2022-12-22 森林総合研究所
ポイント
- 地球温暖化による雪崩への影響をスーパーコンピュータを用いたシミュレーションで推定しました。
- 雪崩の発生頻度が低下する一方で、一部の地域では起こり得る雪崩が大規模化する恐れのあることがわかりました。
- 得られた推定結果に基づき、地球温暖化に適応した雪崩対策の推進が必要です。
概要
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所の研究グループは、農林水産研究情報総合センターのスーパーコンピュータを用いたシミュレーションにより地球温暖化による雪崩への影響を推定しました。その結果、雪崩が発生し得る不安定な積雪状態となる頻度は、北日本の広い範囲で将来減少傾向にあることが予測されました。一方で、一部の山岳地域では、発生したときの雪崩の規模が大きくなる可能性があるといった予測結果が得られました。このことは地球温暖化が進むと全体的には雪崩の発生する頻度は減少するものの、一部の地域では、一度発生すると広範囲に被害をもたらす大きな規模の雪崩になる可能性があることを意味します。これまでにも過去の雪崩記録などから地球温暖化により雪崩は低頻度化すると考えられていましたが詳細な影響評価までは至っていませんでした。本研究成果は、地球温暖化による雪崩への影響を見積もるうえで、頻度だけではなく規模にも注目するべきであることを示す世界初のものです。
本研究成果は、2022年10月6日にJournal of Glaciology誌でオンライン公開されました。
背景
日本の積雪地域においては、雪崩による人的被害や森林・インフラへの被害が度々起こっており、過去に被害があった箇所を中心になだれ防止保安林や雪崩予防柵、雪崩防護壁などの整備が行われています。雪崩の発生頻度は気温と負の相関関係にあることが知られています。そのため、地球温暖化により雪崩災害リスクは小さくなるとの見解が一般的でした。しかし、近年は地球温暖化による大雪の高頻度化が予想され、雪崩災害リスクを増加させるのではないか、との懸念があります。地球温暖化は、本当に雪崩災害のリスクの軽減につながるのでしょうか。この問いに答えることは、気候変動に適応した雪崩対策を推進するにあたり重要となります。
内容
雪崩は積雪層の上部のみが流下する表層雪崩とすべての積雪層が流下する全層雪崩の2種類に大きく分けられます。前者は多量の積雪が高速で流下し、被害も甚大になりやすいことから、本研究では表層雪崩についてのみ扱います。また、表層雪崩の発生要因は、積雪層のなかに相対的に強度の弱い層が存在し、その層で破壊が生じて上側の積雪層が流下するためと考えられています(図1)。この弱い積雪層を形成する雪の 代表例が新雪*1やこしもざらめ雪*1と呼ばれる種類の雪です。そこで、気候モデルによる地球温暖化予測を考慮した積雪の強度計算を行い、新雪やこしもざらめ雪等により積雪内部に強度の弱い層が形成されて雪崩が発生し得る様な不安定な積雪状態が生じる頻度と、強度の弱い層より上側にあり雪崩となる積雪量(雪崩の規模を指標します)の分布をスーパーコンピュータを用いたシミュレーションにより調べました。なお、このシミュレーションでは、現在気候を1951年~2011年と、温暖化気候を産業革命以前と比較して全球平均気温が4℃上昇した年代(凡そ2051年~2111年に相当)として将来変化を見積もりました。
その結果、地球温暖化により、雪崩が発生し得る不安定な積雪状態が生じる頻度は、北日本全体としては減少する傾向にあることが予測されました。また、新雪を原因として発生する雪崩の規模は、南アルプス・中央アルプス周辺の地域や北海道大雪山周辺の一部山岳地域で10~70%増加する(現在気候と温暖化気候とを比較した相対変化)と予測されました(図2a)。また、こしもざらめ雪を原因とする雪崩の規模は、北陸・新潟や北海道大雪山周辺の一部山岳地域で10~30%増加する(現在気候と温暖化気候とを比較した相対変化)ことが予測されました(図2b)。その他の地域では、起こり得る雪崩の規模に変化が無い、または減少することが予想されました。これら結果は、地球温暖化により、全体としては雪崩の発生頻度は少なくなるが、地域によっては雪崩の規模が大きくなる可能性があることを示しています。
図1. 表層雪崩が発生したときの様子を表す模式図。斜面を流下した積雪層は下流に堆積する。右側の吹き出しの図は、雪崩が発生する箇所を横から見た断面を模式的に表す。
図2. 強度の弱い層が(a) 新雪の場合と(b) こしもざらめ雪の場合に起こり得る雪崩の規模について現在気候の場合と比較して温暖化気候の場合でどれだけ将来変化があるかどうかを予測した結果。
[論文の図を一部改変]
今後の展開
気候変動に適応した雪崩対策を効率的に推進するためには、雪崩災害リスクの高い地域から重点的に対策を講じることが有効です。災害リスクは発生確率と被害規模の積により評価できるので、不安定な積雪状態が生じる頻度が低下するという結果は、雪崩災害リスクが小さくなることを意味します。一方で、雪崩の規模が大きくなると予想された地域については、これまでよりも広範囲に被害をもたらす雪崩が発生する可能性があり、過去の雪崩被害に基づく対策では不十分と考えられます。このような地域から重点的に雪崩災害対策を検討していくことが防災上有効と考えられます。地球温暖化の影響を受けつつある中で効率的な雪崩対策を進めるためには、各地域の詳細な状況に基づきつつ、このような雪崩災害リスク評価も考慮に入れて検討を進めることが有効であると考えられます。
論文
論文名:Large-ensemble climate simulations to assess changes in snow stability over northern Japan
著者名:Yuta Katsuyama, Takafumi Katsushima, Yukari Takeuchi
掲載誌:Journal of Glaciology
DOI:10.1017/jog.2022.85p
研究費:日本学術振興会科学研究費補助金「大量気象データを用いた広域雪崩災害リスク評価とその温暖化影響に関する研究」(20K22437)・「数値計算と長期モニタリング結果に基づいた雪崩発生危険度の可視化技術開発」(22K14458)、森林総合研究所交付金プロジェクト「地球温暖化を考慮した確率論に基づく雪崩災害リスク予測手法の開発」
用語解説
*1「新雪」と「こしもざらめ雪」
強度の弱い新雪層の代表例として新雪(図3a)とこしもざらめ雪(図3b)と呼ばれる種類の雪があげられます。降雪後間もない新雪は、雪粒子同士の結合が進んでいないため力学的な強度が弱いという特徴があります。こしもざらめ雪は、地上に堆積した後の気象条件の変化に伴い、積雪内部で雪粒子の形状が徐々に変化し、角があったり平な結晶面を持ったりする等の特徴的な形状になったものです。こしもざらめ雪も新雪と同様に雪粒子同士の結合が弱く崩れやすい特徴があります。強度の強い積雪層の場合は、雪粒子同士の結合が進んでおり、丸まった形状となります。
図3. (a)新雪と(b)こしもざらめ雪の拡大写真。新雪は、降雪後間もないため、六角形の形状や樹枝が残っていることが特徴です。こしもざらめ雪は、雪粒子の一部に角ばった形状や平らな結晶面が見られることが特徴です。
お問い合わせ先
研究担当者:
森林総合研究所 森林防災研究領域 十日町試験地 任期付研究員 勝山祐太
広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係