラス状態では変化がなく、結晶化はほぼ完全に阻害されている。また、最近接粒子間の力のつながりの変化も示しており、細い青色の線は初期のネットワークを示し、t = 5000τBの時点での赤と緑の線は、それぞれ切断された接続と形成された接続を示す。τBは、いわゆるブラウン運動時間で、粒子が、その粒子サイズの距離を運動するのに要する時間を示す。

1700応用理学一般
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