米国エネルギー省が定める目標値の7倍を超える高耐久燃料電池用薄膜を開発~芳香族系高分子電解質膜をフッ素系ナノファイバーで複合化し高性能と高耐久性の両立を実現~

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2023-07-27 早稲田大学

発表のポイント

  • 芳香族系のプロトン導電性高分子とポリフッ化ビニリデンナノファイバーシートから成る複合電解質膜を開発し、現在の性能と耐久性を上回る固体高分子形燃料電池を作成した。
  • 複合電解質膜を用いた燃料電池は、米国エネルギー省が2025年の目標値として定めている加速耐久性試験20,000サイクルを大きく上回る148,870サイクルを達成した。芳香族高分子電解質膜を対象とした加速耐久性試験で100,000サイクルを超えたのは、世界で初めての報告となる。
  • 従来より、幅広い温度範囲、湿度範囲で高性能を示せたことで、クリーンな発電デバイスとして注目を集めつつも、高負荷が要求される次世代燃料電池自動車などへの応用に期待が高まる。

米国エネルギー省が定める目標値の7倍を超える高耐久燃料電池用薄膜を開発~芳香族系高分子電解質膜をフッ素系ナノファイバーで複合化し高性能と高耐久性の両立を実現~

図1:A. 本研究で開発した芳香族系のプロトン導電性高分子SPP-TFP-4.0の構造、B. エレクトロスピニング法によりナノファイバーシートにしたポリフッ化ビニリデンPVDFの構造、C. AとBを組み合わせて作製した複合膜(SPP-TFP-4.0-PVDF)


山梨大学クリーンエネルギー研究センター・早稲田大学理工学術院の宮武 健治(みやたけけんじ)教授、信州大学学術研究院の金 翼水(きむいくす)教授、早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構の刘 芳华(りゅうふぁんふぁ)次席研究員の研究グループ(以下、本研究グループ)は、酸性基を導入したプロトン導電性芳香族高分子(SPP-TFP-4.0)とエレクトロスピニング法(高分子溶液に高電圧を印加しながら射出してナノファイバーを作製する方法)でナノファイバーシート化したポリフッ化ビニリデン(PVDF)※1から複合電解質膜(SPP-TFP-4.0-PVDF)を作製しました。この複合電解質膜を用いた固体高分子形燃料電池(PEFC)※2は、これまでの課題であった幅広い温度範囲(80~120℃)および湿度範囲(相対湿度30~120%)での高性能と、米国エネルギー省(US DOE)が定める加速耐久性試験(米国エネルギー省推奨試験)における2025年の目標値(20,000サイクル、次世代の燃料電池への搭載に求められる耐久性の指標)を大きく上回る高耐久性(148,870サイクル)を達成しました。

PEFCは主な構成材料としてプロトン導電性高分子電解質膜※3と電極触媒(主に白金や白金の合金を炭素粉末に担持させたものが用いられている)から成り立っており、燃料として水素、酸化剤として空気中の酸素を用いて発電することができます。常温から80℃程度の温度で効率よく発電でき、副生成物が水のみ(発電中に二酸化炭素や有害物質が発生しない)であることから、クリーンな発電デバイスとして注目を集めています。すでに電気自動車や家庭用電源として実用化が進められていますが、より広範な普及のためにはさらなる高性能化、高耐久化、低コスト化が課題です。本研究により、一般的なエンジニアリングプラスチックと同様の出発物質である比較的安価な材料から電解質膜が作製でき、これら課題の解決に大きく貢献できる可能性が示されました。

この成果の一部は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務※4の結果、得られたものです。

本研究成果は、2023年7月26日(水)午後2時(米国東部夏時間)に米国科学振興協会(AAAS)が発行するオンライン学術雑誌『Science Advances』で公開されました。

【論文情報】
雑誌名:Science Advances
論文名:Proton-conductive aromatic membranes reinforced with poly(vinylidene fluoride) nanofibers for high-performance durable fuel cells
DOI:10.1126/sciadv.adg9057

(1)これまでの研究で分かっていたこと

いくつか異なる種類の燃料電池の中でもプロトン導電性高分子を電解質膜として用いるPEFCは、常温付近から発電することができるので使いやすく、電気自動車や家庭用電源として最も幅広い用途が期待できます。これまでのPEFCはフッ素と炭素を主成分とするパーフルオロ系高分子電解質膜(延伸したポリテトラフルオロエチレンePTFE多孔材との複合膜)が用いられていますが、合成方法が限られており高価であること、ガスバリア性(気体の通しにくさ)が不十分であること、フッ素を多く含むことから有機フッ素化合物(PFAS)として人体や環境への長期的な影響に対する懸念、が課題とされています。

これまでにパーフルオロ系でない材料による高分子電解質膜が数多く検討されてきましたが、パーフルオロ系高分子電解質膜を用いたPEFCに匹敵する性能と耐久性を同時に達成することは出来ていませんでした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究グループは、汎用な出発物質から合成が可能な芳香族高分子に着目し、これの電解質化により新規なプロトン導電性高分子SPP-TFP-4.0を合成しました。さらにSPP-TFP-4.0の機械強度を高めるために、エレクトロスピニング法によって作製したPVDFナノファイバーシートとの複合化を検討・最適化し、これまでの課題であった性能と耐久性の両立に挑戦しました。

その結果、開発した複合膜「SPP-TFP-4.0-PVDF」は、水の沸点を超える温度領域(120℃)、低い湿度条件(30%相対湿度)であっても優れた性能(出力密度が236.8mW/cm2、同じ条件におけるパーフルオロ系高分子電解質膜Nafion XLを用いたPEFCの出力密度は162.3mW/cm2)と耐久性(セル電圧低下率が83.3μV/h、同じ条件におけるパーフルオロ系高分子電解質膜Nafion XLを用いたPEFCのセル電圧低下率は138.3μV/h)が得られました。

さらに、90℃で加湿と乾燥を繰り返す加速耐久性試験(米国エネルギー省推奨試験)において、これまで報告例のない148,870サイクル(同じ条件におけるパーフルオロ系高分子電解質膜Nafion XLを用いたPEFCでは88,008サイクル、宮武教授が開発した以前の高分子電解質膜を用いたPEFCでは40,673サイクル)という耐久性を達成しました。

図2 本研究で開発した複合電解質膜(SPP-TFP-4.0-PVDF)を用いたPEFCのA. 発電性能(温度120℃、相対湿度30%RH)、B. 加湿・乾燥サイクルによる加速耐久性試験結果

(3)今回、新しく開発した手法

本研究グループは、①芳香族高分子電解質SPP-TFPのプロトン導電性を高めるためにスルホン酸基密度を大きくすること(イオン交換容量※5の設定値がIEC=4.0meq/g)、②機械的安定性を高めるためにSPP-TFP-4.0と親和性が高い材料であるPVDFからなる多孔性基材との複合を行うこと、の双方を検討しました。特に、エレクトロスピン法により作製したPVDFナノファイバーシートを用いると、機械強度の指標である破壊エネルギーが湿度を変化させてもほぼ一定の値を示すことを見出しました。

本研究により開発した複合膜「SPP-TFP-4.0-PVDF」を用いると、上述のような高性能と高耐久性を併せ持つPEFCが可能です。

(4)研究の波及効果や社会的影響

市販されているPEFC用の電解質膜としては、現在、パーフルオロ系高分子電解質膜の製品が市場をほぼ独占しています。しかし、構成元素としてフッ素を多く含むために価格が高い、気体の透過性が大きい、環境中で分解されないなどの課題は本質的に解決が困難であり、フッ素を全くあるいは少量しか含まない新材料による電解質膜が期待されています。

本研究による複合電解質膜(SPP-TFP-4.0-PVDF)は主成分が炭素と水素から成る芳香族高分子であり、フッ素含量がパーフルオロ系高分子電解質膜の半分以下に大きく削減されています。また高温度や低湿度のような水が少ない条件での燃料電池発電性能がパーフルオロ系高分子電解質膜と比べても優れており(出力密度が1.5倍程度)、湿度が著しく変化する作動条件への適用性も高いことが明らかとなりました。

今後、PEFCは乗用車だけでなく商用車(タクシーやトラックなど長時間、高出力が望まれる)への応用が期待されており、本研究の成果を更に突き詰めることによって、パーフルオロ系高分子電解質膜では見込めない分野への「SPP-TFP-4.0-PVDF」の実用化が可能になれば、水素エネルギーの高効率利用という観点から、カーボンニュートラル社会実現に向けた大きな貢献となります。

(5)今後の課題

破壊エネルギーを一定に保つことができる複合膜の組み合わせは、数多くあると思われます。今後、フッ素含量がより少ない高分子電解質や多孔性基材を用いた検討を進めて、本研究成果で得られた知見の普遍化とPEFC構成材料の多様化を目指したいと考えています。

(6)研究者のコメント

本研究により次世代燃料電池の可能性を示せたことは、大きな進歩であると考えています。他方、燃料電池は電解質膜だけでなく、電極触媒(負極および正極)や電解質膜と電極触媒の組み合わせ(界面構造の構築)、などによってもその性能と耐久性は大きく変化することが知られています。特に貴金属(白金)量を減らしたり非貴金属から成る触媒との組み合わせを試したりすることは、コストの観点から取り組むべき最重要課題です。今後、産業界との共同研究も行いながら、PEFCへの搭載に向けた研究開発を継続します。

(7)用語解説

※1 ポリフッ化ビニリデン(PVDF)
熱可塑性の部分フッ素化樹脂の一つであり、図1Bの化学構造を持つ。耐熱性、機械強度に優れており、いくつかの有機溶媒にも可溶であるため溶融成型だけでなく、溶液から成型することもできる。

※2 固体高分子形燃料電池(PEFC)
PEFCはPolymer Electrolyte Fuel Cellの略称であり、負極と正極で高分子電解質膜を挟み、負極に水素、正極に酸素を供給して電気を発生させる電池。1つのセルでセル電圧(開回路電圧)は1.0V程度であり、実用的には積層(スタック)させて高電圧を得る。

※3 プロトン導電性高分子電解質膜
スルホン酸基などの強酸性基を含む高分子から成る膜。燃料電池や電解セル、センサーなどの電気化学デバイス用の固体電解質として用いられている。PEFCの用途としては、負極で発生したプロトン(水素イオン)を正極に運ぶ役割を担っており、プロトン導電性、ガスバリア性、機械強度、耐久性などの物性が必要である。

※4 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務
業務委託名称:燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業
プロジェクト名称:高効率・高出力・高耐久PEFCを実現する革新的材料の研究開発事業
研究分担者名(所属機関名):宮武 健治(山梨大学)

※5 イオン交換容量(IEC)
イオン交換樹脂の単位重量当たりの交換可能なイオン量のこと。プロトン導電性高分子電解質膜の場合、膜1gあたりのスルホン酸基のモル数を表し、一般的にこの値が大きいとプロトン導電率が高くなる。

(8)論文情報

雑誌名:Science Advances
論文名:Proton-conductive aromatic membranes reinforced with poly(vinylidene fluoride) nanofibers for high-performance durable fuel cells
執筆者名(所属機関名):Liu Fanghua (刘 芳华)*、**、Ick Soo Kim (金 翼水)***、Kenji Miyatake (宮武 健治)**、****
*早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構
**山梨大学 クリーンエネルギー研究センター
***信州大学 学術研究院
****早稲田大学 理工学術院
掲載日時(米国東部夏時間):2023年7月26日(水)午後2時
掲載日時(日本時間):2023年7月27日(木)午前3時
掲載URL: http://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adg9057
DOI: 10.1126/sciadv.adg9057

(9)研究助成

研究費名:文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究「ハイドロジェノミクス」(研究領域提案型)
研究課題名:高速移動水素による次世代創蓄電デバイスの設計
研究代表者名(所属機関名):宮武 健治(山梨大学)

研究費名:文部科学省 データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト
研究課題名:再生可能エネルギー最大導入に向けた電気化学材料研究拠点(DX-GEM)
研究分担者名(所属機関名):宮武 健治(山梨大学)

0402電気応用
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