グラフェンと炭化ケイ素の間で超伝導を支える金属層~大規模量子コンピュータに向けた素子の微細化に貢献~

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2024-06-05 東京工業大学

要点

  • 2次元超伝導体であるグラフェン-カルシウム化合物において支持基板界面に形成したカルシウム金属層を発見。
  • 界面構造の制御によって転移温度を向上できることを証明。
  • 大規模量子コンピュータに求められる素子の微細化につながると期待。

概要

東京工業大学 理学院 物理学系の一ノ倉聖助教、德田啓大学院生(研究当時)、平原徹教授、豊田雅之助教(研究当時)、斎藤晋名誉教授、自然科学研究機構 分子科学研究所の田中清尚准教授らの研究グループは、低次元超伝導体であるグラフェン[用語1]-カルシウム化合物の原子構造を調べることで、支持基板である炭化ケイ素との界面でカルシウム金属層が形成されることを発見した。

柔軟性や透明性を有する優れた2次元超伝導体として、グラフェンを母材とした化合物の開発が進められている。研究グループは以前、カルシウムとの合成による2層グラフェンの超伝導化に成功したが、原子構造と超伝導特性の関係は明確ではなかった。

今回の研究では、新たな手法で合成したグラフェン-カルシウム化合物の原子構造を詳細に調べ、支持基板との界面にカルシウム金属層が形成されていることを発見した。金属層の影響による超伝導転移温度[用語2]の上昇も観測し、その上昇に寄与する物理現象も解明できた。

この研究成果は、低次元超伝導体開発における支持基板表面の重要性を示すとともに、大規模な量子コンピュータ[用語3]の実現のために必要とされる、超伝導集積回路用素子の微細化に重要な知見を与えるものだといえる。研究成果は5月13日(現地時間)に米国化学会誌「ACS Nano(エーシーエス・ナノ)」にオンライン掲載された。

背景

現代社会は、セキュリティ、省エネルギー、環境問題、医療、創薬などの各分野において、複雑に入り組んだ課題を抱えている。その解決へ向けた基盤技術の1つとして「量子コンピュータ」の研究開発が各国で活発に進んでいる。量子コンピュータの素子を作る材料として現在最も多く使われているのが超伝導体である。超伝導方式の量子コンピュータはすでに実用化されており、計算の大規模化のために集積化が進められている。そのため、将来的にはナノスケールの超伝導体が量子コンピュータ素子に実用化されていくはずである。

素子の微細化への要請に対し、電子材料分野では低次元物質[用語4]の研究が盛んに進められている。低次元物質の中でも最も単純な構造を持ち、化学的に安定であるのが、炭素原子が蜂の巣格子状に結合した物質である「グラフェン」である。優れた柔軟性、光学的透明性、電子移動度を有するため、次世代電子材料として幅広く研究されている。したがって、グラフェンを母材として適切な化合物を合成することで、柔軟性や透明性を有する優れた2次元超伝導体を作り出せると考えられる。

2016年には東京大学と東北大学の研究グループが、カルシウムとの合成による2層グラフェンの超伝導化に成功した[参考文献1]。その当時は合成方法として、リチウムからカルシウムへの置き換えを行う「元素置換法」が取られていた。東京工業大学の研究グループが東京大学との共同研究によって元素置換の過程を調べたところ、最終的な組成ではカルシウムが支配的となることが示唆されていた[参考文献2]。しかし、不純物としてリチウムが残留している可能性を排除できず、原子構造と超伝導特性の関係性を正確に明らかにすることができずにいた。

研究成果

今回、東京工業大学の研究グループは、新たに純粋なグラフェン-カルシウム化合物を合成する方法を開発した。真空中で、高い流量のカルシウム蒸気を2層グラフェンに吹き付けることにより化合物を合成し、さらに合成過程を光電子分光法[用語5]より明らかにした。その結果、カルシウムが高密度になると、2層グラフェンの間だけでなく、支持基板である炭化ケイ素との界面にもカルシウムが侵入することが確認できた。電子回折法[用語6]により原子構造を調べると、界面のカルシウムは炭化ケイ素表面の原子と整合した配列を示しており、いわゆるエピタキシャル成長を起こして金属層を形成していることが分かった。この金属層の形成前後の超伝導特性を比較すると、形成によって超伝導転移温度が上昇していた。また、角度分解光電子分光法と第一原理計算[用語7]により転移温度上昇の背景にある物理的機構も調べたところ、転移温度上昇には、金属層によって生じるファン・ホーベ特異性[用語8]と呼ばれる現象が寄与していることも分かった。

図1. 界面カルシウムが超伝導転移温度に与える影響。挿入図は電気抵抗測定時の試料写真。右側に原子構造の模式図も示す。

図1.界面カルシウムが超伝導転移温度に与える影響。挿入図は電気抵抗測定時の試料写真。右側に原子構造の模式図も示す。

この結果は2次元超伝導体の開発に重要な知見をもたらす。3次元の超伝導体を薄くして2次元化すると、多くの場合転移温度が低下してしまうが、この研究のように支持基板との界面構造まで制御すれば、転移温度の低下を防ぐことができ、ひいては将来的に転移温度向上へつなげることができると期待される。

社会的インパクト

グラフェン-カルシウム化合物はありふれた元素から構成される低次元物質であるため、低コストで微細な超伝導素子を生成でき、量子コンピュータの集積化と普及に貢献できる。量子コンピュータにより複雑系の大規模・高速な計算が可能になると、カーボンニュートラルへ向けたエネルギー循環の最適化が実現するほか、原子・分子反応の直接シミュレーションにより触媒開発・創薬の効率が劇的に向上すると期待される。

今後の展開

今後の研究では、さらに微細な超伝導体を実現するために、カーボンナノチューブ、フラーレンのような1次元、0次元のクラスター状物質の超伝導化に取り組んでいく。炭素だけでなく、ホウ素や水素といった軽い元素も用いることで転移温度を大きく上昇させ、温度変化に耐性のある量子コンピュータの実現へつなげていく。

付記

本研究の一部は日本学術振興会科学研究費助成事業若手研究(21K14533)の支援を受けて行われた。実験は自然科学研究機構分子科学研究所共同利用研究(課題番号21-850, 22IMS6649)、および文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ事業 (課題番号:JPMXP1222IT0018)の支援を受けて、東京工業大学ナノ構造造形支援において実施された。

用語説明

[用語1] グラフェン : 炭素原子が蜂の巣格子状に結合し、2次元平面内に広がっている物質。グラフェンの発見を契機としてさまざまな元素の2次元物質が研究されるようになり、材料科学の一大分野に発展した。

[用語2] 超伝導転移温度 : 物質の電気抵抗がある温度以下でゼロになる現象を超伝導といい、その温度を超伝導転移温度という。

[用語3] 量子コンピュータ : 光や電子といった微細な粒子(=量子)を人為的に操作し、量子力学的原理に基づいた方法で計算を行うコンピュータ。既存の暗号を解読でき、特定の用途に対しては超高速・省エネルギーで動作する。超伝導状態の電子を用いたものを超伝導方式という。現在の量子コンピュータは超伝導体状態を安定させるために極低温に冷却している。転移温度の高い超伝導体を用いることで冷却コストを低減できる。

[用語4] 低次元物質 : グラフェンに代表される、原子配置が2次元、1次元や0次元空間に限定された、ナノスケールの物質。

[用語5] 光電子分光法 : 物質に紫外線やX線を照射すると、原子に捕らわれていた電子が放出される。これを光電子といい、その運動エネルギーを測定することで、物質中の電子がとっていた状態を推定する手法を光電子分光法という。さらに、光電子の放出角度から運動量も推定する「角度分解光電子分光」では、伝導電子の性質を詳細に計測できる。

[用語6] 電子回折法 : 電子波の干渉現象を利用した実験手法で、物質中、特に表面や界面の原子配列の推定を可能とする。

[用語7] 第一原理計算 : 物質中の原子配列から電子状態を導き出す代表的なシミュレーション手法。

[用語8] ファン・ホーベ特異性 : 物質中で、多数の電子が特定のエネルギー状態に集中する特殊な現象。

参考文献

[1] S. Ichinokura, K. Sugawara, A. Takayama, T. Takahashi, S. Hasegawa, “Superconducting Calcium Intercalated Bilayer Graphene” ACS Nano 10, 2761–2765 (2016).

[2] H. Toyama, R. Akiyama, S. Ichinokura, M. Hashizume, T. Iimori, Y. Endo, R. Hobara, T. Matsui, K. Horii, S. Sato, T. Hirahara, F. Komori, S. Hasegawa, “Two-Dimensional Superconductivity of Ca-Intercalated Graphene on SiC: Vital Role of the Interface between Monolayer Graphene and the Substrate” ACS Nano 16, 3582–3592 (2022).

論文情報

掲載誌 :ACS Nano
論文タイトル :Van Hove Singularity and Enhanced Superconductivity in Ca-intercalated Bilayer Graphene Induced by Confinement Epitaxy
著者 :Satoru Ichinokura, Kei Tokuda, Masayuki Toyoda, Kiyohisa Tanaka, Susumu Saito, and Toru Hirahara
DOI :10.1021/acsnano.4c01757

 

お問い合わせ先

東京工業大学 理学院 物理学系
助教 一ノ倉聖

分子科学研究所 極端紫外光研究施設(UVSOR)
准教授 田中清尚

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課
自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当

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