2025-02-14 東京大学,大阪大学,久留米大学,東北大学
発表のポイント
- 太陽のような星は誕生後、角運動量を持ったガスを食べながら成長する。すると星の回転はどんどんと高速化しそうだが、実際はそうなっていない。この謎を解決しうる新機構を発見した。
- 本発見は、磁場を通じた原始星と円盤の相互作用を大規模シミュレーションによって高精度で捉えることができるようになったため、可能となった。
- 本発見により星の自転進化に関する理解が進んだため、星の内部構造進化や、原始星近傍の惑星形成への影響を解明することにつながると期待される。
概要
大阪大学大学院理学研究科の髙棹真介助教、久留米大学の國友正信講師、東京大学の鈴木建教授、国立天文台の岩﨑一成助教、東北大学大学院理学研究科の富田賢吾准教授らの研究グループは、ガスを食べて成長中の赤ちゃん星、すなわち原始星の大規模シミュレーションを実施することで、原始星がどんどんと回転の勢いを弱めていく新機構(スピンダウン機構)を発見しました。
原始星は回転する原始惑星系円盤のガスを食べることで、回転の勢いを表す「角運動量」を増加させていきます。そのうえ原始星は徐々に半径も縮めていくため、まるでフィギュアスケート選手が腕や脚を縮めて回転の勢いを増していくように、原始星の回転も速くなると予想されます。しかし観測は、予想よりもはるかに遅い自転速度を示唆しています。その理由は、長年の謎となっていました。
本研究グループは、太陽の原始星に注目し、大規模シミュレーションでスピンダウンの仕組みを調査しました。そのような原始星は、強い磁場を持っていると考えられています。本研究グループは、原始星の強い磁場が、原始星から角運動量を引き抜きつつ、円盤の磁場が原始星の食べるガスから角運動量を引き抜く様子を明らかにしました。したがって、この2つの効果が合わさることで原始星がスピンダウンするという可能性が初めて見えてきました。
星の自転は、星の進化や星近くでの惑星形成に影響を与えます。本研究により、今後はこれらについても理解が進むことが期待されます。
本研究成果は、権威ある学術誌であるアストロフィジカルジャーナル(The Astrophysical Journal)に、2025年2月10日に出版されました。
図1 シミュレーションで捉えられた、強い磁場をもつ原始星が円盤ガスと相互作用する様子。
(クレジット:髙棹真介)
研究の背景
星は宇宙の中でのガスが重力によって集まることにより生まれます。赤ちゃん星である原始星は、周囲にできた原始惑星系円盤からガスを食べながら成長していきます。円盤ガスは回転しているため、原始星は円盤ガスを食べると質量だけでなく角運動量も蓄えていきます。現在の太陽が自転しているのは、このような過程を通じて生まれたからです。
さらに原始星は輝くことで熱を失い、徐々に収縮していきます。角運動量の増加と原始星の収縮という2つの効果が合わさると、原始星は収縮中にどんどんと自転速度を増していき、原始星の1日が非常に短くなっていくと予想されます。収縮によって原始星の自転速度が増加するのは、フィギュアスケート選手が回転中に伸ばしていた腕や脚を縮めることでスピンアップすることと基本的に同じです。原始星が角運動量を外部に放出せず取り込み続ける場合、星の収縮中に遠心力が増していき、いつかは遠心力と重力が釣り合って星の構造を保つことができなくなってしまいます。このような限界の状態は、本当に起きているのでしょうか?
観測から、原始星より少し成長した星である古典的Tタウリ型星は、星の構造を保てなくなる限界の自転速度に比べてたった10分の1程度の速度でしか自転していないことがわかっています。なぜ原始星は限界を迎えることがなくゆっくりと回転しているのでしょうか?この「原始星スピンダウン問題」は、星形成論における長年の謎となっています。
解決の鍵と考えられているのは、原始星の磁場と円盤ガスの相互作用です。原始星は現在の太陽よりもはるかに強い磁場を持っていると考えられています。原始星の磁場は、自転する原始星とともに回転します。原始星の磁場とガスは強く結合しているため、両者の関係はまるで針金とそこに通されたビーズのようになります。針金を振り回すとビーズが飛んでいくように、回転する原始星磁場はガスを振り回して吹き飛ばします。このとき磁場は原始星の角運動量をガスに渡すため、この効果が原始星の高速回転を防いでいるのではないかと考えられてきました。ただし、原始星はガスを吹き飛ばすよりも激しいペースで周囲のガスを食べて成長しています。円盤ガスを食べて成長する原始星がどのように自身の角運動量を減らしていったかは、これまでよくわかっていませんでした。また、磁場による原始星と円盤の相互作用は複雑なガスの動きを伴うため、これまでの研究ではその詳しいメカニズムも理解されていませんでした。
研究の内容
研究グループは、太陽の原始星に注目し、国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」などを用いて「原始星スピンダウン問題」の解明に挑戦しました。図1は、強い磁場を持ち自転している原始星が、磁場を通じて円盤ガスと相互作用している様子を表しています。髙棹助教らはこのシミュレーション結果の一部を2022年に論文で報告していましたが(参考URLの論文)、スピンダウン機構を明らかにするためシミュレーションデータをより詳細に解析しました。
本研究ではまず、回転する原始星の磁場が円盤ガスの一部を振り回して吹き飛ばし、星の角運動量を抜き取る様子を確認しました。この結果は以前から予想されてはいたものの、過去の理論モデルには多くの不定パラメータが含まれており、角運動量の引き抜き率に関して定量的な議論が困難でした。しかし今回実施した大規模シミュレーションにより、乱流を通じて円盤ガスが原始星磁場に供給されるメカニズム※1が明らかになりました。その結果、回転する原始星磁場によって巻き上げられる円盤ガスが角運動量を抜き取る過程を、理論的に記述できるようになりました。
さらに、円盤の磁場は原始星が食べる前にガスから効率的に角運動量を抜き取ることもわかりました。その円盤磁場が原始星磁場と繋がることで、原始星は角運動量が抜き取られたガスを食べることになります。図2は、円盤ガスと繋がったスパイラル状の原始星磁場に沿ってガスが落下している様子を示しています。回転している原始星はこのときに重いガスを自分の磁場で振り回すことになるため、原始星自身が角運動量を失う様子も見られました。これまで原始星は食べたガスから多くの角運動量を受け取ってしまうというのが通説であったため、「原始星スピンダウン問題」の解決は困難となっていました。しかし本研究チームは、原始星への角運動量持ち込みが抑制された結果、回転する原始星磁場が円盤ガスを巻き上げて角運動量を抜き取る効果が顕著となり、原始星は高速回転せずに済むという可能性を示しました。本研究によって発見された、原始星と原始星が食べるガスの両方から角運動量が抜き取られる効果が、『原始星スピンダウン問題』の解決の糸口となるかもしれません。
図2 原始星と円盤を繋ぐ磁場が、原始星に食べられる前のガスから効率的に角運動量を抜き取っている様子。
左と中央はアテルイⅡによるシミュレーション、右は模式図を表す。原始星磁場と円盤ガスの磁場がつながり、スパイラル状の磁場ができる(右図のオレンジ色の線)。この磁場に沿って原始星に近づくガスが、磁場を通じて角運動量を円盤ガスへ受け渡す。このようにして角運動量を失ったガスを原始星が食べることで、原始星の角運動量が低く抑えられる。(クレジット:髙棹真介)
上で述べたシナリオを検証するには、今回の理論モデルが実際の星々の観測を説明できるか確認する必要があります。原始星の自転を直接観測することは難しいのですが、星が生まれて約100万年後の段階に対応する古典的Tタウリ型星に対してなら、自転速度を調べることができます(現在の太陽が約46億歳なので、これに比べると古典的Tタウリ型星はまだ非常に若い星と言えます)。観測は古典的Tタウリ型星の時点で星の角運動量が十分小さくなっていることを示しています。本研究では、この観測事実を制約として理論の妥当性を評価しました。
本研究チームは原始星の進化計算も実施し、円盤ガスの巻き上げ効果によって原始星の角運動量が減少する時間、すなわちスピンダウン時間を計算しました。すると原始星のスピンダウン時間は古典的Tタウリ型星の年齢よりも短くなることが示唆され、上述の観測と整合的な結果を得ることに成功しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
星の自転は、星の内部構造や惑星誕生の場である円盤の進化にも影響を及ぼします。本研究によって原始星の自転進化に関する理解が大きく進んだため、これらについても研究が進展すると期待されます。
<参考URL>
本研究は、以下の研究成果を発展させたものです。
タイトル:” Three-dimensional Simulations of Magnetospheric Accretion in a T Tauri Star: Accretion and Wind Structures Just Around the Star”
著者名:Shinsuke Takasao, Kengo Tomida, Kazunari Iwasaki, and Takeru K. Suzuki
DOI:https://doi.org/10.3847/1538-4357/ac9eb1
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院総合文化研究科
教授 鈴木 建
大阪大学 大学院理学研究科
助教 髙棹 真介
久留米大学 物理学教室
講師 國友 正信
東北大学 大学院理学研究科
准教授 富田 賢吾
論文情報
雑誌名:「The Astrophysical Journal」
タイトル:”Spin-down of Solar-mass Protostars in Magnetospheric Accretion Paradigm”
著者名:Shinsuke Takasao, Masanobu Kunitomo, Takeru K. Suzuki, Kazunari Iwasaki, and Kengo Tomida
DOI:https://doi.org/10.3847/1538-4357/ada364
研究助成
本研究は日本学術振興会科学研究費補助金(20K14542, 21H04487, 22KK0043, 22H01263, 22K14074, 23H01227, 24K00654, 24K07099)の助成を受けて実施されました。また本研究で行ったシミュレーションは、国立天文台天文シミュレーションプロジェクトの(CfCA)の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を主に使用して実施しました。シミュレーションのテスト計算の一部には、京都大学基礎物理学研究所の大型計算機システムを利用しました。また、原始星の進化計算には国立天文台CfCAの「計算サーバ」が用いられています。
補足説明
(注1) 乱流を通じて円盤ガスが原始星磁場に供給されるメカニズム
円盤ガスははじめ原始星の磁場と繋がっておらず、円盤の持つ磁場とともに動きます。しかし円盤ガスが原始星に近づくと、乱流によるかき混ぜの効果により、円盤ガスの持つ磁場と原始星磁場の一部が繋がります。その結果、円盤ガスが原始星とともに回転する原始星磁場に供給されることになります。