解析手法の標準化に向けた国内初の要領書を整備
2022-03-25 日本原子力研究開発機構
【発表のポイント】
- 原子力施設の耐震安全性をより高い信頼性で評価するためには、地震でどのようにゆれるのかを詳細に解析できることが重要です。そのためには、原子力施設の3次元形状をそのままモデル化して地震時の3次元的なゆれを評価する3次元詳細モデルの活用が有効です。しかし、その結果は解析者によりばらつきが大きく、また、地震時のゆれを十分に再現できないという課題がありました。
- 原子力機構では、まず、地震時のゆれに対して影響が大きい重要因子を明らかにしました。その上で、各重要因子のモデル化方法を明確にし、原子力施設の建屋を対象として3次元詳細モデルを用いた耐震解析手法を整備しました。また、地震時のゆれの実測データとの比較によりモデル化方法の妥当性を確認しました。これらの改善により、3次元詳細モデルを用いた耐震解析手法の精度向上を実現しました。
- さらに、上記を通して得られた知見をもとに、建屋の3次元詳細モデルを用いた耐震解析のための手法や考え方、技術的根拠などを取りまとめました。これらを、国内初の標準的な解析要領として整備し、外部専門家の確認も経て公開しました。
- 本解析要領により、原子力施設の耐震安全性評価の信頼性をさらに向上させることが可能となります。また、建屋や機器・配管の設置位置のゆれを詳細に精度よく求めることができるため、安全性向上評価へのリスク情報の活用に大きく貢献することが期待されます。なお、本成果は、原子力施設以外の建物にも応用可能です。
図1 建屋3次元詳細モデルの例
図2 建屋3次元詳細モデルによる解析結果と観測記録(加速度応答)の比較の例
【概要】
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄、以下「原子力機構」という。)安全研究センター構造健全性評価研究グループの崔炳賢副主任研究員らは、原子力施設における建屋の耐震安全性評価に関する研究の一環として、建屋の地震時の3次元挙動を考慮した解析手法の精度向上を実現しました。また、この解析手法が広く使われ耐震安全性評価の精度向上に役立てられるように、得られた知見をもとに解析において必要となる手法や考え方、手順、技術的根拠等を取りまとめた国内初の解析要領を整備し、外部専門家の確認なども経て、公開しました。
日本は世界でも有数の地震国であり、東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓を踏まえ、原子力施設の耐震安全性をより高い信頼性で確保することは、最重要課題となっています。その課題を解決するためには、原子力施設が地震時にどのようにゆれるのかを詳細に確認できる手法を用いることが重要です。そのための効果的な手段として、原子力施設の3次元形状を模擬して地震時のゆれを評価する3次元詳細モデル(図1)の活用が挙げられます。3次元詳細モデルを用いた解析は、複雑で高度な技術が必要となりますが、計算機性能の向上や汎用解析コードの普及等により、原子力分野でも広く利用されつつあります。しかしながら、その結果は解析者によりばらつきが大きく、地震時のゆれの再現性にも問題がありました。そのため、モデル化方法や解析方法、手順などの技術根拠を明確にし、一般的な解析者による解析結果の精度向上に役立てるため、それらを標準化する必要がありました。
そこで、当研究グループでは、建屋を対象に3次元詳細モデルを用いた耐震解析手法に関係する複数の重要因子を特定しました。そして、系統的な数値解析を通して建屋のゆれへの影響度合いを明らかにすることで、各重要因子に対する3次元詳細モデルのモデル化方法を明確にしました。
また、地震におけるゆれの実測データと解析結果の比較などを通してモデル化方法の妥当性を確認し(図2)ました。実測データの再現性が向上したことで、3次元詳細モデルを用いた耐震解析手法の精度向上を実現しました。
さらに、この検討から得られた知見を重要因子ごとに整理し、3次元詳細モデルを用いた耐震解析の一般的な手法や考え方、手順、技術的根拠などをとりまとめました。その結果として整備されたのが、建屋の3次元詳細モデルを用いた耐震解析手法に関する国内初の標準的解析要領です。
標準的解析要領を整備したことで、解析結果のばらつきの低減や精度向上などが期待されます。今回、プラントの公開情報をもとに本解析要領の活用に資する解析事例も整備し、標準的な解析要領とともに、外部専門家の確認も経て公開しました。
建屋の3次元詳細モデルを用いた耐震解析手法の高精度化に関する本成果は、建屋のゆれだけでなく、建屋に設置された機器や配管の入力の精緻化にもつながります。したがって、、建屋や機器・配管の耐震安全性評価の信頼性向上や原子力施設の安全性向上評価等に関わるリスク情報への活用が期待されます。
本成果の一部は、耐震安全性評価に関わる技術的知見として原子力規制委員会の技術報告に反映されました[1]。
標準的解析要領は、JAEA-Research 2021-017として2022年3月25日付[2]で公開しました。
【これまでの背景・経緯】
原子力施設の耐震安全性を評価する手法の一つとして、地震を原因とした確率論的リスク評価1)(以下、「地震PRA」という。)があります。この評価には、地震のゆれにより建屋や機器、配管などが損傷する確率と地震のゆれの大きさの関係である地震フラジリティ2)の評価が必要です。建屋に着目すると、地震時の損傷は床や壁などの局部より発生する可能性があります。したがって、現実的なフラジリティ評価のためには、建屋の局部応答・局部損傷を含む現実的なゆれを把握することが重要となります。また、建屋の3次元詳細モデルを用いた耐震解析手法は、重要機器や配管等が設置される建屋の床や壁の局部応答も表現できることから、機器や配管への入力に関するより現実的な応答評価への適用も期待されています。
3次元詳細モデルを用いた耐震解析は、複雑で高度な技術が必要となりますが、計算機性能の向上や汎用解析コードの普及等により、原子力分野でも広く利用されつつあります。しかしながら、国際原子力機関(IAEA)において実施された原子炉建屋の3次元詳細モデルを用いたKARISMAベンチマーク解析3)では、図3に示すように解析者による結果のばらつきが大きく、また、観測記録との差も大きいことが報告[3]されるなど、モデル化方法や解析方法、手順などの標準化による耐震安全性の信頼性向上が課題となっていました。
図3 地震時のゆれ(加速度応答)の比較の例(建屋3階床)([3]の図に加筆)
(観測記録以外は、KARISMAベンチマーク解析に参加した各機関による解析結果を表す。)
【今回の成果】
当研究グループでは、地震フラジリティ評価手法の高度化のため、建屋を対象に、3次元詳細モデルを用いた耐震解析手法に関係する重要因子を選定しました。また、重要因子について系統的な数値解析を通して、建屋のゆれへの影響度合いを確認しました。
まず、文献[3]で公開されているプラント情報をもとに図1に示すような3次元詳細モデルを整備しました[4],[5]。そして、今回新たに選定した、耐震解析手法に関係する重要因子について、3次元詳細モデルに対してそれぞれ数値解析を実施し、建屋のゆれへの影響度合いを明らかにしました(図4及び図5)。特に、建屋のゆれへの影響が大きい非線形挙動に関わる重要因子については、詳細な解析的検討を実施し(図6)、建屋のゆれへの影響度合いとともに、解析における留意点などを明らかにしました。これらの検討により、各重要因子に対する3次元詳細モデルのモデル化方法を明確にしました。また、観測記録との比較により解析結果の再現性の向上を確認し、3次元詳細モデルのモデル化方法の妥当性を明らかにしました(図2)。このように、3次元詳細モデルを用いた耐震解析手法の精度向上を実現しました。
図4 地震時のゆれの最大値(最大加速度応答)の比較の例(3階、上下方向)
(耐震壁4)に加えて補助壁5)を追加し、ゆれの違いを評価)
図5 地震時のゆれの最大値(最大加速度応答)の比較の例( 地下1階、上下方向)
(地盤と建屋の境界部における接触・剥離の考慮の有無によるゆれの違いを評価)
図6 地盤と建屋の境界部における接触・剥離の計算例
この解析手法が一般的に広く使われ耐震安全性評価の精度向上に役立てられるように、上記の解析的検討により得られた知見を重要因子ごとに整理しました。また、3次元詳細モデルを用いた耐震解析の一般的な手法や考え方、手順、技術的根拠などをとりまとめました。これらをまとめることで、建屋の3次元詳細モデルを用いた耐震解析手法に関わる国内初の標準的な解析要領を整備しました(図7)。
本解析要領は本文と解説からなり、3次元詳細モデルを用いた耐震解析手法に関する基本事項を本文に、本文の補足や技術的根拠等を解説に記載しています。また、建屋のゆれへの影響が大きかった重要因子については、解析的検討結果や解析における留意点などをとりまとめ、附属書として記載しています。本解析要領を活用することにより、解析者による解析結果のばらつきの低減や地震時のゆれの再現性の向上など、3次元詳細モデルを用いた耐震解析手法の高精度化が期待されます。
また、プラント公開情報[3]をもとに、本研究で整備した標準的解析要領の手順に沿ってモデル化及び解析を行い、本解析要領の活用に資する解析事例として整備しました。今回、本解析事例を本解析要領の適用事例として取りまとめ、標準的解析要領とともに、外部専門家の確認も経て公開しました。
図7 標準的解析要領の構成
【今後の展望】
建屋の3次元詳細モデルを用いた耐震解析手法の高精度化に関わる本成果は、原子力施設の耐震安全評価の信頼性向上に大きく貢献することが期待されます。また、本成果は、建屋のゆれだけでなく、建屋に設置された機器や配管の入力の精緻化にもつながります。具体的には、建屋のゆれの精緻化により、局部から始まる建屋のより現実的な損傷評価が可能となることから、建屋の地震フラジリティ評価手法の高度化が期待されます(図8)。また、建屋のゆれの精緻化は、重要な機器や配管のより現実的な入力評価につながります。本研究の成果により、安全性向上評価等における建屋や機器・配管の損傷等に関わるリスク情報の活用が期待されます。
図8 建屋の3次元詳細モデルを用いた地震応答解析結果を活用した
重要機器の設置位置などの建屋の注目部位(床や壁)のフラジリティ評価のイメージ
【参考文献】
[1] 原子力規制委員会、原子炉施設の建屋三次元地震時挙動の精緻な推定に資する 影響因子の分析とそのモデル化に関する検討、NRA技術報告、NTEC-2021-4002、2021年
[2] 崔 炳賢、西田 明美、川田 学、塩見 忠彦、李 銀生、原子炉建屋の3 次元有限要素モデルを用いた地震応答解析手法に関わる標準的解析要領、JAEA-Research 2021-017、2022年
[3] IAEA, “Review of Seismic Evaluation Methodologies for Nuclear Power Plants Based on a Benchmark Exercise”, IAEA-TECDOC-1722(2013)
[4] B. Choi, A. Nishida, T. Shiomi, M. Kawata, Y. Li, “Outline of guideline for seismic response analysis method using 3D finite element model of reactor building,” ICONE28-61786, 28th International Conference on Nuclear Engineering (2021)
[5] A. Nishida, B. Choi, T. Shiomi, M. Kawata, Y. Li, “Assessment of seismic fragility using a three-dimensional structural model of a reactor building,” ICONE28-64300, 28th International Conference on Nuclear Engineering (2021)
[6] 東京電力株式会社、新潟県中越沖地震に対する柏崎刈羽原子力発電所の耐震安全性の検討状況について、合同W3-1、2007年
【助成金等の情報】
本研究は、原子力規制庁からの受託事業「原子力施設等防災対策等委託費(高経年化を考慮した建屋・機器・構造物の耐震安全評価手法の高度化)事業」(平成29年度~令和2年度)として行われたものです。
【用語説明】
1) 確率論的リスク評価(PRA)
原子力施設で起こり得る事故や被害などの好ましくない事態が発生する頻度と発生時の影響を定量的に評価し、安全性の度合いを検討する手法。地震を起因とするPRAでは、地震のゆれによる機器などの損傷確率である地震フラジリティ、任意の地震のゆれの大きさとその大きさを超過する地震の発生頻度の関係である地震ハザード及び事故シーケンスから炉心損傷頻度などが求められる。
2) 地震フラジリティ
地震のゆれの大きさに対して建屋や機器、配管などが損傷する確率。地震のゆれの大きさと地震が作用した場合の損傷確率の関係を表す曲線を地震フラジリティ曲線という。
3) KARISMAベンチマーク解析
国際原子力機関(IAEA)において実施された国際ベンチマーク解析。世界各国から18機関が参加し、柏崎刈羽原子力発電所7 号機原子炉建屋を対象として2007 年新潟県中越沖地震のゆれの実測データ(観測記録)を用いた再現解析のベンチマークが行われた。詳細は文献[3]参照。
4) 耐震壁(耐力壁)
地震力を負担する壁。日本建築学会の「原子力施設鉄筋コンクリート構造計算規準・同解説」 では耐震壁、建築基準法では耐力壁が使われている。
5) 補助壁
耐震壁以外で、地震応答解析で考慮される厚さ30 cm 程度以上の壁。
6) ジョイント要素(ばね要素)
2つの材料性状の異なる物体の接触や剥離、滑りをモデル化する要素で、ここでは建屋地下の外壁や基礎版底面と地盤間の挙動をモデル化したばねを指す。