鉄シリコン化合物における室温下の電流誘起磁化反転の実現~希少資源を使わない省電力な次世代磁気メモリへ~

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2022-12-20 東京大学

1.発表のポイント

◆地球上に豊富に存在する鉄(Fe)とシリコン(Si)から成る化合物FeSiにおいて、フッ化物絶縁体を接合することによって室温下での電流による磁化反転操作を実現しました。
◆結晶内部の電子状態のトポロジーに由来したFeSiの表面の伝導状態・磁気状態を、接合する非磁性絶縁体によって大きく制御できることを発見しました。
◆磁化反転操作に必要な電流値は他の物質と比較しても小さく、貴金属資源の制約や環境負荷を抑えつつ省電力な次世代磁気メモリへの応用が期待されます。

2.発表概要

電子のもつ電気的な性質(電荷)と磁気的な性質(スピン、注1)を同時に利用することによって磁石の状態を電気的に操作する技術は、現代のエレクトロニクスを大きく発展させる要素として注目されています。その中で、スピン状態を電気的に効率よく操作できる物質の探索がこれまで盛んに行われてきましたが、既存の候補物質は重元素の含有を必要とし、材料の観点からは希少性や毒性といった点で課題がありました。地球上に豊富に存在する鉄(Fe)とシリコン(Si)から成る化合物FeSiは、重元素を含有しないにもかかわらず、その表面において電流誘起磁化反転(電流で磁化の向きを反転すること)をはじめとしたスピントロニクス機能(注1)を有することが近年発見されましたが、その機能は120ケルビン以下という低い温度でしか実現できていませんでした。

東京大学大学院工学系研究科の堀智洋大学院生、金澤直也講師、平山元昭特任准教授、理化学研究所創発物性科学研究センターの十倉好紀センター長らを中心とする研究グループは、東北大学金属材料研究所の塚﨑敦教授、藤原宏平准教授らの研究グループと共同で、FeSiが有するトポロジカル表面状態(注2)が、各種絶縁体を接合することで大きく変調されることを発見し、特にフッ化物絶縁体を接合することにより室温における電流誘起磁化反転を実現しました。

今回の発見によってトポロジカル物性(注2)やスピントロニクス機能を、ありふれた元素の化合物でも室温下で実現可能であることが明らかにされました。資源の制約や環境負荷を抑えつつ、電子デバイスの省電力化や高機能化を大きく進展させる次世代MRAM(注3)への応用が期待されます。

3.発表内容

<研究の背景>

現代のエレクトロニクスは、半導体集積度の限界や情報処理のエネルギー消費量の急増といった課題に直面しており、微細化技術の向上だけでなく半導体デバイスの高性能化や新機能付与が重要な開発戦略となっています。中でも、電子のもつスピンの自由度を利用したスピントロニクスの発展が期待されており、物質・デバイス開拓が盛んに研究されています。電流によって高効率・省電力なスピン操作を可能にする物質の開拓方針として、重元素のもつ強いスピン軌道相互作用(注1)を利用することが通例とされていました。一方で、材料の観点からは、それらの重元素は希少性や毒性といった点で課題がありました。

FeSiという物質は、結晶内部が非磁性絶縁体(磁石の性質を持たず電気を通さない状態)であるのに対して、表面では結晶内部の電子状態のトポロジー(注2)に由来した金属強磁性状態(磁石の性質を持ち電気を通す状態)を有することが近年発見されました。さらに、重元素を含有しないにもかかわらず、その表面では強いスピン軌道相互作用が生じ、電流誘起磁化反転の実現が示されました。豊富な元素のみを用いたスピントロニクス材料としての可能性が期待されますが、一方で磁気転移温度(磁石の性質をもつ温度)が200ケルビン程度と低いことから、磁化反転は極めて低温でのみの実現に留まっていました。

<研究内容>

本研究は、トポロジカル表面状態を有するFeSiにおいてより高温での強磁性およびスピントロニクス機能を実現するために、図1(a)のようにSi基板上に作製したFeSi薄膜に種々の非磁性絶縁体薄膜を接合して、表面の電子状態に対する近接効果を調べました。

図1(b)に示すように、FeSiが有する表面強磁性磁化は接合した絶縁体材料によって大きく変調され、Si接合では磁化がほとんど抑えられる一方で、フッ化物接合では磁化の大きさが増大し磁気転移温度も室温を大きく超えることがわかりました。酸化物接合はこれらの中間的な性質を示しています。また、界面電子状態の第一原理計算によって、これらの近接効果はFeSi表面電子と接合した絶縁体材料の間の電子状態の混成度合いに由来することも明らかになりました。

さらに、フッ化物接合によって磁気転移温度が上昇したFeSiを用いて、室温下においても電流によって磁化の向きを制御することに成功しました。図2は、電流を流すことによってFeSi表面の垂直な磁化(磁石の強さと向きを表す量)が上下に反転する様子を表した模式図と実験結果を示しています。磁化の向きをホール効果(注4)によって検出しており、閾値以上の大きな電流を流すことによって、磁化の向きを繰り返し反転できることがわかりました。特に、外部磁場を印加しなくても磁化反転が可能であることも示されました。さらに、その磁化の向きを反転するのに必要な閾電流値は、室温下で磁化反転が可能な既存の物質と比較しても非常に小さいことがわかります。これにより、例えば磁化の向きで情報を記録する磁気メモリ(注3)の電気的な制御を室温下においてより省電力かつ低環境負荷で実現できる可能性があります。

<社会的意義・今後の予定>

比較的原子番号の小さい軽元素で構成された化合物における強いスピン軌道相互作用の発現は、これまでの常識を打ち破るものであり、トポロジーの概念を用いたスピントロニクス物質設計の新しいパラダイムとなっています。今回、この物質において室温以上の温度でのスピントロニクス機能を実現したことは産業応用上でも大きな意義があり、環境負荷が小さく、省電力・高機能な次世代MRAMへの実現可能性が広がりました。今後もFeSiが有するトポロジカル表面状態を用いたデバイス応用に向けたスピントロニクス機能の向上及び開拓が望まれます。

<研究支援>

本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業FOREST「新世代コンピューティング素子のためのスキルミオン物質基盤創成(研究代表者:金澤直也)」(Grant No. JPMJFR2038)、同戦略的創造研究推進事業PRESTO「電子材料系における非原子軌道の物質設計(研究代表者:平山元昭)」(Grant No. JPMJPR21Q6)、同戦略的創造研究推進事業 CREST「ナノスピン構造を用いた電子量子位相制御(研究代表者:永長直人)」(Grant No. JPMJCR1874)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究B「Zak 位相制御による表面状態設計とスピントロニクス機能実現(研究代表者:金澤直也)」(Grant No. JP20H01859)、同挑戦的研究(萌芽)「キラル結晶薄膜合成とキラルスピントロニクス開拓(研究代表者:金澤直也)」(No. JP22K18965)による支援を受けて行われました。

4.発表雑誌

雑誌名:「Advanced Materials」(オンライン版:12月20日)

論文タイトル:A Noble‐Metal-Free Spintronic System with Proximity‐Enhanced Ferromagnetic Topological Surface State of FeSi above Room Temperature

著者:Tomohiro Hori, Naoya Kanazawa*, Motoaki Hirayama, Kohei Fujiwara, Atsushi Tsukazaki, Masakazu Ichikawa, Masashi Kawasaki, Yoshinori Tokura

DOI番号:10.1002/adma.202206801

URL:https://doi.org/10.1002/adma.202206801

発表者

堀   智洋(東京大学 大学院工学系研究科物理工学専攻 博士課程)
金澤  直也(東京大学 大学院工学系研究科物理工学専攻 講師)
平山  元昭(東京大学 大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター 特任准教授/理化学研究所 創発物性科学研究センタートポロジカル材料設計研究ユニット ユニットリーダー)
藤原  宏平(東北大学 金属材料研究所 准教授)
塚﨑   敦(東北大学 金属材料研究所 教授)
市川  昌和(東京大学 大学院工学系研究科物理工学専攻 名誉教授)
川﨑  雅司(東京大学 大学院工学系研究科物理工学専攻 教授/理化学研究所 創発物性科学研究センター 副センター長)
十倉  好紀(理化学研究所 創発物性科学研究センター センター長/東京大学卓越教授(国際高等研究所東京カレッジ))

5.用語解説

(注1)スピン、スピン軌道相互作用、スピントロニクス
電子の自転運動に由来した角運動量をスピンといい、自転軸の方向に対して向きをもつ。物質中の電子の集団が同じスピンの向きを示すと磁石の性質を示す。電子の運動量とスピンの間に働く力をスピン軌道相互作用と呼び、一般に重い原子ほど大きな効果として現れる。スピンを用いた電子技術をスピントロニクスと呼び、スピン軌道相互作用を利用した技術開発が研究されている。

(注2)トポロジー、トポロジカル表面状態、トポロジカル物性
トポロジーは位相幾何学と呼ばれる数学の一つであり、連続的な変形に対して形が移り変われるかによって物体の形状を分類する。物質内部の電子状態が特別なトポロジーで表される構造をもつと、その構造を反映した特徴的な状態が表面に現れ、物質内部とは異なる性質を示す。ここでは、そのような表面状態と性質をそれぞれトポロジカル表面状態とトポロジカル物性と呼ぶ。

(注3)MRAM、磁気メモリ
MARM(磁気ランダムアクセスメモリ)は、磁化(磁石)の向きを情報のビットとする磁気記録素子の一種で、パソコンやスマートフォンなどのデバイスでのメインメモリとして用いられる。磁化の向きを外部からエネルギーを加えることなく保存できるため、情報の維持に電力を必要としない不揮発性メモリの一種である。MRAMには、磁化を電流による誘導磁場で制御する方式や一定方向のスピンのみをもつ電流を注入して角運動量を受け渡すことで磁化を制御するスピン注入方式などが現在用いられているが、より小型・省電力・高性能な次世代メモリの研究・開発が盛んに行われている。

(注4)ホール効果、ホール伝導度
磁場などによって電流の向きが垂直方向に曲げられる現象のことをホール効果と呼び、電場に対して垂直方向に曲げられる電流の大きさを示す量をホール伝導度という。特に磁化によって引き起こされるホール効果を異常ホール効果と呼び、通常は電流に対して垂直な磁化の大きさに比例する。本研究では異常ホール効果を用いて、磁化の大きさと向きを評価した。

.添付資料

鉄シリコン化合物における室温下の電流誘起磁化反転の実現~希少資源を使わない省電力な次世代磁気メモリへ~

1 各種非磁性絶縁体の接合によるFeSiの磁気状態・伝導状態の変調

(a) 非磁性絶縁体薄膜とFeSi薄膜のヘテロ接合構造の模式図。FeSi結晶内部は非磁性絶縁体であるのに対し、接合層との界面では強磁性金属状態を有する。(b)各種絶縁体を接合したFeSiにおける表面単位胞あたりの磁化の温度依存性。Si接合や酸化物(MgO)接合の場合と比較してフッ化物(BaF2, CaF2)接合によって磁化は室温以上でも発現するようになった。

fig2

2 BaF2を接合したFeSiにおける室温(300ケルビン)での電流誘起磁化反転

(a,b) 電流誘起磁化反転の模式図(a)と実験結果(b)。FeSiのように強いスピン軌道相互作用が存在する表面では、電流印加によって特定の方向のスピンが蓄積され、角運動量の受け渡しによって磁化の向きが反転する現象が起きる。本研究ではホール効果によって磁化の向きを検出した。(b)に示すように電流パルスの大きさを正の方向に増加させていくと外部磁場下では閾値でホール抵抗率の値(磁化の向き)が正(垂直上向き)から負(垂直下向き)に変化する様子が観測された。電流の向きを反対(負)にすると、ホール抵抗率の値(磁化の向き)が負(下向き)から正(上向き)に変化する。これは電気的に磁石の向きを制御できる磁気メモリとしての機能を果たしている。また磁場を印加しなくても電流による磁化反転現象を実現できている。(c) 室温で電流誘起磁化反転が実現されている各物質における磁化反転の閾電流値の比較表。閾電流値を公平に比較するために、デバイス幅で割った電流の値を比較している。本研究のFeSiは膜厚を薄くすることで理想的には表面状態のみに電流を流すことができ、その場合の閾電流値は他の材料と比較して非常に小さい値となり、省電力な磁気メモリの材料として期待される。

Advanced Materials:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adma.202206801

1700応用理学一般
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