さまざまな医薬品・生活関連有機汚染物質を一度に分離・除去できる酸化グラフェン膜を開発~世界的水資源欠乏問題の解決のための再生水の有効利用に貢献~

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2023-11-08 産業技術総合研究所

ポイント

  • 層間荷電状態を制御した炭素量子ドット・酸化グラフェン複合膜で分離機能の高度化を実現
  • 炭素量子ドットを挿入することで混合電荷型層間を形成する新規酸化グラフェン膜を開発
  • 静電斥力・極性排斥効果により多様な極性の有機汚染物に対し一度に分離除去効果を実現

概要図
炭素量子ドット架橋型酸化グラフェン膜の概要図
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)環境創生研究部門 界面化学応用研究グループ 王 正明 上級主任研究員、ゼロエミッション国際共同センター 吉澤 徳子 総括研究主幹と京都大学大学院工学研究科附属流域圏総合環境質研究センター 竹内 悠 助教らは、多様な極性を持つ微量の医薬品・生活関連有機汚染物質(Pharmaceuticals and Personal Care Products、以下PPCPsと略す)を高効率に分離・除去できる新しい酸化グラフェン(Graphene Oxide、以下GOと略す)膜技術を開発しました。

この技術では、正に帯電した二次元的形状の炭素量子ドット(Carbon Quantum Dot、以下CQDと略す)を、負に帯電したGOの層間に安定的に挿入することで、層間の荷電状態が制御されたCQD-GO複合膜を得ることができます。得られたCQD-GO複合膜の層間には正、負に解離できる官能基(特徴的な原子の集まり)が同時に存在し、静電的な斥力や親水性・疎水性の違いによる排斥効果が作用して、多様な極性のPPCPsが一括して除去されます。過去のGO膜の研究例と比較して、負イオン型・中性PPCPsの除去率が大きく向上するだけでなく、従来は吸着後に膜通過してしまう正イオン型PPCPsも除去できるようになり、56%以上の除去率を達成しました。このように正、負、中性の極微量なPPCPsを同時に分離除去できることは、再生水の高度利用において大きなメリットであり、世界的な水資源問題の解決に貢献すると期待されます。

なお、この技術の詳細は、2023年7月21日に「Chemical Engineering Journal」に掲載されました。

開発の社会的背景

世界的な水問題の解決は持続可能な開発目標(SDGs)の一つであり、再生水を水資源として有効利用していくことは重要な解決策の一つです。しかし、人間が利用した水の中には人間自身の活動で発生した何千種類ものPPCPsが存在します。PPCPsは微量でも薬剤耐性を引き起こすなど、人および生態系に危害を加える可能性があり、できるだけ多くの種類のPPCPsを高効率に処理できる技術が切望されています。

しかし、PPCPsの種類の多さ、極性(正・負イオン態、中性)や親水性・疎水性の多様性、濃度の低さから完全なPPCPsの分解や除去は非常に困難です。従来の処理技術として吸着、光触媒、各種酸化剤(塩素、オゾン、過酸化水素など)や紫外線を駆使する促進酸化法などがあります。しかし、これらの方法では処理できる汚染物質の種類や処理効率に限りがあり、また、繰り返し使用のための再生操作の煩雑さや有毒な副生成物の発生という二次的問題がありました。先進的膜技術であるナノろ過膜や逆浸透膜、これらを組み合せた複合膜技術はより高いPPCPsの除去率を実現していますが、装置の複雑化に伴うコスト高や、サイズの小さい一部の親水性汚染物質が素通りしてしまう問題もあり、すべてのPPCPsを除去することはできませんでした。

研究の経緯

産総研では、水・大気の循環を健全にするための環境負荷低減技術の研究を進めており、種々のGO膜やグラフェンナノ複合材料を駆使した微少濃度の有機質汚染物質の高効率除去技術を開発しています。GO膜は、特異な選択的水透過性が示され、炭素質膜に特有な耐薬品性や防汚・抗閉塞力を併せ持ち、製法が比較的簡単であるなどのメリットも有することから、脱塩、海水淡水化および水環境分野において近年大変注目を集めています。産総研ではこれまでに、高性能グラフェン・チタニア複合光触媒材料(waterproject2021.pdf (aist.go.jp) [PDF:6.7MB])やメソポア垂直配列サンドイッチ型グラフェン・メソポーラスシリカ複合材料(2017年10月13日 産総研プレス発表)を開発してきました。また、分離対象イオンに対するGO膜の分離メカニズムを詳細に解析し、対象無機塩イオンや汚染有機イオンの分離挙動および相応した水フラックス(通水量)の変化パターンが分離対象イオンのクーロンポテンシャルの強さと密接に関係することを突き止めました[1]。この知見からGOの層間荷電状態を適切に制御すれば、さまざまな極性を持つPPCPsのような多様な有機汚染物質を一度に分離除去できるという仮説を立て、今回、GO膜の特徴を生かした膜構造を新たに考案し、異なる極性のPPCPsを一括して分離除去可能な複合グラフェン膜技術を開発しました。

なお、本研究開発は、多機関連携プログラム探索推進事業TIA「かけはし」(https://www.tia-nano.jp/page/dir000027.html)(2022年度)のフレームワークの下で行われ、一部では日本学術振興会科学研究費助成事業若手研究「膜処理とUV/光触媒処理におけるウイルス・微量化学物質の除去特性の解明(2022~2024年度)」による支援を受けています。

研究の内容

今回の研究では、既報の成果を踏まえCQDをGOの層間に挿入する方法を考案し、静電的斥力および親水性・疎水性の違いによる排斥効果を持たせた新しいCQD-GO複合膜の開発に至りました。

CQDは、多環芳香族あるいは他の不飽和炭素構造のつながりでできた骨格構造を持ち、原子サイズレベルの厚さで数ナノメートル~数十ナノメートルの2次元サイズの平面状粒子です。文字通り量子ドットの性質を有し、図1(a)で示すような発光特性を示します。エッジ部に多量の解離性表面官能基があるため、図1(b)の写真に示すように水に溶解させることができます。また、GOとの相溶性にも優れています。今回は、化学的合成条件を適切に選び、表面が正に帯電するCQDを作りました。このCQDと表面が負に帯電するGOを混合し、支持体の上に堆積させて作成した膜の写真を図1(c)に示します。透過型電子顕微鏡で膜の真上を拡大して観察すると(図1(d))、数十ナノメートル以下の大きさでいびつな形のCQDがGOの膜内にインターカレーションしていることが確認できました。

図1
図1 CQDの(a)三次元発光スペクトル、(b)水に溶解し、青色レーザーで照らした際に緑色を発光する様子を示す写真、(c)支持体(白)上に形成したGO複合膜の写真、 (d) GO膜構造にCQD(白のサークルで囲んだ部分)が分散している様子を示す高分解透過型電子顕微鏡像
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。


このように作られたCQD-GO複合膜構造は、図2の構造模型図で示すようにGO層間に正、負電荷が共存する化学的環境が作られ、正、負のいずれに帯電した有機汚染物質に対しても静電的斥力によって通過を妨げます。その一方で、膜層間は強い親水的環境にあるため、親水性・疎水性の違いによる排斥効果により中性有機汚染物質の膜透過も不利になります。

図2
図2 CQD-GO複合膜構造模型図
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。


当該複合膜を用いて、実験室レベルの膜分離装置で分子量の小さい (<1000) 極性の異なる37種類のPPCPsに対する分離効果を評価しました(図3)。CQD-GO複合膜では評価したすべての極性のPPCPsに対して高い除去率を得ました。GOだけから成る膜は、負に帯電する表面特性を反映して、大部分の正イオン型PPCPsに対し吸着作用しか示せず、除去する効果がほとんどありません。これに対して、CQD-GO複合膜では、すべての正イオン型PPCPsに対し最低でも56%以上の除去率を実現できました。また、CQD-GO複合膜では負イオン型および中性PPCPsのいずれも除去率が大きく向上しました。このことからも、CQD-GO複合膜の分離機構は正、負電荷共存の層間化学環境に起因する静電的斥力および親水・疎水性の違いによる排斥効果によるところが大きいと考えられます。

図3
図3 極性の異なる37種類のPPCPsに対する処理効果
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。


これらの結果から、CQDを挿入した混合電荷型の層間環境を持つGO複合膜は、静電的斥力および極性排斥効果を有し、異なる極性の広範な種類のPPCPsを一括して除去できることが明らかになりました。今回開発した新規CQD-GO複合膜を用いれば、一度に多種類のPPCPsを処理することができるため、世界的な水資源問題の解決のための高効率な再生水処理技術の開発に役立ちます。

今後の予定

今後は複合膜の物理化学的構造を最適化し、実際に使用可能なレベルまで分離性能を高める研究を実施します。将来的には環境水処理分野だけでなく、医薬品製造など他の工業プロセスへの応用を広げることも目指します。

論文情報

掲載誌:Chemical Engineering Journal
論文タイトル:Achieving overall rejection of pharmaceuticals and personal care products of different polarities by controlling interlayer charging environment of graphene oxide membrane using carbon quantum dots
著者:Mutsuki Oikawa, Haruka Takeuchi, Ryota Koide, Noriko Yoshizawa, Zheng-Ming Wang, Setsuko Koura
DOI:https://doi.org/10.1016/j.cej.2023.144811

参考文献

[1] Oikawaら:Insight into the role of ionicity in the desalination and separation of a graphene oxide membrane、Desalination 552 (2023) 116433.

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
環境創生研究部門 界面化学応用研究グループ
上級主任研究員 王 正明

用語解説
医薬品・生活関連有機汚染物質
ヒト・農畜産用医薬品や、シャンプー、石けん、化粧品などの身体の手入れに用いる日用品の排出に由来する有機汚染物質です。数千種類があると言われ、多様な物理・化学的性質を持ち、分解しにくく、水環境中に持続的に存在します。多くは特定の生理活性を持つよう設計されているため,環境中の残存量が微量であっても生態系へ影響を及ぼす可能性がある。また、近年水環境において抗生物質類薬剤の持続的存在によって薬剤に対する耐性を獲得した、いわゆる「薬剤耐性」を持つ新種病原菌の発現が懸念されています。通常の下水処理技術ではほとんど処理しきれません。
酸化グラフェン
結晶性の黒鉛を強酸化剤で液相酸化して生成した酸化黒鉛を水に分散して一枚ずつに剥がされた状態のものをいいます。豊富な含酸素表面官能基を持ち、水中ではプロトンを放出し表面が負に帯電して安定なコロイド溶液を作ります。容易に他のナノ材料と混合して機能性複合構造を形成したり、支持体に積層沈着して膜化したりします。
炭素量子ドット
量子閉じ込め効果が起こり、発光性を示すようなサイズまで小さく作られた炭素ナノ粒子のことです。多くは厚みが原子サイズまで小さく2次元形状をしています。発光機構としてサイズ効果以外に官能基由来の化学発光も報告されています。合成条件により表面官能基を作り分けることができ、水溶性に優れていることからナノ複合材料を合成する際の構成材料としても活用されます。
吸着
物理的・化学的親和力で多孔質材料のポア内や固体表面に汚染物質を濃縮し固着する方法です。繰り返し使用するためには吸着飽和(吸着量が最大)に達した後に吸着物を追い出し再び吸着サイトを空ける再生処理が必要です。
持続可能な開発目標(SDGs)
2015年において国連で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標のことです。英語はSDGs:Sustainable Development Goalsです。17のゴールのうち、6番目のゴールとして「安全な水とトイレを世界中に」があります。
ナノろ過膜
細孔径1~2 nm、分画分子量200~1000の水処理膜です。表面荷電型として知られ、サイズが2 nmより小さい粒子やポリマーの通過を阻止できます。材質としてセラミックスと有機高分子の両方があります。
逆浸透膜
無機イオンを通さずに水だけを通す水処理膜です。浸透圧に抗する高い水圧(50~70気圧)をかけることでイオンを水から分離できるため、海水淡水化や他の脱塩処理に応用されています。材質は主に酢酸セルロースなどの有機物です。
イオンのクーロンポテンシャル
無機イオンの表面電荷密度の尺度であり、静電力の強さを表すインジケーターです。通常イオンの電荷あるいは電荷の二乗をイオン半径で割ったものとして定義されます。
インターカレーション
層状化合物の層間に他の分子、分子集団あるいはナノ粒子を挿入する反応のことを言います。
除去率
入水側(未処理水側)と透過水側(処理済水側)の汚染物濃度の差を入水側濃度で割ったパーセント数です。
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