2023-03-22 農研機構
ポイント
農研機構は肉用牛繁殖経営へ周年親子放牧1)を導入するため「周年親子放牧導入マニュアル」を公開していますが、このたび、山陰地方2)の生産者等に向けて技術を分かりやすく伝える標準作業手順書3)を公開しました。本手順書では、山陰地方をはじめとする西日本でも問題となっている牧草の夏枯れ4)に対応して新たに開発した「草種の組み合わせによる放牧期間延長技術」についても記載しています。本手順書の活用により、山陰地方等における周年親子放牧の普及を加速化させ、子牛の生産基盤強化と生産者の所得向上につながることが期待されます。
概要
山陰地方をはじめとする西日本の平野部・低標高地域の放牧地では、寒地型牧草5)と暖地型牧草6)がともに使われていますが、近年の温暖化により、寒地型牧草の生育が夏に停滞し、植物体の一部もしくは全てが枯死する「夏枯れ」が発生しやすくなっています。夏枯れにより、秋以降の利用期間が短くなり、春先の利用開始が遅れることから、寒地型牧草の収量が経年的に低下して生産者の経営に大きく影響を及ぼしています。
そこで農研機構では、夏枯れを起こしやすい寒地型牧草に、夏季高温に強い暖地型牧草を組み合わせることで、放牧期間の延長を可能にする技術を新たに開発しました。それを受け、2020年に公開した「周年親子放牧導入マニュアル」にこの技術を加筆し、周年親子放牧導入標準作業手順書の山陰地方版を新たにとりまとめ、本日ウェブサイトにて公開しました。本手順書では、この放牧期間延長技術についての詳細な解説だけでなく、「周年親子放牧導入マニュアル」の重要部分や各地域での適草種の選定を自動かつ容易に行える「牧草作付け計画支援システム」についてもわかりやすく解説しています。
【標準作業手順書】周年親子放牧導入標準作業手順書「山陰地方版」
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/laboratory/naro/sop/157733.html
周年親子放牧を導入した肉用牛繁殖経営は、新規参入者でも比較的取り組みやすく、収益性の高い営農が期待できます。この手順書をもとに、地域に合った適草種を活用した作付けを行い、放牧カレンダーを作成することで、春から秋の放牧期間延長が可能となり、周年親子放牧による肉用牛繁殖経営の収益性向上につながると期待されます。現在、島根県と鳥取県を中心に本技術の普及を進めています。今後、本標準作業手順書を利用して、より広範な地域への普及を図る予定です。
関連情報
予算:農林水産省革新的技術開発・緊急展開事業(うち人工知能未来農業創造プロジェクト)「AIやICTを活用した周年親子放牧による収益性の高い子牛生産技術の開発」、運営費交付金
お問い合わせ
研究推進責任者
農研機構西日本農業研究センター 所長 西田 智子
研究担当者
同 周年放牧研究領域 領域長 井出 保行
同 上級研究員 堤 道生
広報担当者
同 研究推進部研究推進室 広報チーム長 阿部 弘実
詳細情報
開発の社会的背景
生産者の高齢化、飼料価格の高騰および荒廃農地面積の拡大といった近年顕在化している問題に対応し、農研機構は肉用牛繁殖経営への周年親子放牧導入を推進しており、2020年度より「周年親子放牧導入マニュアル」を公開しています。一方、山陰地方をはじめとする西日本の平野部・低標高地域では、近年の温暖化により、寒地型牧草の生育が夏に停滞する「夏枯れ」の現象が発生しやすくなっています。夏枯れの結果、秋以降の利用期間が短くなり、春先の利用開始が遅れることから、寒地型牧草の収量が経年的に低下して生産者の経営に大きく影響を及ぼしています。このため、夏枯れによる草地の衰退を回避しつつ、春から秋のより長い期間放牧可能となる草地管理技術が必要となっています。
研究の経緯
農研機構は、2020年度に「牧草作付け計画支援システム」を開発し、「周年親子放牧導入マニュアル」とともに公開しています。「牧草作付け計画支援システム」とは、放牧用草地に牧草を導入するときに、草種ごとの生育環境適性や生産コストの違いを考慮して、牧草種を選択するための意思決定支援ツールであり、全国で利用可能です。このシステムは特に周年放牧での利用を想定し、ほ場位置と飼養頭数を入力すると、必要な草量確保のためにどのほ場にどの牧草種を作付けるかの組み合わせを最適化できるよう支援します。今回、近年山陰地方で問題となっている夏枯れによる牧草の収量低下の対応策として、この支援システムを活用し、寒地型牧草に暖地型牧草を適切に組み合わせて放牧期間を延長する技術を実証し、標準作業手順書としてとりまとめました。
研究の内容・意義
このたびとりまとめた標準作業手順書(図1)では、「周年親子放牧導入マニュアル」の重要部分をわかりやすく解説するとともに、牧草の夏枯れに対応した「草種の組み合わせによる放牧期間延長技術」について加筆しています。この手順書をもとに、地域に合った適草種を活用した作付けを行い、放牧カレンダーを作成することで、春から秋の放牧期間延長が達成され、周年親子放牧による肉用牛繁殖経営の収益性向上につながると期待されます。
1.本手順書のI章では、周年親子放牧の概要(図2)について解説するとともに、周年親子放牧の優位性を次のように4つ挙げて説明しています。 (1)荒廃農地でも導入可能(応用範囲が広い) (2)初期投資の負担が少ない(牛舎や堆肥舎など舎飼いに必要な施設は不要) (3)哺乳期間が長くなり子牛が良好に成長 (4)収益性の高い子牛生産が可能(省力・低コスト)
2.II章では、山陰地方での周年親子放牧の導入の手順を解説しています。まず、基本技術や放牧カレンダーの作成など、他地域でも共通する事項について説明しています。次に、牧草作付け計画支援システムによる適草種の選定手順(図3)を解説するとともに、山陰地方を山間部・高標高地域と平野部・低標高地域に分けて、放牧カレンダーと牧草作付け計画作成の手順を紹介しています。
3.III章では、夏枯れの発生する山陰地方の平野部・低標高地域において、「牧草作付け計画支援システム」を活用した「草種の組み合わせによる放牧期間延長技術」によって、夏枯れによる草地の衰退を回避しつつ放牧期間延長を実証した例を紹介しています。この例では、寒地型牧草のトールフェスクと暖地型のシバを組み合わせて利用することにより、従来は200日間だったところ、1か所の放牧地で春から秋の240日間の放牧が可能であったことを示しています。IV章では技術の導入に向けた種子の入手先などを記載しています。
今後の予定・期待
現在、島根県と鳥取県を中心に本技術の普及を進めていますが、今後、本標準作業手順書を利用して、より広範な地域への普及を図る予定です。また、普及先での成果を優良事例としてまとめ、本標準作業手順書の改訂時に追加することでさらなる技術の普及につなげていきます。
用語の解説
1)周年親子放牧:
主に肉用牛繁殖経営向けの飼養技術です。通常の放牧飼養体系では、妊娠した繁殖雌牛を放牧に出し、分娩の1~2か月前には牛舎に戻して分娩させます。周年親子放牧では、季節や分娩時期にかかわらず、一年中放牧地で飼養し、分娩や種付けも放牧地で行います。また、分娩後は親子一緒に放牧飼養し、子牛は出荷時期まで離乳しません。
2)山陰地方:
ここでは、京都府から山口県までの中国山地脊梁から日本海に面する方面の地域を指します。
3)標準作業手順書:
技術の特徴、技術が必要とされている背景、技術導入の条件、具体的な作業手順、導入事例、導入の際の留意点等が記載されているものであり、普及担当者や生産者に配布して、技術の指導・導入の現場で用いられます。
4)夏枯れ
夏季の暑熱や干ばつにより牧草(主として寒地型牧草)の生育が停滞することもしくは牧草が枯死することを指します。また、病害やセンチュウ類による被害も指摘されています。夏枯れしにくい寒地型牧草としてトールフェスクが挙げられ、その品種として「ウシブエ」が最も強い耐暑性を持ちます。
5)寒地型牧草
中央・西アジア、ヨーロッパが主な原産地で、植物分類学的にはイネ科ウシノケグサ亜科に属します。一般に、5 °Cぐらいから生育を始め、15~21 °Cぐらいに生育の適温があります。光合成回路を1つ持つC3植物です。牧草作付け計画支援システムでは、寒地型牧草として、オーチャードグラス、トールフェスク、ケンタッキーブルーグラス、ペレニアルライグラス、イタリアンライグラス、エンバクおよびライムギが含まれています。
6)暖地型牧草
東アフリカ、東南アジア、中央・南アメリカの熱帯・亜熱帯地方が原産地で、植物分類学的にはイネ科キビ亜科とスズメガヤ亜科に属します。一般に、10 °C以下では生育をせず、25~30 °Cぐらいに生育の適温があります。光合成回路を2つ持つC4植物であり、寒地型牧草と比較して、高い光合成能力を持ちます。ただし、光合成生産のための組織(維管束鞘細胞)が発達しているため、動物が摂取した時の茎葉部の消化率は寒地型牧草よりも低くなります。牧草作付け計画支援システムでは、暖地型牧草として、センチピードグラス、バヒアグラス、シバ、ススキおよび栽培ヒエが含まれています。
発表論文
周年親子放牧導入マニュアル(農研機構刊、2021年3月)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/140413.html
からダウンロード可能
参考図
図1 本標準作業手順書の表紙
図2 舎飼い(左)と周年親子放牧(右)の比較
図3 山陰平野部・低標高地域の実証地における牧草作付け計画支援システム
を用いた草種選定の例
草種の探索条件として 「牧草生産の手間・コストを抑えたい」および 「探索
候補に野草(シバ)も含める」を入力し(左上)、草種の最適化を行うと、平坦部
にはトールフェスク、傾斜部にはシバが最適草種として出力されました(右上)。
生産量の推定結果(中段)では、3月下旬から8月までほぼ十分な草の生産がある
ものの、それ以降は草が不足することが予測されています。