次世代有機EL発光材料の発光効率の増幅効果を新理論から発見! ~新原理に基づく高性能な有機EL材料の創出に光~

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2024-02-01 名古屋大学

【ポイント】

・次世代有機EL発光材料の発光効率を増幅する新しい量子機構の理論的発見に成功

・量子過程シミュレーションに必要なパラメータを高精度に推定可能なアルゴリズムの開発に成功

・121個の次世代有機EL材料の計算データから速度定数理論の詳細な解析を実現

【研究概要】

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科の羽飼 雅也 博士前期課程学生、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の柳井 毅 教授、藤本 和宏 特任准教授、国立大学法人 九州大学高等研究院の安田 琢麿 教授らの研究チームは、次世代有機EL発光材料の発光効率を増幅する新しい量子機構の理論的発見に成功しました。

有機ELにおいて電気的に励起された発光分子は、25%の励起一重項状態と75%の励起三重項状態を形成します。非発光性の励起三重項の蓄積は発光量子効率低下の原因となるため、スピン反転注1)によりこれを励起一重項へと変換して発光させる熱活性化遅延蛍光(TADF)機構注2)が注目を浴びています。TADF機構は100%に迫る高い内部量子効率注3)を実現できる一方、スピン反転の効率が低いという課題があり、これを克服するための新たな分子設計理論の確立が待たれています。

本研究では、TADFの律速過程であるスピン反転を飛躍的に高速化する新しい量子機構を発見しました。この量子機構では、分子の振動が誘発するスピン反転効果と、高次の励起三重項状態を用いるスピン反転効果とが協調し合うことでスピン反転が飛躍的に高速化します。この機構に基づく新理論を導き出し、従来理論での見積もりと比べて約1000倍以上のスピン反転速度をもたらす加速効果を生み出すことをシミュレーションから発見することに成功しました。有機EL発光材料の開発は既存の理論に縛られていますが、今後の研究により、本手法が明らかにした新原理に基づく高性能な有機EL発光材料の創出が期待されます。

本研究成果は、2024年2月1日付アメリカ科学振興協会「Science Advances」でオンライン公開されました。

【研究の背景】

有機ELは、超高精細な次世代ディスプレイへの応用に向けて産業・学術の両面から注目を集めています。有機EL素子内では、電気的に励起された有機発光分子の75%は非発光性の励起三重項状態となり、その蓄積は発光量子効率低下の原因となります。これを解決するため、励起三重項状態から逆項間交差(RISC)と呼ばれるスピン反転を経て励起一重項状態へと変換して発光させる熱活性化遅延蛍光(TADF)分子が報告されています。最近では、多重共鳴(MR)効果注4)と呼ばれる分子機構を組み込んだTADF材料(以降、MR-TADF分子と記す)が開発され、高い内部量子収率に加え、スペクトル半値幅が狭く(狭帯域)、色純度の高い発光を与える材料として注目されています。このような進展から、有機ELにおいて励起三重項を高度に利用する道筋が見え、国内外で活発に研究がなされています(図1)。

TADF材料の高性能化の鍵は、律速過程であるRISC過程におけるスピン反転の高速化です。速度定数の予測式として有名なMarcus理論注5)に基づくと、スピン反転の高速化のためには、(i)スピン-軌道相互作用注6)を大きくすること、そして(ii)励起一重項-励起三重項エネルギー差を小さくすることが必要です。この設計指針に従って、様々なMR-TADF分子の開発が進められています。一方で、Marcusの公式では考慮されない量子的効果がRISC過程を加速することが示唆されています。近年になって、分子の振動によって強められる量子効果の重要性が指摘されるようになってきています。これとは独立して、分子が有する第二、第三、…の高次の励起三重項状態がRISC過程の促進に重要な橋渡し役を担うことが示されてきました。しかしながら、これら2つの効果を同時に考慮した計算手法は未開拓でした。

また、励起一重項-励起三重項エネルギー差はTADF分子設計上の重要なパラメータですが、実験的にも理論的にもその決定には課題がありました。以上のように、高い内部量子効率を実現可能なTADF分子の合理的な設計指針の確立に向けて、その基礎理論・計算法の開発は重要な課題です。現状の手探りでの分子開発に対し、高精度なシミュレーションに基づく理論予測から未踏の高性能TADF分子の開発・合成への展開が期待されています。

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図1: 熱活性化遅延蛍光(TADF)分子の発光機構

【研究の内容】

本研究チームは、MR-TADFにおけるRISCの速度定数の新しい予測式を導出しました。その導出では、分子振動に起因するスピン軌道相互作用の増幅効果(HT-SVC効果と呼ぶ)、および複数の三重項状態が複合的にスピン反転を促進する効果(NA-SVC効果と呼ぶ)に着目しました。それぞれ独立した効果ですが、本手法はこの2種類のスピン反転機構を総合して考慮できます。この理論式に基づいて、RISC速度定数をシミュレーションする新しい手法を開発しました。量子化学計算注7)によって算出される分子情報(物理量)を取り入れて評価することが可能です。この計算法を「2nd+HT理論」と命名しました(図2)。

まず、本計算法の性能を検証するため、既知の4つのMR-TADF分子に対してRISC速度定数の計算を行いました。対象分子として、標準材料であるν-DABNAおよび、九州大学の安田教授らによって開発されたBOBO-Z、BOBS-Z、BSBS-Zを選択しました。これらの分子は狭帯域青色TADFを発する有望な有機発光ダイオード(OLED)材料です。2nd+HT理論のほかに、HT-SVC効果を無視した2nd+Condon理論、NA-SVC効果を無視した1st+HT理論、両方を無視した1st+Condon理論、そして古典のMarcus理論を用いたシミュレーションを通じて検証を行いました。その結果、本研究で開発された2nd+HT法は、他の方法の予測値を大幅に改善し、最も良い精度で実験値を再現することが分かりました(図3)。

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図2:2nd+HT理論の概念図。分子振動に起因するスピン軌道相互作用の増幅効果(HT-SVC効果)、および複数の三重項状態が複合的にスピン反転を促進する効果(NA-SVC効果)が考慮される。

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図3:標準材料であるν-DABNAおよび、九州大学の安田教授らによって開発されたBOBO-Z、BOBS-Z、BSBS-Zの分子構造。これらのMR-TADF分子に対して2nd+HT法を用いたRISC速度定数計算を実施した。他の理論手法の予測値を大幅に改善し、最も良い精度で実験値を再現した。

予測精度の向上を目指して、励起一重項-励起三重項エネルギー差(以降、ΔESTと記す)に着目しました。ΔESTの値は実験から推定できますが、先述の検証では、アレニウスの速度定数式注8)に基づき、RISC速度定数の温度依存性から実験的に算出されたΔESTが用いられました。この手法は従来から有効だと考えられているアプローチです。本研究では、上述で開発した2nd+HT理論の速度定数式に基づいて、その温度依存性をシミュレーションし、ΔESTを推定するアルゴリズムを発案しました。そして、この手法(ARPSfit法と呼ぶ)を前述の速度定数計算法に組み入れる理論拡張を行いました。先に示した4つのMR-TADF分子に応用した結果、本手法はRISC速度定数の予測精度を更に改善することが示されました。このことはΔESTの見積もりの信頼性や解釈性が効果的に高められたことを意味します。従来法であるMarcus理論の予測と今回開発された2nd+HT理論の結果の比較から、分子振動が誘発するスピン反転効果と、高次の励起三重項状態を用いるスピン反転効果とが協調し合うことでスピン反転が約1000倍以上加速されることが明らかになりました(図4)。

また、理論公式に基づいて、RISC速度定数の成分分解を行うことにも成功しました。先の4つのMR-TADF分子の速度定数の成分構成には2種類あるという興味深い結果を得ました。ν-DABNAやBOBOは、複数の励起三重項状態(T1〜T4)がRISC過程に寄与することが分かりました(図4)。一方、BOBSやBSBSは、最低励起三重項状態T1から励起一重項状態S1へ直接スピン変換する機構が主要な寄与だと分かりました。特に後者においては、分子振動が誘起するスピン軌道相互作用の増幅効果(HT-SVC効果)の重要性が顕在化した例になります。本研究で提案する2nd+HT理論は、多様な効果を統一的に扱えるのが強みです。

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図4:2nd+HT理論の速度定数式に基づいて、その温度依存性をシミュレーションし、ΔESTを推定するアルゴリズム(ARPSfit法)の概念図(左下図)。ARPSfit法によるΔESTを推定により、RISC速度定数の予測精度が更に改善された(上図)。RISC過程速度に対する励起三重項状態(T1〜T4)の寄与度を分析した(右下図)。

材料開発ではMarcus理論の速度定数式が解析手法として頻繁に用いられています。そこで、その予測性能を評価するため、121個の既報のMR-TADF分子を用いて検証を行いました。その結果、121分子のデータから、Marcus理論が実験値とよい一致を示す場合の条件を突き止めることができました。励起一重項-励起三重項エネルギー差ΔESTと再配向エネルギー(λと記す)の大小に基づいて、データを3つのタイプに分けました。λが比較的大きい場合をタイプ1、 ΔESTとλがともに小さい場合をタイプ2、 λは小さいがΔESTが比較的大きい場合をタイプ3としました。実験値と理論値を比較した結果、タイプ1とタイプ2ではMarcus理論は実験値に近い結果を与える一方で、タイプ3では過小評価することが分かりました。また、量子的効果を考慮できる速度定数法の予測値や近似手続きを解析することで、Marcus理論のタイプ1・タイプ2における予測結果は実は過大評価をはらんでおり、これが実験値とのよい整合性を与えていることを明らかにしました(図5)。以上のように、121個の計算データから速度定数理論の詳細な解析を実現することができました。

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図5:121個の既報のMR-TADF分子を用いた検証。Marcus理論が実験値とよい一致を示す場合の条件は、タイプ1〜3で分類される。

【今後の展開】

本研究では、逆項間交差(RISC)の速度定数を精度良く見積もる新しいシミュレーション法を開発しました。有機発光材料の分子設計は手探りで行われていますが、将来このシミュレーション法が基盤技術として分子探索に活用され、新規かつ高性能なMR-TADF分子の発見につながることが期待されます。高色域化、高輝度化、低消費電力化、ブルーライトの低減など、有機発光材料の性能に対する要求は尽きません。計算化学シミュレーションに基づく予測力の向上と有機合成化学の発展が相乗効果を発揮し、未踏の高性能有機発光材料をより合理的に開発する技術へと発展することが期待されます。

【付記】

本成果は、以下の事業・共同利用研究施設による支援を受けて行われました。

日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤B(21H01881)
研究プロジェクト:「多参照電子論に基づく状態遷移速度計算法:無輻射失活及びプロトン共役電子移動の解析」
研究代表者:柳井 毅
研究期間:2021年4月~2024年3月

科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST(JPMJCR21O5)
研究プロジェクト:「励起ダイナミクス制御に基づく光機能性ヘテロπ電子系の創製」
研究代表者:山口 茂弘
研究期間:2021年10月~2026年3月

日本学術振興会 国際共同研究加速基金(国際先導研究)(22K21346)
研究プロジェクト:「動的元素効果デザインによる未踏分子機能の探究」
研究代表者:山口 茂弘
研究期間:2022年12月~2029年3月

日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤A(21H04694)
研究プロジェクト:「有機エキシトニクスの攻究と新発光機能の開拓」
研究代表者:安田 琢麿
研究期間:2021年4月~2025年3月

文部科学省・共同利用・共同研究システム形成事業 「学際領域展開ハブ形成プログラム」(JPMXP1323015482)
研究プロジェクト:「マルチスケール量子-古典生命インターフェース研究コンソーシアム」
研究代表者:井上 圭一
研究期間:2023年10月~2033年3月

計算科学研究センター(Research Center for Computational Science) 施設利用
研究代表者:柳井 毅
研究期間:2023年4月~2024年3月
課題番号:23-IMS-C087

【用語説明】

注1)スピン反転:
励起三重項状態から励起一重項状態へ状態遷移する量子的過程。逆項間交差(RISC)とも呼ばれる。電子のスピンには2種類(↑と↓)ある。スピン反転過程とは二電子のスピンの構成が、↑↑(励起三重項)から↑↓(励起一重項)へと変化する描像として理解される。励起一重項状態と励起三重項状態の間で働くスピン軌道相互作用によってこのスピン反転変換は起こる。

注2)熱活性化遅延蛍光(TADF)機構:
熱的効果により、励起三重項状態が励起一重項状態へとスピン状態遷移を起こす分子機構。励起三重項状態を介して励起一重項状態から時間遅延を伴って発光するものは熱活性化遅延蛍光(Thermally Activated Delayed Fluorescence:TADF)と呼ばれる。TADFを利用することで、有機ELの内部量子効率を100%まで高めることが可能となる。

注3)内部量子効率:
発光素子(有機EL)や光電変換素子において用いられる効率を表す指標の1つ。素子内部に注入された電子数と形成された光量子数の比で表される。有機ELにおいては、内部量子効率の理論限界は一般的に、蛍光素子の場合~25%、りん光素子やTADF素子の場合~100%とされている。

注4)多重共鳴(MR)効果:
π電子共役系は、複数の共鳴構造で書き表すことができる。共鳴構造の中には、アニオンやカチオンを持つ共鳴構造があるため、その寄与が大きければ、実際のπ電子系には偏りが生じることになる。価電子の数が異なるホウ素や窒素を炭素共役π電子系に導入することで、アニオンやカチオンを持つ共鳴構造の寄与を増大することができることが関西学院大学(現所属は京都大学)の畠山 琢次 教授らによって示された。これを多重共鳴効果と呼ぶ。

注5)Marcus理論:
相互作用の弱い電子ドナー-電子アクセプターの系における電子移動の速度定数を予測する古典的理論モデルであり、その解析公式が提示されている。Marcusの速度定数公式は、本来は非断熱遷移での電子移動を記述する理論であるが、光励起した三重項状態から一重項状態への遷移の速度式としても用いられる。

注6)スピン-軌道相互作用:
電子のスピンとそれ自体の運動とが相互作用する量子的・相対論的効果。スピン反転変換はこの相互作用によってもたらされる。

注7)量子化学計算:
量子力学の方程式(シュレーディンガー方程式)を数値的に解くことにより、分子や集合体の構造情報からそのエネルギー予測や電子構造を解析する計算化学的アプローチ。電子レベルで物質を精密にシミュレーションすることで、分子構造や励起状態、振動状態を高い信頼性で予測することができる。

注8)アレニウスの速度定数式:
アレニウス式は、反応速度の温度依存性を表す式である。この式では、反応の速度定数の自然対数は温度の逆数に比例する。そして、その傾きは負の活性化エネルギーに比例する。

Information

論文タイトル
Extended theoretical modeling of reverse intersystem crossing for thermally activated delayed fluorescence materials

著者
羽飼 雅也*(名古屋大学)、稲井 直人、安田 琢麿*(九州大学)、藤本 和宏*(名古屋大学)、柳井 毅*(名古屋大学)(*は責任著者)

雑誌名
Science Advances

DOI
10.1126/sciadv.adk3219

発行年月
2024年2月

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