20024-04-05 森林総合研究所
ポイント
- きのこ原木用広葉樹の放射性セシウム濃度*1を予測する際には、個体の放射性セシウム濃度のばらつき幅は、調査区内(20~40m四方程度)では一定とみなしてよいことを明らかにしました。
- 調査区あたりの測定個体数は、5個体あればよいことが分かりました。
- この成果は、きのこ原木の放射性セシウム濃度の予測に重要な基盤情報になります。
概要
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所らの研究グループは、きのこ原木の放射性セシウム濃度の頻度分布を予測する際、一定地域内のどの20〜40m四方程度の調査区をとっても、個体の放射性セシウム濃度のばらつき幅は一定(5個体の測定で23倍程度)とみなせることを明らかにしました。
東京電力福島第一原子力発電所事故により、福島県では今でもきのこ栽培用の原木生産を自粛する地域が広くあります。きのこ原木林の利用再開を将来進めていくためには、原木林の放射性セシウム濃度予測が欠かせません。
今回、原木の放射性セシウム濃度の指標となる当年枝*2の濃度について、調査区内での個体のばらつき幅を、統計モデルを使って解析しました。その結果、地域内のどの調査区(20〜40m四方程度)でも、調査区内の個体の当年枝の放射性セシウム濃度のばらつき幅は一定とみなしてよいことがわかりました(95%予測区間の上限と下限との比が23倍程度)。これにより、調査区内のきのこ原木の放射性セシウム濃度の分布を予測するために当年枝を採取する個体数は比較的少数でよく、既往の研究例などもふまえ、5個体あればよいと判断されました。
本研究成果は、2023年12月8日にPLOS ONE誌でオンライン公開されました。
背景
福島県は、きのこ栽培用原木の一大生産地でした(写真1)。しかし、東京電力福島第一原子力発電所事故により降下した放射性物質(現在まで残るのはほとんどがセシウム137)のため、現在もきのこ原木の出荷を自粛する地域が広くあります。きのこ原木の放射性セシウム濃度の当面の指標値は50Bq/kg(乾重量)と定められており、出荷のためにはこの濃度以下である必要があります。原木林の利用再開のため、林内の原木の放射性セシウム濃度を調べる際、これまでは濃度分布のばらつき具合がわかっていませんでした。そのため、どれだけの数の個体を調べる必要があるのかも不明でした。
内容
研究グループは、きのこ原木林の418個体から採取した当年枝の放射性セシウム濃度測定データを統計モデルで解析しました。その結果、調査区(20〜40m四方程度)内での個体の放射性セシウム濃度のばらつきについて、95%予測区間の上限と下限との比がどの調査区でも一定とみなせることがわかりました。
写真1福島県田村市のきのこ原木林(2014年5月)
次に、新しく濃度を知りたい調査区について、当年枝の放射性セシウム濃度の測定が必要な個体数を求めることとしました。その調査区での測定値がまだないときには、放射性セシウム濃度の予測値は、既存の測定値全体のばらつきを反映して、95%区間の幅が386倍程度にまでばらつくと推定されました(図1a)。調査区内で測定値が得られたときの予測値を計算すると、当年枝を採取する個体数が増えるにつれて、平均の推定値は調査区の平均に近づき、ばらつきも小さくなっていきます。今回、既往の推奨値なども勘案のうえ、5個体から当年枝を採取して、平均を推定すれば、調査区内の個体の放射性セシウム濃度の分布を一定の精度で予測できると判断されました。
図1 当年枝の放射性セシウム濃度の予測の例。(a) 当年枝の放射性セシウム濃度の測定値がまだないときの予測値の分布(青線)と95%予測区間(青色の領域)。ヒストグラムは418検体の測定値の分布。(b) 濃度が小さい場合に5個体から測定値を得たと想定してシミュレートしたときの測定値(赤丸)と、今回推定された濃度のばらつきの情報を加えて推定した予測値の分布(赤線)および95%予測区間(赤色の領域)。(c) (b)と同様に、濃度が大きい場合を想定してシミュレートした例。
このとき、95%予測区間の上限と下限との比はおよそ23倍に収まると予測されました。図1に、濃度が小さい場合と大きい場合のそれぞれについて、5個体から測定値を得たとした場合の、濃度の予測分布を示します(図1b〜c)。
今後の展開
原木林が利用再開できるかどうかは、放射性セシウム濃度の調査の結果次第となります。このため、森林所有者やきのこ原木生産者の方にとって、特定の原木林が将来利用可能かどうかは重要な情報となります。今回明らかにした、調査区内での放射性セシウム濃度の予測区間の最大値・最小値の比を一定と見なせるという知見は、原木の出荷が可能な林分の特定に直結するものではありませんが、将来的な調査手法の効率化や原木の放射性セシウム濃度予測手法の確立に欠かせない重要な知見といえます。これは、今後の原木林の管理計画の立案にも寄与するものです。
論文
論文名:Variability in radiocesium activity concentration in growing hardwood shoots in Fukushima, Japan
著者名:Hiroki Itô, Satoru Miura, Masabumi Komatsu, Tsutomu Kanasashi, Junko Nagakura, Keizo Hirai
掲載誌:PLOS ONE
DOI:10.1371/journal.pone.0293
研究費:農研機構生研支援センター イノベーション創出強化研究推進事業 28028C 「利用可能な原木林の判定及び予測技術の開発」
共同研究機関
福島大学環境放射能研究所
用語解説
*1 放射性セシウム濃度
放射線を放出するセシウムの濃度。東京電力福島第一原子力発電所事故では主にセシウム137と134が放出されました。本研究では、放射性セシウムのうち半減期30年のセシウム137を解析対象としました。半減期2年のセシウム134の放射能は事故当初の100分の1近くに低下しており、長期的な放射能汚染への影響が小さいためです。
*2 当年枝
樹木が、春以降に新しく伸ばした枝。原木の放射性セシウム濃度は、当年枝の放射性セシウム濃度と関係があり、後者は前者の指標として用いることが可能です。
お問い合わせ先
研究担当者:
森林総合研究所 震災復興・放射性物質研究拠点 拠点長 篠宮佳樹
広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係