光メモリ材料における結晶変化の超高速モニタリングが可能に!~サンプルフロー型超高速時間分解X線回折法の開発~

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2024-01-24 東京大学

大越 慎一(化学専攻 教授)
所 裕子(筑波大学数理物質系 教授)
エリック・コレット(レンヌ大学 教授)

発表のポイント

  • 光メモリ材料における光相転移は不可逆なため、その構造変化を追跡することはこれまで難しいとされてきました。今回開発したサンプルフロー型超高速時間分解X線回折法により、時間分解能35ピコ秒で超高速モニタリングできる技術を開発しました。
  • 本手法を用いてルビジウム-マンガン-コバルト-鉄プルシアンブルーの実証実験を行い、光照射後の構造変化を超高速かつ精度よく測定できることを示しました。
  • 室温における光相転移はメモリやフォトニックデバイス等にも用いられる現象であり、本測定法の活用が期待されます。

光メモリ材料における結晶変化の超高速モニタリングが可能に!~サンプルフロー型超高速時間分解X線回折法の開発~
サンプルフロー型超高速時間分解X線回折法の開発

発表概要

光記録材料の室温における光相転移は不可逆な現象で、ワンショットのレーザー光照射で引き起こされるため積算測定ができず、相転移の経時変化を観測することが難しい現象です。

今回、東京大学大学院理学系研究科の大越慎一教授(フランスCNRS国際共同研究所DYNACOMディレクター(注1))と筑波大学数理物質系の所裕子教授(CNRS DYNACOM兼務)、フランスレンヌ大学エリック・コレット教授(CNRS DYNACOM副ディレクター)の共同研究チームは、超高速X線回折によって結晶構造の変化をモニターできるように、光照射により相転移した物質を、X線回折を観測した後に、物質を分散させた液を流して(フローして)冷却することで初期化し、再度光照射を行うことができるサンプルフロー型超高速時間分解X線回折という新しい測定法を開発しました。欧州放射光施設(European Synchrotron Radiation Facility:ESRF)のビームラインにおいて、その手法を用いて、ルビジウム-マンガン-コバルト-鉄プルシアンブルー化合物(Rb0.94(Mn0.94Co0.06)[Fe(CN)6]0.98(注2)における光相転移の結晶構造変化の様子の観測に成功しました。今回開発したサンプルフロー型超高速時間分解X線回折の活用により、光書き込み・光消去などの不可逆的な現象の時間ダイナミクスの研究の進展が期待されます。

発表内容

光相転移は、光によって2つの状態間をスイッチングする現象で、光によって駆動するフォトニックデバイスやメモリ、アクチュエータなどの動作原理となる重要な現象です。実用的観点から、光相転移が室温で起こること、2つの状態をスイッチングできる温度領域が広いこと、すなわち相転移物質としての温度ヒステリシス(注3)が広いことが重要です。

光相転移を駆動する根本的な物理メカニズムを理解することは材料を開発する上で大切です。しかしながらこれまでは、温度ヒステリシス内における光相転移は、一度でもレーザー光を照射すると、一瞬で相転移をするため、室温での相転移の過程を観測することは困難でした。そこで、研究チームはサンプルフローシステムを用いた超高速時間分解X線回折を開発しました。実証例として、ルビジウム-マンガン-コバルト-鉄プルシアンブルー化合物(Rb0.94(Mn0.94Co0.06)[Fe(CN)6]0.98)の室温における光誘起相転移現象を測定しました。

今回、新たに合成されたルビジウム-マンガン-コバルト-鉄プルシアンブルーは、電荷移動型の相転移を示します。高温側ではMnII-NC-FeIIIという電荷状態(High temperature (HT)相)を取り、冷却によりMnIII-NC-FeIIという電荷状態(Low temperature (LT)相)へと相転移を示しました。図1に、その様子を示します。冷却時は−20℃(253 K)で、HT相からLT相に相転移し、昇温時には、+55℃(328 K)でLT相からHT相へと相転移します。温度ヒステリシスの温度幅は、室温を跨いで75 Kという大きな値でした。この物質では、レーザー光照射によってLT相からHT相への相転移を室温で誘起することができます。図1aに示すように、レーザー光を照射した箇所で色変化が起こり、高温相が生成されます。


図1:ルビジウム-マンガン-コバルト-鉄プルシアンブルーにおける光相転移と、サンプルフローシステムを用いた超高速時間分解X線回折の概略図
(a)ルビジウム-マンガン-コバルト-鉄プルシアンブルー薄膜に室温でレーザー光照射を行った写真。LT相(MnIII-NC-FeII)と、HT相(MnII-NC-FeIII)の間の色変化を示す。LT相から始まり、レーザー励起(120 W/cm2、スポットサイズ0.2 mm2、3秒照射)により光相転移が起こり、レーザースポット位置での色変化(緑矢印の先に写っているスポット)が観測される。(b)磁化率×温度 vs. 温度プロットにおける、LT相とHT相の間の温度ヒステリシス。挿入図は、LT相およびHT相の電子配置の模式図。(c)サンプルフローシステムを用いた超高速時間分解X線回折。溶液中に分散させたルビジウム-マンガン-コバルト-鉄プルシアンブルーの微小結晶(サイズは1マイクロメートル程度)を、液体ジェットを通して循環させる。温度ヒステリシス内のレーザー光照射により結晶をLT相(青)からHT相(赤)に変換し、時間遅延(Δt)でX線ビームを照射して結晶構造の変化を調べる。リザーバー内の分散液は冷却装置(転移温度以下の230 K)を通って循環し、結晶を基底のLT相に戻してから、室温で新たにレーザー光を入射する。


本研究では、欧州放射光施設(European Synchrotron Radiation Facility:ESRF)にてサンプルフローシステムを用いた超高速時間分解X線回折法を開発しました。この方法は、溶液中に分散させた結晶に光照射を行うと同時に、超高速時間分解X線回折測定を行うことで、光相転移における結晶構造変化を調べるものです。重要なポイントは、溶媒に分散させた結晶をフローし、循環させることで光照射により相転移をした結晶を、冷却器を通して元の結晶構造に初期化することができるため、測定の積算が無限にできるようになり、温度ヒステリシスの中であっても結晶構造の変化の情報を超高速かつ詳細に得ることができるという点です。なお、超高速時間分解X線回折の時間分解能は35ピコ秒です。

ルビジウム-マンガン-コバルト-鉄プルシアンブルーにおける光相転移について、この手法を用いて実証実験を行いました。その結果、LT相からHT相への光相転移は、閾値以上のレーザー光強度で起こることが分かりました(図2)。また、温度ヒステリシス内においてLT相とHT相の間のエネルギー障壁が、次の2つの重要な役割を担っていることが分かりました(図3)。1つ目は、光相転移の際にLT相の結晶構造を不安定化させて転移が起こるようにするためには、臨界的な体積膨張が必要であり、これが相転移におけるレーザー光強度の閾値の役割を担っていることです。2つ目は、この体積膨張によって、光で誘起されるHT相が安定化し、長時間維持することができるということです。

サンプルフローシステムを用いた超高速時間分解X線回折は、室温スイッチングを示す光駆動デバイス、メモリ、またはアクチュエータの測定に非常に有望です。今後様々な光機能性材料における不可逆現象のダイナミクスの研究への活用が期待されます。


図2:超高速時間分解X線回折におけるレーザー光強度依存性
LT相のルビジウム-マンガン-コバルト-鉄プルシアンブルー結晶にレーザー光を照射して、X線回折パターンがどのように時間で変化するのかを示したものである。t= 0はレーザー光を照射した時間を表す。光照射は室温で行われ、3つの異なる光強度(低強度(15 mJ cm−2 )、中強度(36 mJ cm−2)、高強度(115 mJ cm−2))で実施された。


図3:今回観測された光相転移のメカニズム
(a)温度ヒステリシス内で低強度のレーザー光を照射した場合。上図はランダウポテンシャルGと強弾性歪ηの関係、下図は結晶がどのように変化するかの模式図を示している。上LT相に弱いレーザー光を照射すると、体積膨張が小さいために、強弾性歪のずれが大きくならず、光励起正方晶(PT相)は元のLT相に戻る。(b)温度ヒステリシス内で高強度のレーザー光を照射した場合。大きな体積膨張∆Vが100 ps以内に起こるため、正方晶結晶構造が不安定化し、立方晶相(η = 0)に転移する。生成した光誘起立方晶相(PIC)相はエネルギー障壁のために持続され、平衡状態でHT相となる。(c)レーザー光強度が低い場合と高い場合の経時変化のスキーム。

論文情報
雑誌名
Nature Communications論文タイトル
Ultrafast and persistent photoinduced phase transition at room temperature monitored by streaming powder diffraction

著者
Marius Hervé, Gaël Privault, Elzbieta Trzop, Shintaro Akagi, Yves Watier, Serhane Zerdane, Ievgeniia Chaban, Ricardo G. Torres Ramírez, Celine Mariette, Alix Volte, Marco Cammarata, Matteo Levantino, Hiroko Tokoro*, Shin-ichi Ohkoshi*, Eric Collet*

DOI番号
10.1038/s41467-023-44440-3

研究助成

科研費「基盤A(課題番号:20H00369)」、JST「創発支援事業(課題番号:JPMJFR213Q)」フランスCNRS国際共同研究所 IRL DYNACOMの支援により実施されました。

用語解説

注1  フランスCNRS国際共同研究所DYNACOM(Dynamical Control of Materials)
フランス国立科学研究センター(CNRS)、東京大学、レンヌ大学により2022年から始まった光相転移現象の高速時間ダイナミクスを研究する国際機関。欧州放射光施設やスイスX線自由電子レーザー施設などと連携して研究を展開している。

注2  ルビジウム-マンガン-コバルト-鉄プルシアンブルー化合物(Rb0.94(Mn0.94Co0.06)[Fe(CN)6]0.98
本物質の母材であるルビジウム-マンガン-鉄プルシアンブルー(RbMn[Fe(CN)6])は、2002年に大越らによって初めて報告された化合物である[S. Ohkoshi, et al., J. Phys. Chem.B, 106, 2423 (2002)]。本研究の物質は、マンガン(Mn)の一部をコバルト(Co)で置換した物質である。

注3  温度ヒステリシス
相転移物質では、温度を変化させて相転移が起こるとき、冷却過程と加熱過程で相転移が起こる温度が異なる場合がある。このときの温度の差を、温度ヒステリシスという。

1700応用理学一般
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