熱伝導の異方性が温度で逆転するシリコンナノ構造を実現~和装柄構造で半導体デバイスの進化に貢献~

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2024-04-05 東京大学

○発表のポイント:
◆高性能コンピューターやモバイル端末に用いられる半導体デバイスの小型化により、排熱が課題となっており、高度な熱管理技術への需要が高まっています。
◆和装柄の一つである青海波に着目し、熱を運ぶ粒子の「フォノン」の指向性を利用することで、熱伝導の異方性を温度で逆転させる構造を実現しました。
◆本構造の実現により、半導体デバイスの熱管理技術に新展開をもたらし、発熱の激しい先端半導体などの発展に貢献することが期待されます。

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青海波デザインとそのナノ構造の電子顕微鏡写真および熱伝導の異方性の温度依存性

○概要:
東京大学 生産技術研究所のキム ビョンギ 特任助教、野村 政宏 教授らは、電子材料に用いられるシリコンにおいて、熱を運ぶ準粒子(注1)であるフォノンの準弾道的輸送(注2)を積極的に利用することで、80 K(ケルビン、80 Kはマイナス193℃)付近で熱伝導率の異方性(注3)を逆転させる構造を実現しました。本研究では、日本の伝統的な和装柄の一種である青海波に着目し、フォノンの平均自由行程(注4)より小さい構造にすることで、熱伝導率の異方性を4 Kで約0.8から300 Kで約1.2に逆転させることに成功しました。この成果は、適切なナノ構造を形成することで、熱流方向を温度帯で制御することが可能であることを示し、半導体デバイスの熱管理に広く応用できるため、AIコンピューティングやモバイル通信機器などに用いられ、ユビキタス社会の発展に貢献することが期待されます。

○発表内容:
〈研究の背景〉
半導体デバイスの小型化と高密度化が進んでおり、電子機器の性能や信頼性、寿命などに大きく影響する熱管理が重要性を増しています。特に、ナノ構造での熱伝導現象は、巨視的な系での場合とは異なり、フォノンの準弾道的な性質と表面による散乱の影響が顕著に現れます。そのため、シリコンをはじめとする半導体材料のナノ構造における特殊な熱伝導現象を理解し、熱流の制御に応用を図る研究が盛んに行われてきました。近年では、脱炭素社会に向けた半導体デバイスの熱管理や環境における未利用熱を利用した熱電変換技術の開発が進んでいます。
従来、熱伝導は方向性がないため、異方性をもつ構造を実現できれば、熱が伝わりやすい方向を決めることができます。そのため、電子デバイス内部の発熱が激しい箇所からの熱が、温度を上昇させたくない部分を避けて逃がすようにするなど、新しい熱設計の自由度を提供することが期待されます。これまでに、黒リン、酸硫化チタン、テルル化タングステンなど、材料自体が異方性をもつ2次元材料が研究されていますが、等方的な材料にナノ構造を形成し、さらに温度によって熱が逃げやすい方向を逆転させる機能は実現されていませんでした。

〈研究の内容〉
本研究は、熱伝導の異方性を持つナノ構造として、日本の伝統的な和装柄の一つである青海波に着目しました。図1に、青海波ナノ構造における熱の伝わり方の概略図を示します。室温付近(図1の上段)では、フォノンの指向性が弱く、ランダムな方向に散乱しながら高温側から低温側(図の左から右方向)に拡散的に熱が伝わります(拡散的熱輸送領域)。温度差が波形状に垂直な構造(右側の図)では、波形状に平行な構造(左側の図)と比較して、熱が伝わりにくい構造となっており、熱伝導率は低くなります。一方で、温度を80 K以下にすると(図1の下段)、フォノンの平均自由行程が長くなってまっすぐ進みやすくなり、ナノ構造に沿った方向に指向性を持って伝わりやすくなります(準弾道的熱輸送領域)。波形状に平行な構造(左側の図)では、フォノンの指向性によりフォノンの逆流が生じて熱伝導率が減少します。

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図1. 青海波ナノ構造における熱の流れと熱伝導率の異方性が温度で逆転することを示す概念図
温度が高い場合(上段の図)、フォノンが拡散しながら熱が伝わるため、波形状に垂直な構造(右側の図)では、熱伝導に寄与しない流れ(上段右図の黒い矢印)が生じるため熱伝導率が低くなる。温度が低い場合(下段の図)フォノンが弾丸のように長い距離を移動することから、波形状に平行な構造(左側の図)では、逆流するフォノン(黒い矢印)が発生し、熱伝導率が低くなる。すなわち、80 Kを境にしてフォノンの指向性の有無が変わることで、熱伝導率の異方性が逆転する。


図2は、熱伝導率測定のために作製したサンプルの電子顕微鏡像と、4~300 Kの温度範囲での熱伝導率の測定を行って求めた熱伝導率の異方性(温度勾配が波に平行な構造と垂直な構造の熱伝導率の比)の結果を示します。80 K以下では、フォノンの指向性に起因する逆流のため、波に平行な構造が低い熱伝導率を示しますが、80 K以上になって指向性が消失して拡散的な熱伝導になると、波に垂直な構造よりも高い熱伝導率を示すことがわかります。すなわち、温度を変えることで熱の流れやすい方向を90度変えることができます。モンテカルロ法(注5)を用いて青海波ナノ構造に熱が伝わる様子をシミュレーションし、実験結果が再現されることを確認しました。

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図2. 青海波ナノ構造電子顕微鏡写真と熱伝導の異方性の温度依存性
(左)シリコン薄膜に作製した青海波ナノ構造。(右)80 Kを境にフォノンの指向性の有無が変化して熱伝導のメカニズムが変わり、熱伝導率の異方性が逆転する。

〈今後の展望〉
本研究で示したナノワイヤネットワーク構造や材料をさらに探求し、高い温度まで指向性を維持することで、熱伝導の異方性を室温でも実現できることが期待できます。温度によって異方性が逆転するコンセプトは、半導体デバイスの放熱設計に応用できると考えられ、半導体デバイスの信頼性の確保や長寿命化につながる熱管理を可能にします。また、熱機能材料や熱機能デバイスにも適用可能で、熱エネルギーの有効利用にも効果が期待できるため、脱炭素社会の実現に貢献することが期待できます。

○発表者:
東京大学 生産技術研究所
キム ビョンギ 特任助教
野村 政宏 教授

○論文情報:
〈雑誌名〉ACS Nano
〈題名〉Anisotropy reversal of thermal conductivity in silicon nanowire networks driven by quasi-ballistic phonon transport
〈著者名〉B. Kim*, F. Barbier-Chebbah, Y. Ogawara, L. Jalabert, R. Yanagisawa, R. Anufriev, and M. Nomura*
〈DOI〉10.1021/acsnano.3c12767

○研究助成:
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業「基盤研究(A)(課題番号:21H04635)、若手研究(課題番号:23K13260)」、科学技術振興機構「先端的カーボンニュートラル技術開発(課題番号:JPMJAN23E3)」、天田財団「奨励研究助成(若手研究者)(課題番号:AF-2022237-C2)」、韓国生産技術研究院 International Joint R&D Project for the Industrial Technology(課題番号:JE230027)などの支援により実施されました。

○用語解説:
(注1)準粒子
物性物理学で、相互作用のある系の中での振る舞いを一つの粒子として扱うことのできる仮想的な概念のこと。

(注2)準弾道的輸送
物性物理学で、エネルギーを輸送する粒子が他の粒子と相互作用せず、弾丸のように直線的に運動すること。

(注3)異方性
物質の物理的性質が方向によって異なること。

(注4)平均自由行程
運動する粒子が、お互いに衝突などにより大きくエネルギーと進行方向を変えるまでに移動する平均距離のこと。

(注5)モンテカルロ法
反復的な無作為抽出により数値計算結果を近似するアルゴリズムのこと。

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
教授 野村 政宏(のむら まさひろ)

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