グラフェン層間に2層アルカリ金属の最密配列を発見 ~電池容量を増大させる可能性を示唆~

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2024-01-24 産業技術総合研究所

ポイント

  • グラフェン層間におけるアルカリ金属の2層構造を発見
  • グラフェン層間のアルカリ金属は、グラファイト表面の層間に特有の拡張性により最密充填される
  • 電気自動車や通信機器に向けた2層〜少数層グラフェン電極による大容量二次電池の開発に期待

グラフェン層間に2層アルカリ金属の最密配列を発見 ~電池容量を増大させる可能性を示唆~

アルカリ金属は、2層グラフェンに挿入される際に六方最密充填の2重層を形成します。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)ナノ材料研究部門 電子顕微鏡グループ 林 永昌 主任研究員、大阪大学 末永 和知 教授、東京工芸大学 松本 里香 教授、九州大学 吾郷 浩樹 教授、台湾国立清華大学 Chiu Po-Wen(邱博文)特別教授らは、炭素原子が1個の厚さで六角形の格子状に並んだグラフェンの層間に高密度でアルカリ金属を挿入する技術を開発し、原子の配置構造を直接観察することに成功しました。

二次電池の性能は、電気自動車の走行距離やスマートフォンの使用時間などに影響を与える主要な指標の一つです。二次電池が、より大きな電気容量を蓄積できるようになれば、これらの電子デバイスの性能を向上させることができます。電池の電極材料である黒鉛(グラファイト)は、グラフェンが層状に重なり、層間に配置されたアルカリ金属が電子を受け渡すことで、充電・放電を行います。もし、グラフェン層間に高密度でアルカリ金属を充填(じゅうてん)できれば、電気容量が向上するでしょう。

過去百年にわたり、X線や電子回折の測定を通じて、グラフェン層間には単層のアルカリ金属しか充填できないと広く認識されており、各層が完全に充填された状態が理論的な充電極限と考えられてきました。しかし、層間アルカリ金属の原子配置を直接観察し、グラフェン層がアルカリ金属原子を単層でしか収容できないのか、それとも他の技術によって、より高密度または複数層のアルカリ金属を収容できるのかを検証する研究報告はありませんでした。

私たちは、グラフェンの間にアルカリ金属を高密度に挿入する技術を開発しました。高性能電子顕微鏡により、層間のアルカリ金属原子の配置構造を直接観察することにも成功しました。電極として広く用いられてきたグラファイトには、1層構造のみが形成されますが、グラフェン層間のアルカリ金属は、グラファイト表面のグラフェン層間に特有な層間隔の柔軟な拡張性により、およそ2倍のアルカリ金属を挿入できる2層構造で最密充填されることを発見しました。アルカリ金属を2層に挿入したグラフェンを積層できれば、それを電極材料にしてアルカリイオン二次電池の大容量化が期待されます。

なお、この技術の詳細は、2024年1月24日(イギリス時間)に「Nature Communications」に掲載されます。

開発の社会的背景

脱炭素社会の実現と人、モノ、サービスがつながった高度情報化社会の実現に向けて、電気自動車や情報機器に用いられる二次電池の開発は、わが国の重要な戦略課題の一つです。二次電池の高性能化に向けた要素技術として、電池の軽量化、大容量化が求められています。軽くて丈夫な電極材の一つに、炭素が層状に重なったグラファイトが挙げられます。グラファイトは、リチウムなどのアルカリ金属イオンとの間での電子の授受により、充電・放電を行います。二次電池の大容量化には、より多くのアルカリ金属イオンを電極へ取り込むことが重要です。これまでの計測評価技術では、原子レベルで電極構造を見ることが困難であったため、グラフェンにアルカリ金属イオンを挿入する設計指針も極めて限定的でした。

研究の経緯

産総研は、次世代の高機能材料を材料化学に基づいて研究し、開発した材料が持つ特性とその発現メカニズムの解明に特化した計測評価技術を開発しています。エネルギー分野で研究開発されている二次電池の材料には、軽くて高性能なアルカリ金属黒鉛層間化合物などがあります。この材料は長年研究され、現代の電池デバイスに応用されています。しかし、アルカリ金属が空気中で容易に酸化してしまう不安定さを理由に、適用可能な計測評価技術と解析可能な情報が極めて限定的でした。産総研は、空気に触れることなく、壊れやすい材料を前処理なしに観察できる低加速電圧走査透過型電子顕微鏡(低加速電圧STEM)を用いて、黒鉛の最小単位であるグラフェン間に挿入されたアルカリ金属の原子配置の精密構造解析に成功しました。明らかになったアルカリ金属の2層構造は、従来の黒鉛層間化合物よりも二次電池の充電容量を増加させる可能性を示唆します。

なお、本研究開発は、文部科学省科学研究費補助事業・学術変革領域研究(A)「2.5次元物質科学:社会変革に向けた物質科学のパラダイムシフト」(18H03864、21H05232、21H05233、21H05235、22H05478、22F22358、23K18878)(領域代表・吾郷 浩樹)および科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「原子・分子の自在配列・配向技術と分子システム機能」(研究総括・君塚 信夫(JPMJCR20B1) )の一環として行われました。

研究の内容

一般にグラファイト電極の作成では、電気化学法を用いて金属原子をグラフェン層間に挿入します。挿入される原子の種類や密度に応じて、グラファイトの電子・光学特性は変化します。アルカリ金属が各層間を完全に埋め尽くすと、グラファイトの色が黒から黄金に変わり、低温で超伝導特性が現れます。

多層グラフェンの上からグラフェン層を観察したとしても、原子同士が重なり合うため、原子の正確な位置関係を解析することは困難です。最小単位となる2層のグラフェンに挿入した金属であれば、重なり合う原子がないため、金属と炭素原子の正確な位置関係を知ることが可能です(図1a)。

グラフェン層と金属との位置関係を精密に解析するため、まず九州大学の吾郷研究室で合成した2層グラフェンをTEM観察用グリッドに固定し、次に東京工芸大学の松本研究室にてアルカリ金属を挿入しました(図1b)。最後に、低加速電圧STEMを用いて、産総研の林主任研究員が構造解析を行いました。

図1

図1 (a)理論的な黒鉛層間化合物モデルおよび2層グラフェン中のアルカリ金属挿入の実験的に発見した構造とシミュレーション像。アルカリ金属がグラフェン層間に挿入される理論的な原子モデルでは、挿入されるアルカリ金属は単層です。ここでは、アルカリ金属の挿入とSTEM観察のために最小単位である2層グラフェンを取ります。理論モデルに基づくと、挿入された構造は六角形の対称性を持つ単層アルカリ金属であるはずです。しかし、実際のSTEM観察では、挿入構造は予想よりも倍の厚さであり、上から見るとハニカム構造を示すアルカリ金属層の積み重ねになっています。(b)気相挿入実験のセットアップ。多層グラファイトシートは、アルカリ金属の挿入状態を示す指標です。アルカリ金属源とグラファイトシートおよびTEMグリッド上の2層グラフェンを真空密閉したガラス管に配置します。反応温度は約200度から230度です。グラファイトシートが黄金色に変わるとき、アルカリ金属がグラファイトへ完全に挿入された状態になるとともに、2層グラフェンへの挿入も終了段階に達したことを意味します。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。


カリウム(K)、ルビジウム(Rb)、セシウム(Cs)をそれぞれ挿入した2層グラフェンの原子配列は、C6M2C6(M = K, Rb, Cs)の化学組成を示しています(図2a-c)。これは、黒鉛層間化合物モデルに基づく期待値よりも、炭素原子当たりのアルカリ金属の密度が2倍になった構造に相当します。密度汎関数理論の計算では、倍の密度のアルカリ金属がエネルギー的に安定するには2層に分離しているべきと見出されました。アルカリ金属が1層で密に充填された場合、アルカリ金属同士が反発するため電磁気エネルギー的に不安定です。しかし、図2dとeに示したように、金属原子の密度が2倍で重ならずに2層に分離した場合、エネルギー的に安定します。

高密度のアルカリ金属の2層構造は、2〜4万気圧におけるアルカリ金属の六方最密積層構造(高圧相)に相当します。この発見は、グラフェン層間が高圧環境に匹敵することを示唆しています。

グラフェン層間のアルカリ金属が、1層と3層以上の層を形成することはありません。アルカリ金属の低い電気陰性度は、他の元素と接触した際に電子を与える傾向があり、グラフェン層間の金属としての安定化に寄与しています。アルカリ金属が2層の場合は、両方の層が外部のグラフェン層に電荷を移動させることができます。アルカリ金属が3層以上の場合、中間層では電荷の移動が発生しないため、2層の場合と比較してアルカリ金属がエネルギー的に不安定となります。

図2

図2 (a)〜(c)はそれぞれカリウム、ルビジウム、セシウムを挿入した2層グラフェンのSTEM画像。(d)と(e)はグラフェン層間への2層アルカリ金属挿入の原子配列。(d)と(e)はそれぞれ上面と側面。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。


多層グラフェン中のアルカリ金属についても、低加速電圧STEMで観察しました。カリウムでは、5 nm厚の多層グラフェンでも2層グラフェンの時と同様に、六角形の形状を持つ2層構造を発見しました(図3a)。セシウムは、断面像から判断して、グラファイトの最表面層近くで2層構造をとる一方、内部では1層構造をとることが分かりました(図3b)。

低加速電圧STEMによる観察結果から、グラファイトの表面層は2層アルカリ金属を収容できるように柔軟に拡張し、グラファイト層の深い内部では層間隔の拡張が制限されるため、セシウムのような層間アルカリ金属は1層構造しかとれないと推測されます(図3c)。

図3

図3 多層グラファイトへカリウムとセシウムを挿入したSTEM画像。(a)5 nm厚の多層グラファイトにおけるカリウムの挿入のSTEM画像。(b)セシウム挿入多層グラファイトの断面STEM画像と化学元素マッピング。(c)多層グラファイト中のアルカリ金属の挿入の新しい原子モデル。表面層には2層アルカリ金属が、より深い層には1層アルカリ金属が挿入されています。

低加速電圧STEM画像から、2層グラフェンと多層グラフェン中のアルカリ金属の原子構造に、それぞれ2層構造と1層構造という違いのあることが分かりました。グラファイトの表面層が柔軟に広がることで、2層アルカリ金属原子を収容できることを示唆しています。

今後の予定

リチウムやナトリウムは軽元素のため、低加速電圧STEMでの観察は困難です。計測手法を検討して、2層グラフェンおよび多層グラフェン中に挿入した軽いアルカリ金属の原子配列の観察に挑戦します。また、この実験ではバッテリーの電気化学法挿入メカニズムとは異なる気相挿入を使用しているため、実際のバッテリーの機能を模倣し、STEMを用いて電気化学的なイオンの動きを明らかにすることでバッテリー劣化の原因解明などにも貢献したいと考えています。

論文情報

掲載誌:Nature Communications
論文タイトル:Alkali Metal Bilayer Intercalation in Graphene
著者:Yung-Chang Lin, Rika Matsumoto, Qiunan Liu, Pablo Solís-Fernández, Ming-Deng Siao, Po-Wen Chiu, Hiroki Ago, Kazu Suenaga
DOI:doi.org/10.1038/s41467-023-44602-3

用語解説
グラフェン
炭素原子が六角形の格子で配置された平板状の物質で、優れた電気伝導性を示します。この発見により2010年ノーベル物理学賞をアンドレ・ガイム博士とコンスタンチン・ノボセロフ博士が受賞しました。
黒鉛(グラファイト)
グラフェンシートが層状に重なってできた多層の炭素化合物。二次電池の負極材料として使われます。
黒鉛層間化合物
黒鉛の層の間に分子やイオンが挿入された化合物です。
低加速電圧走査透過型電子顕微鏡(低加速電圧STEM)
加速電圧 15 kV ~ 60 kVで動作する透過型電子顕微鏡の一つ。集束レンズによって細く絞った電子線プローブを試料上で走査し、おのおのの点での透過電子を検出することで像を得る装置です。低加速電圧にすることで、炭素材料などの試料に与える電子線損傷を抑えることができます。物質の内部構造や組成だけでなく、表面の詳細な情報も得ることができます。
六方最密積層構造
原子や分子が六つの隣接する頂点を持つ六角形のパターンで積み重ねられる構造を指します。
電気陰性度
原子が電子を引き寄せる力の尺度を指します。アルカリ金属などの元素は電気陰性度が低く、電子を引き寄せる能力が低い傾向があります。電気陰性度は、共有結合やイオン結合など、化学反応や物質の性質に関与する重要な要素です。
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