最先端宇宙観測技術で視る原子核の姿~原子核からの「偏光」を捉える高感度カメラ~

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2024-02-09 理化学研究所,東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構,九州大学,東京都市大学

理化学研究所(理研)開拓研究本部 上野核分光研究室の郷 慎太郎 研究員、上野 秀樹 主任研究員、仁科加速器科学研究センター 宇宙放射線研究室の米田 浩基 基礎科学特別研究員(研究当時)、東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(WPI-Kavli IPMU)の都築 豊 大学院生(研究当時)、高橋 忠幸 教授、九州大学大学院 理学研究院の市川 雄一 准教授、東京都市大学 理工学部の西村 太樹 准教授らの共同研究グループは、宇宙観測技術をベースとした多層半導体コンプトンカメラ[1]を用い、原子核から放出される光(ガンマ線)の偏光[2]を捉え、原子核の内部構造を明らかにできることを示しました。

本研究成果は、希少な不安定核[3]における原子核の魔法数[4]の消失過程など、宇宙の成立や物質の性質の理解の基礎的知見を深めることに寄与すると期待されます。

本研究では、原子核の内部構造を調べるため、多層半導体コンプトンカメラの光に対する高い位置決定精度と検出効率に着目しました。宇宙観測分野では、宇宙空間の全方向から飛来する光を調べます。一方、加速器を用いた地上での原子核の分光実験では、放出されるガンマ線の放射位置と強度を人工的に制御することが可能です。ガンマ線の入射方向を決めた上でその散乱事象を詳細に分析できることから、高感度な偏光測定が実現できると考えました。

そこで、原子核実験と宇宙観測の研究者がタッグを組み、本装置を活用した56Fe原子核の励起状態から放出されるガンマ線の偏光測定を実施しました。その結果、偏光の測定を実証したばかりでなく、その測定の感度は非常に高く、高い検出効率を兼ね備えた革新的な手法であることが分かりました。

本研究は、科学雑誌『Scientific Reports』オンライン版(2月9日付:日本時間2月9日)に掲載されました。

背景

原子核は、陽子と中性子と呼ばれる核子の組み合わせで構成されています。自然界に安定して存在する原子核は約270種ですが、不安定な原子核も含めると約3,000種もの原子核が発見されています。陽子や中性子は、量子力学的にエネルギーが飛び飛びの軌道に入り、量子状態を構成します。近年の研究によって、陽子と中性子の割合がアンバランスな不安定核では、核子が占める準位に異常が生じ、魔法数が消失し、新たな魔法数が出現するなど、安定な原子核では考えられなかった現象が発見されつつあります。

この構造変化を調べるためには、量子状態の内部エネルギー、スピンと呼ばれる自転的性質、およびパリティと呼ばれる偶奇性(反転対称性)を決定することが重要です。しかし、希少な原子核を対象とした研究では、これらの情報の確定に至るための信頼性の高いデータを得ることが困難でした。

量子状態のスピン・パリティを決定するための手法の一つとして、励起状態にある原子核が安定化する際に放出する光(ガンマ線)の偏光を測定し、その性質(電磁遷移)を決定することが挙げられます。原子核分光実験においては、これまでゲルマニウム(Ge)半導体検出器を組み合わせた偏光測定が主に用いられてきました。ただしこの場合、検出器として大体積の半導体結晶を測定に用いる必要があることから、ガンマ線の散乱(コンプトン散乱)の角度分布を詳細に捉えることができず、電磁遷移を識別するための感度と検出効率を両立することが困難でした。そのため、この手法を適用することのできる原子核にも大きな制約が存在しました。高感度かつ高効率なガンマ線偏光測定手法の開発は、希少な原子核を対象とした量子状態のスピン・パリティ決定における不定性を大幅に低減し、原子核構造の変容を捉えるための決定打となる可能性があります。

一方、宇宙観測分野では、宇宙空間の全方向から飛来する光の放射位置を調べるため、光の検出効率と位置決定精度の高い多層半導体コンプトンカメラの開発が進んできました。このカメラを、ガンマ線の放射位置と強度を人工的に制御できる原子核分光実験に用いることによって、ガンマ線の入射方向を決めた上でその散乱事象を詳細に分析し、高感度な偏光測定法が実現できると考えました。

研究手法と成果

共同研究グループは、多層半導体コンプトンカメラを構成するセンサーとして、宇宙観測分野で長年開発されてきたテルル化カドミウム(CdTe)半導体イメージングセンサーに着目しました。CdTeは原子核が放出するガンマ線の典型的なエネルギー帯域に対し高い検出効率を示します。そこで、このイメージングセンサーを20層積層した多層半導体コンプトンカメラ(ガンマ線偏光度計)を活用しました(図1)。この多層半導体コンプトンカメラの考え方は、もとは宇宙観測用として「ひとみ」衛星に搭載された技術がベースとなっています。本実験で用いられたコンプトンカメラは高橋教授および宇宙科学研究所の渡辺伸准教授らが開発したピクセル型のイメージングセンサー技術を用い、原子核から放出されるガンマ線に対し数mmの位置決定精度を持ち、さらには高い検出効率を兼ね備えた革新的な偏光計を実現しています。

CdTe多層半導体コンプトンカメラの図
図1 CdTe多層半導体コンプトンカメラ
(左)CdTe多層半導体コンプトンカメラの外観写真。
(右)CdTe半導体イメージングセンサーを20層重ねている。


多層半導体コンプトンカメラの性能を評価するため、理研のペレトロン加速器[5]施設において加速器実験を実施しました。図2に実験セットアップを示します。加速器から供給された陽子ビームを鉄の薄膜標的に照射し、56Fe原子核の励起状態を生成しました。その後、励起状態から放出されたガンマ線を測定しました。

偏光ガンマ線測定のセットアップの図
図2 偏光ガンマ線測定のセットアップ
測定で得られたガンマ線のスペクトルを図3に示します。56Fe原子核の第一励起状態から放出される847キロ電子ボルト(keV)のガンマ線が、ピーク構造として見られます。

測定で得られたガンマ線のスペクトルの図
図3 測定で得られたガンマ線のスペクトル
測定されたガンマ線のピーク部分を抽出し、多層半導体コンプトンカメラ内でコンプトン散乱を起こした際の散乱方位角の分布を取得しました。図4に測定で得られた散乱方位角の分布と、シミュレーションデータを組み合わせて作成した散乱方位角分布(モデュレーション曲線)を示します。この曲線は、原子核から放出されるガンマ線の偏光方向(電磁遷移)と偏光の度合いによって振幅と位相が変化し、曲線の振幅部分は偏光計の性能を示します。その結果、56Fe原子核の第一励起状態から放出されたガンマ線は電気的遷移であり、得られた偏光度も過去の測定結果と一貫性があることが分かりました。さらに、多層半導体コンプトンカメラの感度を評価した結果、測定の感度が非常に高く、かつ偏光計として実用可能な検出効率を兼ね備えていました。そのため、生成される量が限定的な希少な不安定核から放出されるガンマ線の偏光も捉えることができます。

偏光ガンマ線の散乱方位角分布の図
図4 偏光ガンマ線の散乱方位角分布
CdTe多層半導体コンプトンカメラ(ガンマ線偏光度計)(左)で得られた散乱ガンマ線の散乱方位角の分布(右:黒点)とモデュレーション曲線(右:赤線)。曲線の振幅が大きく、偏光を捉えるための感度が非常に高いことが分かる。

今後の期待

高感度・高効率なガンマ線偏光度測定法の確立によって、希少な不安定核を対象としたガンマ線の偏光測定を通し、原子核の内部構造の詳細に踏み込んだ研究展開が可能となります。今後、希少な不安定核ビームを対象とした測定に本研究成果を応用することで、励起状態のスピン・パリティの決定を通して、原子核の魔法数の消失過程の理解が深まることが期待されます。

補足説明

1.コンプトンカメラ
物質中に入ったガンマ線のうち、コンプトン散乱と呼ばれる、光が電子と衝突し、元の振動数より小さな振動数をもって散乱する現象を観測し、ガンマ線の到来方向を限定することのできる装置。複数の入射ガンマ線のイベントを解析することによって、放射線源を「撮影」することができる。

2.偏光
光や電磁波は電場・磁場が進行方向に対し直行しつつ振動し伝わる波である。ここでの偏光は直線偏光を指し、進行方向に対し常に同一の方向で電場と磁場が振動を繰り返す。

3.不安定核
陽子もしくは中性子のどちらかが安定核に比べて過剰な原子核。短寿命で放射性崩壊を起こすことによって、安定な原子核に変化する。

4.魔法数
原子核は殻構造を持ち、特定の陽子数・中性子数(魔法数)を満たすときに閉殻構造となり、安定化することが知られている。近年の不安定核の研究では、この魔法数が消失し、新たな魔法数によって安定化することが分かってきた。

5.ペレトロン加速器
原子核を2段階で加速するタンデム型の静電加速器。本研究に用いた加速器は最大170万ボルトの高電圧によって荷電粒子を加速することができる。

共同研究グループ

理化学研究所
開拓研究本部 上野核分光研究室
研究員 郷 慎太郎(ゴウ・シンタロウ)
主任研究員 上野 秀樹(ウエノ・ヒデキ)
仁科加速器科学研究センター
宇宙放射線研究室
基礎科学特別研究員(研究当時)米田 浩基(ヨネダ・ヒロキ)
(現 ユリウス・マクシミリアン大学(ドイツ))
計測技術チーム
専任研究員 池田 時浩(イケダ・トキヒロ)

東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(WPI-Kavli IPMU)
大学院生(研究当時)都築 豊(ツヅキ・ユタカ)
(現 理研 仁科加速器科学研究センター 核構造研究部 基礎科学特別研究員)
教授 高橋 忠幸(タカハシ・タダユキ)

宇宙科学研究所
准教授 渡辺 伸(ワタナベ・シン)

九州大学 大学院理学研究院
准教授 市川 雄一(イチカワ・ユウイチ)

東京都市大学 理工学部
准教授 西村 太樹(ニシムラ・ダイキ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「宇宙観測検出器と量子ビームの出会い。新たな応用への架け橋。(研究代表者:高橋忠幸)」、同基盤研究(C)「高感度ガンマ線偏光計を用いた革新的核分光手法の開発(研究代表者:郷慎太郎)」、同特別研究員奨励費「原子物理と検出器物理の融合による高エネルギー光子の量子反応過程の解明(研究代表者:都築豊)」の助成を受けて行われました。

原論文情報

S. Go, Y. Tsuzuki, H. Yoneda, Y. Ichikawa, T. Ikeda, N. Imai, K. Imamura, M.Niikura, D. Nishimura, R. Mizuno, S. Takeda, H. Ueno, S. Watanabe, T. Y. Saito S. Shimoura, S. Sugawara, A. Takamine, and T. Takahashi, “Demonstration of nuclear gamma-ray polarimetry based on a multi-layer CdTe Compton Camera”, Scientific Reports, 10.1038/s41598-024-52692-2

発表者

理化学研究所
開拓研究本部 上野核分光研究室
研究員 郷 慎太郎(ゴウ・シンタロウ)
主任研究員 上野 秀樹(ウエノ・ヒデキ)
仁科加速器科学研究センター 宇宙放射線研究室
基礎科学特別研究員(研究当時)米田 浩基(ヨネダ・ヒロキ)

東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(WPI-Kavli IPMU)
大学院生(研究当時)都築 豊(ツヅキ・ユタカ)
教授 高橋 忠幸(タカハシ・タダユキ)

九州大学 大学院理学研究院
准教授 市川 雄一(イチカワ・ユウイチ)

東京都市大学 理工学部
准教授 西村 太樹(ニシムラ・ダイキ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(WPI-Kavli IPMU)
広報担当 小森 真里奈

九州大学 広報課

東京都市大学 大学運営課(広報担当)

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