2023-03-07 新エネルギー・産業技術総合開発機構,株式会社ファームシップ,パイマテリアルデザイン株式会社
NEDOは「人工知能技術適用によるスマート社会の実現」事業に取り組んでおり、その一環として(株)ファームシップとパイマテリアルデザイン(株)は、人工知能(AI)を活用した、ホウレンソウ苗移植時の良苗判定技術を開発しました。本技術を植物工場で実験し、収穫量を17%増大できることを検証しました。
従来植物工場では、苗の良否判定を作業者の主観に頼っており、低い精度の選別しかできませんでした。本技術は、ホウレンソウ苗の画像から高さ、幅、重さの寸法を推定するAIと、その推定値から順調に育つ苗を推定するAIの二つのAIモデルで、移植後の生育の可能性も含め良否を判定します。移植時に正常苗を適切に選別でき、収穫量の増加、さらには植物工場の生産性を高められます。
今後、(株)ファームシップとパイマテリアルデザイン(株)は、本技術の精度の向上を検証するほか、移植苗の収穫時の重量を含めた栽培データの蓄積を進め、高度な判定と移植作業の自動化を目指します。さらに、本事業の一環で開発した需要や重量予測技術、生育制御技術などと組み合わせ、フードロス削減につながる高精度な需給調整システムの実現を目指します。
1.概要
植物工場は露地栽培に比べて天候に左右されず、狭い土地で安定的に生産できることから近年、生産が拡大しています。しかし植物工場でも栽培環境を完全に均一にすることは難しく、成長速度には個体差もあることから、生育状況の効率的な把握・管理が課題となっています。
このような背景のもと、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)が取り組む「人工知能技術適用によるスマート社会の実現※1」事業において、株式会社ファームシップは国立大学法人豊橋技術科学大学と共同で、2019年度に人工知能(AI)を活用した野菜の市場価格予測アルゴリズムを開発※2し、東京都の大田市場のレタスの市場価格を予測して配信するサービスを、栽培事業者向けに提供しました。また、2021年度にはレタスに加えトマトやイチゴなど5品目の市場価格を週次単位で高精度に予測する仕組みを開発※3するとともに、2022年度には非接触・非破壊でレタスの重量を推定するアルゴリズムを開発し、実際の植物工場で実証※4試験を行い、実測値に対する高い推定精度を確認しました。
そして今般、(株)ファームシップはパイマテリアルデザイン株式会社と共同で、AIを活用したホウレンソウ苗の移植時の良苗判定技術を開発しました。植物工場に苗を移植する時点で、今後正常に育たないと推定される生育の悪いものを排除できれば、生産量の増加と、廃棄対象となる品質基準に満たない野菜の減少が期待でき、より効率的な生産が可能になります。これまで苗の良否判定は作業者の主観に頼っており、低い精度の選別しかできませんでしたが、本技術は、二つのAIモデルで移植後の生育の可能性も含め良否を判定します。その結果、推定寸法パラメーターによるフィルタリング後の傾き指数※5の推定は、相関係数※60.78と高い精度を達成し、本技術によって移植時に正常苗を適切に選別できました。従来移植後の正常苗率※7は54%だったところ、80%まで向上しました。これは17%の収穫量増加に相当します。
2.今回の成果
本事業で開発した技術は、苗の画像からその高さ、幅、重さの寸法パラメーター(変数)を推定するディープラーニングモデル(モデル1)と、今回独自に編み出した傾き指数を推定するディープラーニングモデル(モデル2)をシステム化させたものです。AIによる画像解析の結果、推定寸法パラメーターによるフィルタリング後の傾き指数の推定は、相関係数0.78と高い精度を達成しました。
植物工場では移植すべき苗を判別できれば良く、判定は移植適否の二値分類で十分ですが、あえて傾き指数というフレキシビリティの高い連続値を設定することで、生産現場の需給状況に応じた移植基準の変更に対応できます。これにより、需要が供給量を上回りそうであれば、多少基準を下げて移植し生産量を増やすことが可能となりました。
また、モデルを新たな場所で使用する場合、明るさや背景などの撮影条件が変わるため、AIモデルの再学習が必要となります。その際、見かけの判断がしにくい小さい苗については傾き指数を決めにくく、教師データの信頼性が下がってしまいます。一般的に小さすぎる苗は移植に適さないと考えることができ、1段階目(モデル1)でそのような苗をあらかじめ除くことで、プロセスの精度向上が図れます(図1)。
その結果、従来の移植後の正常苗率は54%でしたが、本技術によって80%まで向上しました。これは17%の収穫量増加に相当します。
この良否判定は、植替え時に行います。一株ごとにロボットアームなどで栽培プレートから取り出し、画像を横から撮影します。栽培プレート上で撮影すると隣接苗の影響を受けるため、工程途中で単独株のみの画像を取得します。良否判定後、不要苗は排除し、正常苗のみを株間距離の広い栽培プレートに植え直します。現在は、作業者が行っていますが、将来は自動化する技術を開発します。
図1 開発したAI技術のプロセス概念
3.今後の予定
NEDOは、日本の得意分野にAI技術を応用することで競争優位を確保するとともに、AI技術の有効活用に不可欠な現場のデータの明確化と取得・蓄積・加工のノウハウを確立し、AI技術の社会実装の先行的な成功事例の創出、AI技術における「社会実装の呼び水」となることを目指します。また、社会のさまざまなニーズにきめ細かく対応でき、あらゆる人が質の高いサービスを受けられるスマート社会の構築につなげていきます。(株)ファームシップ、パイマテリアルデザイン(株)は本技術を用いて、植物工場での移植作業時にホウレンソウの生育状況を推定し、移植すべき苗かを自動判別するシステムの実用化を進めます。本システムの実用化により、将来は、より無駄の少ない野菜出荷が可能になります。同時に露地栽培に比べ生産コストが抑えられるため、消費者は植物工場で生産した高品質な野菜が、より安価で入手可能になります。また、効率的な生産によって無駄になっていたエネルギーも削減でき省エネ化にも貢献できます。
今後、(株)ファームシップ、パイマテリアルデザイン(株)は精度の向上を検証するほか、移植苗の収穫時の重量を含めた栽培データの蓄積を進め、判定の高度化と移植作業の自動化の検討を行います(図2)。また、レタスなどの植物工場で栽培されるさまざまな品種への適用を進めます。さらに、本事業の一環で開発した需要や重量予測技術、生育制御技術などと組み合わせることで、フードロス削減につながる高精度な需給調整システムの実現を目指します。
図2 AI良苗判定技術を用いた、ホウレンソウの自動移植手順
【注釈】
- ※1 人工知能技術適用によるスマート社会の実現
-
- 事業名:人工知能技術適用によるスマート社会の実現/AIによる植物工場等バリューチェーン効率化システムの研究開発
- 事業期間:2018年度~2022年度
- 委託先:株式会社ファームシップ、国立大学法人東京大学
- 再委託先:パイマテリアルデザイン株式会社、国立大学法人豊橋技術科学大学
- 事業概要:人工知能技術適用によるスマート社会の実現
- 紹介動画:NEDO Channel「人工知能技術適用によるスマート社会の実現」
- 紹介動画:NEDO Channel「AIによる植物工場等バリューチェーン効率化システムの研究開発」
- ※2 人工知能(AI)を活用した野菜の市場価格の予測アルゴリズムを開発
- (参考)NEDOリリース(2019年11月19日)「AIを活用した野菜の市場価格の予測アルゴリズムを開発」
- ※3 トマトやイチゴなど5品目の市場価格を週次単位で高精度に予測する仕組みを開発
- (参考)NEDOリリース(2021年3月24日)「AIを活用した野菜5品目の市場価格を予測するサービスを開始」
- ※4 非接触・非破壊でレタスの重量を推定するアルゴリズムを開発し、実際の植物工場で実証
- (参考)NEDOリリース(2022年4月14日)「AIでレタスの生育状況を推定する実証試験に成功」
- ※5 傾き指数
- 苗の倒れ具合を表すもので、1は苗が徒長し完全に倒れている、0は完全に直立、0.5はその中間を意味します。
- ※6 相関係数
- 相関係数は一般に、0.4~0.7で相関を有するとされ、0.7以上では強い相関を有するとされます。比例のグラフで、相関係数0.6と0.78の例を図3に示します。0.78は、ほぼ比例直線付近にプロットがありますが、0.6だと少し離れています。
図3 比例関係の相関係数の例
- ※7 正常苗率
- 順調に育つ苗/全移植苗で計算されます。
4.問い合わせ先
(本ニュースリリースの内容についての問い合わせ先)
NEDO ロボット・AI部 担当:加藤、寺下
(株)ファームシップ 担当:近藤
パイマテリアルデザイン(株) 担当:新津
(その他NEDO事業についての一般的な問い合わせ先)
NEDO 広報部 担当:坂本、黒川、橋本、鈴木、根本