2023-09-09 東京大学
有田 淳也(天文学専攻 修士課程)
柏川 伸成(天文学専攻 教授)
松岡 良樹(愛媛大学 准教授)
発表のポイント
- 約130億年前の宇宙において活動的なブラックホールを包みこむダークマターの典型的な重さを初めて測定した。
- ブラックホールが活動的となるダークマターの質量は宇宙の歴史の大半でほとんど変化しないことを初めて明らかにした。
- 今後、次世代の望遠鏡・観測装置による広大な領域の観測が進行することで、より過去の測定が可能となり銀河とブラックホールの共進化の理解が加速すると期待される。
ダークマターハロー、銀河、ブラックホールの相互関係のイメージ図
発表概要
宇宙にはダークマター(注1)と呼ばれる未知の物質が大量に存在していると考えられています。ダークマターは光を発しないため直接観測することはできませんが、その塊であるダークマターハロー(注2)が銀河の質量の大半を担っており、銀河の成長に大きな影響を与えると考えられています。一方、超大質量ブラックホール(注3)はほぼすべての銀河の中心に存在し、その活動性が高まるとクェーサー(注4)として観測されます。この11~12桁も大きさの異なるブラックホールとダークマターハローが、特に初期宇宙において、どのような関係を持っているのかは謎のままでした。東京大学大学院理学系研究科天文学専攻の有田淳也大学院生、柏川伸成教授、愛媛大学の松岡良樹准教授らの研究チームは約130億年前の初期宇宙におけるクェーサーの分布を調べ、そのダークマターハローの質量を初めて測定することに成功しました。その結果、130億年前の時代でもそれ以降の時代と同程度の質量のダークマターハローにクェーサーが発現している、言い換えるとブラックホールが活動性を高めるために必要なダークマターハローの質量は一定であることが分かり、ブラックホールが活動的になる普遍的なメカニズムが存在する可能性が示唆されました。今後、現在計画中の大規模観測が進むとより過去のクェーサーについてダークマターハローの質量を測定することが可能になると期待され、宇宙の歴史におけるブラックホールの成長や銀河との共進化(注5)についての理解が深まると考えられます。
発表内容
この宇宙には正体不明の物質、ダークマターが大量にあることが様々な観測を基に考えられています。宇宙が誕生して間もないころには、ダークマターはほぼ一様にこの宇宙をおおいつくしていましたが、やがてその密度が他よりもわずかに高い部分にダークマターが集まることでダークマターハローが形成され、その中で銀河が誕生したと考えられています。銀河全体の質量のほとんどは銀河をとりまくダークマターハローが担っています。
一方、ほぼすべての銀河の中心には超大質量ブラックホールが存在します。このブラックホールにガスや星などの物質が高温になって落ちていくことで非常に明るく輝く天体はクェーサーと呼ばれ、初期宇宙を調査するための重要な観測対象となっています。しかし、初期宇宙におけるクェーサーがどのくらいの質量のダークマターハローを持っているかは今まで謎のままでした。銀河はガスを星に変えることで、またブラックホールはガスや星を飲み込むことでそれぞれ成長します。銀河の質量、すなわちダークマターハローの質量が大きいとそれだけ大きな重力がはたらき、周囲からガスを大量にかき集め、その中にいる銀河やブラックホールを大きく育てることができます(図1)。これまでの観測からブラックホールの質量が大きいほど銀河の持つ星の質量が大きく(共進化)、そして銀河の星質量が大きいほどダークマターハローの質量も大きいことが普遍的に知られていますので、初期宇宙に存在する超大質量ブラックホールのダークマターハローの質量は大きいと予測されます。逆にダークマターハローの質量がわかれば、中にいる銀河やブラックホール、両者の成長の理解が進みます。
図1:ダークマターハロー、銀河、ブラックホールの相互関係のイメージ図
左・中央・右の図がそれぞれダークマターハロー・銀河・ブラックホールを表しています。それぞれ図のサイズは数十万光年、数万光年、0.00001光年程度です。左の図はダークマターのシミュレーションで濃淡によってダークマターが集まっている量を表しています。中央付近の白い領域にダークマターが集まっており、その中では星質量の大きい銀河が誕生します。そして、そのような重たい銀河の中心には大質量ブラックホールが形成され、非常に明るく輝くとクェーサーとして観測されます。(左図:©2015 石山智明、中山弘敬、国立天文台4D2Uプロジェクト)。
しかし、天体のダークマターハロー質量の測定は容易ではありません。なにしろダークマターは決して光を放射しないので、どんなに大きな望遠鏡を使ってもその姿を見ることはできないからです。一方でダークマターは重力を介して他の物質に影響を及ぼすので、天体に働く重力を測定することでダークマターの質量を見積もることができます。こうした重力の強さからダークマターの質量を推定する有効な方法の1つに、銀河の「群れ具合」を測定する方法があります。ダークマターの質量が大きければ他のダークマターも群れ集まってくるため、それらの中で生まれる銀河やクェーサーも強く群がるはずです。これまでもクェーサーのダークマターハロー質量がこの方法で測定されてきましたが、遠方になればなるほどクェーサーの個数密度は著しく減少するため、群れ具合の測定が困難になります。これまでの観測では120億年前のクェーサーのダークマターハロー質量の測定が限界でした。この問題を乗り越えるためにはより暗いクェーサーまで捉えることができるような長時間の観測が必要になります。
本研究ではすばる望遠鏡に搭載されたハイパーシュプリームカム(注6)による、HSC-SSP(注7)と呼ばれる広範囲かつ高感度の大規模観測データの中から、遠方の暗いクェーサーを探査するプロジェクトSHELLQs(注8)で発見されたクェーサーを用いました。SHELLQs は従来よりかなり暗いクェーサーを複数発見することに成功し、これまででは観測できなかった暗いクェーサーまで探査することでサンプル数を大きく増やしました。これにより、約130億年前の時代におけるクェーサーの「群れ具合」を測定することが可能になりました。実際、SHELLQsでは従来の観測と比較して約30倍の個数密度で約130億年前のクェーサーを検出しています(図2)。
図2:ある空の領域におけるSHELLQs(赤)と他の観測(青)から発見されたクェーサー
すばる望遠鏡を用いたSHELLQsは暗いクェーサーまで捉えることが可能なため、他の観測と比較しても同じ領域からより多くのクェーサーを検出することができます。この優れた探査・発見能力が本研究では必要不可欠でした。(クレジット:HSC-SSP/M. Koike/国立天文台)。
解析には107個のクェーサーを使用し、その空間分布からダークマターハローの質量を評価したところ、5×1012太陽質量という結果が得られました。130億年前という初期宇宙でクェーサーのダークマターハローの質量を測定したのはこれが世界で初めてです。130億年前という初期宇宙で5×1012太陽質量(太陽の5兆倍)というのは、かなり重たいダークマターハローに相当します。これを他の時代の測定結果と比較してみると、クェーサーの存在するダークマターハローの質量は時代に依らず、ほとんど一定であるということがわかりました(図3)。言い換えると、クェーサー、つまりブラックホールが活動的になっている銀河のダークマターハロー質量はほとんど変化しないことになります。一般に1つのダークマターハローは時間とともにより多くのダークマターを集めて成長するため、その質量は時間とともに増加します(図3の赤線と緑線)。今回の結果から、ダークマターハローの質量がある範囲内にあるとその内部のブラックホールの活動性が高まる、つまり時代に依らないクェーサーの出現に関わる普遍的なメカニズム(注9)が働いているとも考えることができます(注10)。
図3:各時代で測定したクェーサーのダークマターハロー質量
図の左端が現在を表し、右へ行くほど過去の宇宙を示しています。本研究の結果(赤丸)はこれまでの研究(黒四角)よりも遥かに過去の時代で測定を行っています。ほとんどの測定結果が赤色で塗られた領域内に存在していることから、宇宙の幅広い時代でクェーサーのダークマターハローの質量は変化していないことがわかります。また、130億年前の様々な質量のダークマターハローの標準的な質量変化を赤と緑の線で表しています。本研究の結果(赤)を基に質量変化を計算すると、約130億年前のクェーサーは現在の宇宙で最も重たい銀河団のダークマターハロー(1014太陽質量)くらいに成長すると予測されます。
今回の研究により、130億年前のクェーサーのダークマターハローの質量を初めて測定することができました。遠方クェーサーの探査は今後、国際的な大規模観測が進行するにしたがってさらなる発展を遂げることが期待されます。特に、米国を中心とするベラ・ルービン天文台が計画している18,000平方度に渡る広大な領域の観測からより多くのクェーサーが発見されたり、今年打ち上げられた欧州主導のユークリッド衛星による広範囲かつ高感度の観測から130億年前よりも昔の宇宙でもクェーサーを発見したりすることが可能になる見込みです。今後のプロジェクトでは探査する領域を拡大したり、より暗いクェーサーまで探査が可能になったりすることで、初期宇宙のクェーサー、ひいてはブラックホールの誕生と成長、さらに銀河とブラックホールの共進化についての理解がより深まると期待されます。
論文情報
- 雑誌名
アストロフィジカル・ジャーナル(The Astrophysical Journal)論文タイトル
Subaru High-z Exploration of Low-Luminosity Quasars (SHELLQs). XVIII. The Dark Matter Halo Mass of Quasars at z~6著者
Junya Arita, Nobunari Kashikawa, Yoshiki Matsuoka, Wanqiu He, Kei Ito, Yongming Liang, Rikako Ishimoto, Takehiro Yoshioka, Yoshihiro Takeda, Kazushi Iwasawa, Masafusa Onoue, Yoshiki Toba, and Masatoshi ImanishiDOI番号
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研究助成
本研究は、科学研究費補助金(課題番号:21H04490、21H04494、JP17H04830)の支援により実施されました。
用語解説
注1 ダークマター
光を放たず、重力のみ作用すると考えられている正体不明の物質。暗黒物質ともよばれます。ダークマターの存在は銀河内の星やガスの運動や重力レンズと呼ばれる現象から示唆されています。私たちが知っている普通の物質(陽子や中性子など、またそれらで構成された物質)の5~6倍ものダークマターがこの宇宙に存在すると考えられています。
注2 ダークマターハロー
ダークマターが自身の重力で集まった塊。この塊の中で普通の物質も集積され、銀河が誕生します。ほとんどすべての銀河はダークマターハローに包まれています。
注3 超大質量ブラックホール
ブラックホールは光も脱出することができないほど強い重力を持つ天体です。ほぼすべての銀河中心には数百万太陽質量以上の質量を持つ巨大なブラックホールが存在すると考えられており、超大質量ブラックホールと呼ばれています。ここで、ブラックホールの活動性が高まるとは、周囲の物質を大量に飲み込んでクェーサーとして明るく輝いていることを指しています。
注4 クェーサー
超大質量ブラックホールの活動性が高まり、周囲の物質が大量に飲み込まれる過程では膨大なエネルギーが解放されます。そのエネルギーが様々な波長の光で放射されることで明るく輝く天体がクェーサーと呼ばれます。
注5 共進化
銀河と超大質量ブラックホールでは大きさが10桁も異なるのですが、両者の質量には強い比例関係があることが知られています。このことは銀河とブラックホールが互いに影響を及ぼしながら「共進化」したことを示唆していますが、なぜこのような関係があるかは謎で、現代天文学における重要な課題の1つとなっています。共進化を理解するうえで重要な物理量の一つがダークマターハローの質量です(「世界初!129億年前の初期宇宙で巨大ブラックホールの住む親銀河を検出」(2023/06/29)参照)。
注6 ハイパーシュプリームカム
Hyper Suprime-Cam。ハワイ島マウナケア山山頂に建設されたすばる望遠鏡に搭載されている世界最大級の視野(直径1.5度角、満月9個分)を持つカメラ。
注7 HSC-SSP
HSC-Subaru Strategic program。すばる望遠鏡のハイパーシュプリームカム(HSC)を用いた300夜に渡る大規模な観測プロジェクト。
注8 SHELLQs
HSC-SSPのデータから初期宇宙に存在する暗いクェーサーを探査するプロジェクト。このプロジェクトで発見されたクェーサーは他の望遠鏡を用いて詳細に観測されています(「超遠方宇宙に大量の巨大ブラックホールを発見」(2019/03/14)参照)。
注9 クェーサー発現のメカニズム
本研究だけではこのメカニズムを制限することはできませんが、1つの可能性としてはある程度重たいダークマターハローでなければ十分なガスをブラックホールへ供給できない一方で、重たくなりすぎると銀河が熱くなってしまうことでガスの供給が難しくなるというシナリオがあります。
注10 クェーサー
今回測定した130億年前という初期宇宙では5×1012太陽質量とかなり重たいダークマターハローにクェーサーが出現することが分かりましたが、ダークマターハローの質量は時間とともに増加します。したがって、逆にダークマターハローの質量が時代に依らず一定ということは、宇宙年齢が経つにつれてその時代においてはより軽い一般的な質量のダークマターハローにクェーサーが出現する、ということを示唆します。