2023-09-14 東京大学,東北大学,東京海洋大学,名古屋大学,海洋研究開発機構,九州大学
発表のポイント
◆日本の南の海の深さ100~500mに広く分布する水塊「亜熱帯モード水」の厚さの増減が、海面付近の水温を通じて台風の発達・減衰に影響していることを発見しました。
◆この水塊の厚さの増減は、海洋表層の生物生産にも影響していることが期待されます。
◆将来変化としてこの水塊の縮小が予測されており、上記の結果から、地球温暖化に伴う海面水温上昇、台風強化、海洋貧栄養化、生物生産減少がさらに強化されることが示唆されます。
亜熱帯モード水と台風の関係
発表概要
東京大学の岡英太郎准教授、東北大学の杉本周作准教授、東京海洋大学の小橋史明教授らの研究グループは、北太平洋亜熱帯域の深さ100~500mに広く分布する水温均一な水塊「亜熱帯モード水」(図1)が、厚くなるほど海洋表層の水温構造を押し上げる効果(「持ち上げ効果」、図2)を通じて海面付近を冷やし、さらには台風を弱めること、また逆に、薄くなるほど台風を強めることを明らかにしました。
図1:亜熱帯モード水を含む海洋の鉛直プロファイルの例
図2:亜熱帯モード水による「持ち上げ効果」の模式図
亜熱帯モード水が薄いとき(左)と厚いとき(右)の水温鉛直構造(℃)
過去20年間、中緯度の海洋が大気に能動的に影響しているという観測事実が数多く示されてきましたが、その多くは黒潮など幅の狭い「海流」による影響でした。今回の研究結果は、東西5000km、南北1500kmという広がりを持つ「水塊」もまた、大気に影響を与えることを示しています。また、亜熱帯モード水は同じ「持ち上げ効果」により、海洋表層への栄養塩供給に影響し、貧栄養な亜熱帯域の生物生産に影響していると期待されます。さらに、水温均一な「モード水」は世界中の中緯度海洋に分布しており、幅広い波及効果が期待されます。
北太平洋の亜熱帯モード水は地球温暖化に伴い過去60年間で6%縮小し、今後さらに縮小していくと予測されています。この縮小は「持ち上げ効果」の弱化を通じて、温暖化に伴う海面水温上昇、台風強化、海洋貧栄養化、生物生産減少をさらに強化することが示唆されます。
発表内容
〈研究の背景〉
海洋の水温は、海面から深さ約1kmまで、深さとともに大きく低下しますが、海域によってはその中に、深さ数百mにわたり水温がほとんど変わらない層が存在します(図1)。このような層を「モード水」と呼びます。日本の南には黒潮および黒潮続流が東向きに流れていますが、それよりさらに南側の海域では冬季に、黒潮が南から運んできた暖かい水が北西の季節風で冷やされ、海面から深さ500m以上に達する鉛直対流が起きます(図3)。その結果、冬の終わりには鉛直方向に一様な水温16~19℃の「亜熱帯モード水」が形成されます。亜熱帯モード水は春以降、海洋内部の深さ100~500mに残り、海洋内部の流れに乗って南西方向へと広がっていきます。亜熱帯モード水の形成・輸送は、海面における大気海洋相互作用の結果を海洋内部に伝える役割を担っているほか、人為起源CO2などの物質を大量に海洋内部に輸送しています。
図3:亜熱帯モード水の形成域(青)と分布域(水色)の分布
赤い四角は本研究の調査海域(ただし、黒潮の南側のみが対象)
これまでの研究により、亜熱帯モード水の形成・輸送が、北太平洋中央部の風の変動や黒潮・黒潮続流の流路変動に関連して、10年ほどの周期で増減することが分かっていました(図4、注1)。しかしながら、海洋内部に沈み込んだ亜熱帯モード水がその後、海面付近の水温や大気にどのような影響を与えるかについては、未解明でした。
図4:亜熱帯モード水の十年規模変動
気象庁東経137度定線における亜熱帯モード水の断面積(青:冬、赤:夏)。黒の実線は黒潮続流の安定期を、点線は不安定期を示す。灰色の陰影は黒潮大蛇行期間を表す。
〈研究の内容〉
日本の南の海域(北緯20~35度、東経130~138度、ただし、黒潮の南側のみが対象。図3)で、2010~2021年にアルゴフロート(注2)が観測した水温・塩分の鉛直プロファイルを解析したところ、季節を問わず、亜熱帯モード水の厚い場所ほど、亜熱帯モード水よりも上の海洋表層の水温構造が押し上げられ、同じ深さで見ると水温が低下するという傾向が示されました(図2)。また、台風の発達に強く関係すると考えられている夏の海洋表層の貯熱量(注3)も、亜熱帯モード水の厚い場所ほど低い傾向を示しました。日本の南の亜熱帯モード水の厚さは2015年頃にピークを迎え、その後は2017年に始まった黒潮大蛇行の影響で大きく減少してきました(図4、注1)。すなわち、亜熱帯モード水は2015年から2021年まで約100m薄くなりましたが、それに伴い、海洋表層の水温は最大で約1℃上昇しました(図5)。水温上昇幅が最も大きかったのは、季節水温躍層の発達する、夏の深さ50~100mの層でした。
図5:2015→2021年の亜熱帯モード水の厚さ減少に伴う日本の南の海域の水温変化(℃)
亜熱帯モード水が厚いほど、海洋表層の水温と貯熱量が低いという傾向は、気象庁が東経137度定線(注4)で50年間(1972~2021年)にわたり行っている夏の船舶観測データにも見られました。また、米国大気海洋庁が作成している40年間(1982~2021年)の海面水温データにも、亜熱帯モード水が厚いほど低いという傾向が見られました。
さらに、気象庁が作成している50年間(1972~2021年)の台風データ(注5)を解析したところ、亜熱帯モード水が厚いほど、台風の発達率が低下するという傾向が示されました。そこで、亜熱帯モード水の厚さの台風に対する影響を確かめるために、Lan(2017年)、Hagibis(2019年)、Chan-hom(2020年)という最近の3つの台風を対象に数値シミュレーションを行いました。それぞれの台風について、現実の状況と、亜熱帯モード水の厚さがピークだった2015年の状況を想定した2種類の数値シミュレーションを行った結果、亜熱帯モード水が2015年時点のように厚かったならば、それに伴う海面水温低下のため、3つの台風の中心気圧は最大で3~9hPa弱まっていたであろうという、統計解析からの知見を支持する関係が得られました。
〈今後の展望〉
近年、熱帯のみならず、中緯度においても海洋が大気に能動的に影響していることが示され、特に日本周辺域は「中緯度の大気海洋相互作用のHotspot」として盛んに研究されてきました。そのような中緯度海洋の能動的影響がこれまで、黒潮や対馬暖流などの狭くて速い「海流」に関して示されてきたのに対し、本研究は亜熱帯モード水のような広がりを持った「水塊」もまた大気に能動的に影響することを示しました。この結果は、中緯度の大気海洋相互作用の研究をさらに大きく発展させることが期待されます。
本研究はまた、2017年以降持続する黒潮大蛇行の新たな社会的影響を見出しました。最近、黒潮大蛇行が東海沖に暖水をもたらし、関東地方の夏をより蒸し暑くすることが示されました(関連プレスリリース②参照)。黒潮大蛇行が同時に日本の南の亜熱帯モード水を減少させ、それが海面付近の水温上昇と日本に向かう台風の強化をもたらすことを、本研究の結果は示しています。
本研究の結果はまた、亜熱帯モード水の厚さの増減が海洋表層での生物生産にも影響することを示唆しています。亜熱帯域の海洋表層は植物プランクトンの光合成に必要な栄養塩が常に枯渇している貧栄養海域ですが、亜熱帯モード水が厚くなってそれよりも上の層を押し上げると、海洋内部の豊富な栄養塩も海洋表層に持ち上げられると考えられるからです。加えて、亜熱帯モード水を含むモード水は世界中の中緯度海洋に分布しており、それらの変動が海洋表層の水温構造と生物生産、ならびに熱帯低気圧の発達・減衰に与える影響を今後調べていく必要があります。
最後に、日本周辺海域の海洋表層は全球平均の2倍の速度で温暖化しており、亜熱帯モード水は過去60年間で6%減少しました。さらに、気候モデルの予測結果は、2100年までに亜熱帯モード水が27~40%減少することを示しています。この縮小は、「持ち上げ効果」の弱化を通じて、地球温暖化に伴う海面水温上昇、台風強化、海洋貧栄養化、生物生産減少をさらに強化することが示唆されます。
〈関連のプレスリリース〉
①「ハワイの北の風がコントロールする沖縄の海の酸性化」(2019/1/26)
②「黒潮大蛇行が関東地方の夏をより蒸し暑く」(2021/3/4)
<関連記事>
科研費・新学術領域研究「変わりゆく気候系における中緯度大気海洋相互作用hotspot」
発表者
東京大学大気海洋研究所
岡 英太郎(准教授)
西川 はつみ(特任研究員)
東北大学大学院理学研究科
杉本 周作(准教授)
東京海洋大学学術研究院
小橋 史明(教授)
名古屋大学宇宙地球環境研究所
金田 幸恵(特任助教)
海洋研究開発機構
那須野 智江(グループリーダー)
〈兼:横浜国立大学台風科学技術研究センター 客員教授〉
野中 正見(グループリーダー)
九州大学大学院理学研究院
川村 隆一(教授)
論文情報
〈雑誌〉Science Advances
〈題名〉Subtropical Mode Water south of Japan impacts typhoon intensity
〈著者〉Eitarou Oka*, Shusaku Sugimoto, Fumiaki Kobashi, Hatsumi Nishikawa, Sachie Kanada, Tomoe Nasuno, Ryuichi Kawamura, and Masami Nonaka
〈DOI〉10.1126/sciadv.adi2793
〈URL〉https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adi2793
研究助成
本研究は、科研費・新学術領域研究「変わりゆく気候系における中緯度大気海洋相互作用hotspot」における横断的研究として、計画研究「台風・爆弾低気圧の予測可能性とスケール間大気海洋相互作用(課題番号:19H05696)」、「ハイブリッド海洋観測:黒潮続流域の循環変動とその大気・生物地球化学への影響(課題番号:19H05700)」、「黒潮・親潮等海洋前線帯の大気海洋結合系における役割とその経年変動の予測可能性(課題番号:19H05701)」、「中緯度域の気候変動と将来予測の不確実性(課題番号:19H05704)」ならびに公募研究「高解像度大気海洋結合領域モデルによる中緯度台風の気候変動応答メカニズム解明(課題番号:20H05166)」、「中緯度の海面水温変動が台風活動の季節内の変動に及ぼす影響の明確化(課題番号:20H05172)」の支援により実施されました。また、科研費・基盤研究C「北太平洋亜熱帯モード水の十年規模変動が表層水温と気候に及ぼす影響(課題番号:22K03716)」の支援により実施されました。
用語解説
- (注1)亜熱帯モード水の十年規模変動
- 亜熱帯モード水の大部分は東経140度より東の黒潮続流南方海域で形成されます。そこでの形成量は、黒潮続流の状態と関連して10年ほどの周期で増減し、黒潮続流の安定期に増大、黒潮続流の不安定期に減少します。この黒潮続流の安定・不安定状態間の振動を作り出しているのは、太平洋十年規模振動に伴う、北太平洋中央部の風の変動です(関連のプレスリリース①参照)。
また、日本の南における黒潮の流路変動も亜熱帯モード水の広がりに影響を与えます。黒潮が大蛇行流路をとると、黒潮続流の南で形成された亜熱帯モード水の西への広がりが阻害され、日本の南では亜熱帯モード水の量が大きく減少します。 - (注2)アルゴフロート
- 通常は深さ1000mを漂流し、10日に1度、深さ2000mと海面の間を往復し、水温・塩分の鉛直分布を測定する自動測器。このフロートを全球の海洋に3000台展開する「国際アルゴ計画」が2000年に始まり、2007年ごろに3000台の観測網が完成しました。日本では海洋研究開発機構と気象庁がフロートの展開やデータの品質管理を担っています。
参考:https://www.jamstec.go.jp/J-ARGO/ - (注3)貯熱量
- 本研究では熱帯低気圧熱ポテンシャル(Tropical Cyclone Heat Potential)とよばれる量を用いました。これは、海面から26℃等温線の深さまでの貯熱量を鉛直方向に積分したものであり、熱帯低気圧の発達との関係が海面水温よりもよいと考えられています。
- (注4)東経137度定線
- 気象庁は1967年以来、東経137度に沿って紀伊半島東の北緯34度からニューギニア島北の北緯3度まで3400 kmにおよぶ定線で、年2回の船舶観測を行ってきました。測定項目は海洋の物理・化学・生物特性に加え、海洋汚染、洋上大気と多岐にわたっています。これだけの規模の観測が50年以上続いている例は世界的にも稀であり、日本が世界に誇る長期観測です。そのデータは、世界中の研究者によって海洋や気候の長期変動の研究に使われ、これまで100本以上の論文を生み出してきました。
参考:https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/mar_env/knowledge/OI/137E_summary.html - (注5)台風データ
- 気象庁が運用する「熱帯低気圧RSMC東京センター」によって提供される台風の位置や強度等の情報。
参考:https://www.jma.go.jp/jma/jma-eng/jma-center/rsmc-hp-pub-eg/besttrack.html
問合せ先
東京大学大気海洋研究所 海洋物理学部門
准教授 岡 英太郎(おか えいたろう)
東北大学大学院理学研究科 地球物理学専攻
准教授 杉本 周作(すぎもと しゅうさく)
東京海洋大学 海事システム工学部門
教授 小橋 史明(こばし ふみあき)
東海国立大学機構 名古屋大学宇宙地球環境研究所
特任助教 金田 幸恵(かなだ さちえ)
国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球環境部門 環境変動予測研究センター
グループリーダー 那須野 智江(なすの ともえ)