ヒトの目には見えないオーロラを初撮像

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2024-03-14 国立極地研究所,東北大学,電気通信大学,産業技術総合研究所

国立極地研究所の西山尚典助教、小川泰信教授を中心とする、東北大学、電気通信大学、産業技術総合研究所などの研究グループは、北極スバールバル諸島のロングイヤービンにおける観測から、世界で初めて波長1.1µmで発光するオーロラを撮像することに成功しました。本成果は、空の明るい夏の時期や昼間など、地上からの観測の難しい「日照下オーロラ」の撮像につながる技術であり、多様なオーロラの生成メカニズムの解明への貢献が期待されます。

ヒトの目には見えないオーロラを初撮像本研究の成果概要

研究の背景

これまでのオーロラの光学観測は、緑色や赤色、青色といったヒトの目が認識できる可視光線と呼ばれる波長を使うことで発展してきました。古くは1地点の観測点で取得した画像データの解析が主流でしたが、2000年以降、北米や北欧における地上光学観測の多点化・ネットワーク化が進むと、地理的に隣り合う画像データをつなぎ合わせることでグローバルなオーロラ現象(経度幅 ~100°)の分析が可能となりました。しかしながら、地上光学観測ネットワークはオーロラ出現領域を「地理的には」カバーしている一方で、夜が明けて、観測点が昼に近づいてくると、空が明るすぎるため、微弱な発光であるオーロラの検出が難しいという問題があります。その解決策の一つと期待されているのが、可視光線よりも波長の長い短波長赤外領域(1.0µm -1.6µm)によるオーロラ観測です。この波長帯では、太陽光は可視光線よりも地上に届きにくい性質があり(図1)、またオーロラ自体は、可視光線にも劣らない明るいオーロラが存在することが1970-80年代の研究で明らかになっています。しかし、1990年代以降、この波長帯を使ったオーロラの研究はほとんど実施されておらず、短波長赤外領域を用いたオーロラ観測における技術革新やその実証が待たれていました。

図1:太陽が地平線より5°上にある時に真上を見上げた際の空の明るさを波長ごとに計算した結果。紫、緑、赤の縦破線は代表的なオーロラの波長(色)を示す。本研究では縦の黒破線で示す短波長赤外の1100nm(=1.1μm)でオーロラを初観測した。紫や緑、赤に比べて太陽の明るさが3分の1以下であることがわかる。

研究の内容

研究グループは、短波長赤外領域の光に感度を持つInGaAs検出器(注1)をオーロラ観測用に導入し、光学系は監視カメラ用のレンズなどを利用することで、比較的安価ながらも高性能な分光器(注2)とカメラを開発しました(図2)。


図2:短波長赤外の1.1μmのオーロラ観測を目的に開発されたイメージング分光器(左)とカメラ(右)

これらの観測機器をスバールバル諸島のロングイヤービンに設置し、波長1.1µmで光るオーロラの撮像と分光観測を世界で初めて成功させ(2023年1月21日現地時刻の19時45分前後)、30秒以下の高い時間分解能での測定能力を実証しました(図3)。また大型レーダーであるEuropean Incoherent Scatter Svalbard Radar(ESR、図4)(注3)との同時観測データの解析から、短波長赤外オーロラの発光する中心高度が100km – 120kmであることを突き止め、宇宙空間より降り込むエネルギーの比較的高い電子がこの発光に直接寄与していることを示しました。


図3:(左)分光器で取得された波長1.1μmのオーロラ発光スペクトル。大気光と呼ばれる非オーロラ発光成分に比べて10倍程度明るいことが分かる。(右)同じタイミングでカメラから取得された波長1.1μmのオーロラの画像。アルファベットのZのように湾曲した帯状のオーロラが出現していた。

図4:観測所から望むESRの2つのパラボラアンテナ。左が直径32m、右が直径42mで、本研究では42mのアンテナによる観測データを使用した。

今後の展望

InGaAs検出器は食品や半導体、歴史的美術品などの多岐に渡る非破壊検査(注4)での需要が高く、その性能は近年著しく向上し続けています。現在のオーロラ観測は可視光線によるものが主流ですが、InGaAs検出器の技術躍進に加えて、短波長赤外領域では「空が可視光線より暗い」「雲などの影響を受けにくい」といった特色を考えると、今後は短波長赤外領域によるオーロラ観測がますます重要となるでしょう。本研究で初めて実証された技術は、地上からの観測の難しい「日照下オーロラ」の撮像につながる技術であり、多様なオーロラの生成メカニズムの解明への貢献が期待されます。今回は夜間の撮像を報告しましたが、現在太陽活動の長期的な上昇期にあり、日照の時間帯に強いオーロラ現象が今後出現することで、現装置による日照下オーロラの観測の機会もあると考えられます。また、米国の研究グループによって、米国のマクマード南極基地から50km高度まで飛翔する大型気球に搭載させたInGaAsカメラを用いて日照下オーロラを撮像するミッションの準備が進められており、地上観測だけではなく大型気球や科学衛星などのプラットフォームへの応用を進めることで、地球の大気・オーロラに加えて太陽系惑星の大気観測にも大きな貢献が予想されます。

発表論文

掲載誌:Earth, Planets and Space
タイトル:The first simultaneous spectroscopic and monochromatic imaging observations of short-wavelength infrared aurora of N2+ Meinel (0,0) band at 1.1μm with incoherent scatter radar
著者:
西山 尚典(国立極地研究所 先端研究推進系 助教)
鍵谷 将人(東北大学大学院 理学研究科 助教)
古舘 千力(電気通信大学大学院 情報理工学研究科 博士前期課程2年)
岩佐 祐希(産業技術総合研究所 物理計測標準研究部門 研究員)
小川 泰信(国立極地研究所 共同研究推進系 教授)
津田 卓雄(電気通信大学大学院 情報理工学研究科 准教授)
Peter Dalin(スウェーデン宇宙物理学研究所 研究員)
土屋 史紀(東北大学大学院 理学研究科 教授)
野澤 悟徳(名古屋大学 宇宙地球環境研究所 准教授)
Fred Sigernes(University centre in Svalbard 教授)
URL:https://earth-planets-space.springeropen.com/articles/10.1186/s40623-024-01969-x
DOI:
10.1186/s40623-024-01969-x
論文公開日:2024年2月15日

研究サポート

本研究はJSPS科研費(若手研究A: JP17H04857、基盤研究B: JP20H01955, JP20H01962, JP21H01144)、島津科学技術振興財団、放送文化基金(技術開発)の助成を受けて実施されました。

注1:InGaAs検出器
インジウム(In)とガリウム(Ga)とひ素(As)からなる化合物半導体。通常のカメラなどに用いられるシリコン(Si)による半導体が可視光の光を効率良く吸収するのに対し、より波長の長い光(通常は0.9µm – 1.6µm)を吸収し、電気信号を発生させる性質がある。これにより、InGaAs検出器に入ってくる短波長赤外の光の量を電気信号の大きさとして取得することが出来る。

注2:分光器
様々な波長を含む光を、波長ごとに分離させることを「分光」といい、太陽光をプリズムを通すことで紫から赤までの虹を作ることも分光の一種である。分光器は様々な波長の成分が重なった光を分光し、測定したい波長範囲の光を検出器で受けることで、細かい波長ごとの光の強度(スペクトル)を測定する装置。本研究で開発した分光器は、スリット、透過型回析格子、光フィルター、InGaAs検出器から構成されている。

注3:European Incoherent Scatter Svalbard Radar
スバールバル諸島のロングイヤービン(北緯78°、東経16°)に設置されている、直径42mと32mのパラボラアンテナ2台を運用する大型大気レーダー。日本、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、英国、中国の6ヶ国によるEISCAT科学協会が運営。強力な電波を上空に向けて発射し、大気中で散乱され戻ってきた微弱な電波を検出することで、オーロラ発生時に密度が増える電子の詳細な観測が可能である。

注4:非破壊検査
検査の対象物や梱包を壊すことなく、製品表面や内部の損傷・劣化、不純物や異物の混入を調べる検査技術。短波長赤外の光は物質を透過しやすい性質があるため、密閉された容器内の食品の検査や、半導体デバイスの内部の品質評価などに活用されている。

お問い合わせ先

研究内容について
国立極地研究所 先端研究推進系 宙空圏研究グループ 助教
西山 尚典(にしやま たかのり)

東北大学大学院 理学研究科 地球物理学専攻 助教
鍵谷 将人(かぎたに まさと)

東北大学大学院 理学研究科 地球物理学専攻 教授
土屋 史紀(つちや ふみのり)

電気通信大学大学院 情報理工学研究科 情報・ネットワーク工学専攻 准教授
津田 卓雄(つだ たくお)

産業技術総合研究所 計量標準総合センター 研究員
岩佐 祐希(いわさ ゆうき)

報道について
国立極地研究所 広報室
国立大学法人 東北大学大学院 理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
国立大学法人 電気通信大学 総務部総務企画課広報係
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 ブランディング・広報部 報道室

1702地球物理及び地球化学
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