外から見えない害虫を炭酸ガスで退治する~低圧炭酸ガスを用いたクリ果実殺虫技術が農薬登録~

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2023-01-24 農研機構,日本液炭株式会社

ポイント

農研機構は、1 MPa未満の低圧炭酸ガスを用いて1時間くん蒸処理することで、収穫したクリ果実内のクリシギゾウムシを殺虫できる技術を開発しました。本法は、日本液炭株式会社により2022年9月に農薬登録(適用拡大)がなされ、くん蒸作業の負担が少なく、安定供給可能な農薬として使用できます。

概要

クリ果実の主要害虫であるクリシギゾウムシ1)の殺虫には、ガスを用いたくん蒸剤2)による処理が効果的です。農研機構は、炭酸ガス(二酸化炭素)を用いたくん蒸による殺虫技術の開発に取り組んできました。今回、1 MPa未満の低圧炭酸ガス3)を用いたくん蒸殺虫技術を開発し、日本液炭株式会社により2022年9月にクリシギゾウムシを対象とした農薬登録(適用拡大)を行いました。

本技術は、気密性耐圧容器にクリ果実を入れ、減圧したあと低圧力(0.95 MPa)の炭酸ガスで30分間くん蒸し、ガスを放出し常圧に戻す工程を2回繰り返します。殺虫効果のある炭酸ガスを昆虫体内に圧力をかけることで高濃度に溶解させ、短時間で十分な殺虫効果が得られます。本低圧炭酸ガスくん蒸法は、くん蒸時間が短く、薬剤の残留を気にすることなく、取り扱いが容易なことが特徴であり、くん蒸作業の負担軽減につながります。また、炭酸ガスは飲料・食品分野や医療分野でも広く利用されているガスであり、安定的に供給可能な物質です。今後、クリ以外でも、風味や品質を重視した加工食品原料などへの応用が期待できます。

関連情報

予算 : 資金提供型共同研究(2021年)、運営費交付金
特許 : 二酸化炭素を用いた害虫防除法及び害虫防除装置 登録第5322045号

問い合わせ先など

研究推進責任者 :
農研機構食品研究部門 所長亀山 眞由美
日本液炭株式会社 代表取締役社長遠藤 祐喜

研究担当者 :
農研機構食品研究部門 食品流通・安全研究領域主席研究員宮ノ下明大

広報担当者 :
同 研究推進室長中村 敏英

詳細情報

開発の社会的背景と研究の経緯

クリ果実の主要害虫の1つであるクリシギゾウムシ(図1)は、クリ果実に穴を開け果実内部に産卵し、ふ化した幼虫が果実内を食害します。産卵のための穴は小さいため、外観から被害果を選別することは困難であり、そのまま流通してしまうと問題となります。クリシギゾウムシによる被害は多く、特に中生品種や晩生品種では被害果率が6.6~18.9%に及んだとの報告もあります。果実中のクリシギゾウムシ幼虫の殺虫に、長らく使用されていた臭化メチルくん蒸剤は、地球のオゾン層を破壊することから、モントリオール議定書に基づき、日本では2005年(開発途上国は2015年)に原則使用禁止となりました。その後、ヨウ化メチルくん蒸剤4)がクリシギゾウムシの殺虫剤として農薬登録されたことから、広く普及し現在に至っています。しかし、近年、ヨウ化メチルの原料であるヨウ素の需給が世界的にひっ迫しており、ヨウ素の価格高騰や供給不足の問題が起こっています。

農研機構では、臭化メチル代替農薬として、炭酸ガスくん蒸による殺虫技術の開発に長年取り組んできました。最初に、高圧炭酸ガスくん蒸によるクリ果実の殺虫技術を開発し、日本液炭株式会社から「エキカ炭酸ガス(農薬登録番号:18194、1992年登録)」の適用拡大を申請し、2.5~3 MPaの高圧炭酸ガスを用いた方法が2007年に登録(適用拡大)されました。しかしながら、高圧に耐えられる高価な気密性耐圧容器が必要なため導入コストが大きな障害となり、高圧炭酸ガスくん蒸法の普及は進みませんでした。そこで今回、従来の2.5 MPa~3 MPaの高圧が必要であった方法を改良しました。1 MPa未満の低圧条件でも減圧と加圧を2回繰り返すことにより、高圧条件と同等の殺虫効果が得られる炭酸ガスくん蒸によるクリシギゾウムシの殺虫技術を開発(図2)し、導入コストの低減や管理にかかる労力の軽減を可能にしました。くん蒸を行う処理量にもよりますが、3 MPaの高圧処理に必要な装置に比べると、0.95 MPaでの処理に必要な耐圧容器の費用は1/10程度で済むことが期待されます。今回、この低圧炭酸ガスくん蒸法について農薬登録の申請を日本液炭株式会社から行い、2022年(令和4年)9月に登録(適用拡大)に至りました(表1)。これにより、従来よりも、格段に利用しやすい炭酸ガスくん蒸技術が実現しました。

研究の内容・意義

1.炭酸ガスくん蒸の特徴 : 炭酸ガス(二酸化炭素)は高濃度では取り扱いに注意が必要ですが、毒性は低く炭酸ガスを用いたくん蒸は作業管理が行いやすいという利点があります。また、対象物への薬剤の残留を気にする必要もありません。なお、使用する液化炭酸ガスは、石油精製等の過程で副生する炭酸ガスを原料にしているため、新たな二酸化炭素の排出量の増加を招くことはありません。

2.低圧炭酸ガスくん蒸によるクリシギゾウムシの殺虫原理 : 農薬によりクリ果実の内部に存在する昆虫を殺虫するためには、果実内部に十分に浸透可能な薬剤を用いる必要があります。そのためにはガス状であることが効果的であり、炭酸ガスを用いたくん蒸剤はこの用途に適しています。低圧炭酸ガスくん蒸は、圧力をかけて果実内あるいは昆虫体内に短時間に多量の炭酸ガスを溶解させるため、ヨウ化メチルくん蒸剤(くん蒸時間:2~4時間)よりも短いくん蒸時間(60分間(30分間の処理を2回))で殺虫効果を得ることができます。クリシギゾウムシに加害されたクリでは、幼虫が外に出てくる際に大きな穴が開けられ商品価値が大幅に低下します(図1)。殺虫することにより、このような被害を減らすことができます。

3.低圧炭酸ガスのくん蒸手順(図3) : ①気密性耐圧容器にクリ果実を投入(図4)して密封、②真空ポンプを用いて容器内を真空状態まで減圧、③炭酸ガスボンベより炭酸ガスを圧力が0.95 MPaになるまで加圧注入し、この状態で30分間保持(くん蒸)、④容器から炭酸ガスを排出し常圧に戻します。②~④の工程をもう一度繰り返して終了です。実際の装置導入時には、これら減圧、加圧、排出の操作を自動化することで、より簡便で安全なくん蒸作業が可能になります。

今後の予定・期待

現在、クリ果実内のクリシギゾウムシに対する農薬として登録され実際に使用が可能なのは、ヨウ化メチルくん蒸剤と二酸化炭素(炭酸ガス)くん蒸剤のみです。今回、既登録の農薬(エキカ炭酸ガス)の適用表に低圧(0.95 MPa)での使用方法が登録されたことにより、実用的な殺虫法の選択肢を広げることができました。使用する炭酸ガスは農薬登録のあるものを購入する必要があります。

今後、減圧、加圧、排出の条件を自動化した装置を開発することで、ボタンを押すだけで安全な殺虫処理が可能になり、作業性の優れたくん蒸施設の導入が期待されます。また、炭酸ガスを使用しても有機JAS認証の妨げになりません。「有機クリ」という付加価値を想定した農産物にもつながると考えられます。さらに、本技術は熱をかけずに済むことから、クリ以外にも、風味や品質を重視した加工食品原料などへの応用が期待できます。

用語の解説
1)クリシギゾウムシ
クリ果実を加害するゾウムシ科の甲虫。成虫が7月以降発生し、落下前のクリ果実 に産卵する。落下したクリ果実から発育した幼虫が穴を開けて脱出し、土中に潜り越冬する。
2)くん蒸剤
気密性の高いくん蒸庫やガスバリア性の高い天幕の中で有効成分を気化させて対象物を暴露し殺虫する薬剤。
3)低圧炭酸ガス
高圧ガス保安法では、1 MPa(10.2 kg/cm2)以上の圧力を高圧ガスと定義しており、本技術ではこれに該当しない0.95 MPaの炭酸ガスを低圧炭酸ガスと呼んでいる。
4)ヨウ化メチルくん蒸剤
現在使用されているクリシギゾウムシに適用のある農薬で、収穫後のクリ果実を2~4時間かけてくん蒸処理を行なう。2009年に農薬登録された。
参考図

図1 クリ果実内のクリシギゾウムシ幼虫(左)と幼虫脱出によるクリ果実の被害(右)

 

表1 農薬登録の基本情報と適用情報(抜粋)

 

図2 低圧炭酸ガスくん蒸による圧力・ガス条件

常圧から-0.09MPaに減圧し、0.95MPaに加圧する行程を2回繰り返します。
ヨウ化メチルくん蒸剤(くん蒸時間:2~4時間)よりも短いくん蒸時間(1時間)で殺虫効果を得ることができます。
図中の丸囲み数字は、①クリ投入、②減圧、③加圧・ガス注入、殺虫くん蒸、④圧力・ガス放出、を示します(図3参照)。

 

図3 低圧炭酸ガスくん蒸の手順
図2で示した処理(①~④)を行うための操作手順の模式図。

 


図4 気密性耐圧容器にクリ果実を投入

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